74話 吸血鬼と変面師と化け狸
洞窟内は一定の間隔で蝋燭が置かれており、少しの明るさが確保されていた。大人二人が並べる程の幅で、高さは2メートルちょっと。人工的に掘られたような雰囲気だった。化け狸達に連れられた四人はそこをズカズカと進んで行く。やがて、奥から光が見えてきて、広い空間に出た。かなり広い空間だ。壁には無数に蝋燭があり、廊下と思われる洞窟内よりも明るい。その中心部には巨大な化け狸が座っていた。その大きさ体長三メートル程。どうやってこの洞窟内に入ったんだ?と疑問に思う大きさだ。そしてその周りを普通サイズの化け狸が囲うように座っていた。
その巨大な化け狸は口を動かす事なく、人語を発する。
「久方ぶりだな。ルビルよ。何しに来た?どうせ、そこの男三人の事であろう?」
「姐御!コイツ、姐御とこの三人組を…」
「お黙り!客人の前で失礼であろう?話させてやりな。」
そして、ルビルが鉄扇を広げて巨大狸に見せる。
「ふっ。相も変わらずそのような珍妙な意思疎通をしているのか?フハハハハ!それよりもだ。何故このアタシが此奴らと戦わなくてはならんのだ?またお前さんが連んでる人間の指図か?いい加減あのような連中と縁を切れ。」
それに対してルビルはまた鉄扇を広げて見せる。
「あんな連中に何の利用価値がある?我々の略奪を阻止出来ぬ連中ぞ?そんな奴らにお前さん程の男が従っているのが分からん。」
それは吸血トリオも感じていた事だ。確かに、この三人が所属していた盗賊団は人間からしてみれば、強くて厄介な相手だが、このルビルと呼ばれる男からしてみれば、取るに足らない存在だ。それに対してのルビルは変わらず鉄扇を広げて見せるだけだった。
「ふん!まぁ良い。確かにそこの三人はただの人間ではないらしい。強い妖気を感じる。たがそれが此奴らと戦う理由になるのか?」
鉄扇を広げて見せるルビル。心なしか先程よりオーバーアクションに見えた。
「ほう…そこまで言うなら良いだろう。メルーナ、闘技場の準備を。」
すると、メルーナと呼ばれた化け狸が洞窟のさらに奥へと向かって行った。
「さぁ、最初にアタシの相手をしてくれるのは誰だ?三人同時でも良いぞ?」
そこには強者のオーラを纏った巨大な狸がグッと身体を持ち上げ、ニタリと気味の悪い笑顔を浮かべていた。
「まぁ、よく分からん流れだが、俺がやろう。二人は知り合いのようだしな。この勝負が終わった後で話を聞かせてもらうぜ!」
それに答えたのはアリオスだ。
イオルとラフィは思う。最近のリーダーはやけに積極的だと。思う節はある。ジララ様に凍らされ、解氷された後にレムリア様の眷属になった時。最初はいつも通りのアリオスだったが、次第に積極的になっていった。イオルに意見を求める事は変わらないが、無茶な命令をしなくなったし、決断するのも早くなっている。吸血鬼の力を身に付けたからなのか別の何かなのか…。そんな事を思っていると、巨大狸が口を開く。
「ふふふ。威勢の良いものだな。嫌いではない。だが、アタシとお前さんが戦う理由をこのアタシも知る由がない。それはルビルに聞くんだな。」
そして、メルーナが戻ってくる。
「姐御、闘技場の準備が整いました。」
「ご苦労さん。さぁ、行こうか。」
そして巨大狸案内の元、闘技場に向かった。因みに、闘技場への道はかなり広く、巨大狸も何なく進む事が出来る程だ。そして少し歩くと先程の部屋よりも広い洞窟に出た。
「さぁ、待たせたな。アタシの名はサフィア!ルビルがお前さんと戦わせたい理由、拳を交えて聞こうではないか!」
