ヘルハウンド昔話
そのモンスターはまだ外の空気を吸った事が無かった。温かい羊水で守られ、心地よく眠っていた。しかし、それがここ最近よく揺れる。あまりに眠れないので、外の様子を集中して聞いてみようと思った。すると、揺れる時に何が起こっているのか分かる。実際に見てる訳ではないので、感覚としてだ。
ドーン!という音、何かがカキンッ、カチャ!キキキーン!とぶつかり合う音、ボボボーッという音。そして、ガルルルッーやグワァオーーン!という超え、何を言っているか分からない声、うわー!、助け…等の叫び声が聞こえる。外はどうやらお祭り騒ぎのようだ。こっちはゆっくり寝たいのに、外は呑気なものだ。その後も眠る暇もなくドンチャン騒ぎが続く。するとそのうち、段々と揺れが収まってきた。そして一定の間隔でザザザッザザザッと聞こえる。暫くその音が聞こえた後、ザッザッザッザッという音に変わった。そして全く揺れなくなった。やっとゆっくり眠れると思ったのも束の間、何かがおかしい事に気付く。自分がいるこの場所と繋がっているくだから送られてくる魔力、栄養が少しずつ減ってきている気がする。何かがあったのだ。このままでは不味いかもしれない。何かないか?自分にはどうする事も出来ない。とりあえず、暴れてみる。すると外から声が聞こえる。
「すまぬ。我が子よ。お前を産めそうにない。本当はお前を産み出してから逝くべきだが、まだ早い…。しかし、戦うのも魔族の為、我が同族の為、許せ…。もう時期ここにも人間共がやってこよう。そいつら全員我が牙で噛み殺し、この灼熱の炎で焼き殺してくれる!」
仕方ないのか。このまま外の空気を吸う事も、景色を見る事もなく死ぬのか。だが、このままジタバタしてもしょうがない。自分は今母体の中でしか生きる事が出来ない。その母がこの世から去る。その前に何かを成し遂げようとしているのだ。ただ何もしないで死ぬのは嫌だ。自分も出来る事を派手にしてやろうじゃないか。…何かさっきから凄まじい魔力量が流れてきてるが、気のせいか?
「それはいけないなぁ。そんなんで死ぬのは許さないよ?君、身重だろ?お腹の子が生きたがってるわよ。」
「ん?お前は…。あぁ、魔王か。この私に何のようだ?お前の国に所属していない野良魔族だぞ。」
「あれ、話通ってなかったかしら?緊急会議でヘルハウンドはうちの管轄になったんだけど…。」
「知らん…。お前は自分の役割があるのではないか?もうじきここに追手が来る。さっさと行け。」
「あっはっはっはっは!良いねぇ!君気に入ったよ。早くここから逃げな。傷は直したから。そのお腹の子産むまで死ぬんじゃないわよ。」
「はぁ?何言ってる…!」
「じゃあ、安全な場所に送ってあげるよ!」
そうして魔王はパチンと指を鳴らす。するとその場からヘルハウンドは消えた。
「何だったんだ…あの魔王。……傷、治ってる…。」
どうやら洞窟の中らしい。外は静かだ。ここは争いがない場所なのだろう。ふっと力が抜ける。その場で横になるヘルハウンド。お腹の中の子もいつの間にか大人しくなっている。
そのお腹の中の子は安心していた。母親の死を回避したからではない。魔王がその子にかけた言葉。
「君が外の空気を吸えるように私の魔力一杯あげるよ。その目で景色を見られるようになったら力一杯生きなさい。そうしていつか私の元に来た時には君の仲間も一緒に受け入れよう。だからそれまでは君が強くなって皆んなを導くんだ。良いね。この魔力大事に使いなさい。」
この数ヶ月後、この子は自分で呼吸をし、大地に立つ事になる。この言葉が心の深い所に根差し、成長し、仲間を引き連れていく事になる。そして千年後に再会を果たす。
「そこのでかいヘルハウンド。名前は?」
これが、あの時お腹の中で聞いた声の持ち主の第一声だった。