24 軋轢 意外な再会
予想もしなかった人物との再会に、瞬時固まってしまうロット。
驚愕はアメリアも同じだったらしく、目を見開いて一同を凝視する。
「あの、お客様?」
「ああいえ、相席させていただいて構いませんか?」
「あ、はい。ど、どうぞ……」
店員の訝しげな問いかけに、慌てて我に返る二人。
ぎこちなく言葉を交わして席に着く。
「……知り合い?」
ぽつりと尋ねるサティア。流石の彼女も、ロットの態度の変化に気付いたらしい。
「ああ。この方はアメリア・バーツさん。冒険者ギルドの事務員さんだよ」
何気ない風に紹介するロット。
アメリアとは、かれこれ七年ほどの付き合いだ。
彼が師匠の下で修行を終え、王都ベイトンへ出てきたのが十五歳の時だから、冒険者ギルドに所属したのは十一年前ということになる。
それからしばらくしてアメリアがギルドに就職し、毎日のように顔を合わせることとなった。
荒くれ者の多い冒険者ギルドでは、どちらかといえば女性職員にもはすっぱな者が多いのだが、彼女は万事控えめな性格をしており、勤務態度も実直そのものである。
ある意味では地味なアメリアだが、それ故か学者気質のロットとも話が合った。
そしてアメリアの方も、誰も受けたがらない低報酬の依頼を、人助けのためと率先して受けてくれるロットには好印象を抱いていた。
別に男女として深い仲になった。と言う訳ではないが、互いに善き友人、仕事仲間として付き合いがあったのだ。――ロットが除名されるその日までは。
「冒険者、ギルドの……」
「ああ。彼女にはずっとお世話になってたんだよ」
耳をぴんと立て、警戒した様子で呟くキヨに、ロットがそう執り成す。
犬耳少女はロットが冤罪でギルドから追放されたことを知っている。また、彼女はならず者の冒険者に襲われたこともあり、冒険者ギルドそのものに強い不信感を抱いているのだろう。
「さ、さあお茶にしようか。みんな何が食べたい?」
妙に緊張した空気を察して、ロットが露骨に話題を逸らす。
キヨたちもそれ以上は追求せず、素直に料理を注文した。
「お元気そうでなによりです。ご活躍は毎日のように耳にしていますから。……そちらのお嬢さんたちは、ロットさんのご友人ですか?」
「アメリアさんもお変わりないようで。……この子たちは、うちの社員です」
飲み物を口にしながら、他愛ない話を始めるロットとアメリア。
おおよそ一年以上もあっていなかった両者である。別れ方が悪かったこともあり、会話はやはりぎこちない。
「まあ、こんな小さなお嬢さんたちが?」
「よく働いてくれていますよ。お蔭でなんとかやっていけてます」
双方が手探りで続けられる会話。
ロットは作り笑顔を浮かべながら、それとなくアメリアを観察する。
落ち着いた物腰と柔和な面差しは記憶のままだが、どこか疲れたような雰囲気を纏っている。こうして喋っている間にも、時折見せる眼差しは暗く澱んでいて、彼女が心労を抱えているのは明らかだ。
長い付き合いでもあるし、気にかかるのだが、今の青年と彼女の間柄では、軽々しく尋ねることは難しい。
「……あの、アメリアさん」
そんな二人の会話に割り込んできたのはキヨだ。
アップルパイを突いていた犬耳少女が、躊躇いがちに口を開く。
「ロットさんが逃げたのって、誤解なんです」
そして、何を思ったのかそんなことを言い出した。
「黒の世界樹」討伐の折、ロットが敵前逃亡したという話は事実ではないと、キヨはたどたどしくも真剣に訴える。
「やめなさいキヨ。アメリアさん困ってるだろう」
慌てて少女を止めに掛かるロット。
濡れ衣を証明するには、ロットが己の能力を過小に見せかけていたことも説明せねばならない。それに「黒の世界樹」の事後処理には、どうも政治的な判断も絡んでおり、この話に言及すれば、藪蛇を突くことになりかねないのだ。
もう一年以上前のことであり、今のロットはウルザブルンで充実した暮らしを送っている。いまさら過去の話を蒸し返すつもりはない。だが、
「な、なんでですか! あんなに頑張ったロットさんが馬鹿にされてるなんて、私絶対間違ってると思いますっ!!」
と、キヨは頑なに譲らない。
