95話
「私はその時まであなたたちが出会っていたことを知りませんでした。その後これは金下さんから聞いた話ですが、あなたたちは東京へ引越ししてきた際、私と月山君の顔見せを兼ねてあいさつ回りに回っていたとところ、たまたま偶然出会ったそうですよ。私たち神代家の児童養護施設で。それからあなたたちは見た目も趣味も似ていたようですからすぐに仲良くなったそうです。」
これだって絶対におかしい。こいつの言っていることが本当なら、金下さんが嘘をついていることになる。こいつならそうやって人を混乱させるようなこと平気でやってもおかしくない。きっとこいつは超共感能力だって悪用しているのだろう。
「ねえ月山、あなたは私でなくその人が嘘をついていると思っていますね。でも……、私にも分かりませんが、その人は嘘をついていません。私だってそうなんです!いったい何がなんやら。」
いつぞやかの告白の時くらい、金下さんは動揺していた。常日ごろ感情を自分だけでなくそれ以上に感じ取ってしまうと、自分の感情がよくわからないときにパニックになってしまうのかもしれない。
「そう、月山君が記憶喪失する前に二人は出会っていた。しかし金下さんはそのことを覚えていない。どちらも嘘をついていないし、どちらも真実なんです。
ではこの相反する事情を同時に成立させるにはどうすればいいのでしょう。答えは一つ、全て忘れてしまえばいいのです。そう都合よく記憶喪失なんてできるはずもない、全てを忘れ切ってしまうほどの年数じゃない。いいえ、そんなことはありません。現にあなただってそうだったのですから。」
「いやおかしいだろ。私は事故で記憶喪失になった、それを意図的に起こすなんて不可能だろ。確かに二人とも忘れていたら、だれも嘘をついてはいないが、そんなこと現実的に考えて不可能だ。」
「ええ、確かに現実ならばそうでしょう。しかし、あなたは非現実的な現実を幾つも見てきたはずです。神隠し然り、思念の共感然り、そうしてあなたたちが全員、今この場所にいるのだってどれだけの奇跡があっての事でしょう。どれもこれも非現実的だと思いませんか。超能力を否定していたあなたならそう思うでしょう。」
しかし、この目で見てしまった現実ほど、例えそれがこの男と同じぐらい憎らしいものでも、現実として認識してしまっては否定するのが難しい。肯定するのと同じくらいには。しかし、どれもこれも非現実的だと感じるのは事実だ。
今こうしてこの男に言われた通り、私の体験してきた超常現象は非現実的すぎる。どうしてそんな心を忘れてしまったのか。そんなことどうでもよくなるほどに、私は今この現実に満足していたのかもしれない。
「なぜこれほどまでに非現実的なことが起こりうるのか。それがこの世界の真実だからです。この世界は非現実。つまりは夢の世界なのです。」
この男の口調は出会った時から変わらずに、突拍子のないとんでもないことを、冗談抜きに言ってみせた。本当に頭のおかしい人間だ。
「ええ全くその通りです。ではあなたが納得できるよう、きちんと順序だてて説明を続けましょう。先ほども言いましたがあなたに能力はありませんでした。しかしあなたも知っての通り金下さん、あなたの双子の妹には能力が備わっていました。
それは正確にはあなたと私が決別したときに分かったことなのです。前々から不思議に思っていました。なぜ私の血族であるあなたに能力が宿っていないのかを。そうして一つ、予想を立てていました。あなたでなく、選ばれなかったあなたに能力が宿っているのではないかと。あなたが二人でやって来た時、私は一目見てあなたたちが兄妹であることを悟りました。
まあ当時はそれだけ似ていた、というより似せていたらしいので余計にです。しかしそれまで私はあなたがどこにいるのかを知りませんでした。私がどれだけ金を積んだとしても、あなたが家に来ることはないと思っていましたので、あなたの方から来てくれるとは本当に思ってもいませんでした。
そこで私は提案しました。あなたが神代家を出る代わりに、あなたが神代家に入ることを。あなたは二つ返事で了承しました。私が代わりになって今までの恩返しができるのならと喜んですらいました。それに、あなたを一人にしない算段もあなたにはあったようです。
その時あなたが引き取られるはずだった里親も決まっていたようですから。あなたは神代を出て、全く関係のない月山の一般家庭に、私は恩を返せるのなら神代に入ると言ってきかないようでした。あなたがどれだけ説得しようとしても、あなたの思いは変わらないようでしたね。
そうして憤怒したあなたは私に、今と同じよう刀を握りました。私たちはこの部屋であっていたのですよ。そうして私に刃が届くその時に、あなたは意識を失いました。そこであなたは能力を発動し、あなたを人殺しにする前に救ったのです。
あなたの能力は夢を見せる能力だったのです。夢世界を作る能力と言ってもいいでしょう。しかしあなたの能力は超共感能力であるはずですよね。ではなぜ、あなたはそう考えたのですか。」
「……、それは自分で自分の症状を調べて、そのエンパスという性質に私は近いと知ったからです。」
「つまりあなたの能力は確定ではなかったのですね。それもそのはずです、あなたの能力はこの世界を作り出す能力なのですから。そしてこの世界を作るのには材料が必要です。その材料がなんだかあなたたちにはわかりますね。それがあなたが超共感能力と勘違いしてしまった原因でもあります。」
金下さんはなぜ超共感能力を持っていなかったのに、人の感情も、思考も、記憶すらも見ることができたのか。何かを作る時には何かを消費して作っている。この世界にもそういった、自然法則が成り立っているのなら材料はすでに消費しているはずだ。金下さんが失っているもの。