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23 軋轢 とある休日



 ある朝、ロットは身体に生じた違和感で目を覚ました。


「……んん?」


 胴体部が妙に重い。そして身動きがしにくい。まるで何かが体の上に乗っかっているようだ。

 毛布をゆっくりと持ち上げて見れば、異変の正体はすぐさま判明した。


「またか。なんでこの子は忍び込むんだ」


 ロットの胴体にしがみ付いているのは、華奢な黒髪の少女、サティアだ。

 暗殺者ギルドとの手打ちが済んでしばらく経った。サティアはすぐにウルザブルンに馴染んでくれたのだが、過酷な日々を送ってきた反動なのか、どうもこの子は甘えたがりの気があり、しばしばこうして布団に潜りこんでくる。


「ほらサティア。起きてくれ」


 腹にしがみ付く少女を、ロットは優しく揺り起こす。

 普段はキヨ、デリックと同室で暮らしており、大抵はキヨの布団に潜りこむらしいのだが、なぜか時々はロットの部屋までやってくる。

 初めは驚いたが、四回目になると流石に慣れたようだ。


「……社長、おはよ」

「はいおはよう。――自分のベッドで寝るように言ってるだろう」


 首を上に向けて、可愛らしく挨拶するサティア。

 ロットは慎重な手つきで少女を追い立てる。軽く抵抗しつつも、されるがままの彼女はまるで猫のようだ。

 サティアの奇癖は皆が知っているから、別段誤解を招くようなことはないものの、やはり年頃の少女と同衾するのは気恥ずかしい。

 もう夜も明ける時間なので、ロットはベッドから起き上がった。

 サティアは毛布を掴み、まだまだ眠たそうにしている。と、


「失礼します!! サティアちゃんこっち来てませんか!?」


 扉を遠慮なく開けて、キヨが部屋へと駆けこんでくる。

 下着姿のままベッドに腰掛けていたロットはぎょっとするが、犬耳少女はすぐさまその隣で丸まっているサティアを見つけると、


「やっぱりっ! またロットさんに迷惑かけて。さ、部屋に戻りますよ!」


 腰に手をあて大げさに怒って見せる。齢は同じはずだが、マイペースなサティアにお姉さんぶって世話を焼くのが楽しいらしい。


「う~」

「唸っても駄目です! まったく、どうしてロットさんの部屋に行こうとするんですか」

「まあまあ、寝ぼけたんだろう」


 苦笑しつつ、少女たちを執り成そうとするロット。キヨは丸まっているサティアをひょいと抱きかかえると、


「ささ、もう朝ですよ。早く支度してください。今日は私たちがお料理当番なんですから!」

「……社長、助けて」


 嵐のような勢いでそのまま部屋を後にした。

 彼女たちを見送って数秒。残されたロットはのっそりと着替えを再開した。



   ×   ×   ×



 その日、午前中の業務を終えたロットは、昼からキヨとサティアを連れて街へと繰り出していた。

 商売が軌道に乗り、最近は多忙を極めるウルザブルンだが、今日は珍しくも急ぎの依頼が無かったのだ。


「いいらっしゃいませぇ。ウルザブルンの皆さん」

「久しぶり。支払いに来たよ」


 ロットを快く出迎えてくれたのは、サイクロプス族のトーサ。

 彼らが訪れたのは王都でも有数の職人たちを抱えるディロン工房だ。

 ディロン工房は仕事が丁寧で迅速なので、ウルザブルンも大いに頼りにしており、創業からずっと良好な関係を続けている。


「すすみませんねぇ。こちらから出向くべきなのに……」

「いやいや、いつも重い装備を配達してもらってるからね」


 依頼がひっきりなしに舞い込むようになると、当然ながら剣や鎧の整備修繕、その他消耗品なども補充しなければならない。

 丁度、諸々の支払いがあったので、社長のロット自ら工房を訪ねたのだ。


「そそれで、この間の装備はどうでしたか? 細かい手直しが必要でしたら、遠慮なく仰ってくださいね」

「だそうだ。どうだいサティア。何か注文はあるか?」


 ウルザブルンに正式に雇われたサティアには、つい先日専用の装備をトーサに仕立ててもらった。

 魔物の知識や追跡術など、駆除人(スイーパー)としての技能は修めていない少女だが、その戦闘能力は一流である。ロットやデリック、キヨと組ませれば十分働けるだろうと、既に魔物退治の現場に出ているのだ。


