84話 会議はステマニア国で その六
ハエの妖虫、メオラテがレムリア国に帰還し、シディア三姉妹に報告した後、三姉妹とメオラテはすぐにレムリア城に向かった。レムリア城に向かう空の途中で烏天狗に出会い、事情を報告し、魔王レムリアへ先に報告してもらうように頼む。この国で最速の飛行能力を持つ烏天狗の方が一刻も早く対応出来る。その烏天狗は話を聞き終えた瞬間にその場から飛び去り、気付く頃にはもうその影が小さくなっていた。向かう先はレムリア城。4人も後に続き飛んでいく。彼らが飛んでいるその遥か下では河童と妖虫が道路に石畳を敷いている。こちらに気付くと皆手を振っていた。
その頃レムリア城の会議室では、レムリアがフローラ、アメジスト、ジララ、ジェムシリカを呼び出していた。部屋の隅には、ルチル、クラック、ローズを待機させてある。
「皆んな集まってもらったのはステマニア国で開かれた会議の結果を聞く為だ。ちょうどたった今、ポライト(三姉妹から伝言を頼まれた烏天狗)から受けた報告では、その会議を盗聴していたメオラテが、三姉妹と一緒にこちらに向かっている。たが、残念な事にラブクルス聖教国の者と戦闘になったらしい。下手したらこの国に戦闘員を送ってくるかもしれない。詳しい事はメオラテが到着した時に聴くが、ラブクルスの刺客についてはこちらで対処する。ジェムシリカ、ガーゴイルやスフィンクス達から反応があれば、逐一教えてくれ。天狗や妖虫達にも報連相を怠らないように伝えてくれ。それと、ラリマにも報告してスライム達に防衛体制を整えさせろ。相手は魔法を扱う者達だ。」
「承知致しました。」
「アメジスト、対襲撃チームはすぐ動けるか?」
「ええ、今は訓練中だけど、出動はいつでも出来る状態よ。師匠に霊廟のガーゴイルを通して出動要請出せばいけるはず。」
「分かった。一応いつでも出撃出来る準備をしてもらってくれ。それとハウラに、魔法耐性と索敵能力に長けた魔獣達を南区域に向かわせて、スライム達と一緒に防衛に当たらせてくれ。ラリマの指示に従うようにと。」
「了解。ジェムシリカ。」
「承知致しました。」
「ローズ!この土地周辺に何か異常があればすぐに伝える事!城下町に住んでる奴らにも伝えて警戒させてくれ。」
「かしこまりました。」
レムリアがそれぞれに指示を出していく中で、扉がノックされる。メイド長ルチルが対応し、来訪者を中に招き入れる。ゴール、マホ、スパイダー、メオラテの順で入室する。メオラテは入り口に合わせて、かなり縮んでいるようだった。
「遅くなり申し訳ありません。メオラテを連れて参りました。」
「いやいや、大丈夫だ。メオラテ、ご苦労だった。早速だが、ステマニア国でお前が観た、聴いた事を教えてくれ。」
「ハイ。マズ、コノカイギニサンカシタモノタチデスガ…」
メオラテが会議の内容を伝える。そして、会議後に戦闘になった時の話も詳しく。
「なるほど、この話を聞くと十中八九この国に調査隊を送ってくるだろうな。それもランクの低い冒険者でなく、対魔物に特化した魔法使い…いや、聖職者といったところか。それに、人間の国の方も自由に出入りするのが難しくなるな。今、ステマニア国に出入りしているのは吸血鬼トリオだけだったよな。」
「今はそうですが、たまにレムリアさんとドールが遊びに行く事がありますね。そして今後、妖狐達がステマニア国で娼館を開く計画があります。」
「そうだった…。情報収集の為にそんな話が出てたな…。これについては保留にしよう。ぬらりひょんと座敷童子達にステマニア国の様子をスパイさせて、人間の振りして活動しても問題なさそうなら、計画を再始動させる。座敷童子もかなりの数戻ってきてるはずだよな?」
「はい、ラピスさんからの報告で、コラルド様主導の元、進められていた童大捜索線で今現在戻ってきているのは全体の約8割程、160人位らしいです。」
