27 軋轢 グリフォン退治
鬱蒼とした森の中を、二人の少女たちが歩いている。
下草を踏みしめ、薄暗い木々の合間を進むのは、ウルザブルンの駆除人キヨとサティアだ。
彼女たちはこの付近に出没する魔物、グリフォン退治に赴いていた。
「たぶん、巣はもっと高所にあると思うんですけど……」
「木に登って、探す?」
「向こうからも見えるからやめておきましょう。グリフォンは視力が凄くいい、らしいです」
周囲に気を配りながら、二人は作戦会議をする。
ウルザブルンに依頼が持ち込まれたのはこの日の早朝。
昨日の夕方、付近の街道を進んでいた幌馬車を鷲頭の怪物が襲い、なんと幌馬車を捕まえて飛び去ったというのだ。
目撃情報から、魔物はグリフォンだろうという話になった。狂暴で力も強く、巨体ながらも凄まじい速度で空を飛ぶ怪物である。
普通ならロットかデリックが受け持つレベルの魔物だが、生憎二人とも別件で出払っており、ならばとキヨとサティアが志願した。
ともあれ、実力的には決して無謀ではなく、彼女たちなら十分に討伐できる相手である。ウルザブルンの面々が、少女たちに過保護気味なのだろう。
「先に、魔物倒さない?」
「もうちょっと待ってください。……ん? 風上から匂いが流れてきました!」
高地に巣を作るグリフォンを相手に、なぜ森の中を歩いているかというと、彼女たちは生存者がいないか探しているのだ。
連れ去られた幌馬車の中には、男性が一人取り残されていた。
グリフォンは馬を好んで食すというから、人間は見逃されている可能性も高い。もし自力で逃げ出したのなら、裾野の森を通るはずだ。
「……これ、血の匂いです。急ぎましょうサティアちゃん」
高鼻で周囲の匂いを嗅ぎ取ったキヨが、緊迫した面持ちでそう告げる。やはり、この森の中に負傷者がいるらしい。少女たちは茂みを突っ切り、風のように走った。だが、
「…………酷い」
森の一画には、酸鼻極まる光景が広がっていた。
地面に打ち捨てられたように転がっている亡骸は、おそらくグリフォンに連れ去られた男性だろう。
腹を裂かれ、内臓が辺りに撒き散らされ、首には深い裂創が走っている。
流れ出た地は下草をどす黒く染め上げ、吐き気を催すほどの臓物と血の匂いが辺りに立ち込めている。
残念だが、被害者の救出は間に合わなかったのだ。だが、
「これ、変」
「……はい。私も気付きました」
凄惨な死体に軽く瞑目すると、少女たちはすぐさま現場検証に取り掛かった。そして、次々に奇怪な点が明らかになる。
「馬車、見つけた。木の上に引っ掛かってる」
「たぶん、途中で振り落とされたんでしょう」
付近を探索したサティアは、数百メートルほど離れた場所で馬車の残骸を見つけたらしい。轅からハーネスが脱落し、空中から落下したようだ。
馬肉を好むグリフォンが、邪魔な荷台部分を捨てたらしい。おそらく、中に居た男性もその時一緒に墜落したのだろう。
「足を怪我して、それでも頑張って、ここまで逃げて来たんですね……」
哀悼を込めて呟くキヨ。
遺体は右脚を骨折しており、地面には這いずり跡が続いている。
おそらく自力で馬車から脱出し、逃げようとしたのだが、ここで命を落としたらしい。だが、そうすると疑問点がある。
「これ、獣に襲われた訳じゃないですよね」
「うん。内臓は全部揃ってる」
誰がこの男性を殺めたのかということだ。
凄惨な現場をつぶさに調べてみれば、どうも遺体には不自然な点が多すぎる。
腹が裂かれ、内臓が四方八方に飛び出ているが、普通、捕食を目的とする動物、魔物に襲われればこのようにはならない。
加えて、首筋の裂傷も気にかかる。襟元が血で激しく汚れていることから致命傷と見られるが、鋭い切り口は、明らかに獣による咬傷ではない。
「グリフォンは、こんな場所に入らないでしょうし」
魔物の鉤爪に襲われたのなら説明も付くが、馬車を掴み上げるほどの巨躯を誇るグリフォンが、木々が生い茂る森に立ち入るとは考えにくい。
「これ、人の仕業。でも下手。もっと自然にできるのに」
キヨが言いあぐねていたことを、サティアが端的に指摘する。元暗殺者の少女からすれば、一目瞭然の偽装工作なのだろう。
「敵、増えた。キヨも気を付けて」
「…………はい」
周囲には魔物だけではなく、人殺しも潜んでいる。
サティアの警告に、キヨは憂い顔を緊張に引き締める。
「それじゃあ、グリフォンの巣を探しましょう」
「うん。山登り、する」
被害者は助けられなかった。後は、魔物を討伐するだけだ。
二人の少女は遺体に黙とうを捧げ、その場を後にしようとする。と、
「――っ!?」
キヨが目を見開く。濃密な血臭に紛れて気付かなかったが、不意に覚えのある残り香を嗅ぎ取ったからだ。
× × ×
ごつごつとした岩に覆われた小高い丘に、標的は巣を構えていた。
ロットから訓練を受けた彼女たちは、魔物の放出する魔力を感じ取ることができる。
森を抜け、岩肌を駆け登って行くと、魔力の残滓はどんどん濃くなる。じきに、倒木を組み合わせて作った巨大な鳥の巣のような物体が見えてきた。
キヨは実物こそ初めて見るが、あれがグリフォンの巣だろう。
「じゃあ、作戦通りにお願いね。サティアちゃん」
「わかった。任せて」
グリフォンは飛行能力を持つ大型の魔物。しかも、見通しがよく足場の悪い丘の上で戦うのは、相手にとって大幅に有利だろう。
なので、彼女たちは確実な手段を考え出した。毒である。
まずはキヨがグリフォンの前に姿を現し、注意を引く。そしてその隙に、潜伏していたサティアが毒を塗布した短剣をグリフォンに突き立てるのだ。
魔物の筋骨は強靭だが、幸い鱗や甲羅に覆われている相手ではない。腹側の皮膚の薄い箇所を狙えば、刃物は通るはずだ。
そして、一旦毒を与えればあとは持久戦だ。
毒が回るまで防御に徹するもよし。仮に逃走されても、キヨなら匂いで追いかけることができる。
大型の魔物相手に一か八かの勝負は仕掛けるべきではない。時間を掛けてでも確実に追い詰める。その為にも、初撃を確実に決めなければならない。
「ん? あれ、この匂いって……」
「なに?」
風下側から回り込もうとすると、キヨが怪訝な声を上げる。
丘を吹き降ろす風に乗って漂うのは、濃密な血の匂いだ。それも、今回はおそらく人ではなく、魔物の匂い。
二人は慎重に、そして迅速に丘を登って行く。そして、匂いの発生源はすぐに明らかとなった。
「なッ――」
頂にほど近い岩肌には、大量の血潮が飛び散っていた。
辺りには巨大な羽毛が舞い散り、鉤爪のついた太い脚が転がっている。
血臭を発していたのは、バラバラに引き裂かれたグリフォンの死骸であった。
そして、それを為した人物もすぐに見つかった。
「おやおや、可愛い女の子たちだ。――あれ、前にどこかで会ったかな?」
切り落としたグリフォンの頭部を踏みつけにしているのは、金髪を撫でつけにした鋭い眼光の男。
ミスリル製の長剣を手にした彼、S級冒険者トバイアス・ヘイルは、張りつけたような作り笑顔でキヨたちに話しかけた。




