21 問題発生 要求
王都付近で「暗殺者ギルド」へと接触する方法は、判明した限りで七つ。
そのうちの一つが、郊外にある廃教会を訪れることだ。
「暗いから足元に気を付けて」
「はい。ありがとうございます」
プリシラを伴って屋敷を出たロットが目的地へと着いた時には、すでに深夜となっていた。
生い茂る木々の合間に埋もれるように立つ教会は、幽鬼でも住みついていそうなほどにおどろおどろしい佇まいをしている。
ロットは今日の昼に一度訪れたが、夜ともなれば不気味さも層倍だ。
それに、崩れかけの教会はいたる所に物が散乱し、非常に見通しが悪い。仮に内部で戦闘となれば、魔導士のロットには不利に働くだろう。
「暗視の魔法をかけようか?」
わざわざランタンの頼りない明かりを頼っているが、その気になれば闇を見透かすこともできる。同行者にそう尋ねると、
「いえ。このままで構いませんわ。……場所を指定するのは、思惑が込められているからです。交渉とは、相手の考えを読みつつ、双方の妥協点を探すこと。闇の中での会話にも、それはそれで意味があるのです」
プリシラは凛呼とした面持ちでそう答える。
屋敷を出る時にはすこし悶着があったものの、彼女はすっかりいつも通りの聡明さと意思の強さを取り戻している。
いや、その力の漲りぶりはいつも以上だろう。
ロットから全幅の信頼を得た彼女は、まさに絶好調なのだ。
「ただ、危険が迫った際にはロット様の判断に従いますわ」
「……わかった。それまでは全て君に任せる」
話しつつ、二人は教会の玄関へと近寄る。
不意に、ロットがランタンで足元を照らす。荒れはてた石畳の一画を眺めてみれば、そこだけ石畳が綺麗に並べられている。
やや緊張の色を濃くするロット。
この教会の玄関の石畳を特定の順に並べておくのが、「暗殺者ギルド」への連絡方法なのだ。
そして会合のアポイントメントが取れれば、その石畳は元通りの順番に並べ替えられる。
間違いなく、この教会には暗殺者ギルドの人間が潜んでいるということだ。
「……行こうか。いざというときは、必ず守るから」
「はい。なんの心配もしていませんわ」
よほど魔法で内部を探知しようかと思ったが、それで会談がぶち壊しになってしまえば意味がない。
ロットは覚悟を決めて、教会内へと踏み込む。
そして寂れた教会内を進むと、正面奥の祭壇に小さなベルが置いてある。
これも、昼間下見に来た時は無かったものだ。
「二回、四回、一回だ」
ロットの指示に従い、プリシラがベルを鳴らす。
澄んだ響きが深い闇の中へと吸い込まれ、数十秒後、
「要件を聞こう」
年齢どころか性別すら定かではない声が、打ち捨てられた教会の中に響いた。
× × ×
魔法を用いて偽装しているのだろう。闇の奥から聞こえる声は教会内を反響し、話しかけられている方向すら特定できない。
打ち捨てられた暗い教会で、不気味な声に話しかけられれば、まるで自分が悪夢の中に迷い込んでしまったかのように錯覚するだろう。だが、
「初めてお目にかかりますわ。私は魔物駆除会社ウルザブルンのプリシラ・ダンストン。そしてこちらが我が社の社長、ロット・ヘイワードです」
プリシラは欠片ほどの動揺も見せず、優麗な所作で自己紹介をする。そして、
「本日はそちらの所員、サティア様のことでお話を伺いに参りました」
何気ない口ぶりで、いきなり話の核心へと斬り込む。
「…………」
「あら、御存じありませんか? では、こちらの思い違いかもしれません。どうぞ、ご放念下さいまし」
闇の奥から返答が来ないと、プリシラはからかうような調子でそう告げる。
いきなりそんな挑発的な態度で大丈夫なのかと、横で話を聞いているロットは冷や冷やするが、当のプリシラはまったく動じた様子はない。むしろ、ランタンの薄明かりに照らされた彼女は、まるで舞台女優のような威厳を纏っている。
「……アレがどうした、と?」
しばしの沈黙の後、闇の奥からそう尋ねる声。
プリシラは落ち着き払った様子で首を振ると、
「彼女の請け負った仕事についてお話がありますの。率直に言って、我が社から手を引いてくださいませんか」
当然の如くそう要求する。
妨害工作を仕掛けてきた相手に、迷惑だからやめろと直談判するのはいくらなんでも無理筋な話だが、彼らは元々、無理を押し通すために出向いている。
「…………」
またしても沈黙が返ってくる。
彼らにしても、標的がのこのことやってきて依頼を取り消せと迫るなど、そうそう例のないことだろう。
加えて、相手が反応を見せないのは、ウルザブルンがどの程度の事情を把握しているか、掴みかねているからだ。
「もちろん、無条件でなどとは申しませんわ。……代わりに、こちらは今回得た全ての情報を秘匿すると誓います。――サティア様はうわ言で色々とお答えくださいましたわ」
相手に判断材料を与える為、プリシラはブラフを混ぜつつ、さらに踏み込んだ発言をする。
これは聞きようによれば脅しも同然の、かなり危うい内容だ。事実、ロットは闇の奥から漂う気配が決定的に変質したのを感じる。相手は今、明白に殺害を選択肢に加え入れたようだ。
「なるほど。だが情報を秘匿するなら、もっと確実な方法があるが」
「まあ怖い。けれど、きっと難しいと思いますわ。いくらあなた方でも、大陸全土に散らばる商人を一度に始末できまして?」
あからさまな脅しをさらりと受け流し、金髪碧眼の令嬢がそう告げる。
「それらの情報は、信頼できる複数の貸金庫に預けてありますの。引き出し権限はダンストン商会の全ての人間が持っていますわ。もちろん、私やウルザブルンに被害が及んだ場合、という条件が付いていますが」
そして、とどめと言わんばかりの情報を告げる。
ロットも今初めて聞く話だが、どうやら彼女は昨晩サティアを助けると決まった際、早手回しにそれらの策を実行していたらしい。
もちろん、昨日の今日で全ての段取りが整った訳ではないし、商人たちの命を危険に晒すのは問題だが、暗殺者ギルドへの抑止力としては最強だろう。
「……ダンストン商会は、我々と対立するつもりか」
「いいえ。あくまでお話をしているのは、我らウルザブルンですわ。商会が情報を得るのは我らに何かあってから。……まあ、彼らが情報をどう扱うかまではわかりかねますが、さぞや世間は大混乱に陥るでしょう。――社会の裏で活動するあなた方にとっても、それは望ましい話ではないのではありませんか?」
嫣然と笑みを浮かべつつ、破滅の未来を語るプリシラ。
その堂々たる態度には、ロットも畏怖の念を抱かざるをえない。
「…………いいだろう。どの道、我らは既に失態を侵した。汚辱は甘んじて受け入れよう」
長い沈黙の後、「暗殺者ギルド」の代表はウルザブルンの要求を受け入れた。
今後、彼らによる妨害工作は行われない。暗殺者ギルドが失点を侵したとして、この件は完全に解決される。
おおよそ望みうる最上の展開である。流石のロットも、これだけの成果を得られるとは思わなかった。これも全て、プリシラが同行してくれたお蔭だろう。が、
「寛大なご処置に、心より感謝いたしますわ。――それで、ついでと言ってはなんなのですが、サティア様の身柄についても相談があるのですが」
金髪の乙女はこれからが本番とばかりに、新たな議題を持ち出した。
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