表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/47

20 問題発生 交渉



 窓から差しこむ朝日を浴びて、黒髪の少女サティアは目を覚ました。


「…………」


 物心がつくよりも前から暗殺者としての訓練を受けてきた彼女は、深い睡眠をとる習慣がない。

 しかし、今朝は実に気だるく、それでいて充足感のある不思議な目覚めだった。

 寝ぼける。という初めて味わう感覚。――だからだろう。彼女はすぐ側にいた人の気配に気付けなかった。


「おっはよーございますっ!」

「――!! うわっ」

「あわわ! 急に動いちゃダメですよ!」


 枕元で発せられた大声に、サティアは反射的に迎撃態勢を取ろうとするが、疲労によるめまいでふらふらとベッドに倒れてしまう。

 そんな少女に寄り添い、甲斐甲斐しく話しかけるのはキヨだ。


「お加減いかがですか? どこか痛んだり、苦しかったりしませんか?」

「ぅ……」


 満面の笑みを浮かべて話しかけるキヨに、サティアは困惑にたじろぐ。

 自分がまだ生きている理由が分からない。暗殺者ギルドに飼われている少女は、任務の失敗がすなわち人生の最後だと教えられている。

 事実、総身を焼き尽くすような激痛に襲われたことを記憶している。ただ、その後に、温かく優しいものに包まれたような感覚もあった気がする。


「大丈夫みたいですね。……えへへ、じゃあご飯にしませんか? ずっと眠りっぱなしで、お腹空いてるでしょ?」


 呆然とベッドに座るサティアをよそに、キヨがはにかみながらそう尋ねる。白くてふさふさとした尻尾が、さも嬉しそうに左右に揺れている。


「ぁ……ぅん」


 サティアは次に何をするべきか見いだせず、思わずキヨの提案に頷いてしまう。

 暗殺者として過酷な生を過ごしてきた彼女に、戸惑いという感情は無縁であるはずだった。

 常に現実に即して動き、課せられた使命をただ全力で成し遂げる。

 それが生きることだと思っていたのに、キヨに急き立てられてベッドを下りるサティアは、まるで小さな子供のように主体性が無い。

 これは彼女に刻まれた魔術文様が消え去ったことで、精神への呪縛が解けたことに起因するのだが、まだ本人にその自覚はないようだ。


「私、なんで……」

「後でちゃんとお話しますから。――だから、ね?」


 無表情だが困惑した様子のサティアに、どこまでも優しく語りかけるキヨ。

 そんな二人がやってきたのは、館の大食堂だ。


「あら、おはようございますキヨ様。それに、あなたも」

「おはようございまーす!」


 二人を出迎えたのはプリシラだ。そして広い食堂には、二人の男性の姿がある。


「やあ、おはよう。具合はどうだい?」


 穏やかにサティアへと語りかけるのは、柔和な面差しをした青年ロットである。

 彼らは少女に何の遺恨を抱いた様子も無く、当然のように朝食の席へと案内する。そうして、


「それじゃあ、みんな揃ったね」

「はい。いただきまーす!」


 暗殺者の少女が初めて経験する、穏やかで満ち足りた朝の一時が始まった。



   ×   ×   ×



 その日の深夜。館の玄関ホールに、外出の支度を調えたロットの姿があった。

 燭台の薄明かりに照らされるロットは、いつも通り穏やかな顔立ちだが、どこか緊張したような気配を纏っている。


「本当に、ひとりで行かれるのですかな?」


 そう尋ねるのはデリックだ。彼は夜更けに出かけようとするロットを、ここで見送るつもりらしい。


「ああ。それより、あの子(サティア)たちには気付かれていないよな?」

「はい。キヨと共に、もう休んでおりましょう」


 魔術文様から解放されたサティアは、嘘のように従順で穏やかな少女へと変貌していた。

 あの手の魔法は精神に強力に働きかけ、思考を誘導し、拘束する。

 長年にわたる呪縛から解き放たれた少女は、ある種の虚脱症状を見せていたが、注意深く観察すると、その性情はとても邪悪とは言い難い。

 キヨに何くれとなく世話を焼かれ、それに戸惑いながらも従う姿は、頑是(がんぜ)ない幼子そのものだ。


「絶対に悪い子じゃないよ。なんとかしてあげないとな」

「それはもちろん、そうですが……」


 サティアを保護したウルザブルンの面々だが、彼女を匿うには途轍もないリスクが伴う。少女は裏社会でその名を轟かす「暗殺者ギルド」の一員で、このグレオン王国で起きた様々な重大事件の内実を知っているのだ。


