10話 ビックアント
二人に声が聞こえないように小声で透視スキルを発動させる。
それによって僕の視界はビッグアントだけしか映さなくなる。それはつまり僕の瞳にはインナ森林を構成する木々もそれを支えている大地すらも映さなくなるわけで。さすれば地中、巣穴の中にいるビッグアントまでも見えるわけで……。
「マジかよ……」
なんと地上に存在するビックアントを軽く超越する数のビッグアントが、地中に存在していた。
それらは地上付近の浅い場所から、僕が首を真下に向けなければ見えない深い場所にまでいる。もはや一番地下深くにいるビッグアントは胡麻粒程の大きさでしかない。
驚いたことにそれだけ巨大なビッグアントの巣がこの森の下にひろがっているのだ。
「どうした? 何かあったのか?」
半ば呆然と巨大なビッグアントの巣を眺めていると、後ろからそう声をかけられた。それにハッとして我に帰り、慌てて透視スキルを解除する。
「……いや、なんでもないよ。それじゃあ、あっちに行こうか」
そんな僕の様子を見て二人は絶対に何かあると感づいたようだ。けどそこは強引に話しを変え、僕は一番近くにいるビッグアントに向かって歩き始める。
これは女神様が教えてくれたことだが、この世界では他人が持つスキルについては個人情報と同じで、あまり詮索しないことが暗黙のルールとなっているらしい。
なので今の僕の行動に対して二人が何かあると感づいたとしても特に問題は無い。万一聞かれてもスキルだと言い張れば良いのだから。実際そうだし。
そうしてインナ森林に足を踏み入れて十分程が経過した頃。
一匹目のビッグアントを見つけた。そばにある木の陰にサッと身を隠して、ひとまずそいつの様子を観察する。
「[透視]」
同時に近くに他の魔物がいない事も確認する。うん。何もいないな。
そしてビッグアントがこちらに背を向けた瞬間を見計らい、僕は木の陰から出てそいつに向かって素早く走り寄る!
「ギシギシ」
触覚をしきりに動かしながら耳障りな声を上げているビッグアント。完全に油断している。
僕はその横っ腹めがけて、腰から抜いた剣を叩き込む。
「おりゃあ! [剛斬]!」
ガキィン! と。
その瞬間、金属どうしが激しく打ち鳴らされたような音が辺りに響き渡る。
「硬すぎだろ!」
さすが巨大昆虫。
凄まじい硬さの外骨格だ。
攻撃を防がれた反動で腕が取れそうだ。
「ギシィ」
そんな僕に対してビッグアントはゆっくりとこちらに振り返る。
「あー……。あれだけ硬かったからもしかしてとは思ったけど、やっぱり今のは通用してなかったかぁ……」
バックステップで一度距離を取り、ビッグアントの様子を窺う。
するとビッグアントは頭を低くして腹を上に上げた。……何をするつもりだ?
するとビックアントはその腹を前後に揺らしはじめた。
「ギシィ!」
「うぉ!?」
そしてその腹の先端から飛び出る透明な液体。
それを素早く横に移動することで避ける。
すると僕が先程いた場所からジュウという音が。
そちらを見れば、そこに生えている草が溶けだしている。
「まじかよ……」
地球のアリとは同じかわからないが、今の液体は蟻酸のようなものだろう。
反射神経強化スキルが無かったら、今頃僕も溶けていたかもしれない。
ちなみにローズさんとクレアさんは遠目に僕らの戦いを見ているので、そちらに蟻酸が飛ぶ心配はない。
「ギシィ!」
「おっと」
するとまたもやビッグアントが蟻酸らしき液体を腹の先端から飛ばしてきた。
一度見た攻撃なので今度は余裕を持って躱す。
「今だ!」
そして蟻酸を放った直後のビッグアントに走り寄る。
今度の狙い目は、外骨格に覆われていない右前足の関節!
「[剛断]!」
「ギシィ!?」
剣を上から下に振り下ろす。
すると今度は先程腹を狙った時とは違い、いとも簡単にその足を切断することができた。
流石剣術スキルレベル十。
狙い違わず外骨格に覆われていない僅かな隙間である関節を切り落として見せた。
「ギ、ギシィ……」
するとビッグアントは五本の足では自分の体のバランスを保てないのか、体を右側に傾け始めた。
「チャーンス! [剛斬]!」
その隙を逃すはずがない。
僕はビッグアントの頭と胸の間の関節を狙って剣を振り下ろす。
するとビッグアントの頭は地面に転がり、胴体もまた崩れるように地についた。
「これで一匹目の討伐完了っと」
思っていた以上に簡単に討伐することができたな。
そんなことを考えながら、僕はその場でビックアントの亡骸を手早く解体し、ポーチに折りたたんで入れていた特大袋に素材をポイポイッと放り込む。
「それじゃあ、次に行こうか」
透視スキルを使って次なるビッグアントを探しながら、ローズさんとクレアさんにそう声をかける。
結局その後は特に何か問題が起きる訳でもなくすぐにビッグアントを五匹討伐することができた。今は帰りの馬車の中である。
ちなみにあの巨大なビッグアントの巣穴にいたビックアント達は今の僕ではあの量を一度に対処できない。
なのでローズさんに巣穴の場所とその規模の報告だけをしておいた。それを報告したときの彼女はなぜそんな事がわかるのかと驚いていたが、そこはスキルの力といってはぐらかしておいた。
「オークを持ってきた時から分かっていたことだけど、レイは強いわね。一時間もかからずに試験が終わるなんて。こんなの初めてよ」
「そんなことないよ。全部スキルのおかげだから」
「何を言っているんだ? スキルなんて実力の一部だ。お前はもっと胸を張れ」
バシッ! と僕の背中を叩きながらそういうローズさん。実力の一部と言われても僕は剣術はもちろん、武術全般したこと無いからなぁ。それに今持っているスキルだって元をたどれば女神様から貰った透視スキルのおかげだ。だから自分で努力して手に入れたスキルは無いわけで……あれ? 僕って実はたいしたことない?
衝撃の事実に気づいてしまい一人で落ち込んでいると、馬車が急にスピードを落とし始めた。
「おぅふ」
あまりにも急激にスピードを落とし始めたため、慣性の力で僕らの体は勢い良く傾き、同時に隣に座っていたローズさんの頭が僕の頬にクリーンヒットした。
「あ、すまん」
「……大丈夫れふ」
ローズさんと一言ずつ言葉を交わしていると、クレアさんが何があったのかと御者に訪ねる。
「どうしたんですか?」
「……盗賊ですぜ」
御者のおじさんは緊張した声でそう言った。
その言葉を聞いて僕とローズさんも前を見る。するとそこには馬車の行く手を阻むように大きな石壁が。
「デカいですねぇ。それより肝心の盗賊の姿が見えませんけど……」
しかしそこには石壁があるだけで周りに人はいない。そのためそんな素朴な質問が口から出たが、それに答えたのは御者のおじさんではなく、クレアさんだった。
「違うわ、レイ。これは明らかに盗賊の仕業よ。走っている馬車の通り道をこうやって魔術で塞いで、周りから囲む。それが盗賊の常套手段なのよ。ほら」
そう言ってクレアさんが指差した先は馬車の右側に広がる草原。そちらを見ればそこから次々と盗賊が姿を現し出した。そして反対側を見れば、そちらからも盗賊が。もしかしてと思い馬車の後ろを見れば、さらにそこにも盗賊が。
どうやら僕達は完全に囲まれてしまったようだ。