83話 会議はステマニア国で その五
会議の最初にステラがイリアーノ国で起こった事を話す。ミツネと呼ばれる化け狐の事、その化け狐が巻き起こした暴動、突如現れた悪魔と謎の白い少女について。
そして、ロドリウスがギルド長から送られた資料を皆に手渡して、冒険者達を魔国に送った際の情報を説明する。
「ふむ、なるほど。まず、イリアーノ国の一件。魔物の内輪揉め的なものでしょうな。化け狐を従えた悪魔と白い女が敵対関係で豊穣の奇石を巡って争ってるのか、それとも白い女が悪魔の方を止めようとしているのか。監視と言ってたのはどういう事か…。そして魔国への冒険者派遣の件は情報量が足りないですな。スライムと虫型モンスター相手にほぼ全滅?そんな訳ないでしょうに。…何か隠してるんじゃないですか?何故ギルド長がこの場に来て説明しないのです?」
「それについては彼女も忙しい身。資料だけ渡してもらいました。それに冒険者ギルドは国政には関わらない事になっています。ご理解下さい。」
「それも怪しいですな。聞けばギルド長はあまりよくない噂がながれてるらしいじゃないですか。実は人間ではないとかなんとか。それは本当ですか?国が何か隠してるのでは?ギルド長が我々ラブクルス聖教国に関わると何かまずい事でもあるのですかな?」
それを聞いて、静かにだが威圧するような雰囲気で声を出す王が一人。
「いい加減にしたまえ。君は何故この場に来たのかな?この場に来れなかった者をなんの根拠もなく魔物に仕立て上げたいのかね?ラブクルス聖教国とはそういう国でしたかな?それに冒険者ギルドは各国に存在してます。あなたの国を除いて。その長がこの国にあるギルドにいるだけの事。国絡みで何かを隠蔽しているような口振りはよして頂きたい。」
「皇帝ノア・ベティ。その言葉、訂正して頂きましょうか。人を魔物に仕立てているのではない。人に紛れている魔物を炙り出そうとしているのですよ。そこらの魔物なんて誰でも倒せる。しかし、人に紛れている魔物を退治するのはかなり難しい。確実に知性がありますからな。それを狩るのは我々ラブクルス聖教国の仕事です。そしてあなたも我々に疑われている事をお忘れなく。フィーラン帝国は教会に協力的ではありませんからな。52年前も我々の協力を断ったらしいじゃないですか。もっと頼ってくれて良いのですよ?アンデッドと戦う事が多いあなたの国では最も必要な力です。もしかして、教会を頼りたくない理由があるのですか?あなたが何年生きているのかも興味がありますねぇ。」
「イニシウス様、その辺で。あまり敵対的に振る舞われるのはよろしくないかと。」
それまで後ろに控えていた、女性が止めに入る。
「おっと、これは失礼しました。いけませんねぇ!疑り深い性格でしてね!それにこの部屋に入った時に怪しい魔力を感じたものでつい…。ロドリウスさん。私はステマニア国周辺で虫型モンスターを見つけて攻撃しました。この資料を見るに、魔国のモンスターの可能性が高いです。国内でも所々で怪しげな魔力を感じました。先程のステラさんの話から、この国に魔物が人として侵入している可能性があります。これは他の国にも言える事です。そこで、各国にラブクルス聖教国の者を送ります。詳しくは言えないですが、国の見回りをさせて人に化けた魔物を探させます。そして件の魔国に調査隊を送りましょう。送った冒険者の殆どが低ランク。それ以上の実力がある者達を選別させます。イリアーノ国に現れた悪魔がその魔国と関連があるのか分かれば良いですがね。まぁ、魔王達が動いた事があったので、新たな魔王の可能性もありますな。」
その後、他にも様々な話し合いが行われた。主には今後の各国の動きと、国周辺の魔物達の動き、そしてラブクルス聖教国の連携について。
「みなさん、協力お願いしますよ。もちろんフィーラン帝国もね。それと、ステラさん。個人的にお伺いしたい事があります。この会議の後お時間よろしいですかな?」
いきなり自分を指名されて驚くステラにニンマリと笑顔を送るイニシウス。ステラが返事をする前にロドリウスに少しの時間、部屋を借りる許可を得ている。なんて自分勝手で、事を進めるのが早いのだろうか。そうこうしているうちに今度はロドリウスへと話しかける。
