47話 存在
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
ステマニア国に存在する冒険者ギルド。普段は冒険者達で賑わうこの場所は現在、二人の少女、ギルド長、そして受付嬢とバーテンダーのみがいる状態で静まっていた。
二人の少女とギルド長が向かい合うなか、受付嬢とバーテンダーはその様子を見守っている。一人は資料の整理をしながら。もう一人はコップを磨きながら。
少しの静寂の後、ぼんやりと発光していた瞳から光が消え、ギルド長が口を開く。
「さて、貴女達は何故この場所に来たのかしら?ここは貴女方が来るような場所ではない。何か依頼でも?」
その答えにアメジストが答える。
「この子が見たいというので連れてきたんです。私達ある理由で旅をしてまして、ここの国には最近来ました。」
「そう、でも危ないわよ?二人だけだと。護衛はいるのかしら?二人だけでぶらつくのはやめなさい。最近だと、あまり良くない噂もあるもんだからね。」
良くない噂。先程のギルド長の発言も気になる。冒険者を魔国に送った、というものだ。これに関連するものなのか。探りをいれる。
「良くない噂…どんなものか教えてもらっても良いですか?」
「?…良いけど。この近くにある魔国、知ってるか分からないけど、あそこは長い間魔王が居なかったのよ。魔物の中でも雑魚と呼ばれる部類の奴らがのさばっているだけなんだけどね、そいつらが最近強くなっているのよ。んで、最近他国の魔王が動いたという情報も掴んでいるわ。…まぁ、そういう事もあって、その国に魔王が現れたんじゃないかって。」
ギルド長はわざと棘のある言い方をした。目の前の少女達が怪しいと思ったからだ。この娘達がただの娘であれば、怖がるか騒ぐかの反応だろうと思った。その反応を見る為、ギルドしか知らない情報も織り交ぜている。
「そうなんですね。もしその魔王が誕生したら、この国も危なくなるって事ですよね…」
「それで皆んな出払ってるんだ…無事に帰って来れたら良いけど…」
ギルド長は見逃さなかった。雑魚と言った時の二人の顔の変化、そしてほんの一瞬顔を出した殺気を。
「なんか妙に落ち着いているわよね?今の話を聞いてそんなに落ち着いていられるかしら。申し訳ないけど、私は貴女達を怪しいと思っている。不自然なのよ、魔力量が。並の人間以下の量なんだけど、雰囲気がおかしい。」
そういうと右手をすっと前に出し、手のひらを2人に向ける。すると、手のひらにシュンシュンと音を立てて、青色のエネルギー弾のような物が生成される。
「試させてもらうわ。大丈夫。貴女達が普通なら怪我はしないから。」
そう言い、そのエネルギー弾を2人に向かって放つ。
放たれたエネルギー弾は真っ直ぐ二人に飛んでいく。かなりのスピードだ。
レムリアはいきなりの攻撃に焦る。ちらっとアメジストを見ると慌てる様子もなく、何もしようとしない。こうなったら、自分がなんとかするしかない。もしかしたらアメジストは自分を試しているのか?この状況に適応出来るかどうかを?しかし、考えてる暇はない。
エネルギー弾が着弾する前に防衛障壁を張る。魔力によって生み出す事の出来るバリアだ。練習の時は、アメジスト、ハウラの魔法を防ぐ事が出来たので、並の攻撃を通す事はあり得ない。…と思っていたが、ギルド長が放ったエネルギー弾はそのバリアを最も容易く通過した。しかし、バリアが破壊される事はなかった。焦る暇もなく、更に自分達を貫通する。その後、エネルギー弾は消滅した。まるで何事も無かったかのように。
「今のは何もしなくて良かったのよ…」
やれやれ…といった様子でアメジストが言う。
「そのバリアは何かしら?なぜ魔力も並みに無いような人間がそんな物出せるのかしら?お話お聞きしても?お二人さん」
ギルド長はエネルギー弾を放つという幻影を見せた。レムリアはそれにまんまと騙されたのだ。アメジストはそれを見抜いて騙されなかったが、妙に落ち着いている為、どの道ギルド長にはバレるだろう。
この状況になってしまえば、最早長居する必要はない。グリーンやアクアに言ったように、自分達も即撤退する。幸い、自分達は出入り口に一番近い場所にいた為、くるっと背を向けて走り出す。
「用事を思い出したので帰ります!お世話さんでした!」
二人同時にドアを開けようとした時に、冒険者四人組と鉢合わせてしまう。
「うおっと!なんだ?いきなり…って可愛い…!可愛い子に立て続けに出会えるなんて俺は今日ついてるぜ!」
「おい。ぶつかったのなら謝れよ…すみませんうちのチームメイトが。」
「怪我はないかしら。でも人が出入りするような場所は走ったら危ないわよ。」
「ここは冒険者ギルド。俺たちのように優しい者ばかりではない。」
最悪な状態だ。出入り口を完全に塞がれた状態になる。後ろでは変わらず、煙管を手に持ちゆるりと立つギルド長がいる。しかし、臨戦体勢の状態だ。この少女二人を逃がさないつもりでいる。
「ちょうど良いわね貴方達。サボった罰よ。その二人をここから出さないように!」
