表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/15

その15


 救出された紗由たちは、SPの警護の元、それぞれの親元へと帰っていった。

 だが紗由の場合、涼一も周子も仕事中で、部屋には戻っていなかったため、保の部屋に行くことになった。そこには華織だけでなく、龍も待っていた。


「お帰りなさい、紗由。大変だったわね。頑張って偉かったわ」

 華織が紗由を抱きしめる傍で、龍が難しい顔で言う。

「おばあさま。すみませんが、紗由と二人で話をさせてください」

「…いいかしら、紗由?」

「はい、いいです」

 紗由がにっこり笑うと、龍は少し苛立たしげに、紗由の手を取り隣の部屋へ行った。


「紗由。危険が迫ったら、“力”を使えって言ったはずだ。どうして使わなかったんだ」

「かなこちゃんがつかいました」

「だから…そうなる前に紗由が使えばいいだろう?」

「さゆは、そんなやくそくしてません」ぷーっと膨れる紗由。

「約束とかじゃなくて、危険が迫ったら使うのが当然だろ」

「だって、あのひと、おばあさまのとなりのへやで、しばられてたひと、充くんにわるいことしようとしたひとが言ってたもん!」

「話したのか、その彼と?」

「…どこかに、はこばれてくときに見たから、あたまのなか、のぞいた」


「で…彼は何て?」

「かなこちゃんや、つばさくんより、じぶんたちのほうがじょうずにできるって、みせてやるって。そのひとのなかまも、そうみたい。みーんな、じまんしたいみたいだったよ」

「まあ、当たらずといえども遠からずってところだな」

「だからぁ、じまんしたときに、すももぐみで、はくしゅして、すごいですねえって言えば、いいのかなあっておもったの」

「紗由…」龍は大きくため息をついた。「それで済むなら、悪者じゃないだろ?」

「うーん…」


「実際、紗由たちは誘拐されそうになったじゃないか」

「うん。そう。すごいこと、して見せてくれるまえに、かなこちゃんをさらおうとしてたから、だからにげたの」

「そこで力を使えばよかったんだ」

「できないよ、それは」紗由が怒ったように龍を見上げる。

「どうして」

「恭介くんが、まだだったから。そこでつかったら、じぶんだけできないって、またおもっちゃう。ほんとうはできるのに、いつもそうなの。だから、あそこではできないの」

「恭介くん待ちだったってこと?」

「みんなで、できるってしんじて、ちゃんとできるようにならないと、ちからはつかういみがないの。さゆは、そうおもうの。だから、にげたの」


「でも、逃げ切れなかったら、どうするつもりだったんだ。紗由だって、危ない目にあったかもしれないんだぞ」

「だいじょうぶ。ちゃんと、にげかた、れんしゅうしてたから」ニッコリ笑う紗由。

「え?」

「ようちえんに、へんなひとが、はいってきたことがあったでしょう? ママたちがしんぱいだって言うから、さゆたちね、にげかたをれんしゅうしてたの」

