どうしても平民になりたい王太子の計画
初投稿作品です。宜しくお願いします!
「シャーロット・レーベル公爵令嬢!あなたとの婚約は破棄させてもらう!そして、私はこの可憐なルルリア・ウィング子爵令嬢と婚約する!」
きらびやかなこの場に似つかわしくない爆弾発言をかましたのは、何を隠そうこの国の王太子であるこの俺だ。
今は、学園の卒業パーティーの真っ最中、常識的に考えてこんなお祝いの場で、王と王妃、宰相夫妻は事情があってまだ来ていないが、この国の重鎮たちが多く集まるこの場所で大々的に婚約破棄を宣言するのは頭がいかれてる。そもそも、多くの人の目がある場所で婚約破棄をするなんて、相手を侮辱する行為と同等だ。
そして、この発言で、賑やかだった会場が嘘のように静まり返った。皆の視線は、俺と俺の後ろに侍るルルリア、そして婚約破棄宣言をされたシャーロット嬢に注がれている。
「申し訳ありません、殿下。状況が上手く飲み込めないのですが、私は、殿下のお気に触る様なことをしてしまったのでしょうか?」
落ち着き払った顔でシャーロット嬢が言った。疑問に思うのも無理はない。何てったって、シャーロット嬢に悪いところなど一つも無いのだから。
社交界では月の女神と称されるその涼やかな美貌。この国だけでなく他国の重鎮をも唸らせる聡明さもさることながら、大勢に慕われるその人望。マナーは完璧、話術も巧みで、センスも抜群。おまけに体術や魔術の才も秀でている。この国の未来の国母として彼女よりも適任な者はいない。俺には本当にもったいない人だ。
実際、ここで婚約破棄されても、彼女の評価は揺らがないだろう。それこそ、他国や我が国の貴族から婚約者がいなくなったのを幸いとばかりに縁談が舞い込むくらいだ。婚約破棄されたら、王族は無理かもしれないけど。まあ、うちの国から彼女を出すのは大きな損害だからな、俺の弟の婚約者にするのもありだな。
とにかく、婚約破棄されたという汚点を作ってしまうかもしれないが、彼女には俺の計画通りに動いてもらう。
「貴様、しらばっくれるつもりか!こんなに可憐なルルリアを苛めたこと、忘れたとは言わせんぞ!」
俺の言葉にシャーロット嬢がルルリアに目を向ける。
その視線を受けて、ルルリアが俺にしがみついてきた。
「シャーロット様、どうしてそんなに私を目の敵にするんですか?私が殿下に愛されているから嫉妬してるんですか?女の嫉妬は醜いですよ!」
うわ、貴族らしくはないと思ってはいたけど、ここまでとは。自分よりも身分が上の人間に対する侮辱って、しかも相手はこの国の宰相の娘だぞ?不敬もいいところだ。
でも、これで良い。さすが、俺が見込んだ相手だ。今の発言でこの場にいる大体の貴族が俺に見切りをつけたな。後少し時間を稼がないと。
「ルルリア様、その発言は不敬に当たります。即刻改めて下さいませ。それに、貴女を苛めた、という記憶はございません。どなたか他の方とお間違えなのではなくって?」
「まあ、どこまで酷い方なの!自分の罪を認めないなんて!それに、私は未来の王妃よ!たかが公爵令嬢のくせに不敬なのはそっちじゃない!」
会場がざわめく。うん、この時点で大体のというか、全ての貴族が俺に見切りをつけたな。こんなに見る目がない上に、常識外れな行動をする俺を王位に就かせたいというやつはいないだろう。
まあ、野心を持っているやつは俺を持ち上げるかもな、操り易そうだし、そういう奴らにとっては最高の人材だ。幸いなことに、この国の上位貴族にはそういう人はいないから、俺を持ち上げたやつは上位貴族に叩かれるのがおちだろう。
しかし、こいつホントに頭が空っぽだな。本当に貴族なのか?わざとそういう振る舞いをしてるのか?それに、何の意味が...?
