宿泊学習。
「では、皆さん宿泊学習出発です。規則を守って行動してくださいね!」
「「はーい!!」」
六年生の担任の富士実 絵里先生の一言で一年生から六年生まで順番にバスに乗り、バスは目的地へと出発した。
僕達の学校は年に一回、全校生徒で宿泊学習に行く。去年は山登りを皆でしたけど、まだ体力がない一年生とかが、山に登りきれなくて親からの苦情が殺到したらしく、今年は山登りではなくなったのだ。
「全くモンスターパラダイスという奴は……」
僕が呟くと、何それと言って、僕の呟きに入って来たのは英語の得意な迷田豪まよいだごう、あだ名マイゴ君だ。でも、マイゴ君はあだ名同様、道を覚えるのが苦手ですぐに道を迷い、迷子になる。マイゴ君も、僕と同じ小学校五年生の男子だ。
「ヘイ、モンスターパラダイスって、モンスターの楽園……つまり、この日本の事を言っているのかい?」
「違うよ。でも何で日本なの?」
「オウ! 被害者に厳しく、加害者ばっかり人権が守られるからさ」
「ふーん。でも僕が行っているのは、すぐに苦情を言う親の事だよ」
「それはモンスターペアレントだよ」
「ふーん。また一つ勉強になったよ。大人の階段を一つ上ったよ。マイゴ君」
「それは良かったよ。ベイベ」
髪を書きあげようとする仕草をするマイゴ君だけど、彼は親の方針でスキンヘッドにしているから、何だか僕は可笑しくなって笑ってしまった。するとマイゴ君は機嫌を損ねたようで。親指を突き上げた。もしかして中指を上げたかったのだろうか。それじゃあグッジョブになっているよ。でも、少し抜けているような所がまた彼らしいし、あるいはわざと親指を上げたのかもしれない。どちらにせよ彼は僕にとって憎めない存在だった。
僕達が今回、山の代わりに向かう場所は孤島だ。孤島でで教師と生徒が二泊三日の宿泊学習をするのだ。とは言え、野宿するわけではない。そこには昔、学校があって、今は廃校になっているので、住んではいないが、これに合わせて電気水道を、校長先生の圧力で通して、こうして僕達が宿泊学習を迎える運びとなったのだ。この孤島には一つだけ施設があるらしく、人間も数十人その施設で働く職員が暮らしているという。その施設とは動物の飼育管理だと聞いていたけど、宿泊学習前に、クラスの豆知識キングが教えてくれた。「ブハハッ。あそこは動物実験をやっているんだってよ。ブハハッ」
彼は知識は凄くてその点では尊敬するんだけど、いかんせん人の不幸が好きで、人の不幸を聞くと、「サトウキビ畑にいるようだぜ」と良く言う。その時の歪んだ彼の顔を見ると彼の性格が移りそうだから、僕は彼とは距離をある程度置いている。六年生は一年生の面倒を今回見る。そして僕達五年生は二年生の面倒を見る。四年生は三年生の面倒を見ることになっていて、ちょっと僕達や六年生は面倒臭いけど、先生曰く、下級生の面倒を見ることで、人間として成長出来るとかなんとからしい。でも僕は面倒くさいながらも、少し楽しみでもあった。それは僕には兄弟がいないからだ。だから、年の離れた子どもと一緒になる機会がほぼないので、何か弟が出来たみたいな気持になったからだ。まだ実際には面倒は見ていないけれど。そして今回の宿泊学習に当たって、携帯、スマホは持ち込み禁止、お菓子は300円までだった。僕は税込10円のおいしい棒を30本買ってリュックに詰めて持ってきたら、何だか皆が「おー」とか「やるじゃん」とか言ってくれて、何だか嬉しかった。
孤島に到着すると、船はすぐに離れてしまった。
「えっ、船はずっとここにいるんじゃないの?」
僕が何とはなしに呟くと、先生が「合宿が終わる時にちゃんと船は戻ってくるから心配ないわよ」と優しい目をしながら僕に言い、僕は何だか恥ずかしくなった。
「これで密室空間が完成だな」とクラスメイトの謎謎隙なぞなぞすき君が言って、クラスの皆は「本当だー」とか冗談っぽく笑っていたけど、僕は笑うことが出来ずにいた。何だか嫌な予感がしたからだ。
直後の事だった。緊急速報のニュースが入ったのは。
「皆さん、聞いて下さい。信じられないかもしれないけれど、空から隕石が落ちて来てね。今、この世界は大変な事になったんですって」
「そんな先生。そんな急展開あるわけないよ」
僕はあまりに現実離れした話に先生に言うと、先生は僕の事をビンタした。
本来ならばその時点で体罰確定で、僕はすぐさま教育委員会に報告にPTAに報告に、行くんだろうけれどそれは出来なかった。なぜならば先生は、号泣していたからだ。
「せ、せんせ?」
「信じられないかもしれないですが、アンビリーバボーかもしれないですが、ガチンコです」
先生の口からガチンコという最後の三文字が出たことにドキドキしながらも、僕は先生がおかしな英語を混ぜる先生だと知ってはいるけれど、決して嘘はつかない先生だとも知っていたので、僕はそれが本当の本当に真実なんだ。という事を理解した。理解せざるを得なかった。
「でも、じゃあ僕達はこれから先、どうなるの?」
「この先生きのこるにはね」
「先生キノコになるの?」
「あら、間違えたわ。この先、生き残るにはね。クラスメイトの皆で協力しなくちゃならないのよ」
「これは面白くなってきたな」
クラスメイトの謎謎隙君がそう言ったが、僕はもう何とも思わなかった。これから先は本当に生きるか死ぬかになってくるだろうから。
