1.タンクのマッスル
皆様、はじめまして
見に来てくださった方々、ありがとうございます。
俺、ナグロ・ハルンが所属している冒険者パーティー『テン・ロック』は五人構成だ。
リーダーでメインアタッカーの槍使い、見せかけ筋肉が自慢のハサン・スルヨ。
そんなハサンと付き合っているのを隠しているつもりだろうが周りにバレバレの魔法使い、ソナン・ナバカ。
ヒョロヒョロの細身で盾を使いチームのタンクをこなす、マッスル・フソク。
そんなマッスルとは正反対にお腹に余分な肉がびっしり詰まった肥満体型テイマー、スグ・ロヤセ。
そして俺、魔法と剣を両方使って戦う魔剣士、ナグロ。
俺を除く四人は幼馴染でそこにひとりぼっちだった俺が入れて貰った形でパーティーとなったのだ。そんな五人で今日もダンジョンを攻略していたのだったが……
「マッスル! お前はこのパーティーから抜けて貰う!!」
俺たち『テン・ロック』はいつも通り五人でダンジョンを攻略していた。そして昼ご飯も兼ねて安全ポイントで休憩をしていたのだが、難しい顔をしていたリーダーのハサンがヒョロヒョロのマッスルに向かっていきなり怒鳴りつけた。俺はマッスルが何かを言うよりも早く大声を上げる。
「ちょ、何言ってるんだよハサン? マッスルを追い出す、って本気か?」
「ああ、悪いけど本気だ」
ハサンの顔を見ると正に断腸の思いだ、と言わんばかりに顔を歪めている。その表情で冗談ではないことが伝わってくるがあまりにも急すぎる。
「急すぎるだろ。まずは説明してくれ」
「説明も何もナグロが一番分かってるだろ? 彼がこのパーティーでお荷物になってるって」
「お荷物?……すまん、やっぱりわからない」
「お前は優しいからな。だが俺ははっきり言わせて貰う。マッスル! お前はタンクとして全く役に立っていない! さっきの戦闘だって一撃で吹き飛ばされて後は全部ナグロがカバーしてたんだぞ!」
そう!! このタンクのマッスルは見かけ通り細身で筋肉がなく、いつも敵の攻撃一撃で吹き飛ばされているのだ。このパーティーは前衛がタンクのマッスルとリーダーの槍使いハサン。後衛に魔法使いのソナンと魔物テイマーのスグ。俺はその中間に位置して両方のフォローが役割だった。
しかし、戦闘開始と同時にマッスルが吹き飛ばされるのでその位置に俺が入り、敵の攻撃を弾く。さらにほとんどマッスルは一撃で気を失うので戦闘中は俺がほぼタンクをやっている。いつもの戦闘の流れだ。
「しかもお前は肉体と装備が合ってない! 意地張ってそれを装備してるのかもしれないが全く動けてないじゃないか!」
そう!! このマッスル、『タンクは重装備がいいよね』とか言ってガッチガチに鎧を着込んでいる。しかし筋力が伴っておらず移動が遅い。緊急時は俺が担いで走らないといけないほどだ。しかも転んだりするとすぐに怪我をする。パーティーで一番骨折が多く、その度に俺が回復魔法をかけている。
「更にはタンクに必要なスキルは全く持っていない! あるのは弓使いに必要な『矢創造』だろ!」
そう!! マッスルが保有しているスキルは『矢創造』のみ。
「タンクやめて弓使わない?」とパーティーの全員が一度は言っている。その答えは決まって「弓じゃ仲間を守れない」だ。いやお前が盾持っても誰も守れないよ、と答えないのはみんなの優しさだ。
ハサンのこれらの意見を反論せず聞いていたマッスルは涙目だ。どうやら心も見かけ通りヒョロヒョロらしい。
「まぁ、リーダーさんの言うとおりですわね」
「私も賛成よ!」
テイマーのスグが使い魔の猫を撫でながら同意し、ハサンの恋人であるソナンもすぐに頷いた。
しかし俺はこのパーティーが好きだ。追放なんてして欲しくないし、されて欲しくない。
「俺は反対だ。確かにマッスルは実際に名前負けしてるし、変な意地も張るし、頑固だ。移動は遅いし、一番回復魔法を使われる回数は多い。けど、追放するほどじゃないだろ!?」
マッスルはより一層目を潤わせ俺を見る。庇っている俺に感動しているのかもしれないが仲間なんだ。これくらい当然だろ?
