16話 金策
不死者のコートを購入して防具屋から豪華亭に帰る途中。途中まで帰り道が同じらしいので僕は今クレアさんと横に並んで歩いている。
「それで、あんたは大丈夫なの?」
「んー……。ちょっと大丈夫じゃないかも……」
僕は残金の確認をしながらそう返答する。残りは合計で二百キラと少し。日本円に換算すると二千円と少しだ。
「はぁ……。まさか今日盗賊を捕まえた褒美のお金まで全部使ってしまったとか。あんた、バカなの?」
「うっ……」
まさにその通りなので返す言葉もない。
クレアさんの言う通り不死者のコートを買う前までは騎士団からもらった褒美のおかげで結構な金があったのだ。しかし、その金は全て不死者のコートに変わった。ついでにそれまで稼いだお金の殆ども。だが後悔はしていない。
「……また明日から稼ぐから大丈夫!」
綺麗な夕日に向かって僕はそう宣言する。
そう。失ったら稼げばいいのだ。まぁそう単純に稼げる程この世界は甘くないのだが、そこは気合いで乗り切ろう。
「ま、あんたにはそうするしか選択肢がないもんね」
「おっしゃる通りです……」
まだ豪華亭で一泊できるし、そこで食事を出してくれるだけのお金は既に宿に払ってある。なのでそこまで性急に金を稼ぐ必要があるわけではない。しかし心理的にはやはり潤沢な金が手元にあったほうが安心できるので、明日から本腰を入れて金稼ぎを始めたい。
「それなら普通に狩りをするより効率的にお金を稼げる方法を教えて上げようか? ま、その分危険度は跳ね上がるけど」
するとクレアさんは今の僕にとってとても魅力的な提案をしてきた。もちろん即答である。
「是非お願いします!」
クレアさんがさっき言ったように僕には選択肢がお金を稼ぐということ以外に無い。他人から借りるなんてもってのほかだ。そのため是が非でも僕はクレアさんの提案に乗りたい。……いや、訂正。流石に悪事に手を出すのは気が引けるからそっち方面は無しの方向で。
しかしクレアさんが提案してきた内容は真っ当な物だった。
「隣町のチコの街から南にまっすぐいくとホウル山って名前の山があるんだけど、そこにダンジョンがあるのよ」
「ダンジョンってあの魔物とかお宝とかがあるあのダンジョン?」
「そうよ」
ダンジョンか。そこならクレアさんの言う通り今よりもっと簡単に魔物を狩れる事ができるかもしれない。
「さらにそのダンジョンの周りにはホウル村っていうダンジョン村があるから、ダンジョンで狩った魔物をすぐに売りさばく事ができるのよ。それに宿もいくつかあるからそこで寝泊することもできるわ」
「へぇ。それは便利だね」
ダンジョンに入って、ダンジョンで狩って、ダンジョンの側の村で売る。そしてその村で寝泊してまたダンジョンに入る。
まさにダンジョンで狩りを行う為だけに作られたような村だな。
「それなら明日にでも早速行ってみようかなぁ」
宿には明後日まで泊まれるけど、やはりすぐに稼ぎに行きたいという気持ちがある。
宿に払ったお金は返ってこないだろうから少し勿体ない。が、ダンジョンがあるならそこでその分も一緒に稼いでしまえばいい。
うん。やっぱり明日から稼ぎに行こう。
「それはダメ!」
「え?」
するとダンジョンに行くよう提案したクレアさんが何故か怒鳴り声を上げるようにしてそう言ってきた。
思わず彼女の方に顔を向ける。
するとクレアさんも僕の方に顔を向けており、僕らの顔が至近距離で見つめ合う形となる。
「「……」」
思わず見とれてしまった、その大きくて綺麗な紅色の瞳に。
思わず見とれてしまった、その形の良いスッとした鼻に。
思わず見とれてしまった、その柔らかそうで可愛らしい唇に。
思わず見とれてしまった、その可憐で、されど少し気の強そうな顔に。
そしてその距離は徐々に縮まって……って、何をやってるんだ僕は!?
