人が人を好きになるきっかけなんて様々で、性別なんて関係ないのが本当は普通なのではないか
「あなた、とても綺麗な髪をしてるのね。」
クラス替えをしたばかりの慣れない教室でポツンと一人で座っていると誰かに後ろから声をかけられた。
いきなりのことだったので、私は少し驚いた。
「んんっ?」
「私は片岡 奈緒っていうの。よろしくね。」
「あっ…私は須崎 愛美です。よろしく!」
自分の髪がキッカケで友達になれるなんて思ってもいなかった。
片岡奈緒という人は美人で性格はおっとりとしていて、巨乳。最高を詰め合わせたような人だった。この子に告白して振られるという人が後を絶たないという噂を聞いたことがある。人気者と友達になれるとは…。
「せっかく長い髪なのにヘアアレンジとかしないの?」
「私不器用でさ、髪結ぶの苦手なんだ。小学校まではお母さんが結んでくれてたんだけど、中学校からは自分で結んでねって言われて、めんどくさいしずっと後ろに一つ結びにしてたんだ。そしたらおばさんくさいって言われて、だったら切っちゃえって思って切ったんだけど似合わなくて。また伸ばしてみようって思って放置してたら今に至る…みたいな。」
「おばさんくさいだなんて失礼な人がいるのね。」
「好きな人にそれ言われてさ…。さすがにショックだった。」
「…今もその人のこと好きなの?」
「ううん。高校も離れちゃったし、もう忘れちゃった!」
「じゃあさ、私が愛美ちゃんの髪をアレンジしてみてもいい?」
「え!アレンジ出来るの!?いいよいいよ!」
それから私は奈緒と仲良くなり、一緒に行動することが当たり前になっていた。
学校に行く時は待ち合わせしてから一緒に登校をし、学校に着いたら奈緒に髪を結ってもらうのが日課になっていた。
編み込みなど、自分では出来ないような可愛い髪型にしてもらえて嬉しかった。
私はいつも髪を結ってもらってるお礼にと思い、土日のお休みを使いお菓子を作ってみることにした。
作りたい物はクッキーである。
薄力粉、卵、バター、チョコレートなど諸々(もろもろ)の材料と、ボウルやクッキー用の型、クッキングペーパーなど、クッキーを作るのに必要な物を貯めていたお小遣いで一気に買い込み、家に帰った。
スマートフォンを傍に置き、作り方を見ながら初めてお菓子作りに挑む。
「あら、まなちゃん何してるの?」
お母さんが話しかけてきた。
「クッキー作りたいなって思って、作ろうとしてたところ!」
「好きな男の子でも出来たの?」
「違うよ!仲いい友達にあげたいの。」
「そっかそっか〜!頑張れ〜!」
その後薄力粉をぶちまけて台所を汚してしまったり、卵を割ったら殻が大量に入ってしまったり、一回目に焼いたクッキーが生焼けだからと2度焼きしたら焦げたりと、クッキーを作るのはとても大変だった。
苦労して作った初めてのクッキー。
喜んでもらえたらいいな、とワクワクしながら可愛いラッピングをした。
月曜日の朝、いつもの待ち合わせの場所に10分も早くついてしまった。
「奈緒まだかなー。」
奈緒を待っている時に、見知らぬ男の子に話しかけられた。
「あの…おはよう。俺、隣のクラスの上田っていいます。廊下で見かける度に須崎さんのこと気になってたんだ。」
突然すぎることに驚くしかなかった。
「髪型いつも変わってて可愛いなって。どれも似合ってるし。移動教室の時、今日は会えないかなって楽しみだったんだ。」
「えっ…ありがとう。」
上田くんはとてもカッコよくて、なんで自分なんかに声をかけてくれたんだろうと思ってしまうくらいイケメンだった。
「良かったら連絡先交換しない?」
「あっ…いいよ。」
それから交換先を交換し、少しだけ話が続いた。
「一緒に学校まで行っちゃダメかな。」
「ごめんなさい。友達と約束してるんだ。」
「そっか、残念。じゃあ、またね。」
彼は悲しそうなような、嬉しそうなような、感情が顔に出る面白い人だった。
それから少ししてから奈緒が到着した。
「愛美ー!おはよ!」
「おはよう!行こっか。」