「そしてロドリウスさん、そちら側の壁にメイドさん達を整列させてもらっても良いです?窓からは離れてください。そして上の五月蝿い虫達もどうにかなりません?先程の虫型モンスターを思い出すと一応殺しておきたいんですよ。」
「虫…と言われましてもなぁ…。どうにかなるもんでもありませんし…。メイド達を整列させて何をするおつもりですか?」
「ちょいと記憶を弄らせてもらいますよ。心配する事はありません。この部屋での会話を忘れてもらうだけです。レミル、準備を。メルンは上の虫共の処理!」
イニシウスの後ろに控えていた二人がそれぞれ動き出す。それと同時に不快だと言わんばかりの表情を浮かべるロドリウスが制止をかける。
「待ちなさい!うちのメイド達に何をすると言いました?記憶を弄る?くだらない冗談はやめて頂きたい。ここにいる者達は口が堅く、秘密を漏らさぬ者達。そもそも我々が会話していた内容も聞いていないと思って頂いて結構。そもそもが聞かれるのがまずいのであれば、始まる前に退出願えば良かったのでは?」
「部屋から出て我々の見えない所で盗み聞きされても困ります。目の見える所に置いておいて後で記憶を消す方が簡単です。大丈夫、この会議の時間だけの記憶ですから。」
この時間のメイドの記憶を消したいイニシウスとメイドを守りたいロドリウスの言い合いは続き、制止の声も届かず白熱していく。ノア・ベティからしてみれば、この会議の内容はさほど重要なものではなく、誰かに聞かれてようが特に問題ないと判断しており、このやり取りは無駄なように思える。そろそろ本気で止めに入ろうとしたところで一人のメイドが口を開く。
「ロドリウス様。我々は大丈夫です。この会議の内容の記憶消去、受け入れます。」
「お前達…。本当に良いのか?この場だけの記憶とは限らないんだぞ。もしかしたら他の記憶も消えてしまうかもしれないんだ。」
「ロドリウスさん、我々を信じてください。記憶を消すのはこの会議の事だけです。他の記憶を覗いたり、消したりはしません。これは我々を信用してもらい、魔物に情報が流れるのを阻止する為に行うのですから。そして我々は人間の味方だという事をお忘れなく。」
「分かった。そこまで言うなら信じましょう。しかし、私はまだ完全にあなた方を信じたわけではありません。良いですね?」
「えぇ…。ではレミル、お願いし」
言い終える前にメルンが慌てたような声色でイニシウスを呼ぶ。
「イニシウス様!窓の外に大型の虫型モンスターです!」
メルンは天井にいる虫目掛けて殺虫魔法を放っていた。両の手から赤色の薄い靄のようなものが勢いよく吹き出しており、天井の方で広がっている。その靄の中をビュンビュンと虫が飛び交っている。最初は数匹が飛んでいた程度であったが、殺虫魔法の靄が天井に溜まり始めてから隠れていた虫達が慌てて湧いて出て来たのだ。その数、数十匹で更にどんどん増えていく。そしてその虫達が次々と力尽きていきボトボトと床に落ちていく。メイド達は悲鳴をあげるが逃げ出そうとはしていない。落ちてくる虫に当たらないように払い除けている。それを見たノア・ベティが自身のマントをメイド達に被せ、落ちてくる虫に当たらないようにしていた。窓の外に現れた虫型モンスターは中で盗聴していた虫達の悲鳴を聞いて慌てて様子を見にきたのだ。
「来たか、本体!ロドリウスさん!後で必ず弁償します!」
イニシウスはニヒルな笑みを浮かべ、近くにあった白色の美しくもシンプルなデザインの椅子を掴み思いっきり力を込めてその大型の虫目掛けて投げ飛ばす。力が込められたその白い椅子は青白いオーラを放ちながら真っ直ぐ凄まじいスピードで飛んでいく。
「何やってんじゃー!!お前ぇ!!!」
いつもの紳士的なキャラをすっかり忘れて叫ぶロドリゲスを構う事なく、天井の虫達に殺虫魔法を掛けていたメルンが追加攻撃として大型の虫にファイヤーボールを数弾解き放つ。
しかしその椅子とファイヤーボールはいとも容易く避けられるが、窓から外に逃げていた虫達がこの攻撃に巻き込まれる。生き残りが虫型モンスターの口や身体の隙間に入り込んでいく。それを見たイニシウスはまた椅子を手に取ろうとする。
「イニシウス殿!あなた魔法は使えないのですか!?椅子を投げるのはやめなさい!人に当たったらどうする!?」