いや、今考えることではないか。そろそろ俺も話に入るかな。
「そうだぞ!未来のこの国の王妃に対するその態度。貴様は本当に見下げ果てたやつだ!貴様がおとなしく自分の罪を認めれば情状酌量の余地を与えてやってもよかったのにな!無様なやつめ!ああ、安心してくれ、ルルリア。君のことは俺が守るよ。」
「アル、あなたは本当に素敵な人だわ...。」
言い過ぎたかな?いや、計画にはこれくらい必要なことだ。シャーロット嬢には本当に申し訳ないことをしている。罪の無い人を貶めることは本当に辛い。しかし、両陛下と宰相夫妻はまだ来ないのか。
シャーロット嬢が呆れたように口を開いた。
「未来の王妃と申しましたが、まだ口上だけで書類上での正式な婚約破棄が行われていない以上、殿下とルルリア様の婚約は成立しておりませんので、現段階での未来の王妃は私です。そして、仮に殿下とルルリア様が婚約されていて未来の王妃がルルリア様だったとしても、婚約段階ではルルリア様がたかが子爵令嬢であることは変わりません。殿下は、これほどのことまでわからなくなってしまわれたのですか?それと、先程から私の罪と申しておりますが、一体何のことです?詳しい内容を説明してくださいませ。」
さすがシャーロット嬢、まさしく論破だな。もともとシャーロット嬢の人望が高い上に、俺とルルリア嬢の態度でこの場にいる人は完全にシャーロット嬢の味方だ。
いいぞ、もう少しで俺の計画が完遂される...!楽しみで仕方がない!
「ふん、白々しいやつめ。いいだろう。ここにいる全ての人に、お前の悪行を知らしめてやる!貴様は俺の愛するルルリアに対し、ことあるごとに罵詈雑言を浴びせ、この前の夜会ではドレスにワインをかけたそうではないか!そのような者は俺の妃としてふさわしくない!俺の妃にはこの可憐でとても優しいルルリア嬢がふさわしい!」
「やだぁ、もう、アルったら」
くねくねしているルルリア嬢を尻目に、俺はシャーロット嬢を睨み付ける。
しかし、シャーロット嬢は臆することなく、凛とその場に立っていた。女性にこんなことを言うのは少しアレかもしれないが、すごくカッコいい。俺もこれだけの度量があれば...。いや、もう決めたことだ。それに、ここまでしてはもう引き下がれまい。
「殿下、ルルリア様、もう少し詳しく内容を説明して下さいませ。罵詈雑言とはどのような内容か、私どうしてもルルリア様に罵詈雑言を浴びせた、という記憶は無いのです。」
「まだしらばっくれるつもりなんですか!酷いです!大体、ちょっと私がアルとか他の男の子にくっついただけで『婚約者のいる殿方にベタベタくっつかないで下さい』とか、私がアルと一緒に食堂でご飯を食べている時に『そこは王族とその婚約者専用の席です。貴女が座って良いところではありません』とか、他にもいろいろ――」
ルルリアが自分が言われた罵詈雑言について語っていく。
正直に言って、ルルリアが言う内容は全く罵詈雑言ではない。それどころかシャーロット嬢は当たり前のことしか言っていない。周りの人々もそう考えているのだろう、皆眉をひそめている。
「ルルリア様の言い分はよくわかりましたわ。ただ、今のを聞いても私は自分が悪いとは思えないのです。ねえ、皆様もそう思うでしょう?」
シャーロット嬢がそう聞くと、周りはそれに同意した。
「嘘だわ!さては、あなた仕組んだわね!」
「そのような事実はございません。これでも殿下は私が悪いとお思いになりますか?」
「アルは私のこと信じてくれるわよね!?」
どう返答するべきか。まあ、そろそろ時間だろうし、恋に盲目な王子はもういいかな。
「俺はルルリアのことを信じてるよ。だけど、今のは罵詈雑言ではないな。他に言われたことはないのか?」
「ひどいわ!アルも私のことを信じてくれないのね!」