で、次の日新たなる情報が入って来て人類はしっちゃかめっちゃかでほぼ死んだとか言っていて、僕達はこの世界に生き残った数少ない人間の部類に入るらしきことが分かった。そして隕石がもたらした何かしらの菌なのか、遺伝子変異なのかは分からないけれど、動物たちが知性を持ち始めたとかも言っていて、これ本当に現実かよ。とまだ疑いは若干残ったけど、どの道現時点で答えは出ないのだからみんなで協力するしかないわけで、つまり僕は今、火を点ける為の木を集めている最中だ。先生曰く、人間は火がないとまず何もできやしないとの事で、火があるだけで希望が見えてくるのだそうだ。そりゃそうだよな。火が無きゃ肉も焼けないし、肉なんか生で食ったら死ぬ場合もあるしな。幸いなことに先生は今回キャンプをする予定もあったので、サバイバル道具の火起こし道具を持って来ていたらしく、火は簡単に起こす事が出来るとの事だった。それに寝場所は廃校がある。何とか雨風はしのげそうだ。
雨風はしのげるのは良いが食料は? 僕は先生に聞いた。
「せんせ、食料はあるのでしょうか? 人間食料がないと長くは生きられないと聞いたことがありますが」
「そうね。まず水は水道使えるから安心して、それで肝心の食料だけどこの学校は廃墟だけどいざという時の為の避難所として備蓄している物があるの。だから飢え死にする事はないわ」
「本当ですか? やったー!」
僕が言うと、同時に小学生皆から歓声が上がった。
「これで死ぬことはないな」
「そうねそうね」
「でも、いつまで持つのかな。というかどのぐらい食料あるのかな」
「確かにそれを調べてみない事にはまずは始まらないわよね。備蓄とはいえ、誰も手入れしていないのだろうから、もしかしてカビていたり、賞味期限や消費期限が切れている恐れがあるものね」
「確かに」
「先生! 備蓄って乳首の一種ですか?」
「馬鹿言うんじゃありません!」
などと言った、真面目な声やふざけた声が入り混じった中、誰が備蓄庫を調べに行くかという話になった。
「誰か行きたい人いる?」
誰も手を上げないんじゃないかと思っていたら、そうではなくむしろかなりの人数が手を上げた。その中には不良グループともいて、僕は不思議に思った。しかしよくよく考えてみたら、悪巧みかもしれないと思った。食料はそこにしかなく、どれだけあるかもわからない。つまりその食料こそが命の綱なのだ。それを仮に不良グループが手に入れたら食料をその場で食べるかもしれないし、それで済めばいいがもしかしたら、食料をどこか他の場所へ隠し、備品庫にはなかったと言うかもしれない。更にもっと悪い想定をするならば、それを利用して、皆を自分達の良いように利用、動かそうとするかもしれない。食料を使って皆を脅迫するかもしれない。その可能性が全くないと誰が言えるのだろうか。犯罪が後を絶たないこの世界で、この日本で、そこに住む住人である以上、更に大してその人達の家庭を、本人を知らないのにどうして犯罪を犯さないと言えるのだろうか。否、言えない。という事で、不良グループに備品庫を調べさせるわけにはいかない。断固として。だから僕も備品庫を調べる人の立候補として手を上げた。
「では、これだけの人数の中で皆で行動してもあまり意味はないでしょうから、あなたに行ってもらいます」
そして僕が食料庫に行くことを任された。不良グループが恨めしそうな目で見ていた。
「先生、こいつ一人に行かせるのはどうかと思います」
「それはどうしてですか?」
「まず、一人というのがだめです。世界が滅びるかもしれないっていう話なのに、そして動物が知性を持ったかもしれないっていう事なのになぜ、そんな不安定な情勢の中、一人で行かせられるっていうんですか? もしかしてこの学校の中にもその知性を持った動物がいるかもしれないんですよ」
「そうね。それもそうね。じゃあ分かったわ。一緒に行ってくれるかしら? 安芸殻くん」
不良グループの一人、そしてリーダー核でもある安芸殻あげから君は反対から読むとから揚げと読めるので、あだ名がレモン、もしくはマヨネーズと呼ばれている。あるいはタルタルと。他にも塩などと色々なあだ名を呼ばれていて、ある意味リーダでもあるのだが、弄られキャラの一面も持っており、隙があり皆に親しまれている一面もあるので、顔が広い分先生からの信頼も厚く、裏では悪さをしているのを知っている僕からすれば、なかなかに手が負えない所があり、一緒に食料庫に行くのはしんどかった。
「せんせ、じゃあ逐一携帯で報告をします」
どうやら携帯はまだどうやら使えるようで助かった。
「あら、ではそうしてくれる? でもくれぐれも注意するのよ」
という事で、僕とからあげ君はそこへ向かって歩き出した。僕はからあげくんと呼んでいるんだ。
「あげからくんは、もしかして食料庫の食料を一人占めしようとしているのではないかと、僕は推測している」
「そんな事するわけないだろう」
「それならば良いんだけど。ねえ、本当かな動物が知性を持ったって話は」
「さあな。到底信じられる話ではないな。だけど、隕石が落ちて地球の生命体がほぼ壊滅ってのが本当ならば嘘とも言い切れないよな」
「これからどうなるのかな」
「そんな事誰にも分からないな。だけどよ。一旦リセットされれば、住みやすくなるんじゃねえかな」
「それは危険な考えだと僕は思うよ」
「そうか?」
「パズルだって、崩すのは簡単だけど、作るのは大変なんだよ?」
「地球はパズルと一緒だってのか? 笑えるぜ」
「一緒ではないけれども、全てリセットをする必要はないよね。技術も知識も全て忘れろっていうの?」
「案外それが人間本来の姿ってものかもしれないよな」
「それは不便だよ。不便すぎるよ。自然と共に生きるって原始人みたいになれ、戻れっていうのかい? あげから君は。病気になっても助けてくれないんだよ。誰も」
「そうか。それもそうだな。じゃあ、都会がいらないんだよ。多分」
「どうしたんだい? 急に」
「山の中とか、自然の中に現代の技術を持ち込んで暮せばいいんだよ」
「ねえ、あげから君。それポツンと一軒家見たから言ったでしょ。そういえば、やっていたよ。さっき」
