26 軋轢 ギルドの策謀
「間違いありません。その男性は「飛剣」のトバイアス・ヘイル。ギルドが招聘したS級の冒険者ですわ」
館の二階の事務所に、プリシラの朗々たる声が響く。
買い物から帰ると、ロットはすぐさま街での出来事をプリシラ、デリックに報告した。すると、プリシラは丁度そのことで話があったらしく、夜中に秘密の会議が開かれたのだ。
「元々、アスマイア王国を拠点に活動していたようですが、数十日ほど前にグレオン王国のギルドへ移籍したようです。おそらく、昨今の宣伝活動の一環かと思われますわ」
プリシラの説明に、無言で頷くロットたち。
大陸全土に勢力を伸ばす大企業の冒険者ギルドだが、ここグレオン王国では、最近は少々業績に陰りが出ている。
「黒の世界樹」討伐の折、多数の死傷者を出したため、質の良い冒険者の数が足りていないのだ。
加えて、小規模ながらも競合会社であるウルザブルンの出現により、ギルドはその商売方法を変更せざるを得なくなった。
独占企業として殿様商売をしていたのが、依頼料金の見直しやサービスの向上、職員の綱紀粛正を余儀なくされたのである。
「そうか。それで冒険者たちが荒れてるのか」
疑問が氷解したとばかりに、ロットが呟く。
命を懸けて魔物と戦う冒険者は、ランクの上下に関わらず、押しなべて気位が高い。給金が引き下げられ、規律の順守を求められれば、反発心も起こるだろう。
にもかかわらず、ギルドの今期の売り上げは昨年に比べればかなり落ち込んでいるらしい。暇を持て余した冒険者が酒びたりになるのも無理はない。
アメリアに絡んでいった大男は、そうした鬱憤を爆発させたのだろう。
「はい。伝手を使って多方面に宣伝を行っているようですが、肝心の魔物討伐は失敗も多いらしく、評判は芳しくありませんわ」
「それで、助っ人を連れてきたという訳か」
プリシラの報告に応じるのはデリックだ。
元冒険者の彼は、ギルドの運営方針についてもそれなりの知見がある。ギルドの狙いも読めるのだろう。
「ただ、少し妙だな。S級ともなればギルドの最高戦力だ。そう簡単に先方が手放すとも思えんが……」
「……まだ精査は済んでいないのですが、そのトバイアスという男、どうやら少々素行に問題があったようですわ」
デリックの疑問に答えるプリシラ。
詳しい情報は手に入れていないが、どうやらS級冒険者の移籍の裏には、きな臭い話もあったらしい。
「なるほど。それで昼の件に繋がる訳か」
その報告を受け、冷厳な面持ちでロットが呟く。そして、
「キヨ、サティア。君たちの感じたことを教えてくれないか」
視線を転じ、優しい声音で少女たちに問いかける。
「は、はい! えっと、ロットさんが男の人を店の外に連れ出した時、どこからか血の匂いがしたんです。たぶん、人の血だと思って気になって、そうしたらあのトバイアスさんがいて……それで様子を窺っていたら、いきなり剣を抜いて……」
「分かった。ありがとう」
おっかなびっくりと話すキヨに、誠実に謝意を述べるロット。
こうした会議は子供に聞かせるべきではない話も多く、大人三人で行うのが慣例だったのだが、今回キヨたちは当事者だ。
それに、この稼業を続けるなら、人間の悪しき部分も必ず目の当たりにすることとなる。少々早いが、避けて通る事のできない経験だ。
そうした事情から、これからはキヨたちも会議に同席させることにしたのだ。
「サティアはどうだ? 何か気付いたことはあるか?」
「うん? んーと、あれ、かなり強い。それにだいぶ殺すの慣れてる。――あと、たぶん殺すのが好きな手合い。時々いる」
元暗殺者の少女は、淡々と自らの見立てを述べる。
すべて根拠のない主観に過ぎないが、それでもサティアの口調は断固としている。
現場に居合わせたロットとしても、見解に異を唱えるだけの材料はない。
あれほどの腕なら、剣だけを狙って弾き飛ばすことも可能だっただろう。手首を切断し、治療する素振りすら見せなかったことからも、かなり常習的に人間を斬っているようだ。
そんな男に付いて行ったアメリアが、青年は心配でならない。
「……どうかなされましたかロット様?」
「ああいや、なんでもないんだ」
妙に鋭い視線で問いかけてくるプリシラに、ロットは意味も無く慌てる。
「でしたら構いませんけれど。……引き続き、トバイアス氏の情報は集めておきますわ。皆様も、お気を付けられますように」
ともかく、ギルドが戦力補強として引き入れた冒険者は札付きの狂犬らしい。
直接関わり合いになる事態は稀だろうが、警戒しておくべきだろう。
「それにしても、そんな輩を雇い入れ、しかも卑劣な裏工作まで行うとは……いよいよギルドも、なりふり構わなくなってきましたな」
トバイアスの件が片付くと、デリックは憂い顔でため息をつく。
「はい。むしろ我が社にとっては、彼らの宣伝工作の方が差し迫った脅威ですわ」
プリシラが告げる新たな議題は、ギルドのウルザブルンへの嫌がらせである。
