28 軋轢 人殺し
「んー、何処だったかなぁ。君たちみたいな可愛い子。一度会ったら忘れるはずないんだけど。……その装備、冒険者だよね?」
グリフォンの生首から飛び降りたトバイアスが、馴れ馴れしい口調で話しかけてくる。
「……私たちはウルザブルンの駆除人です。依頼を受けて、グリフォンの討伐に来ました」
キヨは緊張を強めながらも、所属を明らかにし、礼儀正しく自己紹介をする。
思う所があるとはいえ、相手はS級の冒険者だ。無礼を働けば会社の名前にも傷がつく。
「ウルザブルン? ああ、あの! 聞いているよ。今売り出し中の会社だね。いや、君たちみたいな子が働いてるのかい。華やかでうらやましいよ。――私も移籍しようかな?」
トバイアスは芝居がかった仕草でキヨたちに話しかける。嫌に友好的な態度だが、本心もその通りとは限らないだろう。
「……あなた、グリフォンを倒した?」
その時、サティアがぽつりと疑問を口にする。
おそらく間違いないだろうが、それでも彼がこの現場に居合わせた事情は聞いておかねばならない。
「ああそうか。依頼が重なってしまったんだな。ギルドにもグリフォン退治の依頼が来ていてね。残念だけど、そちらには無駄足を踏ませてしまったようだ」
簡潔に経緯を説明するトバイアス。
こうしたダブルブッキングは、冒険者ギルドでも間々あることらしい。別会社のウルザブルンとの場合は話が異なるが、原則として先に魔物を討伐した方が報酬を受け取ることになる。その旨を了承してほしいと、トバイアスは丁寧に話す。
「……わかりました。お疲れ様です」
キヨは素直にその申し出を受け入れる。
現に、グリフォンを倒したのはトバイアスである。それに、ウルザブルンの社是は魔物からひとりでも多くの人を守ることだ。魔物が退治されたのなら、喜びこそすれ悔しがる必要はない。が、
「ところでヘイルさん」
「トバイアス。でいいよお嬢さん」
「……トバイアス、さん」
キヨはさらにトバイアスと会話を続けようとする。
その意図を悟ったサティアが横目で諌めようとするが、犬耳少女は決然とした面持ちで口を開く。
「私たちは、麓の森で男性のご遺体を見つけました。……たぶん、グリフォンに攫われた被害者だと思います。依頼主の方に、確認いただくようお伝えください」
「それは……いや、よく見つけてくれたよ。先にグリフォンの討伐を急いだものでね。捜索はまだだったんだ。ただ、そうか、駄目だったか……」
キヨが説明するのは、被害者の位置情報である。
それとてウルザブルンの功績になるのだが、優先すべきは被害者の魂の安息だ。
ギルドが受けた依頼の詳細は分からないが、被害者を心配している人もきっといるだろう。
「あの大きなアカマツの近くに、馬車が引っ掛かっています。そこから南東に七百メートルほどの場所です。……重傷を負っていましたが、懸命に逃げようとしたみたいです。でも、獣にでも襲われたみたいで……」
詳細を語るキヨは痛ましげだが、強い意思を内に秘めている。
トバイアスは神妙な顔で頷いていたが、
「そうか。骨折していては逃げ切れなかったんだろうな」
ぽつりと、そんなことを呟いた。
「……私、被害者の怪我の具合なんて、一言も話していませんけど」
すぐさま動けるよう腰を落とし、警戒を最大に引き上げたキヨが問う。
トバイアスはすぐさま己の失言に気付いたらしく、
「おいおい、変な誤解はよしてくれよ。ただの想像さ。空から落ちて怪我をしていたんだろう? 骨の一つや二つ、折れていて当然じゃないか」
笑いながらそう弁解する。
だが、キヨとサティアは強張った面持ちを崩さない。
「私は獣人です。一度嗅いだ匂いは忘れません。――遺体の側で、あなたの匂いがしました。……どうして知らない振りをしたんですか? それに、被害者の命を奪ったのは首の切り傷です」
はっきりとそう告げるキヨ。
本来であれば、彼女たちの一存で処理していい案件ではない。
速やかに会社へと戻り、ロットやプリシラに事情を話して指示を仰ぐべきだっただろう。事実、キヨもサティアとそう話していた。
だが、獣人の鋭敏な嗅覚は、トバイアスを前にして疑念を確信に変えてしまった。
そして、無垢な心の少女は、問いを投げざるを得なくなったのだ。
――なぜ、無力な人間を殺したのか。
冒険者も駆除人も、名前が違うだけで、その存在は人々を魔物災害から守るためにある。
グリフォンを必要以上に残虐に殺したのは、まだ分からなくもない。
狼藉を働いていた冒険者を斬ったのも、行き過ぎと思うが道理は分かる。
だが、逃げ惑い、怪我をした市民を斬ったのは、いったい何のため?
「困った、どうも酷い勘違いをされてるみたいだなぁ。――さて、どうやって納得してもらったものか」
痛切なキヨの思いは、しかしトバイアスには届かなかったらしい。
金髪の優男は薄笑いを浮かべながら困った風に呟く。――その刹那、
「キヨっ!」
「え――」
微かな風切り音と、サティアの叫び声が響いた。
× × ×
耳を聾する金属音が、血塗られた岩場に響く。
突如としてトバイアスが【拡張斬撃】をキヨの首筋へと打ち込み、機敏に反応したサティアがその不意打ちを短剣で受け止めたのだ。
「サティアちゃんっ!?」
「ぐっ――」
だが、S級冒険者の一撃は鋭く、早く、そして重い。
サティアは斬撃を完全に防ぎきることはできず、右腕に傷を負ってしまった。
思わず短剣を取り落すほどの衝撃。防護魔法を掛けていなければ腕が斬り飛ばされていただろう。
「おや防いだよ。すごいなぁ。それなりに実力はあるのか」
「キヨ、抜いてっ! ――っ!」
余裕の表情で嘯きつつ、トバイアスの攻撃は止まらない。
次なる斬撃はサティアの太腿を深く切り裂いた。
「う、うわあああぁっ!」
友達を眼前で傷つけられ、キヨも怒りを爆発させる。
サティアへの攻撃を逸らそうと斬りかかるが、その一撃は素気無くトバイアスによって防がれる。
「お、君も使えるねぇ。なかなか楽しめそうだ。――あ、安心しておくれよ。ちゃんと君たちの上司には、頑張って魔物と戦ったって伝えてあげるからね」
トバイアスの顔貌には、醜く歪んだ本物の笑顔が浮かんでいた。
S級冒険者は嗜虐心を存分に昂ぶらせ、白刃を振りかざした。