「はあ…」気が抜けたように答える龍。


「あのね、ふつうににげると、恭介くんはあしがおそいから、さいごになって、つかまっちゃうとおもうのね。だから、恭介くんは、さゆとまりりんが、もってはしるの」

「持って走るって…」

「かなこちゃんと、充くんは、とちゅうまでいっしょ。そのあとは、充くんが、おとりになって、かなこちゃんをにがすの」

「充くんが危ないじゃないか!」

「にんじゃだから、だいじょうぶ!」

 自信満々に言う妹に、龍は深くため息をついた。


  *  *  *


 ソファーで考え込む龍に、華織はそっと声をかけた。

「ありがとう、龍。いろいろと考えてくれて」

「おばあさま…」

「まあ、紗由は、ああですものね、そういう感じよ」微笑む華織。

「おばあさまは、最初からわかってたんだね。僕じゃあ、ちゃんと仕切れないって、それを教えるためだったの?」暗い声でつぶやく龍。

「龍、そんな無駄をする余裕なんて私たちにはなくてよ」

「じゃあ、どうして? 途中から紗由に任せたのかもしれないけど、それだって結局、奏子ちゃんを怪我させた」華織を睨みつける龍。


「今のは今回のマイナス面ね。紗由たちが誘拐されそうになったこと。奏子ちゃんが怪我をしたこと。では、プラス面は?」

「…四辻家を狙っていた人間の何人かを知ることが出来た。四辻の力を得ている人たちも知ることができた。その人たちが結界を作れるのもわかった。有川先生と恭介くんの力が開いた。花巻を取り込んだ。充くんを将来“命”に育てられる」

「そうね。でも、それだけじゃないわ。紗由たちはチームとしての力をさらに開いたわ」

「チームとしての…?」

「紗由たちだけじゃない。龍たちもそうよ。翼くんも、大地くんも、翔太くんも、今まで以上に自分のお役目がわかったはず。その親たちもね。特に響子さんたちは。しかも、保ちゃんも開いたわ」


「開いたって…おばあさまが許可すれば、いつだって開いたんでしょう?」

「いいえ。神様の許可がなければ、どんな力も開くことはないの」

「じゃあ、悪い力も?」

「そうよ。神の尺度で良しとした力は開く。それだけ。

 龍の目から見て納得のいかないものもあると思うわ。私も時々神様に“ぷんすか”するのよ。それも“命”の仕事のひとつ」

「神様に物申すの?」

「ええ。だって、私たち“命”は、人間にとってのこの世を幸せにするためにいるんですもの」ゆったりと微笑む華織。

「…そうか」


「人と人の駆け引き、人と神の駆け引き、神と神の駆け引き、基本は全部同じよ。気に入るかどうか、気に入らせるかどうか」

「そんな…そんなくだらないことでいいの? 僕はもっと、ちゃんとした正義として、この力を使いたいよ」

「ちゃんとした正義は、ちょっとした悪に駆逐される。だから奏人さんも命を落としたわ。力は正義のために使うより、悪がはびこらないためにお使いなさい。それが私の答えよ」

