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小説を途中で書くのをやめるとどうなるか  作者: アン・マルベルージュ
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謎の少女は妙に純情

 良太は混乱していた。自分のことをパパ呼ばわりするこの少女は一体誰なのか。酔いの回った頭を必死に働かせたが、まるで心当たりがなかった。

「佐藤さん、この子知り合いですか?」

「いや、こんな子知らないよ。君は誰?」

 清水とずっとタメ口で喋っていたため、その勢いで初対面の少女相手にもタメ口で話しかける。

「え、私の事、分からないの?」

 謎の少女は「信じられない」と言わんばかりの態度だ。

「ひどいなー。私は、沙希だよ。パパ」

 沙希と名乗った謎の少女は音もなく良太に近寄り、良太の左腕に抱きついた。良太の腕に何か柔らかいものが当たる感覚があった。

「え、ちょっと、当たってるんだけど!」

 酔いで赤くなっていた良太の顔が、さらに赤くなった。

「パパにお願いがあって、来ちゃった」

「お願いって……」

 何、と言おうとしたところで良太は清水の存在を思い出し、清水に視線を向ける。清水はまるで汚物を見ているかのような表情をしていた。

 清水は「佐藤さんって、そういう人だったんですね。最低です」と言い捨てると、早足で立ち去っていった。

「清水さん! いや、違うんです! 待ってくださいよ!」

 良太は右手を前に突き出し、懇願するように彼女を呼び止める。

 しかし清水は何も聞こえていないかのように一切反応することなく、駅の改札に消えていった。

「あれ、もしかして私のせいで彼女さん怒らせちゃった?」

 沙希と名乗った謎の少女は、わざとらしい口調で言った。

「清水さんは彼女じゃないし……いや、そもそも君は誰? 俺は君みたいな子の父親になった覚えはないんだけど」

 酔いが覚めてきた良太は嫌味ったらしく言いながら彼女を振りほどく。

「じゃあ、私のことを頭からつま先までじっと見て。そうしたら思い出せるから」

 沙希は良太から少し距離を取ると、両手を後ろで組み、微笑んだ。

 良太は本当に思い出せるのかと疑問を抱きながら、沙希の言う通り頭から彼女を見ていくことにした。沙希自身が「じっと見て」と言っているとはいえ、女の子をじっと見つめるのはなんとも言えない気恥ずかしさがあった。しかし、彼女の正体は気になる。

 まず彼女の頭頂部に目をやる。すると自然と彼女の夜でも分かる黒い艶のある髪の毛に視線が行く。前髪は丁寧に切りそろえられていて、髪の毛は毛先に緩くウェーブがかかり、肩まで伸びている。続いて沙希の顔に視線が行く。沙希は良太の視線に気づいたのか、笑顔を見せた。沙希と見つめ合う形になり良太は照れくささを感じつつも沙希の顔を凝視する。少しつり目気味の大きな目は睫毛が長く、色気を感じさせる。肌は白く、顔つきはやや子供っぽさを感じさせるが、目から放たれる色気とのアンバランスさが男を虜にしてしまうような魅力を感じさせる。

 そのまま視線は無意識のうちに首から下とへ向かう。ワイシャツの胸元は少し開いていて、緩められたストライプのネクタイが巻かれている。男ならば思わずその開いた胸元に視線が吸い込まれてしまう。無論、良太も吸い込まれた。

 そして胸元まで来て良太は違和感を覚えた。沙希のビジュアルが良太の好みとこれ以上無いくらい合致しているのだ。そんな人間がそうそういるはずがない。

 そしてそのような少女が自分の前に現れ、胸を押し付けてきたり、自分の事を「パパ」呼ばわりしたり、理解不能なことばかりだ。つまり答えは一つしかない。

「君も、俺の書きかけの小説のキャラクターなんだね?」

「はい正かーい!」

 沙希は嬉しそうに若干大げさなリアクションをした。

「あれ、パパ、別に驚かないんだね。ってことは、すでに私みたいな人が来たことがあったんだね?」

「そうだね。もうその人は消えちゃったけど」

「ふーん。じゃあ、私が現れた理由ももう分かるよね?」

 沙希は口元に笑みを浮かべた。

「もちろん。次の小説の題材決まってなかったし丁度いいや。次は君の小説の続きを書くことにするよ。……ところで、君が何の作品の登場人物かまだ思い出せていないんだけど」

「えー。思い出せてないの? しょうがないなー。私は『キッチンナイフ・ガール』のヒロイン、辻桐沙希つじきりさき、だよ」

 沙希は満面の笑みを浮かべた。

「マジ、かよ」

 しかし、良太がその笑みを見て感じたのは恐ろしいまでの悪寒だった。

 良太が書きかけで放置してしまっていた『キッチンナイフ・ガール』のヒロイン、辻桐沙希は気に食わないことがあるとスカートに隠してある包丁で人を脅し、時には本当に刺してしまったりして無理やり自分の要求を通させる。という設定の危険な少女だ。

