1話 ある日山道で熊さんに出会った
大学を出て、入社してから約半年位経つ。そして今日は、久しぶりの休日だ。前から行きたいと思っていた山登りをする為に今は山にいる。会社の先輩が山について語っていたのを聞いて、山に行きたくなったのだ。気になった事はやる、それが俺のモットーだ。
俺の名前は久野慧。半年前に大学を出た新社会人だ。ゲーム会社に就職して今新しいゲームソフトの開発に携わっている。人気シリーズではなく、全く新しいゲームなので、正直ヒットするかは分からないが、手応えはある。因みに、俺が担当しているのは、モンスターのデザインと造形。同期や先輩たちからはかなりの好評を貰っている。お陰で、仕事は楽しい。自分がデザインしたモンスターは我が子のようだ。この子達がゲームで活躍すると思うと(倒されるとはいえ)とても嬉しい。発売が楽しみだ。
大学ではプログラミングを勉強していた訳ではない。全部独学で学んだ。そして、自分でゲームを作って、コミケで頒布したりもした。これもなかなかに評判が良かった…と思いたい。RPGとSTGを組み合わせたゲームだ。主人公は悪魔で、ある時いじめられっ子の少年に召喚される。いじめてくるガキ大将に復讐する事を命令されるが、召喚された時に余計な者まで、その世界にやって来てそれどころではなくなる。二人は協力してそいつらを倒し、英雄になる、というブッ飛んだ内容のゲームだ。これのどこが良かったのか自分でも分からん。今思えば、あまり評判良くなかったかも…
とにかく、俺が何でゲームを作る事が好きになったかと言うと、きっかけは小学生の時。クリスマスプレゼントでゲームを買って貰った。その時にその世界観に圧倒された。ドットで表現されているが、そのストーリーがよく作り込まれていた。これを作った人は天才か?まるで別世界に来たような錯覚に陥る位に没頭した。やり過ぎて母親に怒られた事が何回もある。一回取り上げられたのも良い思い出だ。そして、中学生の頃にゲームを作りたいと思うようになる。そこからは、自分でも凄いと思う。それまで貯金していたお金をパソコンを買うために使った。貯金額が一気に一万円以下になったが、気にせずにプログラミングに関する本を買った。パソコンが有るんだから、パソコンで調べれば良いと気づいたのは、本を買った後だった。そうして、高校生になった頃には何とかゲームを作れる迄に至り、大学生で人様の目に触れる事の出来るレベル迄に到達した。
このエピソードの通り、俺は気になったら即やり、それを徹底する性格なのだ。現に今、山にいる。先輩の話を聞いて山に行きたいと思ったから行動したのだ。前日会社で、本当に行くの?と言われた。しかし、これは性のようなものだから仕様がない。準備はバッチリだ。て言っても、そんなに険しい山ではないので、リュックに飲み物やおやつが入っている位だ。ほとんどピクニック気分で歩き出す。
歩いて暫くしてから気づく。人が全くいない事に。今日は平日なので、仕事の人が多いだろう。それでも何人かはいてもおかしくない。まぁ、これはこれで景色が楽しめるので文句はない。気にせずに歩く事にした。
だいたい山の半分位まで来た。険しくはないが、意外と疲れる。ここらで一旦休憩しよう。道から外れた所にビニールシートを敷き、そこに座る。リュックから水筒を取り出し、お茶を飲む。あぁ、プーアル茶うまい。
そして、持ってきたおやつの一つ、バームクーヘンを取り出した。これを食べて頂上を目指す。そう意気込んで袋から取り出し、頂きまーすとかぶりつこうとしたその時、奴と目が合った。
そいつはじっと動かず、此方を見ている。俺位の大きさで、黒い毛に覆われている。ずっしりとした体を太い腕で支えている。鋭い爪と牙を持ったあいつ。俺の目の前にいるのは熊だ。
種類は何だ?ヒグマのようにも見えるが毛は真っ黒だ。そもそもヒグマなんてこの地にいるわけない。胸元は白くないので月の輪熊でもない。いや、熊がここにいる時点でおかしい。よく見ると瞳の色が緑だ。こんな熊は見た事がない。
ここであることを思い出す。そう言えば、熊は大きい音を出すと逃げると聞いた事がある。しかしこれは間違いだったと知る事になる。
「うわああああーーーー!!!」
俺が大声を出すと、熊は一瞬驚いたが直ぐに此方に向かって走ってきた。
嘘だろ、おい。いきなりの事で動けなかった俺は、熊に押し倒された。そして、熊は俺のお腹当たりに鼻を押し付けていた。匂いを嗅いでいるのだろうか?くすぐったい。
「うは、ウハハハハ!ぎゃは!ちょっ、やめろ!」
かなり大きな笑い声をあげた。その瞬間熊が俺の腹に噛み付いてきた。
ガブッ!ブチブチッ!!
「ぐぁぁぁーー!くっ、こいつ…嘘だろ!噛み千切りやがった!!クソいてぇーー!この野郎!!」
思いっ切り両目を両手で叩いてやった。しかし奴は怯む事も瞬きもせず、俺の腹を口で漁る。その度に着てきた白い服が紅く染まる。
グチョグチャブチュッ!ズルルルル
「こ、こいつ!腸引きずり出しやがった。信じられねぇ!!駄目だ、俺は死ぬ。こいつを思い切り蹴り飛ばしてやりたいが、さっきので力使い果たした。俺の人生ここまでか……ゲーム完成させたかったな。畜生、こいつ俺の肉食ってねぇ。漁ってるだけかよ!なんか腹立つな。」
俺の周りに臓器が散らばっていく。そして草を紅く染め上げる。
遂に意識が朦朧としてきた。視界から光が消えていく。このまま死ぬのだ。アニメや特撮のように、ヒーローが登場して助けてくれる、なんて事もない。現実は非情である。俺の人生は熊によって終焉を迎える事になる。
そして、俺の視界から完全に光が消え、ありとあらゆる感覚を失った。
俺は死んだと思ったが、次に目覚めた時はだだっ広い草原にいた。