「おばあさま…」

「あなたはまず、保ちゃんの後を継いで。人々の幸せと不幸せを、政治を通じてきちんと学んでから、こちらの世界にいらっしゃい。それが神様の答えなのだから」

 華織は龍を引き寄せ、優しく抱きしめた。


  *  *  *


 翌日、奏子が入院したベッドの横には、すもも組の面々が集まり、奏子の腕に巻かれたギブスを心配そうに見つめていた。

「あのね、おじいちゃまが、がんばれって、いってくれたの。わるい人にきこえちゃうから、こえをだしちゃだめだよって。

 それにね、さゆちゃんたちなのかなあ、がんばれってこえが、いろんなとこからきこえたの。

 うではね、いたいっていうより、すごくあつかったの。

 こえは…くるしくて、いきがあんまりできなくて、でなかったから、だせなかったけど…」

「たいへんだったね、かなこちゃん。がんばったね、かなこちゃん」真里菜がぼろぼろと泣き出した。

「うん。かなこちゃんが、がんばってくれたから、みんなだいじょうぶだったんだよ。ありがとうね。ほんとうに、ありがとう」紗由も目に涙を浮かべ、奏子の手をぎゅっと握る


「ほんと、そうでござる。これが、あねごだったら、ぎゃーぎゃーないて、わるものにつかまってたところでござろうなあ」

「そんなこと、ないもん! こぶんをキックして、がまんするもん!」

「じゃあ、充くんが、ああんっていって、ばれちゃうね」恭介が嬉しそうに言う。

「ふふ」奏子が笑う。「恭介くん、ありがとう」

「…どういたしまして」恭介がぎこちなく笑う。

「かなこのこと、きらいなのに、でも、まもってくれて、ありがとう」

「べつに…きらいじゃないから」うつむく恭介。

「ありがとう」奏子は満面の笑みで微笑んだ。


「それとね、かなこ、わかったの。あたまにきたからって、ぜんぶ“ぷんすか”したら、いけないんだって」

「でも、でも、かなこちゃんが“ぷんすか”してくれなかったら、わるものはやっつけられなかったんだよ」真里菜がこぶしを握り締めながら言う。

「でも…でもね、“ぷんすか”すると、されたほうはいたいんだよね。うでがいたくなって、わかったの」

「じゃあ、すぐに“ぷんすか”しないで、つかいかたをくふうすればいいよ。みんなをたすけてくれたときみたく」紗由が笑う。

「うん」


「…ああ、よかったぁ。もし、ぼくにされたらどうしようって、おもってたんだあ」胸をなでおろす恭介。

「恭介くんは…されてもしかたないこと、いっつも言ってるよねえ」睨みつける真里菜。

「いいの、まりりん。恭介くんのことも、かなこね、もっとがまんするから」

「えらいね、かなこちゃん! まりりん、そんなの、ぜーったい、むりだもん」

「うん。ほんとう、えらいよ」紗由が何度も頷く。「かなこちゃんのちからはね、つかわなくちゃいけないところで、ちゃーんとつかわないといけないんだもん。恭介くんなんかに、つかってるばあいじゃないよ」

「そうでござるな。むだづかいは、だめでござるよ」

“なんで、そうなるわけ?”

 奏子に同意する3人を横目に、恭介は“ぷんすか”しそうな勢いで床を睨みつけていたが、3人は知らないふりを続けた。


  *  *  *


「申し訳ありません。私たちがついていながら、こんなことに」風馬が疾人と響子に深々と頭を下げた。

「いえ…生きていてくれたんですから」響子が風馬を見つめる。

「風馬くんのせいじゃないよ。トイレから逃げたって、奏子自身が言ってる。幸いケガも軽かったし。奏子にも、あんまりお転婆しないように言っておくよ」

「はやとおじさま、きょうこおばさま、ごめんなさい」横にいた紗由が頭を下げる。「かなこちゃんを、いたくして、ごめんなさい」

 わんわん泣き出す紗由を響子が抱きしめた。

「大丈夫よ、紗由ちゃん。…いいえ、ありがとう。あなたが奏子を救ってくれたんだわ」


「おばさま…」

「おばさまね、奏子に持たせておいた“羽童”と、さっきお話したの。紗由ちゃんにありがとうって言ってたわ」

「響子…」疾人が響子を見つめる。

「そうなの、疾人さん。奏子のウェアの胸ポケットに入れた羽童は…茶色く焼け焦げてた。奏子を守ってくれたのよ」

 響子が白いハンカチに包んだ羽童を疾人に見せる。

「そうだったのか…」

「その羽童は、僕のほうで少し預からせていただけませんか」

「どうなさるんですか?」

「おいしゃさんにみせます!」

 紗由はそういうと、焦げた羽童をやさしく撫でた。


  *  *  *


「さゆちゃん、ごめんね。まりりん、かなこちゃんとひみつのおでかけしてたの」

 奏子のベッドサイドで、真里菜は思い切って紗由に告白をした。

「知ってる…」

「え。知ってたの?」

「なかみは知らないけど、ふたりでおでかけしたのは、知ってる」

「あのね、みことさまのところに、とっくんに行ってたの」

「とっくん?」

「うん。わるいひとはね、おじいちゃまのでしだったことがあるんだって。

 それで、うちの石のつかいかたを知ってるかもしれないから、かなこは、ちがうつかいかたも、おぼえたほうがいいって。けがしたときに、えいってやったのは、おそわったほうなの」