「さっき?」
「うん。知らなかった? ここテレビは点くんだよ。でね。まだ何とかテレビは機能しているみたい」
「全然何ともないんじゃないか? 人類は」
「僕もそれは思った。だけど、ニュースの映像見たらエグイぐらいに隕石の跡があったんだよ」
「でも、それにしては地震だの波だのの話は聞かないな」
「そう、それは僕も疑問い思っていたんだ。だから僕はあの隕石は隕石の形をした何かなんじゃないかって思ってさ」
「何かって何さ」
「さあ、それはそれを知るには、解明するにはまだ過ぎ去って来た時の流れが、短すぎるよ」
「上手く逃げようとするなよ。経験値のなさを。時の流れで」
「でも、実際僕はまだ小学生だよ。まだまだ経験不足だよ。木だって成長するのに時間がかかるじゃないか」
「それはそうだけど。最近では俺達小学生だって、囲碁のプロになって話題になった女がいるじゃないか。要は、努力と方向性の問題だと思うな」
「でも、そう言っているあげから君は何か成し遂げて成し遂げられているのかい?」
「それを言われるとつらいけどよ」
「でしょ。つまり努力と方向性だけでなく、やっぱ才能ってのもどうあがいても絡んでくるんだよ。何かしらの線で結ばれているんだよ。複雑に緻密に」
「まあ、でも才能があっても努力しなきゃだめって事だろ。その話じゃ。じゃあ努力してあがき続ける事には意味はあるかもしれないって事だな」
「そういう事だね。あげから君。まあでも青春を無駄にするかもしれないけどね」
「なあ、夢の為に努力するのもまた青春って呼べないかな」
「うわ。あげから君の言葉にはっとさせられるとは思ってもいなかったよ」
「あのな。俺の事今まで何だと思っていたんだよ」
「ヤンキー」
「それはどうしてだ?」
「道端でタバコを吸っていたじゃないか」
「それ、お菓子だよね」
「そうなの?」
「そうだよ。まあ、がに股広げてタバコ吸う様に食べていたのは否定は出来ないけどな」
「どうしてそんな事したの?」
「そこ、追求する所かな。背伸びしたい年頃なんだよ。俺だって」
「あげからくん。可愛い所あるね」
そんな会話をしながら、食料庫があるとされる扉の前へと僕達はやって来た。
扉を開けると、そこにはたくさんの食料があった。しかし解せぬ事があった。なぜならば動物が紛れ込んでいたからだ。
「ねえ。あげから君。あの動物知的動物だと思う?」
「さあな、だがあの上品な食いっぷりはただの動物だとは到底思えない。しかし知能があるというのも未だ納得していない俺からするとどうすればいいのかと聞かれれば、話しかければいいだろって事しか言えない」
「よし、話しかけて見ようか」
「ああ」
あげから君と僕はこそこそ話をして、そういう結論に至った。
「ねえ、君?」
そこにいた動物は鼠だったのだが、ネズミはうん? って感じでこっちを振り返った。
「ねえ、何か知性がありそうな反応だよ」
「そうだな。だがどうやら喋ることは出来ないようだな」
「勝手に決めつけるなでちゅー」
「あっ、喋った」
「語尾にちゅーが付いているから見分けがつきやすいな」
「これは自分のキャラの区別化を図っているだけちゅー。他にもネズミはいるからちゅー」
「なるほど。そしてどうやら鼠が知性を持ったっていうのは本当の事だったらしいな。でもどうして日本語を覚えたんだろう」
「それはここが日本だからちゅー。他の国では多分その国の言葉をそこに住むネズミは喋るちゅー」
「よし。納得だ。そしてどうやら俺達のこの物語はそろそろ終わりを迎えそうだな」
「何を言っているの?」
「いや、何でもない。なんかそんな予感がしたんだよ。じゃあ、食料があった事を電話で報告するか」
「うん」
で、僕達は先生に電話をかけた。ぷるるるっ。
「はい、先生です。どう? 食料はあった?」
「はい。ありました。そして鼠がいました」
「鼠? キャー!!」
「先生。でもそのネズミはやはり知性がありました。言葉を喋ることが出来るんです。日本語を」
「えっ、それは本当? 替わってくれる?」
「はい、もしもし鼠です」
「あなたがその日本語を喋れる鼠なの?」
「ええ、そうです」
「でも、ガラケーだからあなたが喋っている顔を見る事が出来ないから先生は信じられないわ。ねえ。もしかして先生をからかったりしていないわよね。声は確かに違うんだけれど。モノマネする人は器用にその人に似せれたりするから先生、まだ疑っているわ」
「俺が偽物だというのかちゅー」
鼠の一人称が俺というのはちょいとビビった。ボス鼠かよ。
「そうじゃないけど。証拠を見せなさいっていうことよ」
「先生、電話替わりました。先生がここに来ればいいだけの話じゃないですか?」
「そうね。それもごもっともな意見ね。じゃあ、皆、食料庫に行くわよ」
「「はーい」」
電話越しにそんな声が聞こえて、電話はぷっつんした。
「先生、遅いなあー」
電話を切ってからもう30分は経っている。再度電話をしたが繋がらない。もしかして先生に何かあったのだろうか。とか思っていたら食料庫の扉が開かれた。そこには首にヘビを巻いた先生がいた。でも先生は薄汚れていた。一体何があったのだろうか。
「先生、一体何があったのですか?」
「うん。廊下を歩いていたら、蛇がいたの。先生が爬虫類好きなの知っているでしょ。それで無毒なヘビだったから触ろうとしたら、蛇が喋ったの。『勝手に触ろうとすんじゃねえよ』って。先生驚いたわ。それであなた達が言った事が真実だと理解したの。本当に動物が喋るようになったんだ。知性を持ったんだって。そして先生は嬉しくなったわ。これで動物達の、爬虫類達の気持ちが分かるようになったんだもの。飼い主のエゴで育てる可能性がこれで大分減ると思うから。それで会話での意思疎通を図ったのね。そしたら我と戦って勝ったら友として認め懐いてやるって言われたから先生はヘビと戦って無事に勝ったから蛇をペットとして飼うことになり、首に巻いたの」
