第20話 逃避行
「さて、では我らもルナティア様を探しに行くとしますかな」
リエンとマティスが去った直後、グラガドははっきりとした声で言った。
すると、魔王はグラガドと一緒に会議場を出ようとしたシュトライゼンを呼び止めた。
「待て、シュトライゼン。ルナティアの魔力を全然感じないが、心当たりはないか?」
今朝から魔王はルナティアの魔力をずっと感知しようと試みているが、まったくルナティアの魔力を感知する事が出来ずにいた。
最悪の場合、ルナティアが既に死んでいる可能性もあるのだが、魔王はそんな可能性は微塵もないと信じていた。
シュトライゼンは魔界に侵入したルナティア達と戦い、実際に追跡したことがある唯一の魔人である。
ならば何か知っているかと思い、魔王はシュトライゼンに尋ねたのだ。
「ルナティア様——と申しますか勇者パーティー全員に言える事ですが、あの者達は魔力の反応を極限まで抑え込む技術があるようですね」
「ほぅ、そうなのか?」
「魔力の小さな人間ならではですね。恐らく私や魔王様が習得しようとしても無理でしょう」
魔人だけではなく人間も少量だが、体から魔力が漏れ出ている。
その魔力を自発的に発して現象に変えるのが魔法の基本となるのだが、その大気中に漏れ出た魔力は探知することができる。
魔法を行使すればもちろんだが、探知に優れた者であればその漏れ出た魔力だけでも探知は可能なのである。
シュトライゼンが言っているのは人間であればそもそもの魔力が小さいので漏れ出る魔力を抑える事は比較的簡単に行えるが、上位クラスの魔人ともなると魔法を行使せずとも漏れ出る魔力は人間の比ではなくそれら全てを抑え切る事はかなり難しいという事なのだ。
「ではルナティアも今は魔力を抑えていると?」
「恐らくは。私もルナティア様を追う時には苦労させられました。遠くに逃げられれば捜索は困難だったでしょうね」
あの時は戦った後で大体の位置を把握しながらの追跡だったのでそれほど追いかけるのは難しくはなかった。
だが、今回は人間界方向に逃走したというだけでそれ以外には何もわかっていないので時間と方角から大体の位置を予想してしらみつぶしにやっていくしかない。
「そうか、分かった。鼻が利く者達も必要だな」
「それがよいかと、では私も行ってまいります」
シュトライゼンは魔王との会話を終えるとグラガドと共に会議場を後にした。
「俺も行くか。……無事でいてくれよ、ルナティア」
魔王やシュトライゼン達は魔王城を出発した数時間前——。
ルナティアは森を歩いていた。
「ここまでくれば当分は大丈夫よね?」
ここまでルナティアは夜からずっと歩き通しだった。
魔王たちがルナティアの脱走に気づく前になんとしても距離を稼がなければいけなかったのだ。
無理をしたせいかルナティアの足は先程からずっと痛みっぱなしだ。
「さすがにきついわね。まだまだ道のりは長そうだし休憩しないと」
こちらに来たときは魔界から一番近い村からシュトライゼンに遭遇した魔王城付近に来るまで3日もかかった。
恐らく帰りはもっと時間がかかるだろう。
魔界に入るときの侵入ルートは主に魔法使いのカーナが決めていた。
ルナティアもそこまで方向音痴ではないはずが、流石にこの鬱蒼と茂る森の中を最短距離で突っ切れるとは思っていない。
逆に少し遠回りするくらいの方が魔王たちにこちらの動きが察知されづらくなる気もするので悪い事ばかりではないが。
ルナティアは手頃な切り株を見つけ、そこにゆっくりと腰を下ろすと、持っていた小さなカバンから魔王城の厨房からくすねておいたパンをちぎって口の中に放り込む。
「無駄にクオリティが高いのよね。あんまり保存には向かなさそうだけど」
魔王城のパンは人間界などで売っているパンに比べるとかなり美味しい。
ちぎった中は人間界のパンと比べると真っ白だし、もちもちふわふわなのだ。
もちろん人間界でもかなり高級志向な店に行けばそれなりに美味いものもあるのだが、それと比べても更に美味いだろう。
流石にパンだけでは口の中の水分を全てもっていかれるので簡素な水筒の水もパンと一緒に口に含む。
「あぁ、ベッドが恋しいなぁ」
ルナティアの独り言が虚しく辺りに響く。
当然辺りには誰もいない。
いたとしても小動物がせいぜいだろうが、言葉を喋られるはずもなくやはり誰もルナティアの独り言に答える者はなかった。