「まりりんもね、“火”のにおいをね、わかったほうがいいからって、とっくんだったの。それとね、3にんであたまのなかで、おはなししたらいけませんて言われた」

「おはなしが、もれちゃうかもしれないからって」

「うん。まりりんが、まだあんまり、じょうずじゃないからなの…」済まなそうにうつむく真里菜。

「でも、どうして、さゆにひみつなの?」ぷーっとふくれる紗由。

「さゆちゃん、すぐまねっこするから、わるい人にばれちゃうんだって」

「龍くんも、さゆちゃんのあたまのなか、見るでしょう?」

「うーん」


「龍くんはね、さゆちゃんにいろんなまねっこさせて、それをみんなにくばろうとしたんだって。でもね、みことさまは、それはやめたほうがいいって」

「なんで?」

「さゆちゃんだけに、たよりすぎちゃだめだって。えーとね、むずかしいことばで…」真里菜が考え込む。「“リスクのぶんさん”て言うんだって」

「ふうん」

「でも、もう、ひみつはしないからね」真里菜がきっぱりと言う。

「なかよしで、なかまで、しんゆうだもんね!」

 奏子が笑うと、紗由も真里菜も嬉しそうに笑った。


  *  *  *


「翔太くんは、いつから僕が君たちの側の人間かもしれないと気づいてたんだい?」有川は優しい目で尋ねた。

「先生と恭介くんが清流にいらしてた時、“命”さまと紗由ちゃんも来たことがありますやろ? あの日は禁忌日でした。

“命”さまは、自分が動けないときには…風馬はんたちも動けませんから、紗由ちゃんや澪ちゃんを使います。紗由ちゃんが来たいうことは、そうせなあかん誰かが、近くにいたいうことです。先生しかおらへんです」


「だからクレマチスを? “たくらみ”が花言葉の花を贈って様子を探った」

「それは考えすぎですわ」にぃっと笑う翔太。「僕は恭介くんが好きやから、お礼に贈っただけです。ここだけの話でっせ、先生。紗由ちゃんは、えらい可愛ええし、皆に優しい、ええ女子です。でも、ちいとばかり、マイペースいうか、3人集まると、まあ、大変なところもあるわけでして、充も恭介くんも、その辺り苦労してるようですわ」

「まあねえ」苦笑する有川。

「恭介くんの正直さは、聞いてて、すっきり気持ちええなと思うこともあるわけです」

「なるほど」


「じっちゃんが言うとりました。“ガス抜き”いうのが、何事にも必要なんです。それに、そういうのを別にしても、恭介くんは頑張りやさんやし、充も、いっつも褒めとります」

「それは嬉しいね」

「せやから、また清流においでください」

「ああ。もちろんだよ。男同士で、わがままな女たちを肴に酒を…ジュースだな、飲もう」

「大丈夫です。最近は、ノンアルコール・ワインいうのも、ありますさかい」

「ビールだけじゃないのかい? ほお…。勉強になるよ、翔太くん。これからも友達でいてくれよ」

「先生、違います。“仲間”ですやろ」

「ああ、そうだった。紗由ちゃんにまた怒られる」

 二人は楽しげに笑い合い、クレマチスの根元に水をまいた。


  *  *  *


「今のお話を総合すると、今日は充の母親として、イマジカにお招きいただいたわけではないんですね」

「申し訳ありません」深々と頭を下げる賢児。

「でも、私の正体、よくおわかりになりましたわね」雅は、少々困惑しながら言った。

「最初は外務省筋の方なんだろうとだけ思いました。あなたが初めて会社にいらっしゃった時、コンメンタール、バッター表といった、お役所用語を使われましたから。僕が幼い頃、父は外務省の役人でした」

