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29 軋轢 血風



 嵐の如き剣閃が、虚空を切り裂いてキヨに襲い掛かる。

 一太刀でも受け損ねれば命を落とす死の奔流を、獣人少女は懸命に凌ぎ、防ぎ、躱し続ける。


「すごいすごい。いや本物だよ。A級でもここまで耐えられる奴は少ないよ」


 歓声を上げつつ白銀の剣を振るうのは、ギルドの擁するS級冒険者、トバイアス・ヘイルだ。

 キヨたちに要救助者の殺害を疑われた男は、弁解すらせずに斬りかかってきた。

 不意打ちを防ごうとしたサティアは負傷し、そして今なお追撃の手を緩めないトバイアスに、キヨが単身で立ち向かっているのだ。


「しかも随分頑丈だねぇ。防護魔法でもかかってるのかな? 剣士で使えるのは珍しい。いや、斬りごたえがあって嬉しいんだけどね」


 いくらキヨが天与の才を持ち、デリックから薫陶を受けたとはいえ、磨き抜かれた殺人剣を相手にしては分が悪い。

 攻撃を完全に防ぐことはできず、少女は全身のいたる所に傷を受けていた。ロットに教わった防護魔法のお蔭で浅手にとどまっているが、動き続けていることもあり、かなり出血している。


「――はあっ、はぁっ」


 乱れた息を懸命に整えながらも、長剣の切っ先をぴたりと相手に向けるキヨ。その眼差しには固い決意が宿り、闘志は微塵も衰えていない。


「サティアちゃん、逃げてっ!」

「うぅ、キヨ……」


 彼女の後ろには、守るべき大切な仲間がいる。

 トバイアスの攻撃からキヨを守るため、サティアは右腕と右の太腿を斬られた。まだ防護魔法に習熟していなかったため傷が深い。自力で応急処置したものの、立ち上がることさえ難しい状況だ。

 そんな彼女に攻撃が向けば、防ぐこともままならないだろう。

 キヨは友の盾となるべく、死の刃に身を晒し続ける。


「――なんであなたは、こんなに酷いことをするんですかッ!?」

「うん?」


 数度目の連撃を防ぎきったキヨが、トバイアスにそう尋ねる。

 善良無垢な彼女にとって、人に刃を向けることは考えもつかない禁忌である。

 それをこの男は、なぜ楽しむかのように踏み越えることができるのか。すると、


「気になるかい? まあそうだよね。――実はね、ギルドの上の人はウルザブルンに廃業してもらいたくて、あれこれと()()()を施しているんだよ。で、まあ丁度いい機会だし、私も手伝おうと思ってね。小さな会社だと、社員がいなくなれば大変だろうしね」


 返って来たのは、想像を絶する答えだった。

 冒険者ギルドがウルザブルンを煙たがっていたのは知っていたが、まさかここまではっきりと敵対姿勢を固めていたとは。


「ああ、もちろんナイショだよ。君たちだから教えるんだよ?」


 陰惨な笑みを浮かべるトバイアス。彼はどうあっても、キヨたちを逃がすつもりはないらしい。だが、


「そんなこと、どうでもいいです。……私が、私が知りたいのはっ! どうしてあの男の人を斬ったかなんですっ!」


 犬耳少女は烈火の如き怒りを込めて吼える。

 政治上の暗闘であればまだ分かる。だが、森で見つけた男性は、まったく無関係の民間人だ。負傷し、それでも懸命にあがいていた人を、何故彼は殺めたのか。


「どうしてって、うーん。趣味かなぁ。――ほら、君もこれだけ剣が使えるなら、斬る喜びはわかるよね? 修めた技術を振るう、身に着けた力を確認する。これこそ剣士の醍醐味じゃないか。そりゃあ面倒事は避けたいけれど、状況が許すなら、生き試しは絶好の機会だろう?」