「いや、信じているさ、俺のお姫さま。そうだ、ドレスにワインをかけた件はどうなんだ、シャーロット嬢。」
俺の態度が変わったことにシャーロット嬢は少し驚いているように見えるが、すぐに表情を戻して語り始めた。
「確かに、ルルリア様のドレスにこぼしたワインは私のものですわ。」
「じゃあ、やっぱりシャーロット嬢が――」
「ですが、ワインをかけたのは私ではなくルルリア様です。あの時、ルルリア様が私のワインを持っている方の腕を急に掴んで、自らワインをドレスに溢したのですわ。」
「なっ!?そんなの嘘に決まってるじゃない!証拠はどこにあるのよ!」
確かに、証拠がないとシャーロット嬢の言い分が正しいとは言えないな。でも、証拠ならもうすぐやってくる。
「大丈夫だよ、ルルリア。知っていると思うけど未来の王妃である王太子の婚約者には、常日頃から監視がついているんだ。映像記録魔道具というね。それがきっとルルリアの無実とシャーロット嬢の罪を明らかにしてくれるよ。」
「映像記録魔道具...?そ、そんなの知らない...。」
俺の言葉を聞いてルルリアの顔色が悪くなる。
貴族だったら常識なのにな、王太子の婚約者が不貞をはたらかないように一日中見張られているのは。まあ理不尽なことに、王太子には着けられないんだけどね。これ以降どうなるかはわからないけど。
「お言葉ですが、殿下。映像を見るには王と宰相の許可がでないと見れませんわ。」
そう、映像記録魔道具は改竄されないように、二人の許可がないと見ることが出来ないようになっている。だけど、もうその心配はいらないんじゃないかな。
ここで、入り口の扉が開いた。そして、皆が一斉にそちらを向くと最上級の礼をとる、ルルリア以外。
「一体何事だ。祝いの場で何をしている、アルフォンス。」
お待ちかね、両陛下と宰相夫妻のご到着だ。
「陛下、私はシャーロット・レーベル公爵令嬢との婚約を破棄し、ルルリア・ウィング子爵令嬢と婚約を結びました。そして、今は未来の王妃である我が愛するルルリアを苛めた罪で、シャーロット・レーベル公爵令嬢を断罪しているところにございます。」
陛下たちは表情は変えないものの、俺に対して不信感を持っているに違いない。宰相夫妻など表情は変わらないが、怒りのオーラみたいなのが見える。
「言葉で説明するにも限界がありますゆえ、皆様に今の状況を克明に伝えるためにも、シャーロット嬢についている映像記録魔道具の視聴許可を頂きたく思います。」
「私からもお願いいたしますわ。」
俺とシャーロット嬢が頭を下げる。
ルルリアは話についてこられないのか、この状況を打開する方法を模索しているのか、呆然としている。
「私は許可を出しましょう。陛下はどうなされますか?」
「うむ、やむを得まい。私も許可を出そう。」
二人からの許可を得たところで、映像記録魔道具を起動する。今までの経緯をもう一度流した後、件の夜会の時の映像を流す。
案の定、そこにはシャーロット嬢の言った通りの映像が記録されていた。
「嘘!こんなの嘘よ!きっと、あの女が改竄したに決まってるわ!」
ルルリアがそう喚くが、誰も信じる者はいない。
「王と宰相の許可がでないと見ることが出来ないのに、どうして改竄することができるのです?潔く、ご自分の罪をお認め下さいませ。」
「ルルリア、どうしてそんな嘘をついたんだ。俺は、今まで何を信じてきたんだ...。」
「ひどいわ!アル、どうして信じてくれないの!?」
馬鹿な女に騙された愚かな王子らしい演技が出来たんじゃないだろうか。皆、俺に嘲笑や哀れみの目線を向けている。
ん?良く見たら、ルルリア嬢の口元が少し笑っている?どういうことだ?まさか、こうなることを望んでいたのか?何のために?
