3 発端 捨てる神あれば
「まったく酷い話ですわ! 完全なとばっちりではありませんの」
華美な調度品が整えられた室内に、高く澄んだ少女の声が響く。
ふかふかのソファに腰を据え、可愛らしい顔に怒りを浮かべているのは、十六歳ほどの年頃の、金髪碧眼の美少女だ。
豪奢な部屋に相応しい華麗な美貌の彼女は、プリシラ・ダンストン。
ミッドラント大陸全土を股に掛けるダンストン商会の御令嬢である。
「まあ、ギルドの言い分もわかるんだけど……」
ギルドをクビになり、路上で途方に暮れていたロットの前に現れたのは、ダンストン商会の馬車だった。
五年前に偶然乗り合わせた客船で、クラーケンからプリシラを助けて以来、ダンストン商会はロットを恩人として、何くれとなく世話を焼いてくれている。
今回も、ロットが冒険者ギルドから除名されたとの噂を聞いて、接触するために本部前にずっと見張りをつけていたらしい。
そして彼の姿が見えるやプリシラがすっ飛んできて、商館へと連れてこられたというわけだ。
「ロット様は主張をしなさすぎですわ! だから相手にも誤解を受けますのよ!」
ダンストン商会は、ロットが桁外れの魔力を有する大賢者だと知っている。けれど、本人の意思を尊重して表沙汰にはせず、影ながら支援してくれているのだ。
「だいたい、ロット様が魔物に背を向けるはずありませんもの! そんなことも分からないなんて、ギルドの連中の目はガラス玉なのかしら」
ぷりぷりと怒るプリシラ。被害者のロットよりも明らかに機嫌が悪そうだ。
「困ったな。まさかこんなに大事になってるとは……」
話を聞けば、ロットが魔力を回復させている間に、「黒の世界樹」討伐の事後処理はすべて終わってしまったらしい。
敵前逃亡したB級冒険者たちは、一人残らずギルドから除名されたそうだ。
ちなみに、勲功第一は壊滅的な被害を出したにも関わらず徹底抗戦をつづけた王国騎士団。特に最前線で戦い、重傷を負って未だに意識が戻らないゼルウルフ王子殿下の容態は、全国民が案じているらしい。
「でも、その話はちょっと変だよな」
問題なのは、ギルドに所属するA級冒険者たちだ。彼らはギルド長マイルズの指揮の下「黒の世界樹」討伐を果たしたということになっているらしい。
「濡れ衣を着せるだけでなく、功績まで奪うなんて、度し難い悪党ですわ!」
「……やっぱり、そうなのかな?」
「事実のねつ造でしてよ? 意図的でなければできませんもの!」
なんでも、防衛線が破られギルドが撤退したとの報告があった時は、この王都ベイトンも凄まじいパニックに見舞われたらしい。それが一日も経たない内に「黒の世界樹」が消滅したとの早馬が駆けつけたのだ。
ギルドは情報が錯綜しただけだと言い張っているが、プリシラは最初から裏があると疑っていたらしい。
「プリシラはギルドより俺の話を信じてくれるんだな。ありがとう」
世界を滅ぼす災厄をたったひとりで倒した。などという世迷言を当然のように受け止める少女に、ロットは礼を述べる。
「信じるなんてあたりまえです。ロット様は国史に名を刻む偉大な賢者ですもの。私の耳には、ギルドの連中の戯言なんて聞こえませんわ!」
顔を真っ赤にして大声で答えるプリシラ。
その何とも可愛らしい表情に、ロットもつい顔を綻ばせる。
「そ、そんなことよりロット様はこれからどうするおつもりですの?」
「そうだなぁ。ちょっと、すぐには考えつかないな」
恥ずかしさを誤魔化すように尋ねるプリシラに、ロットは思案顔。
冒険者ギルドから渡された除名通知書には、ギルドに預けていた共済金も支払わないと書かれていた。B級だが多数の依頼を達成してきた彼は、ギルドにかなりの大金を預けていたのに、その預金を取り上げられてしまったのだ。
金銭にあまり執着のないロットでも、流石にショックは大きい。それに手持ちの現金はごくわずかで、週払いの下宿先もすぐに追い出されるだろう。
「あら。そんなことは気にしないでくださいまし。私どもの所で何日でも過ごしてくだされば結構ですわ」
と、プリシラは笑顔で生活の面倒を見させてくれと提案する。恐縮したロットが断ろうとするも、無言で凄まじい圧力をかけられた。どうやら、彼女の中でこの話は決定事項らしい。
「ではなくて、これからのお仕事の話ですわ。あなたほどの賢者でしたらいかようにでも前途は開けるでしょうけど……その、ギルドから通達も回っているでしょうし」
冒険者ギルドは魔物災害に対抗するため、各国が提携して運営する半官半民の超巨大組織だ。そんなところから除名宣告を受けたのだから、もう冒険者として仕事は二度とできないだろう。だが、
「……でも、俺は魔物災害を放っておけない。別に冒険者じゃなくたって、誰かを守ることはできるんだから、何とか頑張ってみるよ」
魔物災害に家族と人生を奪われたロットにとって、魔物を根絶することだけが生涯の目標である。ギルドを首になったとしても、彼の行動は何も変わらない。
「ッ――」
静かに決意を述べるロットに、プリシラは言葉を詰まらせる。頬を紅潮させ、目には薄く涙まで浮かべている。
「もちろん、ちゃんと食べていけるようにしないといけないし、それまで商会に世話をかけることになるんだけど……」
「で、でしたら! 私にいい考えがありますわ!」
頭を掻きながら恥じ入るロットに、プリシラは身を乗り出す。そして、
「ご自身で事業を起こされればいいのです。なにも冒険者だけが魔物と戦う訳じゃありません! あなたの知識と能力で、大勢の人を救えばいいのですわ!」
興奮に顔を輝かせて、そんな提案をした。
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