62話 千年ぶりに
人の姿をしたミツネがレギオンの背中を貫いた…。その様を地下へと続く通路からこっそり見ていた五人。魔王レムリア、悪魔フローラ、煙々羅スモーキー、烏天狗ウィンドウ、そして妖狐パイラ。
「あの人間の姿をしたのがディアナさんですね。ただならぬ妖気を感じます。石は手にしたようですが、どうしますか?レムリア様。」
「ディアナ様の事ですから、この後ここにいる人間達を皆殺しにするかもしれません。」
「我々は加勢を?」
「私の翼に掛かれば、一瞬です。」
四人はこのまま、ディアナに加勢しこの場にいる人間達を殺す方向でいるようだが、レムリアは考える。ここで、この場にいる者達を殺すとする。そうなれば、周辺国にこの犯行が知れ渡るだろう。人の手によるものではないのは明らかだ。そこで我が国を警戒するに違いない。今以上に探りを入れてくるだろう。勿論、冒険者派遣も頻繁に行ってくる。そうなればかなり面倒くさい。
ここは正体を隠して、王を救う方がまだ良いのでは?怪しませながらも、恩を売った方が今後何かの役に立つかもしれないし、出来るだけ悪い印象を与えない方が得策かもしれない。
「皆、きいてくれ。」
自分の考えを話すと、皆は了承してくれた。さらに、フローラがとある提案を出す。そして作戦を立てて、動き出す。
レムリア達が作戦会議をしている間、ステラ軍とミツネ軍が争っていた。
「よくも、レギオンをやったな!この化け狐!」
「ふふふ。私に構わず、旦那を治療してやんなよ。死ぬよ?」
カトラスの力を最大限に使い攻撃を繰り出すステラと、変化の術を解いたミツネ、本当の名をディアナが戦っている。周りでは、レギオン軍と妖狐達の戦いだ。国民達はレギオン王を庇っている。
「すまぬ。皆…。ここは逃げてくれ。…巻き込まれれば、ただじゃ済まぬぞ…。」
「レギオン様!置いていくなんて出来ません!それより早く手当を!」
「血を止めないと!というより、なんで腹ぶち抜かれても喋られるんですか?」
「くそ、衛生兵は!」
ディアナと戦いながら焦るステラ。後ろでは瀕死のレギオンがいる。化け狐達は国民の方に手を出してはいないが、それも時間の問題。これなら先程、レギオンの止血をしてから立ち向かうべきだった。思わず怒りに任せて動き出した自分を責める。目の前の化け狐はかなり余裕みたいだ。攻撃を爪で往なしている。このままだと、こちらの体力が消費されるだけだ。しかし、勝機はある。こちらの氷による攻撃は必ず避ける。その隙を突けば、相手にこのカトラスで斬る事が出来るかもしれない。
ステラは最小限の動きで攻撃していく。なるべく体力を温存する為だ。そして、カトラスの力を少しずつ使っていき、ディアナの爪を凍らせようとする。凍らせる事により、爪を砕こうとしている。相手の武器を一つでも壊し、こちらが有利になるようにする。
「ふふふ。お前、少しずつ冷気を放っているだろう?私が分からないとでも思ったかい?」
ディアナはステラから少し距離を置き、両方の掌を上に向ける。すると、その掌が紫色の炎に包まれる。
「そんな柔な冷気じゃ、私の爪を凍らす事は出来ない。さぁ、必死で来な!」
「うおぉお!!」
最大限の冷気を放ちカトラスを振るステラ。それに対抗し、火力を上げ爪を突き上げるディアナ。青い冷気と紫色の炎がぶつかり、蒸気が発生する。その蒸気が晴れる前にまた剣と爪が交わり、更に蒸気が発生する。周りの国民、妖狐や兵士達もステラとディアナの戦いを見ている。皆の注目はその一点に集まっている。
「なかなかやるな。しかし、そろそろ決着をつけようか?」
「ほざけ…。お前を殺すのは私だ!」
両者の最大の攻撃。そのカトラスと爪が交わる時、そこに黒い影が現れる。
「そこまでにしておけ。ディアナ。」
「ん?…あんたまさか……!」
「お前は…誰だ!?」
その黒い影は背中にドラゴンのような翼を持ち、禍々しい尖った尻尾を持っている。体は鎖骨から下、Vライン上までと、前腕、下腿が赤黒い艶々とした鱗に覆われている。それ以外の部分は顔を含め、灰色っぽい皮膚だ。瞳は黄色で、口からは鋭い犬歯が覗いている。頭にはピンと上に伸びた鋭い艶々とした黒い角がある。そして紫から緑のグラデーションとなっているかなり長いストレートヘアが特徴的だ。