「ああ、確かに総理は外務省のご出身。迂闊でした」


「それに、あの時あなたは、紗由が自分と親しい者と一緒にいるとおっしゃった。あの日、幼稚園は休園日で、紗由は友達を家に呼んで遊んでいたんです。

 だから、紗由の友人の関係者でもあるのだろうと。絞っていくと、充くんのママしか思い当たらなかったんです」

「手の者が紗由ちゃんを誘拐したとはお考えにならなかったんですか?」

「あなたがいらっしゃる直前に、家とテレビ電話で話しました。うちの子供たちをあやしている紗由や充くんたちも映ってましたし、もちろん話もしました」

「…私がもう少し、いい母親で、ちゃんと息子の状況を把握していたなら、もう少し上手に仕事ができたということですね」

「あんなにいいお子さんは、いい母親がいてこそですよ」

「ありがとうございます…」


「以前、オフィスに訪ねて来られた時に、結婚式とは別に、どこかでお会いした気がしてたんです。四辻先生のパーティーだったんですね。でも、女性は本当に服装とメイクで別人だ」微笑む賢児。

「先生には、本当によくしていただきました。あの事件のとき、どうも私には納得がいかなくて、何とか事件の真相を探ろうとしたんですけど、結局、本省から離されました」

「それで外郭団体に。そして、それでも花巻さんは諦めなかった」


「きっかけは…ある日、充が夢を見たと報告してきたことなんです。自分は来年から別の幼稚園に行くんだと。そこには、不思議な力を持ったお姫様と、仲良しがいて、自分もその仲間になるんだと」

「すもも組の子たちのことですね」

「はい。そして…あの子は言ったんです。自分が姫を守れれば、おじいちゃんがうれしい顔になるって。嫌なことを忘れるって。

 つまり…“命”の任を途中で投げ出して、ずっと父が抱えてきた思い、それが晴れると、私はそう受け取ったんです」

「親子二人で、いえ、3代で頑張ってくださったんですね。本当にありがとうございます」賢児が頭を下げた。

「いえ…ずっと皆さんを騙していたわけですから」


「いえ。花巻さんが敵方に入り込んでいてくれたからこそ、今回彼らを封じ込めることができたんです。一歩間違えば、かなり危険な状況だったはずです。お一人で、さぞご心労もあったでしょう」

「まあ、私のほうから近づいたわけではなくて、向こうから仲間にならないかと誘ってきたんですが」

「向こうから?」

「ええ。四辻先生のところで、一緒に気功を習っていた通称キック。彼と兄のショウは突然、塾を首になって、その後、塾自体も解散になりました。

 彼らはどうも、それを逆恨みしていたようなんです。その原因を、跡取りが生まれたから…翼くんが生まれたからだと思い込んでいたようで」


「なぜ彼らはあなたを同志だと思ったんですか? 同様に、突然首になったんですか?」

「いいえ」

「では、どうしてあなたを誘ったんです?」

「彼らに、四辻先生を超える能力を備えた組織を作ろうと呼びかけてきた人間がいたようなんです。彼らは、それが実現すれば、四辻先生を見返してやれると思っていました。

 私だからということでなく、参加できそうな力のある人間を探していたんです」


「いつ頃の話ですか?」

「1年ぐらい前です」

「すでに四辻先生がお亡くなりなのに、何で…」

「印象としては、呼びかけた相手が彼らの自尊心と恐怖感をうまく操っている感じでした。死んだ人間に恨みを晴らしたければ、その人間よりも上だと世間に示せばいいと。

 それに自分たちは彼の死にも深く関わっているから、この申し出は断らないほうがいいと」

「ひどい話だな」


「そして、塾の仲間にも同様に呼びかけてくれと言われたらしいんです。

 でも、当時の塾は名前も住所も互いに明かさないことが条件でしたから、彼らは他のメンバーの情報など知りません。

 私はたまたま、外務省の職員として、四辻先生の傍らにいたのをテレビで映されて、それを見たキックが調べて連絡してきたというわけです」

「なるほど…」

「でも、これはチャンスだと思ったんです。四辻先生の件の真相をはっきりさせるにも、もし四辻家が狙われているのなら、それを阻止するためにも」

「それでキックたちの仲間に加わった」


「はい。でも、最初は私のこと、全面的に信用していたわけではないようで、青蘭へ転園した時は、彼が充の送り迎えをしてました。下手なことはするなという意味でしょうね。神戸にいる私のことを見張るのは困難だったでしょうし」