俺が思考に更けている間に、陛下と宰相がルルリア嬢の前に、王妃と宰相夫人がシャーロット嬢の隣に立っていた。
「ルルリア・ウィング子爵令嬢、うちの愚息が随分お世話になったみたいだな。実はそなたには、いやそなたの家にはある罪があってな。そなたもよく知っているだろう。宰相!」
「はっ!ただいまよりウィング子爵家の罪状を述べる。ウィング子爵夫妻及び令嬢は、隣国と通じ我が国にとって不利となる情報を流した諜報員であった。これは、王に対する立派な反逆罪である。よって、彼らを北の塔にある牢屋にて生涯幽閉、ウィング子爵家はとり潰しとする。これは、王命であるからして、反論は認めない!衛兵!ルルリア・ウィングを捕らえよ!」
「ちょっと、何すんのよ!」
宰相の指示によって、ルルリア嬢は抵抗もむなしく衛兵に捕縛される。
それにしても、北の塔とは。この国で一番の極悪人どもが集まるところじゃないか。まあその分、警備は王城レベルに高いからな。そこに諜報員をいれるのはぴったりかもしれない。きっと、情報を絞りとるだけとってから北の塔送りにするのだろう。
まだ続きがあるのだろう、今度は陛下が口を開いた。
「そして、ルルリア・ウィング元子爵令嬢。そなたにはまだ罪がある。そなたは、身分が上の公爵令嬢に対して不敬をはたらき、この場にいる全ての者に対して虚偽を申告した。つまり、不敬罪と虚偽申告罪に問われている。前述の罪と合わせ、私はこれ以上そなたを生かしておくわけにはいかないと判断した。よって、ルルリア・ウィングを死罪とする!」
場が今までにないほどのどよめきをみせた。さすがに、これには俺も驚いた。まさか死罪にまでするとは。でも、考えてみれば、確かに死罪になってもおかしくないかもしれない。
いや、でも宰相のあの黒い笑顔、絶対私情はいってるなあれ。
「死罪ってどういうことよ!?ゲームと違うじゃない!バグってんじゃないの!?ちょっと、判決を変えなさいよ!たかがモブのくせに、ヒロインに歯向かってんじゃないわよ!」
うわぁ、こいつまだ罪を重ねるのかよ。周りもドン引きしてるし。
それに、ゲーム?バグ?モブ?ヒロイン?どういうことだ?何を言っているのか理解できない。
「衛兵、連れていけ」
「いやっ、ちょっと離して、離しなさいよ!モブのくせに!ベルリオール様が私を待ってるのよ!私は、ヒロインなのよ!もうどうしてっ、ちゃんとシナリオ通りに動いたのに!」
ルルリアは最期まで喚きながら衛兵に連れていかれた。
ベルリオール様が待ってる、ねぇ。ベルリオールって確か隣国の第二王子の名前だったよな。つまり、ウィング子爵家の飼い主は隣国の第二王子ってことか?
