82話 会議はステマニア国で その四
東区域の霊廟に向かう影が一つ。その人物は広場で訓練している魔物達を横目にそのまま建物に入り、ゾンビに案内され地下を目指していく。地下墓地エリアを進んでいき、居住エリアの入り口まで来た所で骸骨のメイドに迎え入れられ、この霊廟の主のもとまで案内される。
「やぁ、久しぶりだね。来てくれて嬉しいよ。ルビルくん。」
お久しぶり。ハウラさん。と書かれた扇子を見せるルビル。
ルビルがレムリア国に戻って来た報告を受けたハウラはルビルを呼び出していた。約千年ぶりに帰って来た彼を。
「戻って来たという事は持って行ってくれるんだよね?霊廟とはいえかなりのスペースを取っている君の殭屍達を。」
あぁ…と口には出さないが、リアクションをとるルビル。自分の部下、戦力、そして研究を兼ねて殭屍作りに励んでいた時期があった。もう千年も前の事なので何体いるかは忘れたがそんなに多くはなかったはずだ。
「ところで、外の妖怪と魔獣達は?」と書かれた扇子を見せてみる。
「対襲撃チームといって、この国に侵入者が現れた時に一番に対処するチームだよ。普段は霊廟前広場で訓練してるけど…。それで、殭屍の返事は?」
扇子をくるりと回して「我が家が完成したら連れてく。」という文字を見せる。今、ルビルは土蜘蛛達に自分の拠点となる建物を北区域にある山中に建設してもらっている。その山は主に妖怪達の根城になっており、主に河童が管理している。何故ならそこに河童の秘密基地があるからだ。主にそこで研究や様々な兵器、武器を開発している。この事を知る者はほぼいない。最近はアメジストからの依頼で、魔石を使用した兵器開発、ファントムからの依頼の野菜の栽培等に手をつけている。ルビルがその山に目をつけた理由は自分の研究に河童達の技術を取り入れようと考えたからだ。それにルビルは仙人でもある。山に引き篭りたがるのは大昔から変わらない。河童達とは交渉済み。こちらから殭屍を労働力として提供する約束もしてある。もちろん、山以外にも住む場所を考えていたが、やはり魅力を感じたのは山だった。その次に候補としてあったのは西区域の森の中。ルビルは土地探しの中で国全体を見て回った。自分がいた千年前よりも大きく変わっていた。中心部のレムリア城、その周りに広がっている城下町。そしてそれらを囲う各区域。その区域を繋ぐ舗装路。昔からいる顔と新しい顔。久しぶりにこの国に戻ってきたルビルにとって新鮮な気持ちだが、懐かしさも感じる。
「それはそれは。でも大丈夫かね?百体以上は居たはずだけど…。」
思ったより多く驚くが、面をしていているのでその表情を読み取られる事はない。
「まぁ、大丈夫」と伝えるも、河童達には殭屍を置くスペースを広くとってもらうように言わなければならなくなってしまった。
「あぁ、そうだ。もしその家の完成まで暇なら、あの魔獣達の講師やらない?私も魔法を教えてるので、君からも何かしら教えられる事があれば叩き込んでほしいのだけど。」
扇子をくるりと回し、「この国は変わったね」と伝えてみる。
「そうだね。レムリアちゃんが復活してから色んなものが変わり始めた。アスリオーネ国も巻き込んで色々やってるらしい。この千年間、彼女が何を体験して何を見てきたのかは知らないが今のレムリアちゃんは昔と何か違う雰囲気がある。あの時、もし私が死んだら例の棺にいれてほしい。と言った時に続けてこう言った。いずれ面白い事になる。今まさにそれが起きているのかもね。その時君居たっけ?」
「いや、そのやり取り知らん。」(扇子)
「レムリアちゃんがあの戦争で死ぬ数年前だったよ。どう頑張っても戦闘で死ぬ生き物じゃないから戦死したと聞いた時は驚いたけど、何故か平常心でいられたよ。あの言葉を聞いたからかな?」
骸骨メイドから手渡されたグラスにワインを注ぎながら昔を懐かしむハウラ。
「アンデットだからでしょ?」(扇子)
「そうかね。そうかもね。でもきっとそれだけじゃないと思うんだ。」
ワインの香りを楽しみ今後に思いを馳せるハウラ。表情には出さないが、この先この国がどんな変化をしていくか楽しみなのはルビルも同じ。