「よし、それじゃあコラルドをリーダーとして、座敷童子の諜報部隊をつくろう。ラピスに伝えておいてくれ。よし、それじゃとりあえず、これから侵入してくるであろう非客人を迎え討ちますか!」
こうして、レムリアの指示が各関係者に伝えられた。
各々がそれぞれの配置についた。スライム達は砦を固め、魔獣達は南区域に援軍に行き、対襲撃チームは南区域とその周辺の森を巡回、ジェムシリカは石像達を使った情報交換。そして、烏天狗達が上空から敵の視察。
結果…。ラブクルス聖教国の者達がレムリア国に向かう事はなかった。せっかく戦えると張り切っていたのに、烏天狗達からの伝達に落胆する魔物達であった。途中までメオラテを追っていたらしいが、姿が完全に見えなくなったあと、ステマニア国に引き返したらしい。
そしてその頃、会議室に残っていたレムリア、フローラ、アメジスト、ジララ、そしてルチルがステマニア国で行われていた会議の内容を引き続き話していた。そのタイミングでファントムが人数分のハーブティーを持ってきてくれていた。ファントムといえば、このレムリア城で料理を担当しているメイドだ。料理をするのが好きなのに、食材を焼いて出すというシンプルな調理法しか知らないメイドだった。といっても、その焼き加減は絶妙でどんな分厚い肉でも綺麗に焼き上げる事が出来ており、ただ焼いただけとはいえ、とても美味しかった。そんなファントムが最近では、グリーンが調達してきた料理本、元々地下大図書館に所蔵されていた料理本、アスリオーネから来てるエルフ達から教えてもらって様々な料理に挑戦しているらしい。そしてこのハーブティーはそのエルフに教えてもらったもので、ファントムは妙にハマり、最近のマイブームになっているらしい。因みに今出されているハーブティーはアスリオーネでとれたリーマルナイトと呼ばれる植物を使用している。この世界特有のお花でほんのりと優しい香りがする。
「しっかし、ラブクルス聖教国ってとんでもない国だな。魔物退治と銘打って他国の政治に口出そうとしてないか?イニシウスとかいう奴もやばそうだし。」
レムリアが先程受けた報告に対して思った事を話す。
このラブクルス聖教国は、とにかく魔物を排除したいという考えを持っており、亜人種も例外ではない。凶悪な見た目をしている者は勿論の事、人間とさほど変わらない容姿の者でも、魔物の血が入っていれば人間扱いしない程にだ。基本的にこの世界では、奴隷制は禁止されている。しかしかつては合法であり、その名残が今も残っており、非合法組織のシノギの一つとして裏で行われている。各国は奴隷売買の取り締まりを強化している。それはラブクルス聖教国も同じ事であるのだが、亜人種であれば奴隷にしても良いとしている。この事から、人攫いと呼ばれる者達は亜人種の中でも人気が高い「エルフ種」「獣人」「人魚」等を積極的に狙っている。中でも特に希少価値が高いのが、エルフ種だ。なぜなら何処で生活しているか不明で、出会える確率が限りなく0に近いからだ。この世界に住む人類のほとんどがエルフの存在は御伽話だと思っている。千年以上前には存在していたという事は様々な文献に記録が残されているので知っている。しかし、実際にその目で見た事も、まわりで見たという話も聞かない以上、実在が疑わしい。まぁ、それもそのはずでエルフ達はレムリア国の中に存在しているアスリオーネ国で暮らしている。アスリオーネ国とレムリア国との交流はあるが、エルフ達がレムリア国から出る事はほぼない。例外として、外の世界に憧れる者や、閉鎖された暮らしに嫌気がさした者、そして生前のレムリアがアスリオーネ初代女王、つまりピオニーの母親とアスリオーネ国を建国した際に、国に住まなかった者達の末裔が国外で暮らしているようだ。そういった者達が奴隷として狙われる。逆に、ゴブリン、オーガ、オーク、サイクロプス等の亜人は狙われる事はない。需要が全くない。しかし例外として、女オークは一部の者にかなり人気があるらしい。