「だが、これ以上このままだと他のみんなの負担が大きくなってしまう。マッスル、お前は何か言いたいことは無いのか?」
リーダーのハサンがマッスルに話を振る。マッスルは目元の涙を鎧の袖で拭った。
「その、確かにハサンの言う通りかもしれないけど、僕だって頑張ってるんだよ!」
「それは仲間の俺たちがよく分かってる。けど実際に成果に出てるかと聞かれたらそうじゃないだろ? せめて弓使いに転職してくれたら……」
「え? 嫌だよ」
ほら頑固。
マッスルは、一人称は僕であまり気が強い方ではない。あまり自分の意見は言わないし、提案や意見を聞かれても特にないで済ませる。だが何故かタンクに拘るのだ。
「はぁ、すまないマッスル。やはりこれは決定事項だ。このダンジョンから帰ったら君はパーティーを抜けてくれ。勿論ここに置き去りなんてしないし、金や装備もしっかり渡す。だから……」
「なんでさ……俺たち、幼馴染じゃないか! ずっと、一緒に頑張ろうって、言ったじゃないか……」
その言葉に一番心を動かされたのは、俺だ。
俺は孤児だった。親の顔ははっきりと覚えておらず、出来心つく頃にはいつも一人で本を読んだり木の棒を振っていた。冒険者になれる歳になってすぐに孤児園を飛び出しこの都市へ。しかし何の後ろ盾も実績も無い子供を助けるお人好しはおらず、俺は一人でダンジョンに潜り最下級モンスターのスライムと戦う日々。そんな時に俺をパーティーに誘い、一緒のホームへと住まわせてくれたみんなには感謝してもしきれない。このパーティーの為に頑張る、それが今の目標であり生きがいだ。
しかし今、目の前でパーティーが崩れようとしている。マッスルが抜けたくらいでは正直このパーティーに対して影響がある訳ではない。しかし、昔から一緒にいるこの四人がバラバラになるというのは俺が嫌だ。かけがえのない仲間、もう二度と戻らない関係。そういうのに憧れているからこそ目の前で失われるのは絶対に阻止した。だからこそ俺は口を挟む。
「いや、やっぱり俺は反対だ。マッスルは俺達に必要な仲間だ」
「ナグロ、いくら君の意見でも……」
「いや、聞いてくれ」
わかってる。ハサンはこのパーティーを第一に考えて意見を出したことを。確かにマッスルはパーティーに全くと言って良いほど貢献していない。だから俺は――
「実は、俺がこんなに動けているのはマッスルのおかげなんだ」
――嘘をつくことにした。
「え?」
俺の言葉にハサンだけじゃなくテイマーのスグと魔法使いのソナンも困惑し食事の手を止める。
「じ、実はマッスルには攻撃してきた敵を弱体化させるスキルがあるんだ。それであいつが吹き飛ばされた後だと俺が楽々敵の攻撃をはじけてるんだ」
真っ赤な嘘だ。マッスルにそんなスキルは無い。
「そ、それは本当か? 冒険者になる時の『鑑定』ではそんなスキルなかっただろ?」
「成長に伴って新しく発現したんだろ? なぁ!」
俺はマッスルだけに見えるように右目でウィンクする。仲間ならこれで通じるはずだ。
「え? 嫌、そんなスキルはなか……」
「あぁー! も、もしかして隠れスキルかもしれない!」
残念ながら通じなかった。このポンコツ野郎め。こうなったらむちゃくちゃデタラメ理論で押し切るしかない。
「隠れスキルって言うのは鑑定とかでは見えないすごくレアな物なんだ。見つけにくいから本人も気づかないことがほとんどなんだけど……」
「だったら何故ナグロさんが知っているのですか?」
ぽっちゃりテイマーのスグがもっともな質問をする。
「あー、実は今まで言ってなかったけど俺はそういうのがわかるようなスキルがあるんだ。あまり信憑性はないんだけどな」
「えー? 初耳~」
ソナンが興味深そうに俺の話を聞いていた。
そりゃ今適当に言ったからな! 何ならそんなスキルあるのかすら怪しいよ!
スキルは一人に最大三つまでと言われている中、百個も所持している俺ですらそんなスキル聞いたこと無いわ!