「この国は変わった。これからも変わっていくだろう。」と扇子を見せて、くるっと回す。次の扇子には…
「でもここに安置されている面子はあまり変わらないようで少し安心した。」
これを見たハウラは表情は作れないが、ふっと少し微笑んだような気がした。
「見知った顔が増えるのは嫌だからね。でも、火車が定期的に運んで来るんだよね。何処から入手してるのかは分からないけど。おかげで戦力は蓄積されていってるよ。」
しばらく談笑し、用件も済んだだろうと帰ろうとしたルビルにハウラが声をかける。
「で、さっきの返事は?」
タタン!と瞬時に扇子を一旦閉じまた開く。返事をハウラに見せる為に。
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西区域の虫妖木が生い茂る森の中。その一角に建設中の建物がある。その建設には土蜘蛛達と妖虫達が関わっている。今も作業中で建物自体はもう少しで完成しそうだ。その様子を上空から確認しつつ、大虫妖木へ向かう一匹の大きなハエの妖虫がいる。彼は妖虫の中でもかなり厄介な部類に入る。飛行能力はかなり高く、殆どの飛び道具や発射された魔法をかわす事ができる。先程も飛んできた木を華麗にかわしてきたところだ。攻撃に関しても、その力強い顎で大抵の物は噛み切る事ができる。また、脚で獲物を引き裂く事も可能なのだ。さらに彼は体内に様々な病原菌を隠し持っており、それを自在に撒き散らす事だってできる。体内に隠し持っているのは病原菌だけではなく、彼より小さい中型のハエを体内で飼っている。そんな彼は一仕事終え、彼の上司であるシディア三姉妹に報告へ向かっているのだ。
大虫妖木の根本に辿り着き、入り口の穴に入る。体長約3M程の大きさのある彼はそのままでは入る事が出来ない為、気合いで体を縮める。すると、成人男性くらいまでには小さくなる。奥まで進んで行くと三姉妹と一人が部屋の中にいた。
「シツレイシマス。」
部屋に居た三人が驚く。
「え、あんたステマニア国に行った筈じゃ…?」
「何かトラブル?」
「メオラテさん久しぶり。」
ゴールは机で書類整理、マホは武器のメンテナンス、スパイダーは最近お気に入りになっている奴隷のシャシャを足置きにし、読者をしていた。
「ステマニアコクニテ、ニンムトチュウデコウゲキヲウケタタメ、ワタシノブカヲテイサツブタイトシテオイテキマシタ。オソラク、ラブクルスノニンゲントオモワレマス。ワタシノマリョクヲサッチシテコウゲキシテキタトオモイマス。デスノデ、マリョクノナイコタイヲオイテキテイマス。」
「分かった。回収は出来るんだろうな?」
「モチロンデス。ノチホドステマニアコクシュウヘンノゴウリュウポイントデカイシュウシマス。」
「分かった。これはレムリア様に報告だな。情報ありがとう。少し休憩していけ。時間はあるだろう。」
「アリガトウゴザイマス。」
部屋を出ていくメオラテを見送り、スパイダーがシャシャに尋ねる。
「ラブクルス聖教国について知ってる事は?」
「申し訳ございません。ウェブ様。私はあまり詳しくありません。各国にある教会でその名前をチラと聞いた程度です。…そういえば、リーダーが詳しかったと思います。」
「何故リーダーも送ってこなかったのよ!」
「スー、落ち着いて。取り敢えず今の情報をレムリア様に伝えましょう。早速ガーゴイルを使うチャンスよ!ちょっと行ってくる!」
手入れしていた武器を置き、部屋を出ようとするマホ。
「ちょっと待ちなさいマホ!…まだガーゴイル設置されてないわよ!」
「え…?…本当に!?」
「あ、マホ姉様はその時出てたから。ガーゴイルが完成次第随時設置していくって。優先度は外部の者と関わる事が多い場所かららしいわよ。ウチは優先度低いらしいからまだね。」
「そういう事。ガーゴイルなんて沢山あるじゃん!って言いたそうな顔ね?今回設置される予定のガーゴイルは通信特化型で魔石を組み込んで色々やるらしいわよ。エレスさんが絡んでるらしくで色々と試行錯誤しながらやってるみたい。まだ時間かかるわよ。」