「ご、ごめん!」
バッとその場から飛び退きクレアさんに謝る。いかん。心臓がバクバクしている。爆発してしまうんじゃないかと思うほどバクバクしている。それに顔が熱い。そしてなんだか少し恥ずかしい。
まさかクレアさんの顔があんなに近くにあるなんて思ってもみなかった。危うく勢いでキスしてしまうところだった。
「う、ううん。あたしも、その、ごめん」
するとクレアさんも謝ってきた。その声はどことなく暗く感じられる。やはり僕のような弱い男の顔を至近距離で見たから落ち込んでいるのだろうか。だとしたら凄く悲しいなぁ……。
「そ、それより、ダンジョンの事なんだけど!」
そして今のことを無かったことにするかのように大声で仕切り直しをするクレアさん。とりあえず僕も頷いてその勢いに乗り、再び歩みを再開する。今度は少し距離を開けて。
「そのダンジョンは魔物だけじゃなくて、罠もいっぱい出てくのよ。だからあんた一人で行くなんて自殺行為も甚だしいわ」
罠か。見つけ方とか罠にハマったときの対処法とか、たしかにそれは知らないと厳しいな。宿に帰ったらそんなスキルが無いか探しておこう。
「それだけじゃないわ。ダンジョンには死角となる場所がたくさんあるの。だからあんたがいくら攻撃を避けるのが得意でも、見えないところからの攻撃は避けようがないわ」
たしかにそうだけど、それは透視スキルを使えばなんとでもなる……いや、透視スキルは常に発動させているわけじゃないから、そうでもないな。これも宿に帰ったら良さそうなスキルを探しておこう。
「後は……そうね。やっぱりダンジョンの構造かしら。ダンジョンの中は洞窟のように狭くて、それでいて迷路のように複雑なの。だから魔物が前と後ろから同時に現れるなんてことも珍しくないわね」
ううむ。なるほど。クレアさんの言う通り前後からの挟み撃ちはキツいなぁ。いくら反射神経強化スキルがあるとは言え、さっきクレアさんが言ったように見えない攻撃は避けようが無いからなぁ。これもまた宿に帰ってから良いスキルを探そうかな。
……寿命、足りるかなぁ。今日狩った魔物はビッグアント五匹だけだからレベルはそんな上がって無いだろうし……。多分足りないよね。
はてさて、どうしたものか……。
「ちょっと厳しいかも……」
今クレアさんが言ったことを全て一人でこなせるかと言われると、答えはノーだ。今の僕では絶対にできないということは分かる。でも金を稼がなければ次の宿代も払えるか怪しいし……。
またオーク狩りをするのもあまり気が進まない。まぁそれしか選択肢がなければ嫌々やるしかないのだが。
そうやって悩んでいるとクレアさんが快活な声で話し出す。
「でも安心して! その全ての問題を一発で解決できる方法があるわ!」
「へぇ!」
寿命を削ってスキルを取ることなく、クレアさんが言った全ての問題を打破してくれる。そんな方法があるのなら是非ともそれに飛びつきたい!
「それは他の人とパーティーを組むことよ!」
「へぇ……」
しかしクレアさんの口から飛び出た内容は、僕にとって非常に選択しづらいものだった。
これまで散々邪険に扱われてきた僕としては、クレアさんのような親しくて少し気が強く、優しい人ならともかく見ず知らずの他人はあまり信用することができない。
「何よ。すっごい嫌そうな顔をして……と、言いたいところだけど、その気持ちも分かるわ。なにも知らない他人といきなりパーティーを組んで命を任せるような事をするのは誰だって嫌だものね」
するとクレアさんは腕を組み、ウンウンと頷きながらそう言った。やはり誰だって見ず知らずの他人とパーティーを組むのは嫌なんだな。
でも、パーティーを組むというのならばそんな人と組む以外に有り得ないのでは?
そう思っているとクレアさんが衝撃的な提案を口にした。
「だからレイ、あたしとパーティーを組みましょう!」