第8話 四天王グラガド
8話ぁぁぁ!
(以上!……じゃねーよ! 何言ってんの! このバカ魔王は!)
ルナティアは心の中で叫び声を上げていた。
まさかとは思っていたが、ここまで魔王が馬鹿だとは思っていなかった。
いくらなんでも、捕虜の勇者を嫁にするなどと重要な会議の場で宣言するとはルナティアも考えつくわけがない。
そもそもの話だが、ルナティアと魔王は2日前に会ったばかりで、婚約はおろか交際すらしていない。
そしてもちろん今後もルナティアに魔王と交際する気など毛頭ない。
「お、ちょ、アンタ!」
ルナティアは抱き寄せられていた肩を魔王から振り払って、魔人達の反応を窺った。
先程の感じでは魔人達は人間界侵攻作戦に賛成する者が多数だった。
魔王1人の事情でそれを中止する事など許せない者もいるだろう。
しかもそれが勇者に恋をしたとかいう訳の分からない理由だと言うのだからなおさらだ。
となれば、最悪この場でルナティアを亡き者にしようとする勢力もあるかもしれない。
ルナティア本人にそんな気がなくても、魔人達はそれを知らないのだから。
「魔王様! 正気ですか!」
(ほらやっぱり!)
ルナティアの予想通りだった。
1人の魔人が立ち上がり、魔王の宣言に異議を唱え始めた。
この後、次々と魔王を非難する声でこの議場は埋め尽くされる事だろう。
ルナティアはそう確信したが、実際はそうはならなかった。
「おめでとうございます! 魔王様! 遂に魔王様もお妃様を娶る決意をなされたか!」
次に魔王にかけられた言葉はそんな言葉だった。
それに反応したのが第一声目に魔王に異議を唱えた魔人だった。
「貴様! 我々の悲願である人間界侵攻作戦が中止になってもいいのか! あんなしょうもない理由で!」
(うん。ごもっとも)
当の本人であるルナティアから見てもそれは実にしょうもない理由だった。
加えて言えば魔王の勝手な妄想で実現不可能な事も考慮に入れた方がいい。
だが、魔王に祝辞を送った魔人は怒鳴り声を上げた魔人を上回る声で怒鳴り返した。
「しょうもないだと! てめぇ! どこの田舎モンだ! 魔王様がお妃様を娶るってんだぞ! これ以上に重要な事があるか! 人間界侵攻作戦など中止だ、中止!」
そして、2人は取っ組み合いの喧嘩を始める。
言うまでもないがここは議場だ。
決して取っ組み合いの喧嘩を行う場所ではない。
その魔人達に影響されてか、議場のあちこちで罵り合いの喧嘩が始まった。
(あぁー、私を巡って争わないでー! ってか? なんなの? こいつら馬鹿なの?)
ルナティアにとって——いや、人類にとってすら重要な会議であるはずの場が本当につまらない理由で混沌となっている現状をルナティアは冷めた目で見ていた。
しかしそんな混沌とした時間は長くは続かなかった。
「黙れ! 貴様ら! 魔王様の前だぞ!」
先程までに笑顔はどこへやら、ミーニャの隣にいた大柄の魔人が大声と共に叩きつけた拳は分厚く強固そうに見えたテーブルを軽々と破壊していた。
そして議場はまた静寂に包まれる中、ミーニャがぽつりと呟いた。
「父上、テーブルの弁償代ですが、父上のお給金から引かせていただきますね」
「えっ?」
大柄の魔人が魔王を見ると、魔王はこくりと頷いている。
それを見た大柄の魔人はすたんと静かに席に着く。
かなり落ち込んでいるように見える。
魔王城の会議場のテーブルとあってかなり高価なのだろう。何mも続く分厚い一枚板を使用している為、修理は不可能で全とっかえになりそうだ。
だがそんなことよりもルナティアには気になる事があった。
静寂に包まれる中、ルナティアは魔王の後ろを回ってミーニャにヒソヒソと耳打ちした。
「今、父上って言わなかった?」
確かにルナティアにはそう聞こえたのだ。
「はい、私の父上で魔王軍四天王グラガドです」
(マジか。どうやったらあのいかついのからこんな天使が生まれるの?)
母親が余程美人に違いないとルナティアは確信する。
ルナティアがグラガドをチラチラ見ているとグラガドと目が合う。
グラガドは笑顔で会釈してきたのでルナティアも「どうも」と小声で言いながら会釈した。
いかつい見た目だが、かなりいい人そうである。魔人に良いも悪いもない気もするが、多分いい人なのだろう——。
とルナティアはそう思った。
いかつい魔人は我らが猫耳美少女メイドミーニャのパパだったようです




