1 発端 英雄の帰還
お昼ごろに続きを投稿します。
「はぁ……それにしてもよく生き延びたもんだ」
荒野に大の字に寝転がりながら、ロット・ヘイワードは呟いた。
年齢は二十五歳。茶髪に茶色の目をした、どこにでも居そうな平凡な男だ。
彼が横たわる大地は地平の彼方まで荒れ果てており、いたる所にクレーターが穿たれ、地面は高熱によってガラス状に変質している。
超級魔物災害「黒の世界樹」
ありとあらゆる魔物が湧きだす大災害による破壊の爪痕だ。
「どれ、【戦果確認】」
ロットがぼそりと呪文を唱えると、彼の脳内に激闘の記録が浮かび上がる。
【総撃破数 3482体】
【種別 ドラゴン族 撃破数176体】
【ティアマト種 1体】
【テュポン種 1体】
【ヴリトラ種 2体】
【アジ・ダハーカ種 3体】
【ニーズヘッグ種 6体】
【ファフニール種 13体】 ……etc.
津波のように脳内に流れるのは、人類の宿敵たる「魔物」の情報だ。
「黒の世界樹」によって際限なく召喚し続けられた魔物は、竜種はもちろん、魔神に大魔獣、巨人族などどれも凶悪な怪物ばかり。
発生当初は小型の魔物ばかりだったが、世界樹が成長するにともない、単独で国家を滅ぼしかねない超級の魔物が群れを成して現れたのだ。
「必死だったし、ほとんど覚えてないな。……まあ、街にまで被害が及ばなくてなによりか」
「黒の世界樹」の発生を最初に確認したのは、グレオン王国の騎士団だ。
そして冒険者ギルドが総動員を掛け、国家の総力をあげて防衛が行われた。
しかし、冒険者ギルドは魔物の波状攻撃を支えきれずに総崩れとなり、早々に撤退してしまう。
王国騎士団は懸命に戦闘を続けたが、尽きることなく湧き出し続ける魔物の群れに、ほとんど全滅の損害を被った。
――このままでは魔物の群れがミッドラント大陸中に広がるのも時間の問題。
そんな未曽有の危機を防いだのが、大地に寝っ転がるロットだった。
「ん……そろそろ、動けそうかな?」
ギルドに所属するB級の冒険者。とは表向きの姿。
彼はあらゆる魔法を極め、魔物の生態を知り尽くした「大賢者」なのだ。
「あの騎士さん、ちゃんと助かっただろうな。いい人だったからなぁ」
最後までともに戦った騎士を転移魔法で逃がし、大賢者はただひとりで怪物の群れに立ち向かい続けた。
無尽蔵に思えた魔力は底を尽きかけ、伝説級のスクロールやポーションすら使いつくした死闘を、ロットは紙一重で制した。
「黒の世界樹」は、彼が唱えた【消去】の魔法によって、この地上から跡形も無く消え去ったのだ。
けれど、魔力を使い果たしたロットはその場で昏倒し、目が覚めてからも動くことはできず、戦場跡で十日余りを過ごすこととなった。
「さて、そろそろ戻らないと……」
手足が動くほどに回復したのを確認すると、ロットは収納魔法で空間から衣服を取り出す。そして着替えが済むと
「【空間転移 首都ベイトンへ】」
光に包まれ、グレオン王国の首都へと移動した。
× × ×
長大な城壁に囲まれた首都ベイトン。
すこし離れた草地に転移したロットは、城門をくぐって街の中へ。
首都だけあって賑やかなのはいつものことだが、行き交う人々の表情は晴れやかで、誰もが忙しそうにしている。
大災害「黒の世界樹」が消滅し、市民を覆っていた恐怖が消え去ったのだ。
「うんうん。良かった」
道端で遊ぶ子供たちを見て、ロットが嬉しそうに微笑む。
彼は幼少時、魔物災害によって家族全員を失っており、同じ悲劇を誰にも遭わせないよう、ひたむきに魔物に立ち向かっているのだ。
そうして街を進んでいくと、広場に巨大な石造りの建物が見えてくる。
ロットが所属している冒険者ギルドの本部だ。
「……やっぱり、かなり被害が出たみたいだな」
勝手知ったる風にギルドへ入ったロットは、周囲を眺めて悲しげにつぶやく。
酒場が併設されたギルドの待合所には、冒険者は数えるほどしか見当たらなかった。
「黒の世界樹」のような大規模災害が起きた後は、魔物の出現は一時的に減少する。本来ならば、酒場は暇を持て余した冒険者たちでいつも以上に賑わっているはずなのだ。
早期に戦場から撤退したとはいえ、やはりギルドに所属する冒険者たちにも、少なくない死傷者が出たのだろう。
「あなたは……」
悄然と肩を落とすロットに、女性が声を掛けてくる。
「ああどうも。ただ今戻りました」
ギルドの受付窓口に居たのは、馴染みの若い事務員である。
ロットは等級こそB級だが、依頼の達成件数はギルド内でも群を抜いて多い。
当然、受付嬢とも顔なじみで、誰もやりたがらない面倒で低報酬の依頼を率先して受けるロットには、好意的に接してくれる。だが、
「……しばらくお待ちください。ギルド長からあなたにお話があります」
受付嬢はロットの姿を見るや、事務的な口調でそう告げる。
いつもなら朗らかな笑顔で挨拶を交わすのに、今日の彼女は視線すら合わせない。
「どうしました。何かあったんですか?」
露骨なまでの冷淡な対応に慌てて尋ねるも、受付嬢は何も答えず奥へと引っ込んでしまう。
それ以上追及することもできず、ロットは受付前で立ち尽くすことしかできない。やがて、
「君がB級冒険者のロット・ヘイワードか」
奥の建物から、堂々たる体躯をした四十絡みの男性が現れる。
彼はアンドリュー・マイルズ。グレオン王国の冒険者を纏めるギルド長である。
「はい。そうですが……」
初対面にもかかわらず高圧的な物言いだが、ロットは気を悪くした様子も無い。
もともと学者肌的で温厚な性格の持ち主であり、またマイルズは伝説のS級冒険者パーティー「ウィーグラフ」に所属していた古強者だ。
同じく魔物退治を生業にする者として、先達には敬意を払うべきと考えているのだ。けれど、
「ロット・ヘイワード。君は先日付で冒険者ギルドを除名されている。二度とこの建物に入ることは許さない。早々に立ち去るんだな」
「――え?」
侮蔑も露わに投げかけられた宣告には、さしものロットも言葉を失った。
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