「ああ、確か園長の親戚筋という噂の男が送り迎えしてたとか。…充くんが首にした忍者というのは、キックだったんですね」

「首に? 充ったら、そんなことを」雅が笑う。


「危険はもちろんわかってましたが、今回のイベントに関わる任務は、その時限りで解散という指示が出ていて、何とかなるだろうと高をくくっていた部分もありました。私のおごりです。

 でも、充たちがそれを気づかせてくれました。あの子たちは、何でも皆で協力し合って、誰かの苦手なところは助け合って、ちゃんとやるべきことをやっていました」

「お転婆な紗由に振り回されているだけかもしれませんけどね」

「皆、そういうのが好きなんですわ」くすりと笑う雅。

「ええ、まあ確かに」頭をかく賢児。


「ところで、そういう状況で、ご主人のほうは大丈夫だったんですか?」

「主人の父は旧機関で働いていました。皇室で言うなら大膳に相当するコックです。

 そして、四辻先生の“命”や機関のあり方に対する動きを知ったとき、父や私よりも先に賛同していました」

「以前は“命”同士の交流も禁止事項だったようですが、機関の関係者は、それぞれに接触が可能だったということでしょうか」

「ええ。そして主人は、若者にありがちな、左寄りな思想に惹かれるという流れだったのかもしれませんね。充と同じで、こっそり忍者活動をしてたようです」


「あはは。親子二代で忍者なんですね。どうりで名古屋のパーティーの時、何気に僕に情報を教えてくれたはずだ」

「四辻先生亡き後は、“命”や機関を変えられるのは西園寺さんだと、主人の仲間は皆思っていたようですから」

「伯母さん、もてもてだなあ。でも彼女の側についたのは、どういう経緯なんですか? 最初は一人で潜入されていたんですよね」

「竹田先生のお嬢さんを拉致した時に…華織さんの配下…昔の知り合いなんですが、その人がやってきて、協力を申し出てくれたんです。私としても、拉致した彼女は逃がすつもりでいましたから、それにのりました」


「有川先生とは、どうやって接触を?」

「キック同様、向こうから接触がありました。と言いますか、以前から、四辻先生の件に疑問をお持ちだったらしく、四辻先生の周囲で働いていた人間一人ひとりを調べて、目星を付けた相手にはご自分で接触なさっていたようです」

