25 軋轢 狼藉者
喫茶店の店先で怒鳴っているのは、剣を下げた大男である。
風体は明らかに冒険者。ただ、身ごなしを見るに良くてB級程度だろう。
「席は空いてるじゃねえか! なんで座らせねえんだっ!」
「い、いえ。当店ではテーブルごとにお客様を案内しておりまして……」
「だからなんだ! 詰めさせればいいだろう! 俺を舐めてんのか!?」
まだ昼だというのに、冒険者の顔は耳まで赤く、かなりの酒が入っている。
酒の後には甘い物が食べたくなる手合いなのだろうが、大人しく順番を待つつもりはないようだ。
奥から複数の店員が出て来て、なんとか場を収めようとしているが、その対応が癇に障ったらしく、冒険者はさらに大声で喚き散らしている。
「誰が魔物からお前らを守ってやってると思ってんだっ! 飯炊き風情が調子に乗りやがってっ!!」
「ひぃっ!」
怒声と共に、店内にけたたましい音が響く。冒険者が店の棚を叩き壊したのだ。
店員が悲鳴を上げ、客も難を恐れて逃げ惑う。
冒険者はその反応に気を良くしたのか、黄ばんだ歯を見せて意地悪く笑った。
「おっと、手が滑っちまった。悪いが早いとこ席に案内してくれねぇか。次は転んじまうかもなぁ」
嘲りも露わにそう嘯く冒険者。――事態を静観していられるのは、流石にそこが限界だった。
「もうやめなさ「――そこまでにしてください!」」
制止しようとしたロットに先んじたのは、アメリアの鋭い声だ。
彼女はロットと同じように席から立ち上がり、店内で騒いでいる冒険者を睨んでいる。
「ああ? 誰に物言ってんだ女っ!!」
まさか刃向う者が出るとは思わなかった冒険者は、不快も露わにそう怒鳴る。
「「無辜の民の盾となるべし」あなたは冒険者ギルドが定める憲章に反しています。そうそうに立ち去りなさい」
柔和な面差しに似合わぬ苛烈さで、アメリアが冒険者を叱りつける。
だが、よく見ればか細い手が震えている。思わず飛び出したようだが、大男に立ち向かうのはやはり恐ろしいのだろう。
「手前が冒険者の何を知ってるってんだ! 舐めた口きくとぶっ殺すぞっ!」
「わ、私は冒険者ギルドのアメリア・バーツです! あなたはB級冒険者のイーモン・ダドリーですね。この件は上に報告しますからっ!」
冒険者の恫喝にも臆さず、アメリアがそう啖呵を切る。
ギルドの職員が現場に居合わせたことに、冒険者は瞬時怯むが、
「事務女が何をぬかしやがるっ! 手前らの無能を押しつけやがってっ!!」
「きゃっ!?」
激昂した大男は、なんと拳を振りかざしアメリアへと襲い掛かってきた。
武術の心得のない彼女は身を竦ませることしかできない。だが、
「いい加減にしろ……」
冒険者の拳がアメリアに触れることは無かった。ロットが音も無く間に立ち、大男の腕を掴んだからだ。
× × ×
「な、何だ手前ッ!?」
「この店の客だ。これ以上の狼藉は見逃せないぞ」
ギルドとの軋轢を気にして手を出しあぐねていたが、流石にアメリアへの危害は看過できない。
「この野郎――ぐっ!?」
大男はロットの拘束を振りほどこうとして、しかし逆に凄まじい握力に苦悶を漏らす。体格では酔漢に劣る青年だが、基礎スペックが違い過ぎる。
ロットはそのまま男を引きずって店の外まで連れ出す。
アメリア、キヨにサティアはもちろんついて来るが、物見高い客たちもおっかなびっくりと様子を窺いに出てくる。
「飲み過ぎだ。家に帰って酔いを醒ませ」
できれば魔法で意識をコントロールしたかったが、精神操作の魔法を人間に使うのは法に触れる。人前では行えない。
ロットは捩じり上げた腕を放し、なるべく穏やかに大男を解放する。が、
「糞っ、くそクソっ! 舐めるんじゃねぇガキがっ!!」
その気遣いが、却って男の精神を逆撫でにすることになった。
「ぶっ殺してやるっ!」
大男は腰から剣を抜き放ち、血走った目でロットを睨みつける。
顔は怒りと酒で赤黒く染まっており、口の端からは泡を吹いている。どう見ても正気を失っている様相だ。
しかも悪いことに、騒ぎを聞きつけ、早くも周囲には野次馬が群がっている。
「ロットさんっ!」
「下がってアメリアさん。キヨ、サティア。周囲の警護を」
「は、はい!」
「うん」
剣を振りかざし、意味の取れない暴言を撒き散らす大男を前に、ロットは至極冷静に指示を下す。
彼にとっては子猫を捕まえるより容易い相手だが、万が一にもギャラリーに被害を出してはならない。