うん、考えるのはよそう。もう俺は王太子、いや貴族ではなくなるのだから。
「シャーロット嬢。本当にすまなかった。俺はあなたに何て酷いことを。どれだけ罵声を浴びせてくれてもかまわない。」
「いえ、いいのです。殿下が正気に戻ってくれたことが、何よりも嬉しいのですから。」
ああ、やっぱりシャーロット嬢は素晴らしい人だ。俺の能力が高ければ、せめて精神的に強ければ、この国の王と王妃として支えあっていけたのだろうか。
俺は、シャーロット嬢の両親である宰相夫妻へと体を向ける。
「レーベル公爵夫妻、私はあなた方のご令嬢に対して取り返しのつかないことをしてしまった。本当に申し訳ない。」
「頭を上げて下さいませ、殿下。他ならぬ娘本人が許しているのです。私たちが怒る訳にもいかないでしょう。」
「いや、私は言いたいことがたくさんあるのだが」
「あら、私と娘の意見に反対するとおっしゃるのですか?」
「い、いや、何でもない。ゴホン、殿下、私も妻の言う通り娘の意見を尊重します。」
宰相閣下は尻にしかれているのか...。言葉と表情が一致していないのだが。あ、足踏まれた。
宰相夫妻の力関係はおいといて、俺は俺の最後の仕事をしよう。
陛下の前に跪く。
「陛下、お願いしたいことがございます。」
「よい、申してみよ。」
「ありがとう存じます。私はこの度の件で、隣国の諜報員にまんまと騙され、卒業パーティーという祝いの場を潰した挙げ句、シャーロット・レーベル公爵令嬢を大勢の前で辱しめました。その罪は到底許されることではございません。ですので、私は王太子という立場を辞退し、貴族籍を抜け、平民として生活しようと思います。」
おお、皆すごい驚いた顔をしてる。王太子の辞退は予想できただろうけど、平民として生きるって言うのは予想できなかったんだろうな。でも、これこそが俺の望みなんだ。
あれ、シャーロット嬢がこちらに近づいてくるな。何だろう、やっぱり一発殴らせろとかかな?
「殿下!何を言っておられるのですか!王太子の辞退どころか貴族籍を抜けるなんて!」
「シャ、シャーロット嬢?」
「あなたが王太子を辞退することは、私認めたくありませんわ!あなたは人々の上に立つ資質が誰よりもあるのです。そんなあなたにふさわしい王妃になろうと思ってここまで頑張ってきたのに、私の長年の王妃教育を棒にふるおつもりですの!?」
「シャーロット嬢、少し落ち着いて」
「落ち着いてなんていられませんわ!大丈夫ですよ、殿下。たった一度の過ちくらい心の広い皆様なら許してくれますわ。さあ、王太子を辞退するなんて馬鹿なことは言わないで下さいませ!」
「いや、表面上では許されたとしても一生醜聞はつきまとうだろう。それに、私自身が皆に顔向け出来ない。シャーロット嬢なら王妃として十分ふさわしいし、弟の第二王子の婚約者にするというのはどうだろうか?」
ここまでシャーロット嬢が俺を認めてくれているとは思ってなかったな。
それにしても、こうなることを全く予想してなかった。
もし、これで平民になれなかったらどうしよう!お願いだ、シャーロット嬢。これで納得してくれ...!
「殿下、私を馬鹿にしてますの?私はただの王妃になりたいのではなくて、あなたが王になって隣で支えられる王妃になりたいのです。言ってしまえば、私は殿下の資質に惚れこんでいるのです!」
ああ、ダメだった。シャーロット嬢って思っていたよりも頑固なんだな。
そんなに俺には資質があるのかね?正直言って、俺よりも弟の方が出来ると思うのだけど。
「シャーロットがそこまで言ってくれるのはありがたいが、もうこれは決めたことなんだ。俺は全ての責任をとって平民になる。」
「嫌ですわ。悪いのは全てあの女でしょう?殿下が責任をとる必要などありません!憂うことはありませんわ!さあ、発言を撤回してくださいませ。」
シャーロット嬢、何でそこまで俺に拘るんだ?周りの貴族たちも怪訝そうな顔をしているし、宰相閣下は開いた口が塞がってないし。陛下もだんまりだし、何より俺も困惑してる。
皆が動揺しているなか、凛とした声が響いた。
「いい加減になさい!先程から見苦しいですわよ。淑女たるもの、いついかなる時も美しく振る舞いなさい!」
え、母上!?口元を扇で隠しているからよくわからないけど、もしかしてめちゃくちゃ怒ってる?