「ってことは、やっぱり包丁持ってるの?」

 良太は恐る恐る沙希に問いかけた。

「ふふ」

 沙希は良太の問いに答える代わりに、スカートの端を少しだけ持ち上げた。わずかだけナイフホルダーらしきものが足に装着されているのが見えた。

「あの、設定を書き換えるのってダメ……ですか?」

「そんな事、私がさせると思う?」

 沙希は冷淡な笑みを浮かべた。


「へえ、意外と部屋はきれいにしているんだね」

 沙希は良太の部屋を見渡しながら言った。

 沙希に続いて部屋に上がった良太は、自分の部屋だというのに居心地悪そうな表情で沙希を見た。

「あの、あまりジロジロ見ないでもらえると……助かります」

「どうして? 私、しばらくこの部屋に住むのに?」

 沙希は目を丸くして不思議そうな表情を浮かべた。

「あの、本当に俺の家に住むんですか?」

 良太はアニメやマンガでヒロインが主人公の家に転がり込んでくるシチュエーションが大好きだった。しかし、いざ自分が同じ状態になると全くワクワクしないことを学んだ。

「今更何を言ってるの? それに、私みたいな可愛い女の子をこんな時間に外に放り出すの?」

 沙希はベッドに腰を下ろし、挑発するような視線で良太を見つめた。

「いや、仮に変質者に襲われても返り討ちにしちゃいますよね?」

「さすがパパ。私のことをよく分かってる! ……だったら尚更私をパパの目が届くところに置いたほうが良いんじゃない? パパの家の近くで傷害事件を発生させたくないでしょ?」

 沙希の口調は冗談めかしたようだったが、良太には冗談には聞こえなかった。

 ここは沙希の世界ではない。彼女は書きかけの小説の世界からやってきた異世界人なのだ。日本語を話し、コミュニケーションもある程度取ることはできるが、常識までこちらと一緒とは限らない。冗談めかして言っているが、本当に傷害事件を起こしてしまうかもしれない。

「……わかりました。俺の家にいてもらって構いません」

「ホントに? ありがとう! パパ大好き!」

 沙希はベッドから立ち上がると良太に飛びついた。沙希の大きな胸が再び良太に押し付けられ、少女特有の甘い香りが良太の鼻孔を刺激する。

 彼女は非常に危険な存在だと頭では分かっているのに、良太の心拍数は高くなり、顔が紅潮し始めた。

 それに気づいた沙希は、

「あれ、パパ、照れてる。かわいい~」

 まるで小動物をなでるかのように良太の頭をなで始めた。良太の顔は恥ずかしさから、更に赤くなっていく。

「ちょっと、やめてください!」

 良太は沙希を引き剥がした。沙希は一瞬不満げな表情を見せたが、

「もし襲いたくなったら、押し倒してくれてもいいからね?」と妖艶に微笑んだ。

「いや、押し倒さないですから」

 良太は努めて冷静に答えた。しかし、内心は全く冷静ではなかった。ただでさえ良太は女性慣れしていない上に、沙希はビジュアルだけで言えば良太の理想が具現化したような存在なのだ。しかも彼女は良太が小説を書き終えればこの世界から消えてしまう。ある意味後腐れが全くない。だがもし事に及んでしまった場合、彼女に弱みを握られることになる。

 そして作品の中で彼女は自分ではない別の男に恋慕することになる。その男のことを思うと流石に彼女に手を出そうとは思えなかった。

 沙希は「ふ~ん」と言いながらまるで良太の心を覗こうとしているかのような表情で良太を見た。そし何かを企んでいるかのような笑みを浮かべながら良太に近寄った。

「ねえ、パパ。好きな人がいるんでしょ?」

「なっ」

 良太は露骨に動揺した表情をした。それを見た沙希はより一層嬉しそうな表情をする。

「あー、やっぱり。パパってすぐ表情に出るよね。さっき一緒にいた女の人でしょ?」

 良太は無言で沙希から視線を逸した。

「ふふっ、やっぱりそうなんだ。ねえ、パパ、あの女の人を一発で落とす方法、教えてあげよっか?」

「……え、本当ですか!?」

 思わず良太は再び沙希の方を振り向く。振り向いた視線の先には嬉しそうな表情をした沙希がいた。

「ふふ、パパってホント分かりやすいよね。落とす方法はね……」

 沙希は冷たい笑みを浮かべると、素早い動きで良太の肩を掴んだ。そして凄まじい力で良太を床に押し倒した。

「女の子なんてね、押し倒しちゃえばいいんだよ。こんな風にね」

 良太は一瞬何が起きたのか分からなかった。が、すぐに沙希を引き剥がしにかかった。しかし、良太の体は、まるで地面に打ち付けられたのかのように動かすことができなかった。

「やめてください……。力づくなんてダメです。力づくで相手をものにしたって何の意味もないですよ」

 良太は必死に沙希を諭すような口調で訴えかけた。

「……」

 沙希は何かを考えているのか、しばらく良太を無表情で見つめ続けていたが、その表情が笑顔に変わった。

「ねえ、私、パパのこと気に入っちゃった。別に小説の続きなんか書かなくていいから、私と一緒にいて欲しいな?」

 そう言った時の沙希の笑顔は嘘偽りを全く感じさせない、年相応の少女を感じさせるものだった。

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