武器すら持たず、余裕の構えを見せるロットに、大男はさらに怒りを爆発させる。
もはや話し合いは不可能だろう。かくなる上は、速やかに沈黙させるまでだ。
「うおおおっ!」
雄叫びと共に、男が剣を振り上げて迫る。そして鈍色の刃が振り下ろされる刹那――微かな風切音が聞こえた。
「な――」
「――あ?」
ロットは驚愕に目を見開き、大男にいたっては、我が身に起きた出来事を瞬時には理解できないでいた。
鋼の剣が石畳の上へと落ち、鈍い音を立てる。――柄に男の手を残したまま。
地面に線を描く鮮血。男が剣を振り下ろそうとした瞬間、遠間からその手首が切り落とされたのだ。
「あ――ひぃぃあぁぁぁっ!」
数瞬の間を置いて我に返った大男が、激痛に膝を屈して叫ぶ。
ロットはすぐさま負傷者を治療する。――訳にはいかなかった。
抜き身の剣を下げた男が、群衆から歩み出てきたからだ。
× × ×
「まったく困った輩だ。それでも誇りある冒険者かね」
典雅な、それでいてどこか陰惨な呟きが聞こえる。
声の主は若い男だ。金髪を撫でつけた端正な顔立ちだが、眼光は鋭く、冷酷な雰囲気を纏っている。
「お騒がせした皆さん。狼藉者は成敗した。どうぞ、ご安心下さい」
ミスリル製と思しき剣を手にした男は、芝居がかった仕草で周囲にそう告げる。
右手を切り落とされた大男は膝を付いて苦悶の声を上げているが、まるで頓着していない。
突如として起きた惨劇に、群衆たちは悲鳴を上げて散り散りに逃げさった。
喧騒の中、ロットはすぐさま落ちた手首を拾い、大男へと近寄る。
「腕を出しなさい。【治癒 接合】」
呪文と共に、まるで時間が遡るように切断面が繋がっていく。
僅か数秒で治療を終えたロット。だが出血は激しく、繋がった腕に安堵した大男は、そのまま昏倒してしまう。
「おや、君は魔導士だったのか。しかも素晴らしい腕前だ。――これは、要らぬお節介だったかな」
若い男が興味深そうに話しかけてくる。この男、自らの行為には何の感慨も抱いていないらしい。
「……【拡張斬撃】か。名の有る剣士とお見受けする」
冒険者の容態を見ながら、静かに応じるロット。
遠間から手首を刎ねたのは、魔力で疑似的に刀身を延長する技だ。
習得が難しい【拡張斬撃】を扱えるということは、まずは一流の剣士と断言して構わない。
「トバイアス・ヘイルさん……」
畏怖と緊張を滲ませて呟いたのは、その場に居合わせたアメリアだ。
彼女はけが人を介抱するロットと、薄笑いを浮かべる剣士を交互に見比べている。
「おや、アメリアさん。こんなところにいらっしゃったのですか。つれないなぁ。折角ご一緒にお茶ができると思ったのに」
トバイアスはようやく剣を収めると、馴れ馴れしい態度でアメリアにすり寄る。
そしてしばらく言葉を交わすと、急にロットへと向き直り、
「ああ、そいつは後でギルドの職員が回収します。そこらに寝かせといてください。今後、こんな不始末を仕出かさないよう、しっかり教育しておきますので」
うそ寒いほど爽やかな笑みを浮かべる。
そうして彼は人気の絶えた街路を颯爽と歩き出した。
アメリアはしばらく迷っていた様子だが、
「今日はお話ができてよかったです。助けてくれて、ありがとうございました」
簡潔に礼を述べ、急ぎ足でトバイアスの後を追う。
結局、その場にはウルザブルンの面々だけが残された。
「…………」
容態が安定したのを確認すると、喫茶店に事情を話し、大男を軒先に寝かせる。
ロットは終始無言だ。降って湧いた騒動もそうだが、あのトバイアスという男に、言い知れぬ嫌悪感を抱いているのだろう。
そうしてひとまず事後処理が済むと、彼らも会社へ引き上げることにした。あまり遅くなっては、プリシラたちも心配する。
「あの、ロットさん……」
その帰り道、キヨがさも言いにくそうに口を開く。
「ん? ああ、どうした?」
アメリアの態度やトバイアスの身の上が気にかかっていたロットだが、陰鬱な少女の声に、慌てて優しい表情を取り繕う。
「その、さっきの、トバイアス・ヘイルさんって人なんですけど……」
「うん。大丈夫。話してみてくれるか」
なおも口ごもるキヨに、青年は穏やかに先を促す。すると、
「あの人、剣を振るう前から、血の匂いがしてた気がするんです」
勘違いであって欲しいと言わんばかりに、犬耳少女が悲痛な表情で呟いた。