「…?なんか妙に嬉しそうだね、何か良いことでもあった?」
「それがさ、男の子に連絡先交換してって言われて、交換したんだよね。」
「え!うちの学校の人?」
「うん。隣のクラスの上田くんって人。めちゃくちゃかっこいい人でさ、もう本当にビックリ。」
「…知ってる。確かにカッコイイよね。告白されたの?」
「告白なのかな…?廊下で見かける度に気になってたとは言ってたけど…。」
「ほとんど告白みたいなものだね。(笑)」
「付き合ってとか言われたらどうしよう。」
「それは愛美が決めることだよ。頑張って。」
この話をした途端愛美の様子がいつもと少し違うような気がし、少しだけ気まずかった。
今日のヘアアレンジは、二つ結びにして、髪をくるりんぱした今どきの可愛い髪型だった。
「わああ!ありがとう!可愛い〜。」
鏡を見ながら満足気にニンマリ笑う私を見て、奈緒はいつも通り嬉しそうだった。
「気に入ってもらえて嬉しい。」
「これ簡単に出来る?私も家帰ってやってみたい!」
「簡単簡単。あ、でも奈緒には難しいかも。ぐちゃぐちゃになってそう。」
「なんでそんなこと言うの〜!」
はははは、と笑いあってる時に、廊下を歩く上田くんの姿が見えてドキッとした。
相手も自分に気付いて手を振っていて、とんでもなく嬉しかった。
だけど私はその時気づいていなかったのだが、私の後ろに立っていた奈緒は憎悪に満ちたような表情をしていたらしい。
「あのさ、今度うちに遊びに来ない?」
「…!愛美の家行っていいの?」
「おいでよ!何も無くてつまらないかもだけど…。」
「行きたい。…お泊まりはしちゃダメ?」
「良いよ!おうちの人にちゃんと許可もらってね。」
奈緒はとても嬉しそうで、ずっと喜んでいた。
授業がすべて終わり、下校時間になり奈緒と帰ろうと思っていた時だった。
「ごめん愛美。この後先生に職員室に来るように言われてて、今日は一緒に帰れそうにないんだ…。」
「そっか…分かった!じゃあごめん、先に帰っちゃうね。」
「こっちこそごめんね。また明日。」
久しぶりに一人で帰る道は少し寂しく感じた。
隣に奈緒が居るか居ないかでこんなにも違うものなんだなと改めて奈緒の存在の偉大さを再確認した。
「あっ!!ヤバい!せっかくクッキー作ったのに渡すの忘れてた!!」
朝に色々あったせいで、大事なことをすっかり忘れてしまっていた。
明日渡せばいいかもしれないけど、今日どうしても渡したかった。
まだ歩いて5分くらいしか経っていなかったので、Uターンをして学校に戻ることにした。
学校に着きとりあえず奈緒の下駄箱を確認してみると、まだ中に居るようだったので教室で待っていようと思い靴を上履きに履き替え、教室に向かった。
しかし誰かが教室に残って話をしているようだった。
入りづらいと思いドアの前で立ち止まっていると、中から声が聞こえてきた。
「………って言ったじゃん。」
その声は奈緒の声だった。
もう職員室で話が済んだのだろうかと考えていた時、もう一人の声がした。
「だって奈緒が好きになる人ってどんな人か気になるじゃん。」
…この声も聞き覚えがある。
今日の朝聞いたばかりのあの人の声。
キーン コーン カーン コーン
「もう……に…で。」
「誰を好きに………なんて俺の勝手じ…。」
「なんで………なのよ。」
ちょうど校内のチャイムが鳴り、肝心なところが聞こえない。
聞き耳をたてるのはよくないと思いつつも、気になってしまった。
チャイムが鳴り終わり、会話がハッキリと聞こえるようになった。
「愛美ちゃん可愛いよね。俺、告っちゃおっかな〜。」
「…晃平 は愛美と関わらないで。」
「えー、嫉妬?ダメダメ。俺は愛美ちゃんが好きなんだからさ。」
「あの子だけはダメなの…。」
「なんでダメなのか聞いていい?」
「…。」
「俺のとこ戻ってくる?だったら愛美ちゃん諦めるけど。」
「私は…」
ダッシュでその場を立ち去った。
聞きたくなかった。
奈緒にあげようと思ってたクッキーは教室の前に落としてきてしまった。
二人の仲はどんな関係なの?