「あなたもそのお一人だったんですね」

「何度かお会いしてみて、信頼できる方だと思いました。私としても、保険をかける意味でも、有力なバックがほしかったので、ある程度の情報提供をお引き受けしました」


「ある程度、ですか」

「正直、“命”に関することは申し上げられません。機関に漏れて、家族に何かあると困りますから。

 ですから、キックたちから得た、四辻家の周囲の状況を、あくまで政治的視点でお伝えしていたんです。でも、先生はそれでも十分ご興味を示されました」

「まあ外務省職員のあなたが伝える情報です。現在、先生は外務大臣ですから、四辻先生がらみではなくても、有益な情報が多かったんでしょうね」


「それに、有川先生はひとつの仮説をお持ちで、それを裏づけする情報が欲しかった」

「四辻先生の一件、有川先生的にはお考えがあったんですね」

「いえ。そうではなくて…」雅が言いよどむ。「総理のことです」

「父の?」

「はい。有川先生は、次の標的は西園寺先生じゃないかと…」うつむく雅。

「父が?」

「有川先生なりに感じていらっしゃったんだと思います。四辻先生の件は…政治的なことかもしれないし、別の要因、つまり不思議な力が原因なのかもしれないと」

「後者の視点でさらに探っていくと、総理にたどりついた、いえ、正確には西園寺家にたどりついたということだったんだと思います」


「…雅さんも、父は危険だとお考えですか? 四辻先生を狙った人間たちがいたとして、そいつらに狙われる可能性が高いと」

「わかりません。ですが、人気絶頂の総理に手をかけたところで、自分たちの力を誇示するどころか、国民から総すかんを食らうだけ。今がその時期に該当するとは思えません」

「では、該当する時期が来るまでに、おやじを伯母並みに鍛えておかねばならないと」

「ええ」

 二人の間に、しばし沈黙が流れた。


「で…有川先生とは、その後ずっと連絡を?」

「私のほうから連絡をしないでいると、紫蘭の花が贈られてきました。

 花言葉は“お互い、忘れないように”です。

 それから、カリフォルニア・ポピー…別名、花菱草も」

「ああ、四辻家の家紋に似た花ですね。四辻家の裏庭にありますよ。翼と奏子ちゃんが、おじいちゃんが帰ってくるときの目印にと植えたんです」

「そうなんですか…」少し声が震える雅。


「そうだ。今度、充くんも一緒に見に行きませんか? 皆でバーベキューパーティーでも」

「はい。ありがとうございます。今後とも、充のこと、よろしくお願いいたします」

「姫を守る忍者がいないと、西園寺保探偵事務所は始まりませんよ。おやじが危ないのなら、よけいにお仕事してもらわないと」

 賢児が笑うと、雅もうれしそうに微笑み、うなづいた。


  *  *  *


 賢児は帰宅すると、森本に端を発する今回の流れと、雅の言葉などを、玲香に話して聞かせた。傍らには聖人と真琴もいる。

「そう言えば、澪さん、言ってましたよね。一度親に裏切られた子供は、親を疑う癖がついているって」

「そうだな。まさしく、森本はそれだったってことだよ。その疑いを払拭したくて、改めて小宮山先生のことを調べ始めた。それがある意味では始まり」

「森本の元に届いた人形には、中に文書が入っていて、それが、当時極秘情報だった四辻外相外遊の詳細、A国に渡ったのではないかと噂だった情報だと気づき、小宮山先生が関係しているんではないかと疑ったんですね」

「ただ森本は、直接小宮山先生に問いただすことはなく、元秘書の朝香先生のもとを訪れ、疑いを口にした。真面目な人柄の彼のほうが、口を割りやすいと考えたんだろうな」


「でも、秘書と言っても朝香先生は当時第3秘書。ダークな部分までは、よくご存じなかったわけですね。疑われて、自分でも真相が知りたいと思い、調べはじめた。

 竹田先生と…意図的に加わったわけではありませんが、川本園長が関わっていることを突き止めて、確かめに行った。そして園長先生はショックでノイローゼ状態になり、後から黒童を受け取った竹田先生も同様の状態になられてしまったんですね」

「森本は有川先生にも近づいた。四辻先生の周囲はくまなく調べるというつもりだったのだろうが、有川先生も事件の真相を知りたくて動いていたから、そこで協力体制が整った」