「王妃様の言う通りですわ、シャーロット。あなたの意見はわかりましたが、それは通りません。殿下が王太子を辞退するのは当然のことだとあなたも本当はわかっているのでしょう?殿下もそれをわかっていて、陛下にお願いするという形で、貴族としての矜恃を貫こうとしたのです。それをあなたが踏みにじってどうするのですか。淑女として、背中を押してやるくらいの甲斐性をみせなさいな!」
うん、母は強しだな。シャーロット嬢のかっこよさはきっと母親譲りなんだろう。宰相閣下なんてまだ放心状態だし。あ、また足踏まれてる。
シャーロット嬢は二人の言葉に少し考える素振りをみせた後、周りの人に向かって礼をした。
非の打ち所がない淑女の礼に、皆が息を飲む。
「王妃様、お母様。わかりましたわ。皆様、お見苦しいところを見せてしまい大変申し訳ございませんでした。そして、アルフォンス殿下。私、あなたが作る国をあなたの一番近くで見られることを、本当に心待ちにしておりました。ですが、その願いは叶わないのですね。」
シャーロット嬢が祈るように指を組む。それは、今までに見たどれよりも、神々しく、慈愛に満ち溢れているものだった。
「あなた様の行く末にどうか幸多からんことを。」
「ありがとう、シャーロット嬢。陛下、私の願い、受け取ってはもらえないでしょうか?」
やっと、やっとだ。何度この瞬間を待ちわびたことか!
「アルフォンス、本当にそれで良いのだな。」
その質問の答えなんて決まりきっているだろう!
「ええ、もちろんです。」
「あいわかった、承諾しよう。皆の者聞いてくれ!我が息子アルフォンスは、此度の責任を取り王太子の座を辞退し、貴族籍を抜けて平民へと下ることになった!それにともない、王太子へは第二王子のクリストファーに相続することとする!」
この場にいる全員が臣下の礼をとった。先程とは違い、全員の礼が綺麗にそろっている。
「さあ、卒業パーティーの続きをしよう!そんな気分ではないかもしれぬが、卒業生にとって一生に一度の卒業パーティーをこのまま終わらせるのも嫌だろう。だから、今だけは先程のことを忘れて楽しもうではないか!」
陛下がそう宣言した後、もう一度最初からやり直して卒業パーティーをした。学友たちにどうして平民になる決心をしたのかと根掘り葉掘り聞かれたり、シャーロット嬢と最後のダンスを踊ったり、疲れたけど、とても楽しかった。俺は、この日のことを一生忘れないだろう。
結局、俺が平民となって王城から出るのは卒業パーティーから2ヶ月後ということになった。色々と仕事を引き継いだり、弟の王太子の戴冠式に出席したり、と予定を組み立てていたら2ヶ月後が最短だったのだ。
そうそう、宰相閣下から聞いたところによると、シャーロット嬢への婚約の申し込みは幾つかきているらしい。良かった。どうやら宰相閣下は、シャーロット嬢のためにもより良い縁談を見つけようとしているみたいだ。
でもなぜ、顔を逸らしながら言われたんだろう。
そして、ついに、俺が城を出るときが来た。王家の証である紫色の目を魔術で青に変えたし、貴族籍も抜けているから俺は立派な平民だ。
城を出る時、嬉しいことに陛下と母上、クリストファーが見送りに来てくれた。陛下に激励の言葉をもらったり、母上には計画がバレていたのだろうか何故か祝福されたり、クリストファーには泣かれたり、俺自身もつられて泣いてしまったり、いろいろ締まらないながらも、俺は城を出た。
やっと終わった。長かった。
王子として生を受けてから、遊ぶこともできずに、勉強勉強勉強勉強....頭がおかしくなるわ!