「えっ、ギルド長?何故ここに!?」
「サボってた訳じゃないんですよ!武器をメンテナンスに出してて!」
「分かりました。ギルド長!詳しい話は後で聞かせてもらいますね!」
「貴女達もさっきの女と同じ雰囲気ね。何者かしら?さっきの奴らとお仲間?」
四人はそれぞれ動き出し、マジックワンドを所持している女と弓矢を構えた男が建物内部に入り、バスターソード持ちの男と大剣持ちの男がドア付近で、二人を出さないように構える。
「逃げ場はないわよ。大人しく捕まってもらいましょうか?」
絶体絶命。逃げ場はないとここにいる人間達は思っただろう。しかし、この少女二人は違う。
「ふふ。この程度の包囲網で追い詰めたつもりか?」
アメジストが動く。周囲一帯に強烈な光を放ち、相手の目を眩ます。それに対応した物はアメジストを除いて三人。一人はレムリア。そして、ギルド長と冒険者の女。
女は逃すまいと魔法詠唱を始める。ギルド長も同じく魔法を放つ。
女は魔法陣から茨を出し、二人を拘束しようとする。ギルド長は出入り口に結界を張り二人を閉じ込めようとする。
しかし二人の少女はそれを物ともせず突破する。向かってくる茨はレムリアのバリアによって阻まれ、出入り口の結界はアメジストお得意の結界解除であっさりと消え去る。
まだ目が眩む二人を押しのけ二人は走り去っていく。
「貴女達、すぐ追いなさい!」
「私の手から逃げるなんて!あんた達何やってるの!すぐ追うわよ!」
「くそ!可愛い子ちゃんだからって油断した!」
「出し抜かれたのは久しぶりだ!」
「また追う羽目になるのか…何なんだ今日は!」
四人はギルド長に言われるまま走り出す。
冒険者ギルドから飛び出した二人は人目につかない場所へと向かう。アクアとグリーンに合流するかとも考えたが、追われている為それは危険だ。さらに、先程の冒険者の話を聞く限り、あの二人も追われていた可能性は高い。先に国に帰還しているかもしれない。そう考えればそのまま国に戻る方が良いと考えた。人が少ない場所を走っているうちに、二人を呼び止める声が聞こえる。
「あ、すみませんそこの二人!レムリア様とエレス様!」
人間の国で自分達の名前を呼ばれた事に驚き振り向くと、そこにはいかにも一般の人間の女性が路地裏から手を振りこちらを呼んでいた。武器は所持しておらず、何故我々を呼んでいるかも分からなかったが、後ろからあの冒険者達の騒がしい声が聞こえてきたので、そのまま着いていく事になった。
彼女の案内の元歩いていくと、ある建物の地下に連れられた。中に入るといかにも怪しい空間が広がっており、悪魔の儀式でもやるような雰囲気があった。部屋は暗くなっており、蝋燭で照らされた室内は、なにやら山羊の頭蓋骨だの、怪しい色の水晶だの、何かの臓器の瓶詰め等々。おおよそ一般人が所持する事はないであろう物ばかりだ。
すると、部屋の中に先程の女性以外に数名、人が入ってきた。年齢は比較的若い者達で、その者達の代表と思われる男が口を開く。
「名乗りもせず、いきなりこのような形での接触をお許しください。魔王レムリアさま。我々はハートブラッド国配下、トゥルーレッドムーン教ステマニア支部の者です。アクア様とグリーン様も隣の部屋に居られます。シーザー様、教祖からはレムリア様をサポートするようにと命令されています。ステマニア国で活動する場合は支援させていただきます。」
こうして、支部長は東の魔王を崇拝するカルト教団。トゥルーレッドムーン教について教えてくれた。
まず、この教団は人間の味方ではない。構成員は人間もいるのだが、その殆どが人狼らしい。そして、各国に秘密裏に支部を作り情報収集をして、ハートブラッド国に流しているという。ここの支部もその一つで、ステマニア国の情報はハートブラッド国に筒抜けという事だ。
恐るべしハートブラッド国。配下に人間がいるというのは、こういう所に強みがある。人間達の行動が分かれば事前に対応が出来る。ハートブラッド国とは友好関係を築いていた方が良さそうだ。フローラに相談しよう。
その後、レムリア国への転移はここの部屋を使って良い事になった。この騒ぎを起こした為、しばらくはステマニア国に来る事はないと思うが、その時は使わせてもらうとしよう。アクアとグリーンに会い、二人の成果を確認してレムリア国に帰還する事になった。
そして、帰国後に南区域で起きた冒険者達との防衛戦の報告を受ける事になる。
二人の少女と四人の冒険者達が出て行った後のギルド。
「逃したわね…」
ギルド長は落ち着いた様子で煙管を吸い、ドアの先を眺める。誰に言うわけでもなく、一人呟く。
「誤魔化してたけど、あの娘…とんでもないオーラの持ち主ね。もう一人はなんだか懐かしい感じがする。二人とも只者じゃないわ。」
くるりと向きを変え、自室へと歩みを進める。
「調査に出した冒険者が何人帰ってくるかしらね…はぁ〜…仕事が増えるわ……。」
深刻な内容のはずだが、ギルド長の雰囲気からは、それが感じられないのであった。