「長いな。でもどうしてここに来るのが遅れたのかは理解しました」
「で、先生。そのヘビは本当に喋れるんですか?」
「あら、先生を疑うの? 心外ね。分かったわ。では交渉してみようじゃないの。この私のペットとなったこのヘビに。ねえ、ヘビ。何か喋れる?」
「別に構わねえが」
本当に喋った! って鼠が喋った事を考えればヘビも喋れて当然なのかもしれないが。でも知性があるのと喋れるのは別だよな。どういう仕組みで声が出ているのかな。
「本当だ。ヘビが喋ったね。じゃあ今度は僕が喋る鼠を紹介するね。さあ語るんだ。鼠」
「初めまして。鼠です。えっと、食料庫を漁っていたら、この方たちに出会いました」
「あらまあ、可愛い」
先生は満面の笑みで言った。
「そうでしょうね。僕ら鼠は本当は可愛いんですよ。まあ、住んでいる場所が汚い場所だから嫌われているけれども、後菌とか持っていると思われているから嫌われているけれども本当は可愛いんですよ。自画自賛ですけれどもね」
「金を持っているの?」
「先生さん。お金の示す指を作っているけれども、そうじゃない。ゴールドじゃなくて細菌の方です」
「さ、さいきん! 細金? つまり砂金の事を言っているのかしら?」
「この先生、天然なのかな。それとも狙っているのかな」
「天然だと思うよ」
僕は言った。
「そうなんだ。鼠よりもとぼけている先生だね」
鼠が言うと、先生の首に巻き付いていたヘビが先生の顔の前にぬっと出てきた。
「おっと、先生の悪口はそこまでにしてもらおうか。俺は先生のペット、つまり先生の従順なるしもべ。先生の悪口を言う奴はどこのどいつだ? 食べちゃうぞ。うん? お前はネズミ? 俺の大好物の。本当に食べちゃおっと」
言って、ヘビは先生の首から降りようとした。
「やめて、はん。はんははん」
先生はヘビが体の敏感な所を刺激したのかは分からないけれども、朝はパンパンパパン的な良い方で、はんははんと、言葉を乱した。
「先生、どうしてやめろと言うんだ?」
ヘビが先生に問う。
「ねえ、ヘビ。先生はね。ミッ〇ーが大好きなの。分かる? ミッ〇ー」
「ああ。それとなく、そこはかとなくな。あのでかい鼠人間だろ?」
「あれは鼠人間ではなく、鼠なの」
「そうなのか? 二足歩行しているが」
「特別変異した鼠なのよ」
「それにしてもでかいな」
「でしょうね。全てのネズミの頂点の君臨する鼠だからね」
「何を基準に決めているんだ?」
「収入、遺伝、頭脳、肉体、全てのネズミの頂点に君臨するのがミッ〇ーなのよ」
「そうかもな。食べたいとは、食べれるとは思わないからな。確かに強者の雰囲気がするからな」
「そう。そしてそこのネズミも同じ鼠、ミッ〇ーと同じね」
「まあ、理屈は分かった。だが目の前にある鼠は俺の餌にしか見えないし、俺は腹が減っている。これはどうすればいいのかな?」
「食料庫に何か良い食べ物があるはずだから、それを見つけるから我慢してね」
「ちっ、そう言う事なら仕方がないぜ」
こうして先生とヘビは上手いこと折り合いをつけて、ネズミを食べる事はどうやら何とか回避された。
「では、仲直りというわけではないけれど、食べない規定を作ったのでこれで安心ね。鼠ちゃん」
「ありがとう」
鼠はどことなく渋い声で言った。
「ほらっ、ヘビ。あんたもこれから鼠と仲良くやって行きなさいよ」
先生の体から降りたヘビが先生の言葉を合図にして鼠に向かった。
「よろしくヘビ」
「う、うん。よろしく鼠」
どことなくぎこちない関係というより、ピリピリとした空気感。それもそのはず、ヘビは口を大きく開けて……。
「こらー、何で食べようとするかー。先生許さないぞ」
「いやだって。食欲の限界が迫っていて、それはつまり、それすなわち死の危機が迫っているというわけで」
「だから食料庫で食料を探せー!」
先生の怒号を聞いて、ヘビは食料庫へと向かった。
「あった、先生、俺が食えそうな食料あったぞ」
ヘビの口には乾燥した小魚があった。
「へえ、色々な食料があるのね。何で小魚なんて、出汁に使うのかしらね」
なんて、先生は独り言。
蛇はおっさんが裂きイカを食べるような感じで小魚を加えながら、満足そうにしている。これで野球中継が合わされば一昔前の平日のおっさんのイメージしか沸かない。偏見かもしれないけど。
「でも、先生。ヘビとか鼠とかこれからどんどん仲間が知り合いが増える可能性がある以上、名前を考えた方がいいと思います」
「あらそうね。じゃあ何にしようかしら」
「ボロ〇ゴかプッ〇ル、あるいはチ〇ル、もしくはゲ〇ゲレ、いやア〇ドレなんかはどうでしょうか」
「ねえ、どうしてそんなにスラスラと名前が出てくるのかしら、というかどこかで聞いたことがある名前なのだけれど、先生はあなたが今やっているゲームに感化されているのでは、もろに影響を受けているのではないかと、それもオマージュのレベルを超えてパクリのレベルを超えて、まんま受け取っているのではないかと考えているのですが、そこん所どうなんでしょうかねえ」
「その通りです」
「少しは、罪悪感を持てい!」
そうしてそんなこんなで、あれやこれやでてんやわんやで、ヘビの名前はヘッビーン、ネズミの名前はゲロゲロに決まった。いや、ネズミの名前蛙みたいじゃん。とか名付けた後で思ったけどそれはもはや後の祭りでしかなく、胸の奥の喪失感、悲壮感と言ったら言葉で言い笑わせないほどのあれだった。いやあれって何だよ。具体的に言えよとか、ノリツッコミをしたが、海苔をご飯に突っ込んで食べるという新たな食の方法を追求したわけではないという事をここで示して、この場面は幕を閉じた。