王太子なり、シャーロット嬢が婚約者になってからは出来を比べられる毎日。俺が王になってからもこれが続くと考えると気が狂いそうだった。
どうにかして王太子をやめる方法を模索する最中で、貴族である以上この悩みはついてくることに気づいて、もういっそ平民になろうと思ったんだ。
でも、結局いい方法が見つからないまま気づけば学園に入学してしまっていた。しかし、そこで俺は運命の出会いを果たしたのだ。
そう、ルルリア・ウィングのことだ。
最初はやたら権力のある貴族の息子にベタベタくっついている怪しいやつという印象だった。それで、俺の子飼いの暗殺部隊にそいつを調べさせたところ隣国の諜報員だということが判明した。秘密裏に処理しようと思ったのだが、そこで俺は気づいた。
もしかしてこいつ、使えるのでは、と。
そして、ルルリアを使った計画を練りに練って出来たのが、題して『卒業パーティーで大勢の前で婚約破棄し取り返しのつかないところまで自分を陥れ、ついでに国にとって有害な人間を排除しちゃおう☆計画』だ。
もう、これしかないと思った。そのために、ウィング子爵家が怪しいとそれとなく陛下や宰相閣下に匂わせ、ルルリアに惚れたふりをしてシャーロット嬢を邪険に扱ったりした。
ついでに、ルルリアが王太子のお気に入りだとわかると他の男はルルリアのもとから去っていった。うちの国から隣国に流れる情報の量が減ったのは行幸だった。
そして、卒業パーティーの前日、陛下や宰相閣下がはたらいている執務室に、こっそりウィング子爵家の悪事の証拠を忍ばせておいた。そうすることで、卒業パーティーの日にはウィング子爵家を断罪できるようにしたんだ。
結果は成功。シャーロット嬢には驚いたけど、まあ平民になれたんだから問題はない。
ようやく念願の平民ライフが始まる。なんだか疲れたな、ちょっと早いけど今日はもう寝よう。俺は王都で宿を取って眠りについた。
朝がきた。宿屋のベッドはいつもよりずっと固かった。でも、その感触が何故か心地いいと思える。身支度をして、朝食を食べて宿屋からでた。朝なのにとても賑わっている町を見て、自然と口角が上がる。
よし、今日は、冒険者登録をしよう。持ってきたお金だけじゃ、いつかは尽きてしまうからな。それに、剣術の腕は学園でも一二を争うくらいだったし。まあ、何より憧れがつよいんだけどね。
浮き足だつ心を押さえながら、冒険者ギルドに入った。受付の女性に冒険者登録をしたいと言うと、冒険者登録をするための説明をするからと別室に通される。
部屋で待っていると受付の女性が戻ってきた。
「実は、もう一人冒険者登録をしたいっていう子が来たんだよね。一人一人説明するのもめんどくさいから二人一緒に説明してもいいかな?」
「いいですよ。」
「ありがとね!じゃあ、入ってきて!」
受付の女性が連れてきたのは、どこか見覚えのある美しい女性だった。
その女性はこちらを見ると大きな目を見開いて言った。
「アルフォンス殿下...?」
なぜ、俺の名前を?
もう一度よくその女性を見る。髪の毛は短いが綺麗な銀髪で目は若葉を思わせる緑色。顔全体の雰囲気は柔らかいけど、良く見ると一つ一つのパーツは涼やかな感じだ。
あれ?もしかして...
「シャーロット、嬢?」
この後、なんやかんやで俺とシャーロット嬢はパーティーを組むことになって割りと有名な冒険者となって活躍したり、処刑されたはずのルルリアが魔王になっていたり、裏で手を引いていた隣国の第二王子を捕まえたり、シャーロット嬢と結婚することになったりしたけど、それはまた別のお話。
ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます!
主人公の名前がちゃんと出ていなかったので、主人公だけ紹介を...
アルフォンス・ミラルディア
今作の主人公。無自覚チート王太子。幼少期より続いていた王太子教育や出来る婚約者に嫌気がさして平民になることを決意した。冒険者になってからは持ち前の剣術と指揮能力をかわれている。金髪紫眼だったが、魔術によって金髪碧眼に。
実は、『私は不敵な諜報員~ターゲットとのラブロマンス!?~』という乙女ゲームの攻略者の俺様系王子だったりする。
他のキャラクターの設定も考えてるので、いつか出せたらいいなと思ってます。
シャーロットsideとルルリアsideも投稿しようと思っているので、もし駄文だけど読んでやるよという方がいたら、ぜひよろしくお願いします!