「魔法は使えます!そしてご安心ください!人に当てない角度で投げてますからぁ!!」
言いながら思い切り椅子をぶん投げる。プロ野球選手のピッチャーが投げる豪速球のように飛んでいく椅子を見て愕然とするステラ。そしてそのイニシウスのテンションにドン引きしているノア・ベティ。イニシウスと一緒になって攻撃をしているメルン。メイド達を守る体制になっているレミル。虫が嫌すぎて今にも気絶してしまいそうなメイド達。攻撃を交わしながら虫を回収していく虫型モンスター。
「チッ!やはりこの場だと我々が不利だ!」
ずっと椅子を投げる訳にもいかない。この部屋に椅子の数は限られているし、テーブルを投げられる程の窓の大きさはない。それにあまり投げすぎると、弁償代が嵩む。そろそろ決着をつけたいと思っていたその時、虫型モンスターがギチギチと牙を鳴らした。
「タイボクヲナゲトバセルチカラガアルノニ、セマイバショダトフベンナモノダナ。」
ギチギチと鳴らしてる音はどうやら笑い声らしい。この目の前のモンスターに煽られ血液が沸騰しそうな程、怒りに呑み込まれそうになるイニシウス。だがグッと呑み込み、懐に隠していた小型ナイフを素早く取り出し、予備動作なしで虫型モンスター目掛けて一直線で投げる。強化魔法を込めたそのナイフは青白いオーラを纏って飛んでいく。虫型モンスターはそのナイフを口から吐き出した無数の毒針で撃ち落とそうとするが、ナイフの軌道を変えることすら出来ない。毒針を払い除けながら真っ直ぐ、そして高速で飛んでくるナイフを辛うじて避けるが、先程の椅子よりも早いスピードで飛んできた為、脚を2本切り落とされる。
「ギガーーーーーーッ!!!」
甲高いんだか低いのかよく分からない不快な断末魔をあげて急旋回し、その場から高速飛行で去っていく虫型モンスター。それを逃すまいとメルンが追加の火球を打ち込んでいくが、後ろに目があるかのように華麗に避け去っていく。
「くそ!逃したか…。奴を追跡できるか?」
「ここからでは無理です…。」
「じゃあ、待機してる奴ら動かしてそのクソ虫がどの方向に行ったか、そして可能であれば追わせるんだ!」
「承知いたしました!」
「イニシウス様!メイドが1人居ません!」
「なんだと!?何故だ!」
「分かりません!」
「探して来い!ロドリウスさん、誰がいないのですか!?」
「レイシェルが…。何処いった!お前達見てないのか!?」
会議室の騒ぎを後にホワイトロック城の廊下を全速力で走り去るメイドが1人。
「いやーー!あの虫ちゃん達が騒ぎ起こしてくれたおかげで助かったー…!マジ逃げねぇとやばい!あいつらはやばい!さっさとおさらば!」
城の兵士達が騒ぎを聞きつけ駆けつける中を華麗身を躱しながら走り去るそのメイドは茶色のウルフカットを揺らしながら息も切らさずに、トゥルーレッドムーン教ステマニア支部の拠点を目指す。
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イニシウスからの命令により、ホワイトロック城前に待機していたラブクルス聖教国の使者達が逃亡した虫型モンスターの後を追う。ステマニア国で暮らす一般市民達はそのモンスターを認知していなかったが、見慣れない格好をした集団が一斉に走っていくのを見て只事ではないと感じていた。その集団を見た瞬間にさっと道を開けていく。虫型モンスターはかなり上空を飛んでいる為、遠距離魔法でも追っているその者達の力では射程距離外で、追跡するのがやっとだった。そして国を出て野原を暫く走っていると、森に差し掛かる辺りでその上空に黒い大きなな影が見えた。
「なんっじゃ、ありゃ!!」
1人が声を上げる。他のメンバーも驚いている。そこには、今追いかけていた虫よりも更にでかい虫が飛んでいるのだ。そいつは逃げてきた虫を自分の体内に収容し、何かを口から吐き出した。何か黒い霧のようなものだが、よく目を凝らして見ると、それは無数の夥しい数の虫だった。蜂のような形状をしているその虫達はラブクルス聖教国の使者達目掛けて襲いかかる。各々が魔法で対処していく。幸い、数は多いものの手こずるような強さはなかった。しかし数は多いので、虫達の攻撃が手一杯で、大型の虫モンスターを逃してしまう。そのモンスターが飛んでいった方向は魔王がいない魔国がある所だった。