「どうやらギルドは人を使い、各所で我が社の悪評を立てているようです。取るに足らない噂ならいいのですが、中には悪質な誹謗中傷も多く含まれていますわ」
もとよりギルドの内情を調べていたのは、彼らのネガティブ・キャンペーンに対処するためである。
暗殺者ギルドに依頼し、ウルザブルンの評判を直接落とす企ては、ロットたちの活躍によって阻止された。
だが、彼らはさらに悪質な情報戦を仕掛けてきたのだ。
「魔物の駆除に失敗した。報奨を上乗せ請求された。さらには口に出すのもおぞましい事実無根の中傷も行われています。――加えて、最近は冒険者ギルドを称揚するような噂もよく聞かれます」
「酷い、あんまりです……」
「むぅ……」
プリシラの説明に、揃って言葉を失うキヨとサティア。
実力でウルザブルンを排除するのは面倒と見た彼らは、組織力を生かして宣伝工作に舵を切ったらしい。
これは、小規模で実績の少ないウルザブルンには覿面の効果がある。
人は己が知り得た情報で判断を下すものだ。いくらロットたちが誠実な仕事をしても、ばら撒かれる悪評の方が明らかに多くの人の耳に入る。
プリシラも実家のダンストン商会を頼ってウルザブルンの宣伝を行っているが、やはり冒険者ギルドとはネームバリューが違い過ぎる。
「今の所、有効な手段は見出せず……私の力不足ですわ。申し訳ありません」
「そ、そんなことないですよ!!」
「うん。プリシラ、頑張ってる」
痛切な表情を浮かべる乙女を、少女たちが懸命に励ます。
だが、影響は既に表れ始めている。堅調に数字を伸ばしていた依頼数が、ここ最近は唐突に伸び悩んできており、加えて、現場で依頼人たちからも疑念を向けられることが多くなった。
状況は決して楽観視できないだろう。
「…………」
眉を顰めて考え込むロット。然しもの大賢者にも、名案は浮かばないようだ。
「確固たる証拠があれば、訴訟にも持ち込めるのですが……ただ、相手は冒険者ギルド。法曹界にも大きな影響力を持ちますわ」
美貌を曇らせ、プリシラが呟く。
情報収集は引き続き行うが、やはり正面切って争うのは難しいらしい。
あらためて、一同は冒険者ギルドの強大さを思い知らされることとなった。
「とにかく、目の前のことを一つ一つ片付けていこう。堅実な仕事を積み重ねれば、きっとみんなも分かってくれるさ」
沈黙する皆を元気づけるように、ロットが朗らかにそう告げる。
根拠のない励ましだが、彼が言えば空疎に聞こえないのは、彼の暖かな人柄のお蔭だろうか。
「そうですな。明日も早い。今日はこれぐらいにしておきましょう」
デリックも年長者としての貫録で、皆を安心させる。
そんなこんなで、今晩の会議は終了となった。すると、
「ところでサティア様。――何度も申し上げていますが、ロット様の部屋へと忍び込むのはお止しくださいまし」
解散、そして就寝の段になって、プリシラがそんなことを言い出す。
金髪碧眼の乙女は華やかな笑顔を浮かべているが、なぜか凄まじい威圧感を放っている。だが、
「――なんで?」
心底不思議そうな表情で、黒髪の少女が小首を傾げる。
「ちょ、ちょっとサティアちゃん!」
「キヨと寝ると温かいけど、社長と寝るのも、なんだか楽しい」
不穏な気配を感じて声を上げるキヨに、堂々と主張するサティア。
「それはようございました。ですが、社屋の管理者として風紀の乱れは看過できませんわ。――サティア様もひとりで眠れるように訓練なさいませんと。ね?」
笑顔の圧をさらに強めて、プリシラが迫る。
乙女の凄まじい威圧感に、キヨは緊張に耳と尻尾をぴんと立てる。が、
「うん? あ、プリシラも、一緒に寝たい?」
「――な、なななな、何を仰るのですか!? わ、私はそんなはしたないことを考えては……い、いえ、否定するわけではありませんが、褥を共にするなど、その、ちょっと早いと言いますか……」
サティアの無垢な問いかけに、プリシラは真っ赤になって追い詰められてしまう。
「じゃあ、プリシラと寝ようか?」
「で、ですから、別に嫌という訳ではなく、節度の問題で――へっ?」
「今日はプリシラの部屋に、行っていい?」
「も、もちろんです! 歓迎いたしますわサティア様!」
きょとんとした風に尋ねるサティアに、プリシラは大慌てで誤解を取り繕おうとする。
先ほどまでの重苦しい空気は一掃され、事務所には和やかな雰囲気が満ちる。だが、その変化に何を思ったのか、
「そうだな。プリシラと一緒に寝るのは楽しいかもな」
ロットが笑顔でそんなことを口にした。
「な――あぅぅ……」
「へ? ど、どうしたんだ!?」
途端に、乙女は顔を真っ赤にして、その場にしゃがみ込んでしまう。その急激な変化に青年は慌てふためくも、一向に事態は収まらない。
醜態を晒す大賢者に、心底呆れた眼差しを向けるのはキヨだ。
「今のはロットさんが悪いです」
犬耳少女はため息を一つ吐き、それでも嬉しそうに微笑んだ。