戻ってくるって何?
奈緒はどうして上田くんに私から遠ざかるようにしようとしてるの?
名前で呼ぶほどの仲だったの?
今のは何だったの…?
クッキー、頑張って作ったんだけどな…。
でも、もういいや。
なんかすごい涙でてくる。
なんでだろう。
次の日、学校には行きたくなかったので、熱があって体調が優れないと嘘をつき、ズル休みをしてしまった。
毎朝奈緒と待ち合わせをしているが、連絡する気になれなかった。
「こんなことで休むなんて…。はあ…。」
しばらくして、9時頃に携帯を見た。
奈緒からのメッセージが何件か来ていた。
「待ち合わせ場所居ないけどどうしたの?」
「おーい( `꒳´ )」
「体調悪いの?心配だから返事欲しい…。」
「ごめんね、先に学校行って待ってるね。」
「愛美来ない…。寂しい。」
「風邪ひいちゃったの!?大丈夫?」
「ちゃんと暖かくして寝るんだよ。」
心配したフリをしてるの?
なんだか携帯を見るのも億劫になってしまい、携帯の電源を落としてまた寝ることにした。
私が学校に登校をすると、教室に奈緒と上田くんがいた。
「ごめんね、愛美。私、上田くんと付き合うことになっちゃった。」
「俺も本当は奈緒の方が好きだったんだよねー。ごめん、紛らわしいことしちゃって。連絡先も消していいから。」
「私も実は上田くんのこと好きだったんだ。だから焦って告白したらすぐにOKもらえてビックリ。愛美には隠しておきたくなくて…。」
「それじゃ、そういうことだから。バイバイ。」
手を繋いで二人が教室から出ていく姿を、呆然と眺めることしか出来なかった。
「…愛美。…愛美!」
パチッと目を開けると、いつの間にかもう夕方になってしまっていた。
朝から寝たっきりで、ずっと夢を見ていたのだ。
それにしてもすごく嫌な夢だった。
「愛美、おはよう。」
自分の部屋に何故か奈緒がいた。
「えっ…なんでここに…。」
「大丈夫かなって思って来ちゃった。ごめんね、体調悪いのに…。」
「…。」
何故か涙が出てきてしまった。
「わっ、どうしたの!」
「…昨日の帰りさ、実はまた学校に戻ったんだ。教室で奈緒のこと待ってようって思ったらさ、なんでか奈緒と上田くんがいて…。私のこと話してたの…グスッ…聞いちゃってぇ。」
「…。」
「なんで上田くんから私のこと引き離そうとしてたの?奈緒も本当は上田くんのこと好きだったの…?」
「…。不安にさせちゃったんだね。ごめんね。…ねえ愛美。今から本当のこと言いたいんだけどいいかな。」
縦に小さく頷き、奈緒の言葉に耳を傾けた。
「上田 晃平は、私の幼馴染みなの。中学の時に一度付き合ったこともあったけど、長く続かなかった。友達としてしか見れなかったから。それに私、今好きな人がいるの。」
「…誰のこと好きなの?」
「一生言わないつもりでいたんだけどな。こんな状況だし、仕方ないよね。」
「…?」
「私ね、愛美のことが好きなの。」
ドキッと心臓が跳ねたような気がした。
こんなにも美人の親友が、恋愛対象として自分のことを見ていたなんて知らなかった。
奈緒も上田くんのことを好きだと勝手に勘違いをし、学校をズル休みして寝込んで、悪夢を見て、自分は何をしてたんだろうと思った。