「でも先生、思うのですが、思ったのですが一つ良いでしょうか」
「ええ、なんでしょうか?」
「ええと。隕石が落ちたことによる突然変異で動物が言葉を喋ることが出来るようになったのが仮に本当だとしてというより、目の前にいるヘッビーンとゲロゲロを見ればそれが証拠だと言えるとは思うのですが、ここで今まで心配していた動物が知性を持ったことによる不安要素はどうやらあまりなさそうだと思うのです」
「何が言いたいのでしょうか」
「えっと、動物が害がないと分かった以上、別にそれほどまでに心配しないでもっとワイワイガヤガヤやりましょうや、と言いたかったのです」
「甘いわね。甘すぎるわね。甘すぎてこっちまで、虫歯菌がどんどん増殖するぐらいの甘さね。あなたは」
「ど、どうしてですか? 先生」
「うん。まず、まだ私達は二種類の動物しか言語を話せる動物は見ていない。それだけで判断するのは危険極まりないと思うの。そして善悪の意味でも、言葉を喋れるからと言って、善とは限らないのよ。人間を見て見なさいよ。言葉を巧みに操るあくどいカスが何とこの世界に多いことか」
「せ、先生。か、カスって。一体何があったんでしょうか。何を経験してきたのでしょうか。僕は凄い心配です」
「そうですよ。仮にも先生がカスって使っていい言葉とは到底思えませんえん」
あげから君が僕の言葉に同意する。
「あげから君。言葉の語尾にえんを付けて千円にするんじゃありません。守銭奴じゃないんですから。ジョークばかり言っていると、ジョーカーになってしまいますよ」
上手いこと言ったつもりなのかどうかは分からないけど、とりあえず先生は自分の言った言葉を誤魔化す意味なのか打ち消す意味なのが知らないけれど、あげから君を責める事で自身の責任を回避しようとした。なるほど、先生もカスの要素を備えているんだな。
「先生。先生がカスって言った事はどうでもいいのでしょうか」
「えっ、そんな事を言ったのかしら。先生はいやあねえ。というか、そう言えば私は小学生の生徒たちの為にオリジナルの暗号言葉を作ったのよ。皆が楽しめるようにね。そうだわ。忘れていたわ。そうそしてカスというのは、人間という意味です」
それは暗号として良いのか? というか人間=カスと置き換えるなよ。まあどうせ咄嗟に付いた嘘だろうけれど、これ以上追及する意味はないと思った。そして追求した当の本人の安芸殻君も、先生の下手な嘘にこれ以上追及した所で、何かと今後厄介な事になりそうだと思ったのかそれ以上は言わなかった。先生はそういう所が今までもあって、掃除当番を押し付けたりした事があるからだ。しかし、それを意見してもそれは通らない学校に僕達は通っていて、自分達の無力さを、子供の無力さを知り、それで社会を知った。でもそんな社会ならば知りたくもなかったけれど。夢と希望にあふれた僕達の将来の甘い希望は先生のパワハラまがいによって無残にも打ち砕かれ、縦社会を知ったのであった。隕石が落ちるちょいと昔にね。でも先生が言った言葉を良く頭の中で推敲してみて、それはあながち間違ってはいないんじゃないかって僕も思った。なぜならばヘッビーンだって、言葉を喋る知性はあるけれど、お腹がすいてすぐにでもゲロゲロに襲いかかろうとしたし、つまりそれは欲求と知性は別物だって事で、それが目の前のヘビは毒もない蛇だけど、これが、もしマムシやハブだったりしたら、性格はもしかして毒がある分もっと悪い蛇かもしれない。つまり、僕がさっき安心しても良いと言ったのは確かに気が緩んでいて、危機管理能力の乏しさを実感せざるを得なかった。そしてそこまで考えた所で先生は言葉を挟んできた。
「うんとね、それとね。更に言えば、今後の人間の食料事情に関しても、先生は危機が迫っていると思っているの」
「どういう事ですか?」
しばしの溜めの後、先生は言葉を紡いだ。いや紡いだというより、うわ言ようにあるいは独り言のように言葉を発した、音を出した、いや音を遅れて出した。腹話術のように。何やってんだよ。先生。
「まず、動物が言葉を話す事になったら。食はどうなりますか? 考えて下さい」
「いや、変わらないんじゃないですか?」
「そうでしょうか。では、動物を殺して解体する所を想像して下さい。いえ、想像したことを先生に、皆に伝えてみてください」
「分かりました。じゃあ猪を捕まえてみます。想像の中で」
「ええ、お願いします」
僕は想像の中で猪を追いかけはじめた。場所は森だ。
「いたぞー!! 猪だ。捕まえろー!!」
「や、やめてくれでいのしし」
「語尾が猪とは挑戦的な試みですね」
先生の言葉を聞きつつも、僕は猪狩りを想像の中で続けた。
「待たないぞ! 僕の、いや僕の家族が食料を今か今かと腹を空かせて待っているんだ。お前を捕まえるまで僕は足を止めない!」
「そんなー。僕は食べられてしまういのしし? 僕にも家族がいるいのしし。ウリボーが待っているいのしし」
「くっ、情に訴えかけようったってそうは行かないぞ。僕達家族はお前を捕まえなければ飢え死にしてしまうんだ。たんぱく質が足りていないんだよ」
「タンパク質は大豆から取ればいいだろいのしし」
「猪の癖に詳しいじゃないか。食料事情に。でも大豆はダメだ。肉が食いたいんだよ。今夜はすき焼き、レッツパーティーナイトの日にしようって決めているんだよ。今日は弟の誕生日なんだよ」
「僕の家族だって昨日、子供が生まれたばかりいのしし。うりぼーが誕生したばかりなんだいのしし。僕の帰りを今か今かとうりぼーが待っているいのしし」
「ぐっ、ち、ちくしょう。足が、足が動かなくなって来ている。これはまさか……そんな。心が揺らいでいるのか? だが、生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ。悪く思うなよ。行くぞ、おら、棍棒で死ねや。ガン!!」