そしてこの会話に一番驚いているのがマッスルご本人だ。
「ぼ、僕にそんなスキルが」なんて呟きながら感動しているが、すまん。事実無根だ。
「それに確かに怪我はしやすいがそれも敵の攻撃を受けないといけないからだ。それに実はマッスルは体力があるから回復魔法にかかる魔力は少ないんだぜ」
「そ、そうだったのか」
残念ながら体力すらありませんがね。
しかし、ハサンと他の二人、マッスル本人も合わせて四人は納得したように頷いた。するとハサンはマッスルに向けて頭を下げた。
「マッスル! すまなかった! 俺はよく知らずに大切な仲間を追い出してしまうところだった。本当にすまない!」
「マッスルさん、申し訳ありません」
「マッスル君、ごめんね~」
「いやいや、分かってくれたなら良いんだ」
三人の謝罪を受けてわかりやすく調子に乗るマッスル。こいつ、さっきまで涙目で鼻水すすってたくせに。
「よし、それでは午後も攻略頑張ろう!」
「「おう!」」
何はともあれパーティーの平穏は守られた。これからもこのメンバーで頑張っていくことだろう。
ちなみにこの後マッスルはいつも以上に張り切って敵に向かって行き、いつも以上に敵に吹き飛ばされひどい怪我をしたため、俺の仕事がさらに増えた。俺は早くもマッスルを庇ったのを後悔するのだった。
「ナグロ、ちょっといいかな」
「ん? どうしたんだよ?」
ダンジョンからの帰り道。俺は後ろのマッスルに声をかけられた。
マッスルはガシャガシャと音を立てて俺の隣に並ぶと二人にしか聞こえないような声で話し出す。
「今日はありがとう。ナグロだけ最初から俺を庇ってくれたよね」
「昼の休憩の事か? あんなの気にするなよ。仲間なんだし当然だろ?」
「うん、そうだね。おかげで君が普段僕のことをどう思ってるのかよく知ることが出来たよ」
するとマッスルは今までのニコニコ笑顔から一転、真面目な顔をして話しかけてくる。
「ちなみに僕が敵を弱らせるスキルがあるって、嘘だよね?」
「うぇっ!?」
まさか嘘がバレているとは思わず、変な声が出てしまった。こいつ、気づいてたのか?
「お昼に話を聞いた時はまさか僕にそんなスキルが、なんて思ってたけどよくよく考えたらそんなことないよね。今のナグロの反応ではっきりしたよ」
「あ、いや、でも……」
「わかってるよ。ナグロは俺の為に嘘をついてくれたんだろ? じゃなかったら俺はパーティーを追い出されていただろうしね」
どうやらマッスルは俺が思ってたより鋭かったらしい。しかし気づいていたなら午後の攻略もいつも通りやって欲しかったんだが。
「それを理解した上でお願いだ。その嘘を俺が自分の口からみんなに伝えたい。今すぐじゃないけど」
「それは、別に良いけど……」
「今、前衛はナグロに頼りっきりだって言うのはよく分かってる。近いうち僕がしっかりとした戦力になる、なってみせる! だからそれまでパーティーを追い出されないためにもどうか頼む」
「俺は元々気づかれなかったら言わないつもりだったぜ。だから、お前の言うとおりにすれば良い。マッスルが自分を認められるようになったら一緒に嘘をついたことを謝ろう」
「ナグロ……君って人は……」
うっすらとマッスルの目に涙が浮かぶ。俺は気にするな、という意味を込めてにマッスルの肩を何度も叩く。
「タンクは僕の憧れなんだ」
「憧れ?」
「昔読んだ本で憧れた。タンクは常にみんなの前に立ち敵の攻撃を受けて味方を守る。揺るがず、倒れない。それが僕の理想の姿なんだ」
「はは、なるほど」
だからタンクに拘ってたのか。
「あ、今正反対じゃ無いかって考えただろ」
仰るとおりです。
「いいさ。今に見てろよ? 必ず立派なタンクになってみせるから!」
「ああ、期待してるぜ」
こうして無事に俺たちはホームへと帰ってきた。
「あ~、ダンジョン後の果実酒はうまいなぁ~」
ダンジョンから帰宅後、俺は一人で店で飲んでいた。これは別にみんなと仲が悪いとかでは無く、こうやって飲むのが俺の楽しみの一つだからである。通えるときはいつも通っている。
「にしても、今日のハサンの意見には驚いたな。あいつもやっぱ色々考えてんのか」
つまみのナッツを食べながら今日の出来事を思い出す。するとその時後ろから肩を叩かれた。
「ん?」
「お、やはりナグロだったか」
「おぉ! アンか!」
第二級冒険者 アン・ズナル。黄金に輝く髪の毛がよく目に映る俺の知り合いだ。昔ダンジョンでピンチだったアンのパーティーを助けたのがきっかけで知り合った。
冒険者、そして冒険者パーティーには等級という物が存在する。一番下が第五級、段々上がっていき一番上が第一級だ。ちなみに俺ら『テン・ロック』は第四級パーティーであり、俺を含めメンバー皆が四級冒険者だ。