今やウルザブルンの評判は確固たるものとなったが、有名になればその分悪評も聞こえてくる。
駆除人が子供や引退した冒険者であることを馬鹿にされたり、ダンストン商会の系列企業として認知され「商人が魔物退治に目を付けた」などと陰口を叩かれることもしばしば。
最もキヨを傷つけたのは「ウルザブルンの社長は魔物から逃げてギルドを首になった臆病者だ」という嘲りだ。
実直に依頼をこなし、多くの人々を助け、感謝の言葉を受ければ受けるほど、そうした悪評は純粋な少女の心を曇らせるのだろう。
ロットを首にしたギルド職員に、彼女が抗議するのも当然だ。だが、
「キヨ。控えなさい。失礼だぞ」
「で、でもっ!」
ロットは厳しい口調でキヨを窘める。
確かに、ウルザブルンの悪評を消していくのは社長の務めだが、一介の事務員に過ぎないアメリアに噛みついても仕方がない。
それに、ウルザブルンと冒険者ギルドは規模こそ桁違いに異なるが、競合会社として微妙な間柄である。
何かトラブルを起こせば後々の関係に影響を及ぼすかもしれない。無用な波風は立てるべきではないのだ。
「駄目だ。時と場所を弁えなさい」
「うぅ~!!」
ロットとて、名誉を回復させてやりたいとのキヨの思いは汲んでいる。しかし、ことは会社に関わる話なのだ。社員を守るためには、時にはその意思も否定しなければならない。青年は断固たる態度で部下を黙らせる。が、
「誤解、とはどういうことですか? ロットさん。もしも何か事情があったのなら……今更詮無い話かもしれませんけど、教えてくれませんか?」
アメリアが真剣な表情で身を乗り出す。
あまりに切実な様子に、ロットは一目でただ事ならぬ気配を読み取った。
事情を知りたいという話に偽りはないだろうが、あるいは彼女の憂色にも関係があるのかもしれない。
「……確かに、俺はあの時五番隊に所属していました。ただ、決して敵前逃亡はしていません」
アメリアの気迫に押され、ロットは当時の出来事を語り出した。
とはいえ、自らが単独で「黒の世界樹」を討伐したとは知らせず、ただ味方の援護に回っているうちに五番隊が撤退してしまい、その後は単独で戦場に残った。
戦闘終結時には魔力を使い果たしており、動けるようになって街に戻ってみれば、すでに事後処理は済んでいた。
淡々と、当時の出来事を説明するロット。すると、
「どうして、ちゃんと説明して下さらなかったんですか……」
「いや、その――」
話を聞き終えたアメリアが、暗澹たる表情でそう呟く。
目には涙まで浮かべ、罪悪感に推し潰されそうな彼女を、ロットは慌てて元気づけようとするが、咄嗟には言葉が出ない。
さしもの大賢者とて、あの時は頭がいっぱいいっぱいだったのだ。
時間を置けば、改めてギルドを訪れて釈明しようという気にもなったのだろうが、その前にプリシラが駆けつけ、あれよあれよと言う間に独立してしまった。
「ごめんなさい。そうですよね。ロットさんがそんなに簡単諦めるはずありませんよね。……私の方から、事情をちゃんと聞くべきだったのに……」
と、どんどん塞ぎ込んでしまうアメリア。
どうやら、ロットの主張は概ね事実として受け取ってくれたようだ。付き合いが長いこともあるが、今にして思えば、「黒の世界樹」騒動の直後は、やはり皆が混乱していて、気も立っていたのだろう。
「だからロットさんは逃げ出したりしてないんです! ウルザブルンでも一番たくさん魔物を倒してますし、私たちにも色々教えてくれるんです!」
「うん。――あと出鱈目に強い。それに優しい」
「ありがとう。でもちょっと控えてくれるかな」
キヨとサティアに持ち上げられ、羞恥心に居た堪れなくなる大賢者。
ともあれ、彼女たちのお蔭でアメリアとの蟠りも解けたようだ。
お茶を飲みながら会話に興じれば、冒険者時代の日々が思い起こされる。
自然にロットの口元は緩み、アメリアの顔にも微笑みが浮かぶ。
けれど、そんなひと時も長くは続かなかった。
「こ、困りますお客様っ!」
「なんだぁっ! 手前んとこは客を選り好みしやがんのかぁ!?」
酒焼けした男の怒鳴り声が、店先から聞こえてきたからだ。