「女の子同士なんて…ね。私も初めてなんだ。女の子のこと好きになったの。最初は、髪が綺麗な子がいるなって単純に思っただけだったんだけど、その子可愛くて。友達になりたいって思って自分から行ったの。覚えてるかな。」
「髪を結ってあげるのは私の特権だし、一緒に登下校出来るのも私の特権だった。なのに、晃平がいきなり割り込んできて、私から愛美のこと奪おうとしたから。」
「あの人私が愛美のこと好きってこと気付いててわざと愛美に接触したと思ってたけど、前から気になってたことは本当みたい。」
「私と付き合うなんて選択、最初からなかったもんね。愛美はさ、晃平と付き合ってみたらどう…かな。」
下を向いたまま、奈緒は喋り続けていた。
「ごめんね。もう私と一緒にいるの嫌になったでしょ。一緒に登下校するのも、髪を結ってあげるのもやめるよ。」
「…あの、」
「お泊まりも楽しみだったんだけど、やめておくね。だって怖いよね。好意持たれてる人と一緒に寝るなんて。」
「ちょ…」
「今まで一緒にいてくれてありがとう。それじゃ…」
私の部屋から立ち去ろうとする奈緒の腕をグッと捕まえた。
「ちょっと待ってよ!さっきから一方的に話してばっかりで。私の話も聞いてよ!」
「えっ、ごめん…。」
「今すぐには決められないから、ちょっと待って…。」
「分かった。ありがとう、待ってるね。…あ!そうそうこれなんだけど、見覚えある?」
奈緒がバックから取り出したのは、昨日私が教室前に落としてしまったクッキーであった。
「いつも奈緒にお世話になってるから、そのお礼に作ったやつ。それ渡したくて学校戻ったんだ。結局落としてっちゃったんだけどね。」
「私のために作ってくれたの…?不器用って言ってたのに頑張って作ってくれてありがとう…。ラッピングも可愛いし、嬉しい。」
「そのクッキーもう腐ってるかも。」
「そんなに早く腐ったりしないでしょ。あ、今食べちゃお。…。うわっ、超甘っ!」
「え!?そんな、私が味見したやつは普通だったのに!」
「嘘だよ。」
「もうー!」
泣いていた顔はすっかり晴れ、笑顔になっていた。
その後何日かしてから、お泊まりは実行した。けど、普通に笑い話をして、特にこれといって何も無かった。
その後、上田くんにも正式に告白をされた。しかし私は奈緒の告白も上田くんからの告白もどちらも断ってしまった。
上田くんと付き合えば奈緒が悲しんでしまうと思ったから彼の告白を断ったのに、結局奈緒の気持ちも受け入れられなかった。その後奈緒とは中途半端な関係になってしまったことで気まずくなり、私から離れていってしまった。
それからはお互いに別の人と行動をすることになり、私は長かった髪をバッサリと切り、気持ちを一掃した気になっていた。
自分はその時同性愛に免疫がなかったのと、周りの目を気にしてしまい、どうしたらいいのか分からなかったためだんだんと奈緒をだんだんと拒んでいってしまった。
相手を傷付けずに済む選択肢があったんじゃないかと、大人になってから後悔するとは思わなかった。
自分が過去にした行動は塗り替えが出来ない。
一番良い選択肢は、一体何だったんだろうか。
お話をご覧いただきありがとうございました!