22 問題発生 成立
「……アレの身柄、だと?」
闇の奥から響く声は平静そのものに聞こえるが、その裏には明らかな困惑が感じ取れる。
当然だろう。魔術文様を発動させ、その反応が消えたということは、サティアは既に死体になっているはずなのだ。
暗殺者ギルドにすれば、今更身柄の話を持ちかけられるなどとは思ってもみなかっただろう。
「彼女はまだ生きています。我が社で身柄を預かっていますわ」
さらりとそう告げるプリシラ。先に情報の出所が死に瀕したサティアからだと匂わせておいたのも、意図した布石だろう。
「生きているはずがない。アレは確かに処分した」
「それは思い込みと言うものですわ。あなた方が優れた技術を持つように、我が社にも超一流がいましてよ。寸での所でしたが、【馴致】の魔術文様は無事に解除できました」
文様の意味するところまで暴露されれば、相手方も事実として受け止めざるを得ないだろう。
ただ、ロットはなぜプリシラがサティアの身柄を俎上に乗せたのか、今一つ理解できない。
ウルザブルンへの妨害は、先の話で決着がついたのだ。いまさらあの少女のことを持ち出して、話が拗れないだろうか。
「我が社の駆除人と交戦した彼女は、実に見事な活躍を見せました。若くして素晴らしい腕前を持つ彼女を、是非弊社へと迎え入れたいのですが」
先ほどまでの態度が嘘のように、華やかな表情で闇へと語りかけるプリシラ。
サティアをウルザブルンで預かろうと考えているのは事実だが、わざわざ古巣に許可を得るような話でもないだろう。
ロットはプリシラの発言を遮ろうかと思い、そこではたと彼女の狙いに気付く。
これは、ウルザブルンなりの譲歩なのだ。
「もちろん、彼女の過去については何も問いませんし、語らせることも禁じます。おおよそ、人に聞かせられる話でもありませんし」
元暗殺者のサティアを雇い入れることは、ウルザブルンにとって無視できないリスクとなる。彼女は数々の重大事件に関わった犯罪者だ。仮に少女の来歴が明らかになれば、会社は社会的な制裁を受けることになるだろう。
故に、ウルザブルンは暗殺者ギルドの情報を軽々しく扱えない。世間に漏れれば共倒れになってしまうからだ。
これは暗殺者ギルド側への保証である。あえて彼らと繋がりのある人物を会社に入れることで、後ろ暗い事情を共有しておくのだ。
「……もとより一度は捨てた駒。好きにされよ」
プリシラの意図をすぐに汲み取ったのだろう。闇の奥からは、了承の旨が返ってくる。これで、会社はもちろんサティアの身柄も安泰となった。
硬軟併せ持つ乙女の交渉術に、ロットは舌を巻くばかりだ。
「有意義な会談となり、嬉しく思いますわ。それでは、私たちはこれで……」
「……待たれよ。ひとつ、質問がしたい」
細かな約定を詰め終え、ロットたちが辞去しようとすると、不意に暗殺者ギルドの代表がそう声を掛けてきた。
向こうからの問いかけに、緊張を新たにする二人。すると、
「ロット・ヘイワード殿。その顔には見覚えがある。……四年前、ヴィザークの街に現れたヒュドラを仕留めたのは、貴公ではないか?」
相変わらず感情の読めない声で、そう尋ねられる。
「はい。紫の鱗を持ち、毒液を吐くヒュドラでしたら、たしかに俺が討伐しました」
別段隠す話でもないので、素直に肯定するロット。
あの魔物はS級の冒険者でも討伐に失敗した怪物で、偶然近くを通りがかったロットが焼き滅ぼしたのだ。彼が居合わせなければ、街中が毒に侵されていただろう。
「得心した。貴公が噂に聞く「大賢者」であったか。――なるほど、此度の仕儀は、我らの落ち度であるらしい」
と、対話者がどこか愉快気に独言する。
どうやら、ロットがあずかり知らぬ場所で、この人物とは面識があったらしい。そして、大賢者の率いるウルザブルンの評価を大きく上方修正したようだ。
「次は依頼人として見えることを期待している。大賢者と、強かな商人よ」
教会を去る二人の背中に、揶揄するような言葉が投げかけられる。
恐ろしい組織だが、なんとか話を纏めることができた。状況次第ではあるだろうが、これで暗殺者ギルドはウルザブルンへの干渉を控えるだろう。
「いやしかし、一時はどうなるかと思ったが、なんとか平穏無事に済んだな」
教会から十分離れたところで、ロットはようやく安堵の息をつく。
ランプを片手にかかしのように立っていただけの彼だが、気が付けば手のひらにはぐっしょりと汗をかいている。あるいは魔物と渡り合うよりも、危険で困難な戦いだっただろう。
「全部プリシラのお蔭だ。――本当に、本当にありがとう」
勝利をもたらしてくれた女神に、大賢者は心から感謝の意を伝える。
「あら、そんなことありませんわ。隣にロット様が居てくれたから、私は怖じずに話せたのです。――今宵の成果は、私たち二人のものですわ」
「~~っ!」
プリシラに絶世の微笑みを送られ、然しもの鈍い彼も緊張に胸が高鳴る。
「さ、さあ帰ろうか。帰還魔法を使うから、俺の手を取って」
羞恥を誤魔化そうとそっぽを向く青年。けれどお嬢様はここが勝負どころと見たらしく、
「それでは……えい!」
勢い込んで、ロットの腕へと両腕で抱きついた。
「な――いや、そんなに密着しなくても……」
「あら、どうかいたしまして?」
緊張に身を強張らせるロットに、頬を桜色に染めつつもそう尋ねるプリシラ。
夜空の果てには藍色が混じり、新たな一日が始まろうとしていた。
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