54話
先輩は今にも泣きそうな、とは言い過ぎかもしれないがそれくらい切ない顔をしていた。確かにそんな状況だったなら、その子が精神的な支えになっていたのは間違いないのだろう。
「親戚の集まりがあった時にも、その子とは顔を合せなかった。今までに1度も。今どこで何をしているかもわからないわ。その時の私は、その子はきっと神隠しにあったんだと思っていたの。だからもっと必死に本を読んだわ。その子のことを助けるために。その子がいなくなる前、神社で引いたおみくじに書いてあったの。」
「それは何か…、すいません。もっと大吉とか引けたらよかったのに。」
「ふふふ、安心しなさい私も大吉を引いてその結果だったから。ほら見てみなさい。」
先輩は財布からもう一枚おみくじを取り出した。かなりボロボロで読みずらかったが確かに同じことが書いてある。別の神社のもののようだが。
「それでね月山君、まだ話は終わりじゃないの。その男の子の名前、あなたと同じ名前なの。苗字は違うけれどね。だから思い出しちゃったわ。」
きっとこれが、先輩にとっての同胞の証、だから私を部活に引き入れてくれた。先輩のやさしさには絶対に根拠がある。そんな人だと思うけれど、そんなやさしさでも私には嬉しかった。先輩がその子からもらったであろうやさしさと同じように。
「そうなんですね先輩。いやでもあれですよほら、私が記憶を失っているだけで、もしかしたら先輩の従弟は私かもしれないですよ。」
「まさか、私の知っている男の子はこんなにひねくれてないし、やさぐれてないし、もっと可愛げのある子だったわ。やめてくれる、私の可愛い弟を汚すのは。」
そういいながらも先輩は笑ってくれていた。でもどこか苦しそうだ。きっと私と先輩の考えていることは一緒だと思う。わざわざ答え合わせをするほど酷なことは無い。しかし、そこまでして先輩の親戚たちは秘匿する必要があったのだろうか。
そんなことであればいよいよ警察沙汰だ。神隠しで警察は動かずとも、殺人、誘拐、失踪なら、いや神隠しでも失踪扱いか。いま先輩が研究すべきなのは超常現象なんていう不確定なものじゃなく、現実の事件を研究するべきだ。
「先輩……、先輩はまだ超常現象を調査するんですか、まだ信じているんですか、神隠しのこと。あ、ごめんなさい先輩。今のは忘れてください。」
一呼吸、沈黙が続いた。今のは本当に失礼なことをしてしまった。何を感情的になっていたのだろう。
「………、いえ違うわ月山君。いったでしょう覚えていない?私は超常現象を否定したいって。私のことも、私の家のことも、あの子のことも。私が信じるのはあの子のくれた優しさ。私が疑うのは自分の弱さ。だから御影君、今だけあなたに正直に言わせてほしいことがあるの。今度はちゃんと素直に言うから。私、人として姉弟として、あなたのことが好きだった。私と遊んでくれる?」
私を伝って届けた先輩の思いは、いつか忘れ去られてしまった御影君には届いただろうか。私は目を閉じて先輩の求める真理を先輩が手にいれることを心から望んだ。そして再び目を開けたとき、先輩はいなくなり、私は私でなくなったらしい。