12話 霊魂術の真価
「それでアジトの場所はどこだ!?」
「教えるわけねぇだろ!」
「この!」
「がは!」
ボクッという鈍い殴打音がここまで聞こえてくる。
尋問が始まって早くも二十分が経過した。ローズさんが頑張ってくれているが、当然のように魔術師はアジトの場所を吐かない。
「……仕方ない。レイ、お前の剣を貸せ」
するとローズさんがそんな事を言い出した。僕の剣を何に使うのかは明白だ。ローズさんは先程から魔術師に対して殴る蹴るを繰り返しているのだから。さらにそれ以上の苦痛を魔術師に与えようとしているのだろう。
「いやだ」
「……何?」
ただでさえ目の前で無抵抗の相手に殴る蹴るを繰り返している様子を見せられるだけでも精神衛生上悪いのだ。それなのにさらに僕の剣を使ってまでそれを行おうとするのは流石に遠慮してもらいたい。
「いやだ、と言ったんだよ」
「どういうことだ?」
暴力を振るって興奮しているのだろう。ローズさんは威圧するようにそう言って僕の前までやってきた。だけど剣を使わせる訳にはいかないので、僕はその威圧に屈しない。肉食獣のように鋭くなっている彼女の目を真正面から見つめ返す。
「お前は今自分が何を言ったのか分かっているのか? もしこのままこいつらのアジトを聞き出す事ができなければ、そしてこいつらの仲間を放置してしまえば、余計な被害が増えるだけだぞ!? 一刻も早くこいつらのアジトを聞き出し、騎士団に報告しなければならないのだ! それでもお前はその剣を貸さないと言うのか!?」
ローズさんが言っていることは正しい。このままアジトの場所を聞き出すことができずに、こいつらの仲間を放置したら余計な被害が確実に出る。だから絶対にアジトの場所を聞き出さなければならない。
それは分かっている。
「ローズさんが言うことは分かっている。でも僕はそれでも剣を貸したくない」
「何故だ! このままならアジトの場所を聞き出せずに無用な被害を出してしまうことになるんだぞ!? それともお前にはこいつらのアジトを聞き出す方法でもあるとでも言うのか!?」
暴力を振るうことなく、そして刃傷沙汰になることもなくアジトを聞き出す方法か。自白剤とかがあれば別だが、それがないこの世界ではそれを聞き出すことはとても難しい。それに僕も何かを聞き出す方法は苦痛を与えて吐かせるかカツ丼を出すことしか知らない。まぁ全部ドラマの話なんだけど。
それはともかくカツ丼はこの世界にはないので、残る方法は苦痛を与えるのみ。
ではどのように苦痛を与えるか。
手っ取り早いのは暴力なのだが、手出し出来ない相手に一方的に暴力を振るうのは気が引ける。
そこで僕は先ほどからずっとそれ以外の方法で苦痛を与えて吐かせる方法がないかを考えていた。
そして僕の経験や記憶を脳みその中から全部引っ張り出してそんな方法がないかを探した。
さらに考えに考えて考え抜いた。
「……あるよ」
そして一つだけ見つけた。
その経験は僕の人生の中で僕に一番苦痛をもたらしたものであり、同時にそれを行うのは一番精神的に楽な手段でもある。
「……なら交代だ。君がやってみろ」
僕がそう答えるとローズさんは驚いたような顔をした後、一つ深呼吸をしてそう言った。どうやら深呼吸をしたことで興奮が収まったらしい。彼女は僕の前からどいて魔術師までの最短ルートを開けてくれる。
これまでの人生で僕が一番苦痛を味わったこと。それはこの世界に来た日のことだ。
冒険者達からバカにされ、見返すと決めたあの日。僕は透視スキルと魔力を使ってスキルの刻印を自らの魂に彫ろうとした。
そこで味わったあの痛みだ。
その自分の魂を傷つけた痛みが僕の人生で味わった一番の痛み。
だけどそれは魂術スキルのおかけで、自分の魂にしか傷をつけることができない。