そう言い、両腕を広げ仁王立ちする。アリオスは瞬時に踏み込み、ガラ空きとなったサフィアの腹を目掛けて拳を打ち込む。しかし、アリオスが感じた感触は腹のものではなかった。拳を打ち込んだと思った場所は腹ではなく、その巨体と同等かそれより少し大きいくらいの尻尾だった。どういう理由か、両手を広げて仁王立ちしていた筈のサフィアが尻尾で防御する構えをとっていたのだ。これには吸血鬼の目でさえ、その動きを見る事が出来なかった…。そして、サフィアが右フックを繰り出す。アリオスはそれを左腕で防御しようと構えるが、顔を殴られる感触があった。それも右側にだ。相手からの右フックを食らえば、自分は左側で攻撃を受ける筈なのに、右側に殴られた感覚があった。アリオスは困惑する。しかし、大したダメージになっていない為、直ぐに攻めの姿勢になりサフィアの顔目掛けて回し蹴りを出す。かなりのスピードの為、サフィアは避けきれず攻撃を受けるが、こちらも大してダメージになっていないようだ。すぐに左の爪で反撃に出る。それを察知し、後ろに飛び退けるアリオス。飛んだ先の洞窟の壁を蹴り、地面へと着地する。
「ほう。なかなか良い動きをする。その力と速さからして、並の妖ではないな。」
「そっちこそ。攻撃が読めねぇ。見た目の割に結構小細工を使ってくるようだな。」
「ふん、小細工とな。それは…」
そう言い、サフィアはその巨大な尻尾で薙ぎ払い攻撃をする。それに対応し、後ろへ回避するアリオス。するとサフィアの姿が消えた。少しして、殺気を感じ取り右側をガードする。その瞬間に腕に衝撃を受けた。
「この事かな?」
スゥ〜と姿が現れ、ニタリと笑うサフィア。
「そう、それだよ!」
アリオスは両手の爪を伸ばし、サフィアに斬り掛かる。それを同じく爪で応戦するサフィア。二人の攻防は猛スピードで普通の人間が見たら、その手元が見えない程だ。
どちらも一歩も引かない状態が暫く続いた後、このままでは埒が明かないと思ったのか手を掴み取っ組み合いに持ち込まれる。お互いが相手の手を握りつぶす勢いで掴み、押さえつけようとする。体格では大きいサフィアの方が有利だが、アリオスも負けてはいなかった。本人に自覚はないが、全身に力を入れると目が赤く光っていく。
(目が赤くなっていく…。ほう、此奴…吸血鬼だったか。だが、まだ上手く力を使えていないようだな。吸血鬼成り立てか。)
(くそ…。この化け狸、なんて怪力だよ!このまま押しきれる気がしねぇ。)
お互いに互角の取っ組み合いだったが、徐々にサフィアが押してきた。
(フッ、そろそろだな。)
サフィアは思いきり頭突きする。アリオスはそれに同じく頭突きで迎え撃つ。ゴツんと鈍い音が響き渡る。これもお互いに力を込めて相手を吹き飛ばそうとする。
しかし、その時サフィアの頭に電撃のようなものが走った。思わず飛び退くサフィア。その顔は驚きの表情を浮かべていた。
(まさか…。この感覚……、この妖気……。)
バッとルビルの方を振り向くと、「おそらくそうだ。」と書かれた鉄扇を広げて見せていた。それを確認し、ゆっくりアリオスに向き直るサフィア。少し警戒している様子のアリオス。困惑しているようなイオルとラフィ。そして、何かを察したかのような化け狸達。
少しの沈黙後、口を開いたのはサフィアだった。
「フッ…フハハハハハハハハハハハ!!そうか、そういう事か!ルビルよ、お前さんが此奴らとアタシを戦わせた理由が分かった!一時帰還しなければならんようだな。お前達…!!準備しな。帰るぞ、レムリア国に!!」
「…は!?」
この発言に吸血トリオは理解が追いつかなかった。それを尻目に化け狸達は早速準備を進めるのであった。