 そんな彼女を身近に置けば、必ずや多方面から災いを呼び寄せるだろう。

 会社の安全を考えるならばサティアを始末し、何も情報が得られなかった風を装って、この件を闇に葬るべきなのだ。

 だが、哀れな少女を殺すことなど、彼らにできるはずもない。


 そこでロットは一つの決断を下した。

 サティアの飼い主である「暗殺者ギルド」に直接掛け合い、取引を行うのだ。

 少女の記憶から、暗殺者ギルドと()()()をつける方法はわかった。彼らも不首尾に終わった依頼については気にしているだろう。交渉次第では、うまい妥協点を見つけ出せるかもしれない。


「どうあっても、(わたくし)はお連れになってくださらないのですね」


 とその時、玄関ホールに女の声が響く。

 廊下の奥から現れたのはプリシラだ。彼女は悲しみに満ちた表情で、ロットを睨んでいる。


「……そうだ。話した通り、この件は俺だけで処理する」


 あるいは冷酷にすら感じられる態度で応じるロット。

 昨晩、三人は夜を徹して事態を収拾するための方策を話し合い、その結果、直接交渉に挑むべしとの話になったのだが、あろうことかロットは、その全責任を自分だけが負うと宣言したのだ。


「それほどまでに、(わたくし)は頼りがいがありませんか?」

「そうじゃない。本当は分かってくれているだろう」


 その決定に最後まで反対したのがプリシラだ。

 ロットとしては、暗殺者ギルドの秘密を知るのは自分だけということにしたかった。相手が相手だ。交渉が失敗に終われば殺されるかもしれない。自分はともかく、ウルザブルンの面々にその危険を負わせたくはなかった。

 社長としては当然の配慮。しかし、プリシラは絶対に納得しなかった。


「嫌、ですわ。……(わたくし)は、そのような無責任な方に付いて行こうと思ったのではありません」

「君たちが大切なんだ。……俺はみんなを、家族のように思っている」


 普段は歳に見合わぬほどに聡明な彼女が、まるで子供のように嫌々をする。

 ロットはなんとか彼女を宥めようと声を掛けるが、


「どうして、どうして(わたくし)も側に置いて下さらないのです!? 家族と仰ってくれるなら、どうして同じ苦労を分かち合わせて下さらないのです!? ――確かに、(わたくし)は力も弱く、足も遅く、戦場(いくさば)では何のお役にも立てません。けれど、せめて話し合いの場だけは、あなたの(つるぎ)になりたいのにっ!!」


 青い瞳に涙を浮かべ、乙女はそう叫ぶ。


「プリシラ殿……」


 激情の裏に潜む切なる感情に気付き、デリックは思わず息を付く。

 ――彼女はずっと悩んでいたのだ。

 ウルザブルンの立ち上げから常にロットの傍らにいたプリシラは、しかしながら魔物と戦う彼を見送り、帰りを待つことしかできなかった。

 もちろん、会社の運営や後方支援など、彼女の支えなしに今のウルザブルンは無かっただろう。

 しかしそれでも、現場に出る事のできない彼女は、無力感に責め苛まれていたに違いない。

 それが、今回の交渉から外されたことで、抑えがたい反発心となったのだろう。


「考えてみれば、例え交渉が決裂したとして、連中がロット殿の首だけで満足する保証はありませんな」

「な、デリックさん!」


 と、デリックが大げさに嘆息してみせる。

 明らかにプリシラを援護する構えを見せた彼に、ロットは慌てて抗議しようとするも、


「となると、何がなんでも話を纏めねばなりません。――ウルザブルン(うち)で一番の交渉上手を、連れて行かぬ手はないでしょう」


 にやりと笑みを浮かべてそう告げる。


「な、だから、これはみんなを守るためだって――って、プリシラ!?」


 なおもロットは自説を貫こうとして、上擦った声を上げる。

 感極まったプリシラが、彼の胸に縋りついて泣きはじめたのだ。


「う――くっ」


 美少女の涙と、真心に攻められては、流石の大賢者も無理を押し通すことはできなかった。彼はしばらく葛藤(かっとう)した後、


「わかったよプリシラ。――お願いがある。君の命を、俺に預けてくれないか」


 心からの誠意を込めて、乙女へと語りかけた。




お読みいただきありがとうございます。

お気に召していただければブックマーク登録と、広告下の[☆☆☆☆☆]をより応援をいただければ幸いです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