33 予兆 王の呼び出し
一瞬の浮遊感の後、目を開けてみればそこは慣れ親しんだ我が家だった。
王都ベイトンの外れにあるウルザブルンの館。その一室に、光と共に二人の少女の姿が現れる。
空間転移魔法で帰還したのは、白髪の犬耳少女キヨと、黒髪の小柄な少女サティアだ。
「ふう。帰ってきました~」
「ただいま」
この日も魔物駆除の依頼をこなした二人は、無事に館へと帰って来た。
キヨたちは部屋を出ると事務所に向かい、プリシラに依頼達成の報告をする。その後は揃って一階の武器庫へ。
剣の研ぎ直し、鎧の修繕など、装備品一式を手入れするのだ。
それが済めば浴室へ。行水で埃を洗い流してさっぱりする。
「晩ごはんにはちょっと早いですね。う~、でもお腹ペコペコです~」
「お昼たくさん食べたのに、もうお腹空いた?」
二人は楽しげに話しながらウルザブルンの社屋を歩く。
トバイアスとの戦い、冒険者ギルドとの交渉から、既に三か月余りが経っていた。
あれから表向きは何事もなく、ギルドの妨害工作で一時は伸び悩んでいたウルザブルンへの依頼も、堅調に増え続けている。
キヨ、サティアの腕前もさらに上達し、難しい依頼であっても問題なくこなせるようになった。両名とも、いまでは社の主力を担う人材である。そして、
「あ、キヨさん、サティアさんも、お帰りなさいっ!」
「は~い。皆さんも、お疲れ様です」
「ん、お疲れ」
館の玄関ホールで出会ったのは、キヨたちと然して変わらない年頃の少年少女たちである。
もと訓練生の彼らも、今では新米の駆除人として現場に出るようになっていた。
まだまだ危なっかしいところもあるが、基本は危険度の低い依頼を受け、また複数人でパーティーを組むため、堅実に仕事をこなしてくれている。
彼らが魔物討伐に出られるようになって、ウルザブルンは飛躍的に事業規模を拡大することができた。
今では王都ベイトン近郊のみならず、遠方からも相談が来るほどにウルザブルンの名は広がっている。
「え、みなさんこれからおやつなんですか!?」
「はい。お二人も一緒にどうですか」
「キヨ、よかったね」
家族のような仲間たちとともに、充実した日々を送るキヨとサティア。
ただ、最近は魔物の出現が増加傾向であり、連日駆除に追われていることが少々気にかかる。休みを欲しがる少女たちではないが、魔物の被害が出るのは由々しき問題だ。
「ふう。美味しかったです」
「うん。満足」
そうして軽く食事を済ませると、キヨたちは事務所へと戻る。
最近は事務仕事も覚えようと、積極的にプリシラを手伝っているのだ。と、
「あれ、ロットさん。どうしたんですかその綺麗な服」
事務所には、ウルザブルンの社長の姿があった。
いつもと違うのは、青年が上等な上衣を着込んでいることだ。他にも、ズボンから靴まで一部の隙もない礼装を身に着けている。
舞踏会にでも赴くような服装。およそ、魔物退治に従事する青年には縁のない格好である。そしてその隣には、
「おお、プリシラ、綺麗」
同じく絢爛なドレスを身にまとったプリシラの姿が。
彼女はロットの周りをくるくる回り、慌ただしく青年に礼服を着付けしている。
「二人とも済まない。急な用事が入って、俺とプリシラは出かけなきゃならなくなった。後のことはデリックさんに頼んだから、留守を頼む」
ロットは事務所に入ってきた少女たちを見るや、どこか緊張した面持ちでそう告げる。
「は、はい。分かりました! でも、どちらにお出かけになるんですか?」
と、キヨが当然の疑問を口にする。すると、
「王宮だ。……王様から、至急参上せよとの知らせが来たんだ」
不吉な予兆を感じ取ったのか、青年は微かに眉を寄せて呟いた。
× × ×
迎えの馬車に乗り、王宮へやってきたロットとプリシラ。
もう夕方に近い時間だが、何千もの明かりに照らされた宮殿内は真昼のように明るい。
二人は侍従に案内され奥の間へ。ただし、謁見を許されるのはウルザブルンの代表者のロットだけだ。
そして重厚な扉を潜り、広大な謁見の間へと歩みを進める。
列柱が立ち並び、床も壁も天井も一部の隙もない飾りが施された室内。
正面の玉座に腰掛けるのは、ケネス・ダナン王。その周りには、煌びやかな鎧姿の騎士たちが控えている。
「ウルザブルン代表ロット・ヘイワード殿、ただいま参着いたされました」
侍従の呼び声に従い、ロットは王の前に進み出でて拝跪する。
宮廷での礼儀作法など専門外だが、最低限の振る舞いはプリシラから教えてもらった。
「…………」
王様からお声がかかるまで、こちらから話しかけることはできない。
しかし、ロットの注意はまったく別方向に向けられていた。
謁見の場に呼ばれたのは、自分一人ではない。
彼に先んじて、王の前には壮年の巨漢が跪いていた。
後姿でも見間違えるはずはない。そこにいるのは、冒険者ギルドのグレオン王国支部長、アンドリュー・マイルズだ。
「双方、面を上げよ。――危急の案件故、細かな礼式は無視して構わぬ」
そう告げるケネス王。
間近で見るのは初めてだが、小柄ながらも丸々とした体躯に、白い髭を蓄えた顔貌にはいかにも温かみがあり、風評通り、民から慕われる優しい王様のようだ。
だが、ケネス王の声は硬く、面差しも緊張に強張っている。いったいどんな大事件が出来したというのか。
「本日、そなたたちを呼び立てたのは他でもない。我が王国に危機が迫っているからだ。――ニビア山脈の中腹にて「黒の世界樹」らしき現象が発生したようだ。魔物退治の専門家たるそなたたちには、討伐に協力してもらいたい」
ケネス王が沈鬱に告げる言葉には、流石の大賢者も瞠目するしかなかった。