「い、痛い。いのしし。ち、血が出ているいのしし。死ぬいのしし。助けてくれいのしし。苦しいいのしし。心臓がばくばくするいのしし。うりぼー。父ちゃんはもうだめだいのしし。せめてもう一度お前に会いたかったいのしし……」
「くっ……だめだ。俺にはこの猪は殺せない……」
僕は想像の中で猪を仕留める事が出来なかった。
「ねっ?」
先生は一言そう言った。
「確かにそれは由々しき事態ですね。しかし猪が僕が想像したような猪であるとは限らないと今気づきました」
「それはどういう事?」
「ええ、先ほどの話で出たように知性を持ったからと言って、内面が良い奴とは限らないという事です。つまり僕は少し間違っていたのかもしれません。猪がそんなに弱い精神の持ち主とは思えなくなってきました」
「そう、じゃあもう一度シュミレーションしてみる?」
「ええ、臨むところです。では行きます」
「行ってらっしゃい」
「行ってきます。妄想の世界へ。おい、猪発見したぞ。逃げるな」
「何だと? 人間ごときが猪様にはむかう気か。突進して大けがをさせるぞ。良いのか」
「流石だな、畑を荒らし民家を恐し、人間を傷つける極悪猪、その噂通りの見事なあくどさだ。しかしそのあくどさ、いつまでも続けるのを許すほど、人間達はおろかじゃない。そしてもちろん僕もだ」
「ふんっ、正義者ぶって、だから人間は嫌いなんだよ。知っているぞ。お前たち人間が俺達猪を鍋にして食べていることを」
「それがどうした」
「開き直ったな。俺達猪を悪だと決めつけ、自分達を正義だと決めつけるその考えが既に悪だとは思わないのか」
「いいや、思わないな。どっち道、弱肉強食の世界なんだ。それはお互い様だろ。つまり勝った方が強いんだ。生き残った方が強いんだ」
「全く何て人間だ。じゃあお言葉に甘えてお前を突進で攻撃して葬り去ってやろう」
「それは断る。俺には斧がある。こいよ。かかってこいよ」
「ふんっ、そんな斧当たる前にお前に突進攻撃を仕掛けてやる」
「来たな。まさに猪突猛進だな。もう遅い、車は急には止まれない。つまりお前は落とし穴の餌食だ」
「な、何だと? くそがーー!」
「はっはっは。下には鋭く尖った竹がある。これでお前は死んだ。そして今夜にはお前は俺の胃袋の中だ」
「……」
「お、終わりました。先生。どうだったでしょうか」
「いえ、ね。凄い鬼畜だなって。考えが。これだと確かに猪は食べられるわ。でも、人間の鬼畜さが際立っているから、なんていうの? まるで修羅の世界ね」
「お褒め下さりありがとうございます」
「褒めてないわよ。でも皆そのぐらいの精神的なタフさがないとこれからの時代生きていけないのかもしれないわね。そしてさっき言ったけど多分先生の想像だとこの先、世界は修羅の世界になるわね」
「それは仕方がないと思います先生。時代の流れってやつです」
「そうね。そうかもしれないわね。時代は人と共に変わるものね。人が変われば時代は動く、変わる。これはもう一人の力では変わらないのかもしれないわね。皆の集団的な意識の波で時代が変わるのだから。でもどうなのかしら。それが本来あるべき姿なのかしら。これは進化? それとも退化?」
先生はそう言って、うーんとうなってしまった。
「それは確かにそうかもしれないです。ですが、人類と言うのは昔からサバイバルでしたし、現在だって平和と言いながら毎日のようにどこかしらで殺人事件が発生してます。やはり人間というのは強くなければならないのです
「そうね。しかしいい意味での強さと悪い意味での強さがあるから、そこらへんは注意が必要ね」
「ええ、そうですね。先生の言っている事は分かっています。サバイバルで金を稼がなければ生きていないからと言って、振り込め詐欺などをしたらダメってことですよね」
「そうね。正規に真面目に金を稼いでいく事は大事ね。弱肉強食だからって相手を騙したり強盗したりしたらそれはまずいわね。生きて行く為の強さを学んで行かなければならないわね。皆は」
「「はーい」」
先生の言葉に皆が同意の返事をした。
「それにしてもどうして言葉を喋ることが出来るのかしら。喉の仕組みとかが全然違うのに」
「もしかしたら、地球に住む全ての動物が突然変異したのかもしれませんね」
「そんなことあるのかしら」
「それでなければ、全ての動物が特殊能力を手に入れたとか」
「そうか。その線の方が可能性があるわね。なんたってまだ解明されていない超常現象はたくさんあるもの」
「そういう事にしておきましょう。考えた所で現在の所答えは出ませんので」
「まあ、動物の喉がどうなっているのか解体すれば、少しは答えが分かるかもしれないけれどね」
「ちょっと、待ってくれでねずみ。怖い事言わないでくれでねずみ」
「大丈夫よ。ゲロゲロ。私が愛しのあなたの事を解体するわけないじゃない」
「それは良かったでねずみ」
「でも、もし虫まで言葉を話す事になったら先生困っちゃう」
「それはどうしてですか?」
あげから君が言った。
「それはね……」
先生は言葉を紡ぎ始めた。
「例えば蟻が地面にいたとするわね。その時どうあなたなら対応する?」
「えっと、僕は普段蟻をそこまで気にしてはいませんが、まああえては踏みませんけどね」
「そうね。それが普通よね。でも蟻がもし喋るようになったらどう思う? あなたの得意の妄想で妄想してみて」
「分かりました。では妄想スタートです。あっ、蟻だ。でももう足を振り上げているし、そのまま振り下ろすか。じゃあな蟻、また来世で会えたら会おうぜ」