「さすがゴール姉さん。私の言いたい事分かってる!でも便利な世の中になってきたわね。今までなんて誰か使いに出してたけど、それが何処にも行かずに連絡取れちゃうんだから。近いうちに人型妖虫の為の家も建てるんでしょ?」
「えぇ、そうね。でも、殆どが人型になりたくない連中ばかりだから、数は少ないでしょうね。さっきの彼も人型になれるレベルなのにあのままだし。」
「でも人型になったらその便利さに気付くわよ。今どのくらいいるんだっけ?20?」
「正確な数は分からないけど、たぶんそのくらいよ。」
「ゴール姉様でも分からない事あるんだ…。」
「そりゃあるわよ。取り敢えず、報告は誰かを行かせましょ。」
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ステマニア国の会議室。ここにいる王達は残りの参加者一人を待っていた。それまで雑談していた彼らだが、会議開始時間になっても現れないラブクルス聖教国の使者の話題になる。
「来ないですな。」
「そういえば私、ラブクルス聖教国の人に会った事ありませんね。どんな方なのでしょうか…。」
「私もよく分かりませんね。ラブクルス聖教国の使者の参加も教会の人間を通して伝えられたので。その教会も誰が来るかまでは知らされてないようでした。ベティ殿ならお分かりになるのでは?」
「彼らは私を目の敵にしているようでね。あまり関わらないようにしている。50年前だったか、勇者が現れた時は彼らが色々活動していたらしいが、その時も私は干渉しなかったのでね。正直言って私は彼らを好かん。彼らに言わせてみれば、私は少々長生きし過ぎているらしい。」
「なるほど。それを聞いて納得です。道理でギルド長が来ないわけだ。」
「あぁ、冒険者ギルドの…。来る予定だったのですか?」
「いや、それが……。最近、魔国に冒険者を送ったらしいので参加お願いしたのですが、参加者を伝えたら、資料だけ送ってきましてね。彼女も相当長生きしているらしいので、ラブクルス聖教国の使者と会いたくなかったのでしょうな。そういえば、王宮魔術師長も今日は休みを取っていたな…。彼女も長生きしていましてね。ギルド長とも仲が良かったはず…。」
「魔法を扱う者は自分の寿命を伸ばしていてもおかしくはないですからからな。ラブクルス聖教国はそういった類の人間を好ましく思ってないのだろう。元々魔物を根絶したいと思っているような国だ。人は人らしくあれ、とでも思っているのだろう。」
話の途中でドアがノックされ、メイドが入室する。
「失礼します。ロドリウス様。ラブクルス聖教国からの使者、イニシウス様がご到着です。」
「よし、通してくれ。」
「かしこまりました。」
メイドに案内され、入室するラブクルス聖教国の使者。身長2m程はあると思われる長身でガタイの良い男。こんがりと焼けた褐色の肌にあまり合うとは思えない、純白の修道服を着ている。何故か袖の部分だけ千切れており、そこから筋肉モリモリでムキムキの立派な腕が露出されている。頭髪はないが、サングラスをかけており、そのニンマリした顔からはこの人物が陽気な人間だと推測できる。そして彼の後ろの二人は同じように純白の修道服に身を包み、仮面で顔は見えないが、その身体のラインと雰囲気から女性だと判断できる。
「いやー!お待たせしてすみませんね!何しろ先程、へんちくりんな虫を追い払ってきましてね。あ、この袖ですか?その時の攻撃で破れてしまいまして。HAHAHAHAHA!いや〜ムキムキな物をお見せびらかしてしまい申し訳ない!!」
特に誰も聞いていない事をベラベラと喋るムキムキの男、イニシウス。用意されていた椅子に腰掛け、その後ろに付き人の女性二名が控える形となる。
「揃いましたね。では改めて、私がこのステマニア国の王、ロドリウス・ドーファントです。今回お集まり頂いたのは、イリアーノ国で起きた事件、そしてここ数年で活発化してきている魔王不在の魔国についての情報交換、話し合いをする為です。この会議後はまとまった情報と今後の対策等を今日この場に参加出来なかったロンデル国とサージャス国にも共有出来ればと考えています。」
こうしてステマニア国での会議は自己紹介から始まった。