「なっ――」


 トバイアスが夢見心地で語る話に、キヨは今度こそ絶句する。

 もはや確信した。彼はまともな人間ではない。私利私欲の為に力を振るい、他者を傷つけて何も思う所がないのであれば、それは魔物の所業と何ら変わりないではないか。


「……キヨ。話すだけ、無駄」


 すると、背後からサティアの声がする。

 何とか体勢を立て直した彼女は、立ち上がって短剣を構え直している。

 だが、出血のためか顔色は悪く、そう長くは動けないだろう。


「私が食い止めるからッ! はやく逃げてッ!」

「美しい友情だ。こんな時に仲間を気遣える人って少ないよ。本当にいい子たちなんだね」


 互いを庇い合う少女たちに、薄っぺらな称賛を送るトバイアス。

 サティアが動き出したことを警戒してか、彼はやや面持ちを引き締める。残虐性と計算高さが両立しているところが、この男の厄介極まる点だ。


「駄目。逃げない。逃げても無駄」

「っ……」


 サティアの指摘は至極もっともだ。トバイアスに背を向ければ、致命的な隙を晒すことになる。

 キヨは【空間転移】の魔法を習得しているが、発動までに数秒の時間が必要だ。それを見逃してくれる相手ではない。


「……グリフォン狩り、続ける」

「――! はい!」


 少女たちは頷き合うと、決意と共に殺人鬼へと立ち向かう。


「へえ、いいね。面白くなってきた。頑張って抵抗してくれ」


 防御を捨て、猛攻に転じるキヨとサティア。

 互いにトバイアスの意識の隙を突くように立ち回り、疾風怒濤の剣撃を繰り出す。

 満身創痍のキヨも、足を負傷したサティアも信じられないほどの素早さだ。


「っ! ほう、これはなかなか……」


 応じるトバイアスの口から笑みが消える。

 連携攻撃は師匠であるデリックを相手に練習を重ねている。

 単独ではS級冒険者には敵わないが、二人ならば格上相手であっても立ち向かえるのだ。そして、


「やあっ!」


 キヨが総身の力を込めて、放たれた矢のように踏み込む。

 斬るのではない、身体ごとぶち当たり、つばぜり合いに持ち込もうというのだ。


「ふんっ!」


 だが、力負けするトバイアスではない。逆に体勢を崩してやろうと、真っ向から押し潰そうとする。その刹那。


「ふっ――」


 サティアが手にした短剣を凄まじい速度で投擲した。


「ッ――」


 斬り合いには関わらない位置の標的からの飛び道具。

 トバイアスは即座に体を動かして避けようとするが、短剣は左腕をざっくりと切り裂いた。


「やった!」


 狙い通りにことが運び、キヨが歓声を上げる。

 短剣には毒が塗ってある。かすめただけでも戦闘不能にできるだろう。

 サティアの「グリフォン狩り」の発言は、この作戦を意味していたのだ。


「俺に一撃入れるとは、やるね。――む、これは……」


 見る間に、トバイアスの身体がぐらりと揺れる。

 好機とみたキヨは即座に追撃を仕掛けるが、


「――甘いなぁ、お嬢ちゃん」

「きゃっ!?」


 振り抜かれた凄まじい一撃に、キヨは剣を中ほどから叩き斬られてしまう。


「いくらなんでもそこまで早くは回らないよ。焦りすぎたね」


 先のよろめきは演技だ。彼はキヨたちが毒を使ったと気付き、とっさに罠を仕掛けたのだ。そして、


「【解毒】【治癒】っと。――なかなか物騒な武器を使うね」


 トバイアスは傷口に魔法を掛け、毒と負傷をたちまち癒してしまう。

 超絶の剣技だけでなく、彼は魔法にも精通しているのだ。


「さて、これで君たちは丸腰かな。随分楽しませてもらったよ。ありがとう」

「ぅ――」


 愉快気に笑うトバイアスに、少女たちがたじろぐ。

 キヨの長剣は中ほどから折られ、サティアの短剣は彼の足元に突き刺さっている。

 予備の武器もあるが、ナイフ程度では万に一つも勝ち目はないだろう。

 それに、死力を尽くした攻勢で、彼女たちは気力、体力共に限界だ。

 失血はさらに量を増し、もはや立つこともままならない。


「最後に言い残すことはあるかい? 君たちの社長さんに伝えてあげるよ」


 勝利を確信したトバイアスは、悪魔のような笑みを浮かべて剣を振りかざす。

 まさに絶体絶命。絶望と恐怖が心を蝕んでいく。――その時、


「え――」


 キヨの鋭敏な嗅覚が、この場に居るはずのない人の匂いを捉えた。

 死への恐怖で自分がおかしくなってしまったのかと思うも、彼女の全身は歓喜に打ち震えている。そして、


「別にいい。自分で言うから」


 サティアが無感情な、それでいてどこか勝ち誇った風にそう呟く。


「ん? な――」


 トバイアスも違和感に気付いたらしい。

 上空から急接近する、()()()()()

 転瞬(てんしゅん)、砲弾がさく裂したしたかのように岩肌の一部が吹き飛ぶ。

 凄まじい轟音が響き、土ぼこりがもうもうと舞い上がる。

 そしてその異常事態を意にも解さず、つかつかと歩み来る足音。


「あなたこそ、社長に話、ある?」


 もはや戦いは終わったとばかりに、サティアがその場に座り込む。

 ウルザブルンの代表者。大賢者ロット・ヘイワードが、土ぼこりを突き破って戦場へと現れたのだ。




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