「ふ、ふんぎゃー。人間が、人間が私を踏みつぶそうとしている。死ぬ、死ぬー。人間が私を私の家族を踏みつぶそうとしているー」
「またそのパターンですか」
先生が呆れたような声で言ったけど、一々気にしていたら先に進めないので妄想をそのまま進めた。
「うるせえな。もう足を踏みあげた後なんだよ。じゃあな。プチっ」
「ひ、人殺し! 人殺しよー。いえ、蟻殺し、蟻殺しよー!」
蟻が言った。そして仲間を呼びに行った。
しばらくすると、蟻の集団が巣穴から出てきた。
「お前さんかい。我々蟻家族を踏みつぶした虐殺者の人間というのは」
「いちいちうるせえな。蟻ごときが」
「蟻を舐めると痛い目みるぞ。シロアリに頼んでお前の家を潰すぞ」
「はっ? やめろや」
「だが、お前が家族の蟻を踏みつぶした事実というのは変わりがないぞ」
「おいおい、やめろや。やめてくれや。分かるだろ。人間の事情だって。俺の方がでかいんだ。一々蟻の事を踏みつぶさないように歩いていたらどこにもで歩けなくなるだろうが。じゃあ何だ? 目に見えないダニや、微生物も殺さないようにしろって言うのか? 動くなって言うのか?」
「言いたいことは分かる。我々蟻も他の虫の死骸を食べているしな。しかし誠意が貴殿からは感じる事が出来ない」
「俺にどうしろと言うんだ」
「毎日巣穴の近くに砂糖、もしくは甘い物を貢物としておくがよい。すれば貴殿の犯した罪は許されよう」
「それは脅迫か?」
「違う。交渉だ。嫌なら別にいい。知り合いのシロアリに家を潰してもらうだけだ」
「どう考えても、脅迫だけどな。まあいい。それで良いなら納得しよう」
「本当だな。もし、嘘をついて夜の間に巣穴に巣穴根絶薬品などを流し込もうだなんて考えない事だな。蟻だって馬鹿じゃない。巣穴をいくつも作って、巣を分散させ一気に壊滅されないように策は練るつもりだ。馬鹿な事は考えない方が身のためだぞ」
「ちっ、分かったよ」
僕の妄想が終わった。
「で、どうだった? もう結論は出ているはずよね」
「は、はい。先生。確かに虫に知性が宿ったらこのやばいってもんじゃないです……」
「ねっ?」
先生は今回も一言そう言った。
しかし、それが僕の想像で終われば良かったのだが現実の物となってしまった事が判明した。それは校舎にカブト虫を発見した時の事だった。
「あっ、先生。カブトムシがいます」
「本当ね。でもどうして男の子はカブトムシを恰好良いと思うのかしら。先生は理解が出来ないけれど」
「どっしりと構えて、つやつやしていて重機みたいで格好いいじゃないですか」
「なるほど、男の子はそういうの好きだものね」
「ええ、クワガタはクワガタで同じ感じで機械のアームが動く感じで、ハサミが格好いいですし、やっぱり強いですしね。二人とも」
「カブト虫とクワガタは虫であって人ではないから、一人とは言わないのよ」
「ええ、ですが僕の中では一人の人間として捉えています。それほど僕はカブトムシとクワガタが好きなのです」
「そうなの。名前に虫が好きだからつけた手塚治虫さんみたいに虫が好きなのね。あるいはファーブルかしら。あなたの将来は」
「いえ、僕はカブトムシとクワガタは大好きですがそれ以外は、虫畜生と思っています」
「それは極端ですね。先生はあなたの将来がとても心配に今、急に不安感に襲われました。それでどんな虫が嫌いなのですか?」
「まず蝶々も嫌いです。鱗粉がだめなんです」
「しかし、蝶々の羽の光原理を利用してスプーンに色を付けていないのに色が出るスプーンとかが開発されていますよ」
「何ですかそれ。初めて知りました。では蝶々は虫畜生から外しますね」
「それにカタツムリの殻とかで雨水を弾く仕組みがトイレの水汚れを防ぐために利用されているとかも聞いたことあります」
「じゃあ、カタツムリも除外します」
「ねえ。僕君。自然と言うのはどんな生き物も人間達の先生になり得る可能性を秘めているのが分かったでしょう? だから虫畜生なんて言わないで欲しいな先生は。そして自然に謙虚に尊敬の目をもって接して欲しいし見つめて欲しいの」
「そうですね。流石先生です」
「分かってくれて先生は嬉しいわ」
「あっ、この野郎。蚊が今僕の血を吸いやがりやがった。よしっ、殺したぞ。あっ、殺してしまいました。蚊の野郎を。蚊先生を。先生蚊も殺してはいけないんですよね」
「いいえ、蚊は虫畜生です。出てきたら即殺して下さい。地球上で一番人間を殺しているのは蚊なのですよ」
「せ、先生。さっき言った事とちが……」
「何ですか? 僕君」
僕は先生に睨まれたのでそれ以上言えなかった。
「でも先生、将来血を吸わなくても良い蚊の研究をどこかの誰かがやっているって聞いたことがあるようなないような気がします。もしそんな蚊が出来たらどうなりますか?」
「その時は、蚊畜生ではなくなりますね」
「でも、先生蚊の扱いがあまりにも酷くないですか?」
女の子の生徒が言うと、先生は少し反省したのかはっとなって言った。
「そ、そうね。いくら人間を一番殺すからと言って先生はあまりにかっとなってしまいましたね。反省します。蚊だって絶滅させたらいけないです。全ては自然の生態系のバランスの元成り立っているのですから」
「ですが、先生どうしてそんなに蚊に対して悪意、いや殺意のような物を持っているのですか?」
「そうね。多分昨日の夜30か所ぐらい刺されたからその恨みが今出てしまったのかもしれないです」
「どうしてそんなに蚊に刺されたのですか?」
「それは分かりませんが、まず私は汗っかきですし、足の細菌を沢山持っているから多分蚊が寄って来たのでしょう。昨日の夜は飲みすぎましたしそれで爆睡して刺されているのに気付かなかった事も要因の一つと思われますが」
「そうですか」