ほとんどの国はこの亜人種ですら、奴隷にするべきではないと考えている中で、ラブクルス聖教国は亜人種に限り許される、それどころか、亜人種であれば犯罪とされる行為でも許容される。というような内容の教えも存在するので、他国はラブクルス聖教国の事を良く思っていない。しかし、ラブクルス聖教国は魔物に対するエキスパートで、過去千年以上に渡り、各国の魔物に関するトラブルを解決してきている功績があるのと、人間に対してはそういった事をしない、許していないので強くは言えない。魔物退治、魔物対策と言って、他国に自分達の人間を送り込もうとしている。今回の事に関しては、人間に化けた魔物を暴き出すという名目で聖教国の人間を巡回に当たらせるらしい。今後ステマニア国で活動がかなり難しくなるのは目に見えているが、彼等の目的が本当にこれだけだとは思えない。たが、これは人間達の問題であって、我々魔物側には関係ない。
「でもこんなに魔物排除って思考の国だったら魔国に攻め込んできそうなものですけどね。」
それまで真面目なフリをして話を聞いていたジララが疑問を投げかける。少なくともジララが生きてきた間、この国の者達が攻め込んできた事はない。それはフローラに関してもそうだ。
「おそらく、魔国を相手するほど圧倒的な力がないのよ。」
「ほう… と言いますと?」
ジララの問いにアメジストが簡単に答える。あまりにも簡単で、それでいて陳腐な答えに無意識の内に自身の頭の中から排除してしまっていた事。フローラはその理由が気になり、しかし、その事は顔に出さずいつもの笑顔でアメジストに続きを促す。アメジストはハーブティーを一口飲み、昔を思い出しながら口を開く。
「千年前の大戦争。あの時におそらくその国は参戦していたわ。というか、ほぼ確実に参戦していたでしょうね。大戦争でディアナが落とした妖魔石は最初の何年だっけ?数百年?ラブクルス聖教国で保管されてたって話でしょ?戦争に参加してなかったら保管なんて出来ないでしょうね。ラブクルス聖教国が魔国を圧倒できる程の力を持っていたら、千年前の戦争で我々魔国側は負けていたわ。まぁ、その戦争終結も不可解な事だらけだったから一概にそうとは言えないかもしれないけど。でも両者とも大きな被害を受けてどっちが勝利したとは言えない状態で終わってる。つまりはそういう事よ。」
「なるほど…。魔物の排除を謳っていても魔国相手をするつもりはないという事ですね。先程の報告で、会議中にやけにフィーラン帝国のノア・ベティや冒険者ギルドのギルド長に執着してたのも魔物の疑いがあるから。もしそうならば、排除、もしくはギルドやフィーラン帝国を乗っ取りたいとか考えてそうですが?」
そのままフローラがアメジストに質問する。このメンバーで長く生きているのはレムリアを除き、アメジストとルチルだ。そして立場的にはアメジストが上だ。アメジストに聞くのは当然の事。レムリアは千年の間、この世界にはいなかったので分かるわけがない。
「人間に化けてる魔物を排除しようとしてるのは確かね。魔法にのめり込む奴は大体寿命を伸ばしてるから。疑われやすいわよね。特にノア・ベティとギルド長。この2名はかなり昔から生きているから、そういう噂も立ちやすいのよ。それと、ステマニアの王宮魔術師長も長命ね。他にもいるでしょうけど、そういった人間からしてみれば、ラブクルス聖教国は面倒な相手な訳よ。」
「ふーん。じゃ、そのラブクルス聖教国の人間がどこまでやれるかお手並み拝見って事で!」
グビッとハーブティーを飲み、一緒に出されてたお茶菓子を食べるジララ。しかし、このジララが後に結果を聞いて拍子抜けしたのはいうまでもない。