「ない。――良い武器。使いやすい」


 背の高いトーサを見上げて、ぽつりと呟く黒髪の少女。

 実際、サティアは問題なく魔物を相手に戦えている。敏捷な上に隠密を得意とする彼女は、ゴブリンのような小型の魔物を相手にするならキヨよりも上手く戦う。

 小柄ゆえに力はないが、毒や罠を使うことで大型の魔物であっても問題なく相手取ることができる。


「そうですか。よかったぁ」

「うん。もう五十は殺した」

「えっ!?」

「ああいや、とにかく不満は無いんだな!」


 特殊な生い立ちゆえに、情緒面や倫理観に多少の問題はあるものの、それはゆっくりと教えていけばいいだろう。心根は純粋な子なのだ。キヨもずっと気に掛けているし、ウルザブルンで過ごしていけばきっと変化があるだろう。


「そうだ。支払いをしに来たんだった。キヨ、サティアと待っててくれるか」

「あ、だったらお店の商品を見ててもいいですか!」

「ももちろんです。どうぞごゆっくりご覧ください」

「ありがとうトーサ。二人とも職人さんの邪魔にならないようにな」


 そうしてロットは当初の目的を果たすと、しばしトーサと談笑し、ディロン工房を後にした。



   ×   ×   ×



 王都ベイトンを歩くロットたち。

 所用は済ませたが、折角街へと繰り出したのだからと繁華街を散策することとなった。


「えへへ、みんなに何か買っていきませんか」

「いい考えだ。そうしよう」


 プリシラにデリック、それに訓練生の皆にお土産を買おうというキヨの提案に、笑顔で応じるロット。

 お菓子や娯楽本など、共用スペースに置ける品をあれこれと買い込む。

 店先を見て回り、ああでもないこうでもないと呟くキヨは、実に楽しそうだ。

 今でこそ一人前の駆除人(スイーパー)として活躍する彼女だが、一年前までは暮らしぶりもおぼつかなかった。こうして街を練り歩き、買い物に興じることができるのが、嬉しくてたまらないのだろう。そして、


「――おお」


 表情はぴくりともさせず、それでも平坦な声で驚きを表現するのはサティアだ。

 彼女も街での買い物に、新鮮な喜びを感じているようだ。

 ロットは二人の少女に付き添い、ありふれた幸せを享受してもらう。


「んん? ――なんだかとってもいい匂いがします!!」


 ひととおり買い物を済ませたところで、キヨがそんなことを言い出した。

 ふんふんと匂いを嗅ぐ彼女に付いて行けば、洒落た造りの喫茶店が見えてくる。店先にまでくれば、焼き菓子の甘い香りがロットにもはっきりと分かった。


「色々と見て回って疲れたろう。お茶でも飲んでいこうか」


 丁度、小腹の空く時間帯である。館に帰る前に軽く何か食べてもいいだろう。ロットは二人を伴い喫茶店へと入る。だが、


「すみません。生憎今は満席で……」

「ああ、そうですか」


 応対した店員にそう言われる。

 どうやら人気店らしく、店内は客でいっぱいだ。昼下がりというタイミングも悪かったのだろう。

 このまま席が空くのを待つか、それとも別の店を探すか迷っていると、


「あの……あちらのお客様が、相席しても構わないと仰ってくれているのですが」


 座席を確認しに行った店員が、恐縮した面持ちで戻ってきた。

 食堂ならともかく、喫茶店で相席を許容するとは中々珍しい客である。

 どうしたものかとロットは思案するも、


「あぅ……」

「キヨ、お腹空いた?」


 犬耳少女は随分と空腹だったらしく、腹の虫で返事をしてしまう。

 サティアに真顔で尋ねられ、真っ赤になるキヨに微笑みつつ、


「その方に、相席をお願いしますとお伝えください」


 ロットは店員に案内を乞う。

 そうしてテーブル席に案内されると、


「え、……ロット、さん?」


 青年は思いもよらない人物と再会することになった。


「……お久しぶりです。アメリアさん」


 栗色の編み込みを下げた柔和そうな彼女は、アメリア・バーツ。

 ロットの古巣、冒険者ギルドで事務を務める女性であった。





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