と、そんな話をしていたら「ねえ。いくらなんでも私達の扱いが酷過ぎやしないかしら」と声が聞こえて、はっとして声のした方を見たらそこには蚊がいた。
「見てたわよ。あなた達私の仲間の蚊を殺したわね。出産を控えていたのに」
「蚊、蚊が喋った。どういう仕掛けだ? 理解できない」
あげから君が目をまん丸に見開いて瞳孔が好きな人に出会った時ぐらい大きくなっていた。
「気持ちは分かるわ。安芸殻君。でもね。動物が喋ったという事は虫も喋る事が出来ても不思議ではないでしょ?」
先生が言った。
「確かにそうだけど、先生。俺、怖いよ」
いつも強がっている、あげから君の弱音を初めて聞いて僕も不安になった。
「どうして蚊を怖がる必要があるの? あげから君」
「だって先生。もし蚊に恨まれたりしたら夏寝ている間中ずっと耳元でぷーんってやられて眠れないじゃないか」
「ぶっ!」
僕は吹き出してしまった。いやすまない。あげから君。
「ええ、そうね。それは先生も確かに怖いわ」
先生が言った所で蚊が喋った。
「さっきから聞いていれば自分の都合ばっかりよ。こちとら知り合いを殺されたんだ。虐殺されたんだ。無残にもお前達の両手で圧死させられてな」
「それは確かに謝るわ」
「謝って済む問題だと思っているのかお前はよ」
「そうは思わないけれど、でもそちら側にも比があるとは思わないのかしら」
「どういう事だよ」
蚊がヤンキーのような切れ方で言った。
「さっき殺された蚊は無断で人間の血を吸ったのよ。そこんところどうお考えになるおつもりなのかしら」
「そんなの知ったこっちゃねえよ。死んだダチのあいつは妊娠していたんだよ」
蚊にもダチが存在しているのか。いや知性を持ってからダチを獲得したのかは分からないけど何だか本当に知性を持つことが恐ろしい事に感じるようになってきた。
「じゃあ最初から血を吸わせてくださいって人間に頼めば良かったじゃない。そうすればあなたのダチが殺されることはなかったわ」
「嘘をつくなや。人間は蚊を見ただけで殺すじゃねえか。いつの時代もな」
蚊にも歴史を伝える何かがあるのだろうか。昔の事を知っていそうなその口調に僕はそう思った。
「それはね。蚊が無断で血を吸い、更に血を吸った後、嫌がらせとして痒みを残し、そして更に人間をもっとも殺す生き物だからよ。これでも殺される理由として心当たりはない?」
「くっ、じゃあどうすれば良いんだよ。私達種族はよ」
「滅びなさい永遠の闇にね」
ひどっ、先生酷過ぎじゃね?
「だから人間は嫌いなんだよ。しかしその言葉しかと聞き遂げたぞ。絶対団結して人間の血を吸い尽くして、痒み拷問の刑に処して、ウイルス感染させて人間殺しまくってやるからな」
せ、先生。先生の言葉で人類の未来が危ういんですけど。訂正して。
「望むところよ」
いや、臨まないでよ。先生の言葉には人類の未来がかかっているんだよ。
「分かったじゃあ、早速宣戦布告の言葉を仲間に知らせてくる」
「そうは行かないわ!」
バチッ!
先生はその場を後にしようとしたその蚊を目にも止まらぬ速さで瞬殺した。
『せ、先生。こわ「何かしら?」凄いね。先生凄いよ!』
「あら、ありがとう」
先生怖いと言おうとしたら即座に先生のそれを言わせない圧力のような「何かしら?」という言葉を挟まれたので僕は先生を褒めた。褒める事になってしまった。これがパワハラという奴なのか? とか思ったけど大人の世界は大人になってみないと分からないから僕はその問題をとりあえず、夜寝るときまで持ち越すことにした。
夜、学校で布団をかぶりながら考えを巡らせた。
果たしてあの対応で良かったのだろうか。蚊を殺す事で人類対蚊は防げたように思うがもし他にもあの場所に蚊がいたとしたら蚊が人間を一斉攻撃してこないとは限らない。僕はその日、恐怖から眠れなかった。
「先生蚊の事で悩んでいたら眠れませんでした」
次の日の朝、先生に言うと「あら可愛いわね。蚊ごときで悩むなんて」と鼻で笑われた。
しかしこれから先は、どんな生き物が襲い掛かってくるのかを想像したら本当に怖くなった。
もしかしたら目に見えない生き物でさえ知性を持つのかもしれないからだ。とか思っていたら頭から声が聞こえた。
「おい、もっと栄養のある物食えよ」
「誰だお前は?」
「俺か? 俺は髪の毛だ。そして毛根だ」
「髪の毛が喋った?」
すると、また別の場所から声が聞こえた。
「俺の事ももっと大事に扱えよ」
「お前は誰だ?」
「俺はわき毛だ」
「わ、わき毛も喋った?」
更に、胸毛、足蹴、指の毛、〇〇毛も喋り出した。ちなみに〇に入る毛はみみである。
「ど、どうしてこんなことに。せ、せんせいどうにかしてよ」
「どうしようもないわ。もう世界は終わりね。毛が喋り出すなんて。もはや安眠の地はどこにもないわね」
「もっと健康に気をつけろよ」
「今度は誰だ」
「俺は肝臓だ」
「たばこは吸うなよ」
「誰だお前は俺はタバコは吸わないぞ。未成年だしな」
「俺は、肺だ。副流煙だって吸うなよ」
「それは無茶な話だ」
「もっと血液をサラサラにしろよ。俺は血管だ」
「うるさい。ストレスで血液がドロドロになるから話しかけるな」
そんな感じで僕の体の細胞が知性を持ち始めて、僕は気が狂いそうになった。
「混乱するなよ。脳が委縮するだろ。俺は脳だ」
「やめてくれ。やめてくれ。やめてくれ」
僕は頭が痛くなって、耐えられなくなってその場に膝をついた。そして意識は暗転し……目が覚めた。
「あっ、夢だった」
そうだ僕は今日から小学校に入学して初日を迎えたんだ。
「友達百人作ってね」
ママが言った。
「うん。友達一億人作るよ」
「そんなに学校には人間はいないわよ。うふん」
ママが言った。
「僕、頑張るね」
こうして僕の学校初日がスタートしたと同時に、今朝見た悪夢から解放されて清々しい気分だった。