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鉛筆

作者: 若葉

黄昏の帰り道、虐められているのだろうか、背の高い三人組が一人の小柄で小太りなのに絡んでいるのを横目に見かけた。何がそんなに可笑しいのか、俯く一人の小太りを甲高い嘲笑混じりの声で見下ろしていた。制服からして皆ここいらの中学生らしかった。嫌なものを見た。弄られているのが昔の私によく似た外見のずんぐりとした男の子だったせいもあるのだろう、後味の悪さを噛み締めながら歩くうち、ふと、昔の記憶が古びた絵本の様に途切れ途切れに甦ってきたのだ。


陰気な中学生だった私は、ある日、唯一の趣味であるアニメのイベントに行ったのだ。興奮のうちにイベントは幕を閉じ、グッズ販売のブースには長蛇の列が出来ていた。余韻覚めやらぬ私はその列の最後尾に並んだ。交通費やらチケット代やらで財布の中身は本当に心細くなっていた。足りるだろうか?ひやひやしながら厳しい残暑の下で並んでいた。

すっかり忘れていたのに、思い出すとまるで昨日の事のように、その時の空気感まで鮮やかに甦ってきた。

三時間並んで、私の番が来た。Tシャツやポスターはとてもではないが高くて手が出ない。やっとこさ、隅の方に陳列されていた鉛筆が、なけなしの小遣いで買える精一杯の限度だった。え、鉛筆一本下さい。私の声は裏返りそうに震えていた。

帰りの電車の中で、袋に入れてもらった鉛筆を握り締めていた。掌が嬉しさに汗ばんでいた。

私は浮かれていた。誰に自慢するあてがある訳でもないのに、翌日学校にその鉛筆を持っていったのだ。

早速目を付けられた。賑やかな連中に、何それ見せてと言われ、返事をする間もなくひょいと取り上げられてしまった。彼等は眺めるだけに飽きたらず、焦る私の反応を楽しむ様に互いに放り投げ合ったり床にわざと落としたりしていた。その度に青ざめる私を見てゲラゲラと笑い声を上げた。

此処まで思い出して、私は足を止めた。緩やかに流れる川の向こうに僅かな残照が揺れている。

思い出したくない。あんな嫌な思い出など棄ててしまいたい。けれども、リモコンの壊れたテレビの様に、嫌な記憶が一層鮮明に蘇ってくるのだ。

連中の一人は私の目の前でにやけた顔をしながら、やっと買った宝物のその鉛筆をへし折って見せた。

呆気なかった。本当に呆気なかった。

呆然とする私の肩を叩いて、いや悪い悪い、ついうっかり、ごめんね、等と言い手を合わせたり頭を軽く下げたりしながら連中はニヤニヤしていた。

その時の私はどんな顔をしていたのだろう。何も声が出なかった。ただただぼうっと、真っ二つにへし折れて床に転がった宝物の残骸を眺めていた。

眼前の連中の笑い声が、遠く聞こえる。

しゃがみ込み、折れた鉛筆を震える手で拾い上げる。アニメの動物のキャラクターが、ギザギザに折れて欠けた顔で優しく微笑んでいた。

泣きたくても、涙が出なかった。また、涙など見せれば、徒に連中を喜ばせるだけなのも分かっていた。

暫しした後、私は堪えられなくなって少し暴れた。連中の何人かに掴みかかり、連中に訳もなくねじ伏せられた。偶々来た先生によって私は、友達の些細な失敗を、それも謝罪迄しているのに許さずに殴りかかった酷い奴という烙印を捺された。

たかが鉛筆、しつこいぞ。私はまた泣きたくなった。けれどやはり涙が溢れぬまま、先生の怒り声を立ち尽くして聞いていた。


たかが鉛筆じゃない。私には大切な宝物だったのだ。

一人黄昏の帰り道、ぼんやりと茜色の空を眺めて遠くひぐらしやカラスの声を聞いていた。

誰にも理解して貰えない自分が、抗議の一つも何も言えない自分が酷く惨めだった。

私が何をしたというのだろう。ただただ悲しい心模様がアニメの動物のキャラクターの哀れな微笑みと共に、今でも私の心の奥底にこびりついて離れないのだ。

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