つまりそれは僕しか味わうことができない痛み、だった。
今は違う。
「舌を噛まないように口は閉じていた方が良いよ」
僕はそう言って魔術師の肩に手を乗せる。
これで霊魂術スキルがつかえるようになった。
そう。霊魂術スキルだ。これは他者の魂に干渉することができるスキルだが、このスキルだけでできることは対象の魂を体内からでない範囲で動かす事ができるというものだ。それが一日実験して分かったこと。
だけどその実験で僕は霊魂術スキルを使いながら[彫魂]や[治魂]を使うことを試していなかった。単純にこのことが思いつかなかったからだ。
けれど今回ばかりは上手くいくだろう。
なにせ霊魂術スキルは魂術スキルの進化スキルなのだから。
「[透視]」
透視スキルで魔力と魔術師の魂を視る。
そして魔術師の体内に僕の魔力を流す。
ここからだ。
「[彫魂]」
魔力を彫刻刀のように鋭くし、魔術師の魂に添える。
そして、彫る。
「あがぁぁぁぁ!?」
すると魔術師の魂に一本の傷が入り、その傷の痛みが魔術師を襲う。
魔術師は縄にくくりつけられた状態で地面に転がり、ひたすらもんどりうっている。
上手くいったな。
霊魂術スキルはそれ単体では殆ど意味のないスキルだが、魂術スキルと組み合わせることで真価を発揮するスキルだったみたいだ。
そしてその活用法は他者の魂を傷つけるだけではない。
しばらくした後、魔術師の様子が落ち着いたのでその魂を視てみると、そこには先ほどまでなかった魂撃耐性スキルの刻印が新たに刻まれていた。
これでは与えることができる苦痛が数段階落ちるので、僕は再び彼の肩に手を置いて、今度は[治魂]を使う。
すると魔術師の魂からその刻印が消えた。
これで霊魂術スキルは魂術スキルと合わせれば他者の魂に傷をつけるだけでなく、そのスキルをも消すこともできると分かった。
霊魂術スキル……なんて恐ろしいスキルなんだ。
「どう? アジトの場所を吐く気になった?」
魔術師の肩に手を置きながらそう問う。しかし魔術師は弱々しく、されどハッキリと首を横に振って見せた。どうやらあれだけの苦痛を受けてもなお、この魔術師はアジトの場所を吐く気にならないらしい。それならもう一度同じ事をするまでだ。
「そうか。[彫魂]」
「ああああああああ!」
もう一度魔術師の魂に傷をつける。すると魔術師は再び声をあげ、その場でのたうちまわる。
「……触れただけで魔術師が急に苦しみだしたぞ? クレア、レイが何をやったか分かったか?」
「いえ、私にも触れただけにしか見えませんでした。一体何があったんでしょう?」
そんな二人の会話を聞き流しながら僕は、魔術師にさらに一回苦痛を味わわせる。するとようやくその魔術師はアジトの場所を吐いた。
「ハァ、ハァ、ハァ……アジトはここの近くにある洞窟だ。そこには俺らの仲間がまだ十人は残ってる。一番強いのはボスで、格闘術スキルが八らしい。これでいいか?」
「あぁ。充分だ」
一度口を開いてからはベラベラと喋ってくれたので、それからはもう一度ローズさんに任せた。アジトの場所以外どんな事を聞き出せば良いのかわからないからね。
ちなみにこの魔術師がこうして情報を吐いている間に、魔術師も含めてここにいるすべての盗賊達には既に[治魂]を使って持っていたスキルを全て消した。まだ伸びているので反応が見られないが起きたらさぞ驚くだろうな。
「レイ、どうだ? やれそうか?」
魔術師から吐かせた情報をローズさんから聞いた僕は彼女からそう問われた。
やれそうとは殺すことではなく、盗賊達を捕まえることだろう。僕はそう解釈して返事を返す。
「それぐらいなら大丈夫。すぐに全員を気絶させることができると思うよ」