それに対してアンの所属しているパーティーは第二級であり、アン自身も第二級冒険者。俺たちより明らかな格上なのだ。
「今日も一人で酒飲みか? 相変わらずだな」
「へへ、まぁな。あ、そうだ。一緒にどうだ? ちょっとなら奢れるぜ」
「本当か!?」
「へ?」
「い、一緒に飲んでも良いのか!?」
「あ、あぁ。勿論」
「よ、良し! では隣に失礼するぞ」
ウキウキな様子で俺の隣に座りメニュー表を見るアン。奢り酒が嬉しいようだ。こいつくらいになれば酒代なんて気にならないものだと思うが、確かに他人に奢られる酒はうまい。その気持ちは分かるぞ。
「それにしてもどうしたのだ? 普段なら一人で飲みたい、と言っていたのに。む、無論貴様とこうして飲めるのはとても嬉しいことだが」
「ん? あー、ちょっとな考え事というか、何というか」
「悩み事か? それなら冒険者として先輩である私が聞いてやろう」
「お、それもいいかも。実はな――」
こうして俺はパーティーメンバーの一人が追放されそうになったこと、それを嘘で何とかごまかしたことを話した。
「ふふ、貴様らしい」
「でもなぁ、あいつそれから調子に乗っていつも以上にやられまくってよ。まぁ、最後にちゃんと気づいたから良しとしないとな」
「相変わらず貴様はパーティーメンバーに甘いな。それは良い所だが、過ぎるのは良くないぞ?」
「いや、分かってはいるんだがな?」
「いーや、わかってない」
実はアンには度々こういう相談にのって貰っている。ある時は一緒にご飯を食べながら、またある時は一緒にダンジョンへ行きながら。俺は冒険者になって二年ほどだがアンは八年。等級も含め俺にとっては非常に頼りになる先輩だ。
「だいたいぃ、貴様は、おかしいのだぁ」
突如、アンの口調が変わり始めた。しっかり出来上がっていらっしゃる。まだ二杯目だよね?
「どうして四級冒険者であるきしゃまがそんなに強いぃ?」
「どうしてって、そりゃパーティーのみんなの役に立つために努力したからさ」
「そんなの信用できるかぁ~ うっぷ!」
「あのー、お水ください!」
こいつこんな状態で明日大丈夫か? まぁ、いざとなれば回復魔法くらいかけてやるから良いが。
「ナグロ、私はな……」
水を飲んで落ち着いたアンはさっきとは打って変わって落ち着きを取り戻した。酔うのが早ければ回復するのも早いみたいだ。
「あの時、ダンジョンでパーティー全員が死にかけていたのをお前に救われこと、今でも感謝しているんだ」
「互いに助け合うのが冒険者だろ? それにあれから俺がお世話になってるんだし、もう気にしてないよ」
「そう言ってもらえると助かる。けど、これはお前にも当てはまるんじゃ無いか?」
「え?」
「お前も今のパーティーに拾われ感謝している。それこそそんな嘘をついてまでパーティーメンバーの事を考えるほどな。だが、正直お前の実力は四級冒険者よりも遙かに上だ。そいつらの為にも、お前のためにもしっかりと事実を伝え、今後どうしていくか話し合うべきだと思うがな」
「……そうか?」
アンは俺が今でも拾われた恩を感じ、実力が離れているにもかかわらず今だ『テン・ロック』にいるのはおかしいと言ってるのだろうか?
そんなことはない。俺は今のパーティーが居心地良いし、好きだ。そりゃ人間誰しも欠点や面倒くさい一面はある。リーダーのハサンは自分の小遣いをすぐに賭け事に使うし、マッスルは今日みんなに言われていた通りだし、太っちょテイマーのスグは日に日に太っていくし、ソナンはちょっと考えなしのおバカさんだし。けどそれだって長所にもなり得る。……かもしれない。
実力も四級より遙かに上だとアンは言ってくれてるが、俺はそうは感じていない。ダンジョンではいつも必死だ。索敵をして罠を感知し解除して、モンスターとの戦闘では攻撃を弾いて味方を援護し魔法で攻撃してとどめを刺し、みんなが休憩している内に素材の剥ぎ取りや回復魔法をかけ、ダンジョンから帰ると次の攻略の準備や道具の手入れをする。気づけば一日が終わる、そんな日々だ。
何より俺はひとりぼっちから救ってくれたパーティーのみんなに恩返しがした。そのために頑張っているのだから特に悩むことはないのだ。
「まぁ、アンの言うことだから何が意味があるんだろ? 俺もしっかり考えてみるよ」
「そうしてくれ」
その後もう少し飲んでから店を後にした。アンもどうやらちゃんと回復したらしく一人でホームへと帰っていき、俺もすぐに『テン・ロック』のホームへと帰宅する。
今日はあわやマッスルがパーティーから追放されるところだったが何とか阻止できた。流石にハサンもこれ以上変なことは言わないだろうし、明日からまたいつも通りの冒険が始まる事だろう。
4~5話で完結予定です。
初めて登校するのでおかしな点がありましたら教えてくださると嬉しいです。