ステラはこの化け物を見て、直感的にディアナの仲間だと思う。そして、かなりの強敵だと。かいた事のない冷や汗を額に感じながら、頭をフル回転させる。ただでさえ不味い状態なのに、もう一人の化け物相手ではかなり分が悪い。レギオンがいてくれれば…。
そんな時、ふわっと風を感じた。室内で吹く筈のない風。思わず辺りを見回すと、さっきまでいた化け狐達がいなくなっていた。
「うお!なんだ、お前!いつの間に!?」
「貴様、レギオン様から離れろ!」
兵士や国民達の声がする方向を見ると、レギオンが倒れている場所に見知らぬ少女が立っていた。驚くほど真っ白い少女だ。瞳だけが紅かった。その少女はレギオンの傷口にそっと触れ、レギオンの血を舐める。
あいつも、こいつらの仲間か…?レギオンから離さないと不味い…。
「帰るぞ。ディアナ。」
「ちょっと待って!まだ終わってな…」
ディアナが喋り終える前に、また先程の風が発生し、その姿が消えてしまう。
ステラはその光景を見て、この目の前の者の仕業だと気づく。
「お前、何者だ…!」
「私ですか?私は今の者達を迎えに来ただけの悪魔です。色々とお世話になったようで、ご苦労様でしたね。」
「ふざけるな。この国をめちゃくちゃにしやがって!」
あぁ、私は馬鹿だ。また怒りに任せて剣を振るった。勝てる訳ないのに。でも、私はこの剣を振るわないと気が済まない。後悔はないのだ。目の前では悪魔が何処から取り出したのか、美しくも妖しげなオーラを放つ刀を抜いている。この刀で斬られる。本能が危険だと警鐘を鳴らす。しかし、もう避けても遅い。私は死を覚悟した。
覚悟した筈の死が来る事は無かった。目の前に迫っていた刀は、先程の白い少女の華奢な手によって受け止められていた。それはとても信じられない光景だった。
「本当に何処でも現れるのですね。あなたは。」
「君を監視してるからね。まだやるの?」
「いえ、やめておきましょう。あなたとやり合うのは目的ではありませんし、面倒です。ではさようなら。」
そういうと、悪魔の足元に紋章のような魔法陣が現れ、その中に消えていった。
残ったのは白い少女のみ。
「き、君は…。」
「私は別に何者でも良い。あの悪魔を監視しているだけ。この国をどうこうするつもりはない。あなたの大切な人も応急処置した。だけど、早く治療しないと駄目よ。」
「あ、ありがとう…。なんとお礼をしたら良いか…。」
「別に良いわ。いつか仮を返してくれたら。」
そう言い、白い少女は消えていった。
その光景に誰もが呆気に取られていたが、我を取り戻したステラの号令により、状況確認、レギオンの治療に入った。
それからステラはその少女の事を気になりかけていた。しかし、今はやる事がある。すぐに頭を切り替え、国政の修正に取り掛かるのであった。
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ミラトリノ城・秘密の地下通路。
「つ、疲れた…。」
「お疲れ様です。ウィンドウさん。」
肩で息をしているウィンドウ。それもそのはず。妖狐達約二十名程を一人でこの場所まで運んだのだ。そして、そのウィンドウとスモーキーの前には件の妖狐達がいる。
「お久しぶりね。、フローラ。しばらく見ないうちに大きくなって。」
「お久しぶりです。ディアナさん。」
「それはそうと、何故止めたの?あともう少しで完了したというのに。あなたに止める権利はある?」
「ありますよ。今現在の魔王代理はこの私です。それに…。」
「それに?」
すると、地下通路に一人の少女が現れる。白い肌で紅い瞳。ディアナはその少女に見覚えがある。
「やぁ、久しぶり。」
少女は、九尾の狐を始め妖狐達に挨拶する。
「あ、あなたは…まさか……!」
少女は隠していた深紅の角を出現させる。
「落とし物は見つかったかい?ディアナ。」
「……ぅ…。お久しぶりです。レムリア様ぁ…!」
九尾の狐、ディアナは千年ぶりに会う命の恩人を前に大粒の涙を流した。
その手にはしっかりと妖魔石が握られていた。