15 問題発生 苦情処理
苦情を申し立ててきたのは王都郊外の牧場主だ。
数か月前から家畜が魔物に襲われ、また納屋に火がつけられたとの被害があり、ウルザブルンに魔物の調査と駆除を依頼してきた。
会社はキヨを派遣し、ブラックドッグ十七体を駆除。付近一帯も調べ、魔物の姿が無いことを確認して依頼を終えた。
だが、それから一か月も経たない内に、またしても家畜が魔物に襲われたと言うのだ。
「困るんだよねぇ。これじゃあアンタたちを雇った意味がないだろ?」
苦情を受けた翌日。ロットはキヨを連れ、すぐさま牧場へと赴いた。
牧場主の男性は、不満と不信を隠しもせず、二人に被害を訴える。
「もう二頭も牛がやられたんだ。このままじゃ家畜がいなくなっちまうよ。……安物買いの銭失いとはよく言ったもんだ。少々高くついても、ギルドに頼んだほうがよかったのかね」
「……現場を検めさせていただきたい。それと牛の死骸も検分したいのですが」
牧場主の露骨な当てこすりにも表情一つ変えず、ロットがそう申し入れる。
若輩者のロットとキヨに疑いの視線を向けていた牧場主だが、無償で再調査をするとの申し入れに、いくらかは態度を軟化させたようだ。
「ああ、被害に遭ったのは牧草地の真ん中さ。死骸は農場の外れだ。まだ埋めてないけど、調べるなら早くしとくれよ。他の牛が怖がっちまう」
調べるなら勝手にしろと言わんばかりの牧場主に、ロットは丁寧に礼を述べる。
そして一見するとのどかな放牧地を、足早に歩き出した。
× × ×
「…………」
青年の後方から発せられる重たい気配。
遅れてくるキヨは、牧場に着いてから一言も口をきいていない。普段の天真爛漫な姿からは考えられない落ち込みようだ。
「あまり気を落とすな。まだこちらの落ち度と決まった訳じゃないし、人的な被害も出てないんだから」
十分建物から離れて、周りに誰もいないことを確認してから、ロットは優しく声を掛ける。
「で、でも……わた、私のせいで、会社の評判に、き、傷が……」
震える声でそう答えるキヨ。
耳も尻尾も悄然と垂れ、目には大粒の涙を浮かべ、獣人少女は今にも泣き出しそうに震えている。
身体は成長し、魔物退治の技術も習得した彼女だが、心はまだ十三歳の子供である。会社の評判を落としたとの自責の念が、幼い心を責め苛んでいるのだろう。
「キヨ。それは思い上がりだ。確かに、俺たちの仕事に手抜かりがあったのなら、重く受け止めて反省しなくちゃいけない。けど、肝心なのは如何に失敗を改めるかだ。――完璧な人間なんていない。俺も、それに多分デリックさんだって、何回も間違いを重ねて来たんだ」
諄々と諭しながら、ロットはキヨへと近付くと、優しくその肩に手を乗せる。
「だから、キヨも失敗していいんだ。それに、俺たちをもっと頼ってほしい。――一つ一つ覚えていこう。いつか、誰かの間違いを正せる人になるために」
「う――ふえぇぇぇ!」
青年の語りかけに、獣人少女の張りつめていた心は限界を迎えた。
子供のように泣きながら、ロットへと抱きつくキヨ。
柔らかな肢体を押し付けられる感覚に、青年は緊張で身を固めるも、すぐに胸の内からは父性が沸き起こった。
「ほら、泣いてちゃダメだろう。まだ仕事は終わってないんだから」
「ふぁ、ふぁい――うぅ、でも……」
そっと頭を撫でるロットに、嫌々と首を振るキヨ。
牧場を吹き抜ける風が、そっと二人の頬を撫でた。
× × ×
キヨが落ち着きを取り戻すと、二人は調査を再開する。
牛が襲われた現場は、すぐに見つけることができた。牧草地の一画が、大量の血でどす黒く汚れていたからだ。
「――妙だな」
「……んん、あれ?」
現場に着くなり、ロットとキヨが揃って呟く。
「どうしたんだキヨ。何か気になることでもあったか?」
検証もそこそこに、ロットが尋ねる。獣人少女は少しためらった後、
「いえ、誰かがいた匂いがするんですけど、さっき会った人たちのじゃなくて……部外者って、こんなところまでは立ち入らないですよね」
不思議そうな表情でそう告げる。
元々獣人の嗅覚は人を遥かに凌駕するが、キヨは駆除人としての鍛錬を積み、その正確さは訓練された猟犬にも匹敵する。
彼女はその能力を駆使し、魔物を迅速に駆り立て、討ち滅ぼすのだ。
「たしか、牛が襲われたのは三日前だったな。じゃあ魔物の匂いはするのか?」
「いえ、まったくです。……ブラックドッグも他の魔物も、この牧場にはしばらく近づいていないと思います」
「なるほど、な……」
キヨの報告に、ロットはしばし思案顔。
「次は牛の死骸を確かめよう。……この話、思ったよりも根が深そうだ」
そして考えを纏めると、厳粛な面持ちでそう呟いた。
× × ×
牧場主の話通り、牛の死骸は牧場の片隅に移動されていた。
狼や他の魔物が寄ってこないように処分するつもりだろう。近くには大きな穴が掘ってある。
「……やはりな」
「うぅ……」
やや腐敗の進行した牛の死骸を、丁寧に検分するロット。
キヨは無残な亡骸を目にしてまた自責の念に駆られたのか、悔しそうに俯いてしまう。
「こっちに来なさい。この死骸、魔物に襲われたにしては妙だ。どこがおかしいかわかるか?」
「え、あ、はい!」
ロットに促され、キヨが慌てて近寄る。そして牛をあらゆる角度から眺めて、
「……魔物の匂いはやっぱりしません。でも、さっきと同じ人の匂いがします」
真剣な表情でそう報告する。だが、ロットはそれだけでは満足しない。
「他には?」
「ええと、お腹が食い破られていて、内臓が持ち去られています。他の細かい傷は、鳥や動物でしょうけど……」
所見を述べるキヨに、ロットは緩く頭を振る。
「キヨが仕留めたのはブラックドッグだろう。なのに、この牛にも現場にも、焼け焦げは一つもない」
「あっ――」
魔物と動物を截然と隔てるのは、その身に宿した魔力である。
ブラックドッグは口腔から火の息を吹き、それで獲物を弱らせたのち、牙で急所を食い破る。
ブラックドッグの討ち漏らしが牧場を襲ったのなら、それらの痕跡が残るはずだ。現に、先の事件では納屋が焼けるなどの被害が出ている。
「それに、死骸は酷く荒らされているが、よく観察すれば死因になったのは首元のこの傷と分かる。鋭利な刃物で、一息に動脈を切断されている。――魔物にできる芸当じゃない」
ロットが指摘した傷は、まさしく人間による屠畜の跡だった。家畜に無用の苦しみを与えず、速やかに息絶えさせるための、熟練の技。
「それって、つまり……」
ようやく事件の真相に思い当ったキヨが、困惑に息を呑む。
この牛は刃物で首を斬られた後、腹を裂かれて内臓を持ち去られたのだ。
「犯人は人間だ。誰かが魔物の仕業に見せかけたんだ」
大賢者は鋭い眼差しで、広大な牧場を見渡した。
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