14話 強さ
ランクアップ試験終了後、つまり僕がギルドからランク3冒険者として認められた後。
「ところでレイ。あなた、忘れてないわよね?」
ギルドの受付に座って、ギルドカードをランク3仕様の物に変えてくれたクレアさんが突如としてそう言ってきた。
何かクレアさんと約束したっけ? 特にそんなことはしなかったような……。
「……えーと」
「はぁ……やっぱり忘れてるし」
僕が答えに窮していると、クレアさんは溜め息を吐いてそう言った。そして次の瞬間にはズビシッと僕のことを指差して口を開く。
「防具よ! ぼ、う、ぐ! ランクアップ試験が終わったら必ず買うように言ったでしょ!?」
「あ、あー! 防具ね! そう言えばそんなこと言ってたね!」
そう言われてようやく思い出した。そういえばインナ森林に入る直前にローズさんとクレアさんから揃って防具を買うようにと言われていたんだった。すっかり忘れてたなぁ。
「いくら盗賊との一件があったとはいえ、まさかこうも早く忘れてしまうとはな……。レイ、君はもう少ししっかりとした方が良いぞ」
「……はい」
すると僕とクレアさんの会話が聞こえたのか、どこからともなくローズさんが現れた。そして彼女は同時に僕に説教してくる。まぁ説教されても僕が抜けているのは自覚しているので、素直に頷いておく。
そうして現れたローズさんは少し考えた様子を見せた後、クレアさんに顔を向けた。
「……クレア、君はこれからレイと一緒に防具屋に行ってくるといい。何かあってレイが防具のことを忘れてしまわないようにな」
それに、とローズさんは続ける。
「レイ、君の様子からして君はこれまで防具を買ったことは無いんだろう? だったら尚更クレアについていってもらうと良い。この子はこう見えて元ランク5の冒険者だからな」
「えぇ!? そうなの!?」
衝撃の事実だ。まさかクレアさんが僕よりランクが二つも上の冒険者だったなんて。
それにランク5って確か普通の人が成れる限界と言われているランクのはず……。そのランクに僕と同い年に見えるクレアさんが成っていたなんて……クレアさんって何者なんだ?
「ですがローズさん。私はまだ受付の仕事が残っていますのでそれはちょっと……」
するとクレアさんがローズさんに向かって少し困ったような顔をしながらそう言った。
そうだよね。僕なんかのために動くよりギルドの仕事をしていた方が絶対いいもんね。
「ならその仕事は私が変わりに引き受けよう。だから二人で存分に楽しんで……んん! レイの防具をしっかりと選んでやると良い」
ん? 何で今ローズさんは言い直したんだ? あ、僕なんかと一緒にいても楽しく無いって事か。……世界が変わっても僕が邪魔者扱いされるのは変わらないのかぁ。辛いなぁ。
思わず胃を手で押さえ、遠い目をしながら一人で涙が出るのを耐えていると、ローズさんがカツカツと足音を鳴らして顔をクレアさんの耳元に近づけた。そして彼女はニヤニヤとしながら何かを話し出す。するとクレアさんの顔が段々赤くなりだした。どうしたんだ?
「にゃ、にゃぜそれおぅ!?」
すると突然クレアさんがそんなことを叫びだした。彼女の顔はまるでお風呂でのぼせたように赤くなっている。本当にどうしたんだろう。
するとローズさんがニヤニヤしたまま再び口を開いた。
「君が日頃から自分より強い男でなければダメだと数多の告白を断っているのは有名だぞ? 知らなかったのか?」
へー。やっぱりクレアさんってモテるんだ。美人だもんな、そりゃそうか。
それにしてもクレアさんは自分より強い男性が好きなんだ。なら僕みたいなランクが二つも下の男だったら速攻で断られるだろうなぁ。
「ちょ、ちょっと着替えてきますね! あああ後、お願いします!」
するとクレアさんはガタガタッ! と音を立てて立ち上がり、まるで逃げるように受付の奥へと走り去って行った。
「……どうしたんだろう?」
「……君は抜けているだけではなくて、鈍感なんだな」
「え? 何が?」
「……自分で考えるといい」
えっと、どういうことだ? たしかに僕は抜けていると自分でも思うけど、人がどう思っているかについては敏感な方だよ? 伊達に邪魔者扱いされ続けてないよ?
