32 軋轢 物別れ
「皆様がお見えになられたのは、先ごろの冒険者と駆除人の小競り合いの件についてでしょう。――ただ、どうも認識が食い違っているようなので、お互いに説明したほうがよろしいかと思いますわ」
今にも剣を抜きそうなデリックとマイルズを制し、プリシラが話を本筋に戻す。
ウルザブルンは起きたままの事実を訴えるが、ギルドはグリフォン討伐を終えたトバイアスに、キヨたちが背後から襲い掛かったと主張する。
まったく真逆の話だが、残念なことに先の争いでは中立の目撃者がいない。
現場をどれほど子細に調べたとしても、どちらが先に手を出したかを決定づける証拠などでないだろう。完全な水掛け論である。
「ふん。だからこそ公の場に訴え出ると申している!」
マイルズが裁判に持ち込もうとしているのはそのためだ。冒険者ギルドの権威と影響は法曹界にまで及んでいる。たとえ証拠が無くても、ウルザブルンを有罪にすることなど容易い。
そして組織ぐるみで犯罪を行ったとのレッテルが張られれば、会社は立ち行かなくなるだろう。ギルドの完全なる勝利だ。だが、
「私共には含むところなどまったく無く、裁判をお受けしても構いませんが……そうすると、冒険者ギルド側にも色々と不都合な事実が出て来るのではありませんか?」
余裕の笑みを湛えながら、プリシラがそう尋ねる。
「例えばルーディの街、ダイアラントの林、マサストラ鉱山、これらでの出来事は御存じですか?」
「いったい何の話をしている? 訳の分からん話で煙に巻こうというなら――」
「あら、トバイアス・ヘイル氏が犯した殺人の話ですわ」
「な――」
朗々と紡がれるプリシラの言葉に、マイルズは驚愕に目を見開く。
「アスマイア王国だけでも、彼は二十七件の殺人、百を超える傷害事件を起こしていたようです。まあほとんどは事故として処理されたり、そもそも表に現れないよう隠蔽したようですが……ああ、あちらのギルドも、トバイアス・ヘイル氏の扱いには苦慮していたようですよ。グレオン王国支部に引き取ってもらえて、うまく厄介払いができたと思っているのではありませんか?」
何気ない小話のように語られるのは、ギルドが擁する最高戦力、S級冒険者が引き起こした凄惨な事件の数々だ。
これらの犯罪は、そのほとんどが表沙汰になってはおらず、たとえ疑いの目が掛かっても、ギルドによってもみ消されてきた。
だが、プリシラはまるで見て来たかのように血なまぐさい犯罪の数々を暴き立てる。その説明の鮮やかさに、聞いていたアメリアが血の気を失ったほどだ。
「うまく隠蔽したようですが、人のすることに完璧はありえません。少し調べさせてみましたが、何件かは有力な証言や証拠が得られそうですわ。……もちろん、裁判ともなれば重大な判断材料になるでしょう」
「き、貴公らは、いったいどこからその情報を……」
「あら? 寝技や裏取引はギルドの専売ではありませんわ。むしろ、私は非力な商人ですから、情報は誰よりも重んじますのよ」
狼狽に言葉も出ないマイルズに、優雅にほほ笑みかけるプリシラ。
実の所、トバイアスの犯罪歴を暴いたのはロットだ。彼が気絶しているトバイアスの記憶を読み、その所業を克明に書き記したのである。
そしてプリシラが持てる全ての伝手を用い、事実確認を行った。
ダンストン商会の勢力を挙げての調査で、立証できそうな犯罪が何件か見つかったところで、ようやくトバイアスの身柄をギルドに渡したのである。
その苦労は並大抵ではなく、ロットたちは何日も徹夜を余儀なくされた。化粧で上手く隠しているが、プリシラの目元にはまだ隈が浮かんでいるだろう。
「さて。裁判所に訴え出るというのなら、どうぞご随意に。我らウルザブルンは、逃げも隠れもいたしませんわ」
「ぐっ……」
だがその甲斐あって、ウルザブルンはギルドへの強力なカードを手に入れた。もし彼らが難癖を付けて来るつもりなら、冒険者の重大犯罪を暴露してやればいい。
ギルドそのものはともかく、支部長のマイルズは間違いなく連帯責任を取らされるだろう。権勢欲の強い彼には覿面の抑止力だ。
「……マイルズさん。もうこんなくだらない諍いはやめませんか」
顔面を蒼白にするギルド長に、真摯に語りかけるのはロットだ。
彼はこの一連の騒動に、ほとほと嫌気がさしていた。彼にとって、ギルドの妨害工作は何一つ理解できない愚行なのだ。そんな茶番に付き合わされ、あまつさあえ大切な社員に傷を付けられては、いくら温厚な大賢者とて黙ってはいられない。
「所属こそ違えど、俺たちの目標は同じはずです。――ひとつでも多くの魔物災害を防ぎ、ひとりでも多くの人を救うこと。それがために、日々努力しているんじゃありませんか」
名利にとらわれたマイルズに、果たしてこの思いが届くかはわからない。
だが、それでもロットは胸の内を伝えるために言葉を紡ぐ。
「俺たちが戦わなければならないのは魔物です。――例え組織として対立することがあっても、人々の安寧は常に第一に考えなければならない」
だから、と言葉を切り、彼はかつて己を追放したギルド長に告げる。
「もしも俺たちが争うとすれば、それは魔物を駆除する手腕、組織としての信頼度によるべきでしょう。――もしウルザブルンを潰したいのであれば、ぜひ仕事で潰しにきてください。俺たちも全力で戦います」
透き通った眼差しに固い決意を込めて、ロットがそう告げる。
だが、マイルズは依然として憤怒と憎悪に顔を歪めたまま、慌ただしく席を蹴立てると、
「……今回は引き下がろう。おい、帰るぞっ!」
アメリアを引き連れ、応接室から出て行ってしまった。
× × ×
後に残されたウルザブルンの面々は、顔を見合わせて息を付く。
ひとまず、狙い通りにことは進んだ。トバイアスの悪行を押さえていることを知れば、マイルズとて迂闊に手は出せまい。諸々の嫌がらせは、これでほとんどなくなるはずだ。
ただ、トバイアスの悪行を表沙汰にできないのは心残りではある。あの残虐無動な男には、いつか必ず報いを受けさせねばならない。
ロットによって腕をねじ折られ、関節、腱、神経すらズタズタになった右腕は、どれほど高名な魔法医にかかっても元には戻るまい。
利き腕が使えなくなれば、冒険者も廃業せざるを得ないだろう。今後の被害を未然に防いだという点では、最低限の処置はできただろう。
「これで懲りてくれるといいんだが……」
「難しいかもしれませんな。あの男は、とにかく昔から名誉に固執するところがありましたので」
物憂げな表情のロットに、同じく暗い顔で頷くデリック。
今日の一件で、冒険者ギルドとウルザブルンは完全な敵対関係になってしまった。
直接的な妨害は減るにしても、これからさらに軋轢は強まっていくだろう。だが、
「弱気にならないでくださいまし。社長がそのようでは、部下が困りますわ」
と、プリシラは明るく笑い飛ばして見せる。
彼女の視線の先には応接室の扉が。その隙間から二人の少女が中を窺っている。
「あいつ、帰った?」
「わ、サティアちゃん待って!」
来客がいないと知れるや、応接室に入ってくるキヨとサティア。
プリシラは可愛らしい社員たちを眺めながら、
「これからですわロット様。私たちみんなで、ウルザブルンをより良い会社にしていきましょう」
大賢者を優しく元気づけた。