ローズさんにどういうことなのか再び聞いてみても自分で考えろの一点張りなので、モヤモヤとした気持ちを抱えながらも僕はクレアさんが来るのを待つことにした。
「レイ、お待たせ!」
そうしてしばらくするとクレアさんが受付の奥からやってきた。服には詳しく無いけれど、その格好はまさに街娘といった装いだ。とても似合っている。
「じゃあ早速防具屋に行こうか」
パタパタと隣に走って来た彼女を先導する形で、僕は冒険者ギルドの出入り口へと向かう。
するとクレアさんは僕の隣に並ぶように歩いて口を開く。
「行こうかって、レイは防具屋の場所知ってるの?」
そう言われて防具屋が何処にあるのか知らないことに気が付いた。
「……いえ、知りません」
「ったく。しょうがないわね。行くわよ」
クレアさんは若干呆れたような顔をしながらも、そう言って今度は僕を先導する形で歩き始めた。僕も彼女の背中をついていく。
考えてみれば僕にこの街の市場を教えてくれたのも、豪華亭を教えてくれたのも全部クレアさんだ。この街で僕が知っている事の全てはクレアさんから教えてもらったことであると言っても過言ではない。
そしてクレアさんに防具屋の場所を教わっていない僕は当然その場所をしらないのである。それなのに何で僕は格好つけたいがためにクレアさんの前を歩こうとしたのかなぁ。
そんな反省をしつつ僕はクレアさんと一緒に彼女オススメの防具屋へと向かう。
◇◆◇◆◇◆
その頃、冒険者ギルドではちょっとした騒動が起きつつあった。
「おい、クレアちゃんが黒髪の坊主に親しげに話してたぞ!?」
「どういうことだ!? あの、誰にでも敬語でしか話さなかったクレアちゃんが……」
他の受付嬢とは違って普段全ての冒険者に対して敬語を使い、心理的な壁を作り続けていたクレア。そんな彼女がある一人の冒険者に対して対等に話している。
それは密かにクレアの事を想っていた冒険者達やクレアに告白して玉砕し、それでもなおクレアの事を想い続けていた冒険者達にとっては一大事件である。
「ローズさん、俺のクレアちゃんに一体なにがあったってんだよ!?」
「はぁ!? お前のじゃねぇ! 俺のクレアちゃんだよ! で!? ローズさん、クレアちゃんに何があったんだよ!?」
そこでクレアとレイとランクアップ試験から一緒に帰ってきたローズが座る受付に冒険者達が集まった。
「えぇい! うるさいぞお前達! さっさと散れ!」
「そんなこと言わずに教えてくれよ!」
「そうだぜ、ローズさん! 教えてくれ!」
ローズがいくら大声で受付から退くように言っても退かない冒険者達。どれだけクレアがモテているのか分かるというものである。
それをローズも悟ったのか、一つ溜め息をつくと口を開いた。
「単純にクレアに好きな相手ができただけだ。それもクレアの好みのな。それで納得しろ」
ここでローズのところに集まっていた冒険者達の内、数人が去っていった。彼らはレイがオークを特大袋にパンパンに入れてギルドにやってきたのを見たことがある物達だ。
「そんなのできるわけねぇだろ! 大体天才児と呼ばれていたクレアちゃんよりあのひょろひょろの男が強いわけがねぇ!」
「そうだそうだ! ぜってぇあいつより俺の方が強い!」
しかしそれを知らない冒険者達はなおもローズに問い詰めにかかる。そこで再びローズは溜め息を吐いて、冒険者に諭すように言葉を並べる。
「ならおまえ達は八人もの盗賊を相手に一人で立ち向かっていけるのか? そして無傷で勝つことができるのか? もっと言えば、触れただけで相手を死ぬほどの苦痛に陥れる事ができるのか? その直後に散歩に行くような気軽さで十人以上いる盗賊のアジトに一人で乗り込む事ができるか?」
「う……」
「それは……」
ローズのその言葉を聞いて一斉に答えに詰まる冒険者達。彼らは今ローズが言ったことの難しさを自分達の経験則から感じているのだ。
普通、相手が赤子や子供、そして圧倒的に実力が下の者が相手でない限り、一人の人間が相手にできるのは精々三人。良くて五人と言った所である。
そしてこの世界にはありとあらゆるスキルがあるが、触れるだけで相手に死ぬほど苦痛を与えることができるスキルは発見されていない。
「もちろんそれは私にもクレアにもできないことだ。だがレイはそれを成し遂げた。それもいとも簡単にな。これを聞いてもまだレイの事を弱いと言えるやつはいるか?」
そうローズが冒険者達に問いただすも、彼らは答えることができなかった。