「森本にしてみたら父親のことを探りたかっただけなのに、気が付いたら、事態はどんどん四辻先生寄りになって行って…今度は妹や自分自身も渦の中にいたというわけですね。

  ある意味、気の毒です。いつも何かに巻き込まれていて」


「この子たちも、いずれそういう渦の中に身をおくんだろうか」

「そうですね…。でも、その渦を心地よいものにするためにも、暗躍する勢力をあぶりだして、“命”側でイニシアチブを取っていかないといけないです」

「伯母さんも、その辺のことを考えた上で、龍や紗由たちに動かせていたんだろうな」

「そうですね。子どもであっても、自分の身は自分で守るためのレッスンでしょうか」

「俺たちにできるのは、それを一般人としてサポートすることだけだな」

「それも大事なお役目です。私たちの石は結局伯母さまの元にありますから、特別な力もありません。一般人の視点を失わず、二人を見守れということです」

 玲香が双子に微笑みかけると、二人はうれしそうに手足をばたつかせた。


  *  *  *


「おじさまは、あのときのチーズケーキ、ほんとうはだれとたべるつもりだったの?」

 唐突な紗由の問いに有川がびっくりする。

「ああ…あれか。充くんのママだよ。あの時は私が急に呼び出してね。せっかく東京に戻ったんだから、充くんにも会っていきたいだろうし、そのおみやげにどうかと思って、用意しておいたんだ」

「さすがですね、おじさま。おんなの子をよろこばせる、さいのうがあるとおもいます」

「はは。ありがとう。だが、指定の時間が無理になってしまってね。直後に紗由ちゃんたちが来ると連絡があったものだから、そちらに回したんだよ」

「じゃあ、さゆは、充くんのママにケーキのおかえししないといけないですね」

「ははは。そうだね」

「じゃあ、恭介くんに、おみせにならぶように言っておいてくださいね」

 さも当たり前のことのように微笑む紗由に、有川は先日の翔太のセリフを思い返し、苦笑いしながら、わかったよと返事をした。


  *  *  *


「だからな、西園寺。自分と恭介に何が起ころうとしているのか、知りたかったんだ。それが四辻の件の真相もね」

 有川が少し言い訳がましく口を開いた。

「姉さんに直接聞けばいいだろ」

「聞いても、はぐらかされるだけさ。お前もだ。紗由ちゃんたちにしても、そうだよ。恭介は何だか仲間はずれで、最初は事情が理解できていなかった。かわいそうだから、何か分かったら、さりげなく恭介に教えてやろうかと思っていたんだよ。

 だが、紗由ちゃんのほうが一枚も二枚も上だった。探偵事務所の会合ではケーキに仕込んだ器械に気づくし、それをよりによって朝香くんの服に入れるし、気づいた朝香はいなくなる」


「まあ、そのお陰でいろいろ事態が動いたんだから、怪我の功名だな」

「だろう? 結果オーライってやつさ」

 ウインクする有川に、保は深くため息をついた。

「私もずいぶんと甘く見られたものだな」

「何だよ」

「紗由が盗聴器に気づくことぐらい、お前はわかっていたはずだ」

「おいおい。仮に想像がついたところで、朝香のポケットにそれが運ばれることまでは、わかるわけがないだろ?」

「わかるようになってきたから、おまえは四辻のことを懸命に調べ始めたんだ」

「意味がわからないね」


「姉さんも、罪なことをしたものだ。本来、そういうことは相手の了承を得てから、やるべきことなのにな」保がため息をつく。

「何で華織さんが出てくるんだ」声が少し上ずる有川。

「3代前、有川家に嫁いだ女性の実家には、不思議な力があるという、名だたる医者がいたようだなあ。姉とは違うが、まあ“不思議な人”なんだろう。もしかしたら、そういう系列の別勢力があるのかもしれない」

「それがどうしたっていうんだ」

「姉さんにもてあそばれたと、おまえ昔、言ってたよな。彼女の部屋に呼ばれて、ソファーに座らされ、目を閉じろと言われて、手をずーっと握られていたと」

「何だよ、そんな昔の話」


「妙だなとは思ったんだよ。姉さんは兄さんと結婚直前だった。いくら年の離れた弟の友達とはいえ、手を握るという行為が理解不能だ」

「たまたま、可愛いなあと思ったんじゃないのか。まだ中一だったしな。おまえが思ってるよりモテるぞ、俺は」

「姉さんは気まぐれだが考えなしじゃない。ああ見えて慎重なんだ。ちゃんとした目的もなしに、自分に気がある弟の親友に、そんなことはしない。力を渡したとしか思えないよ」

「どっちでも同じことだ。結局その理由を教えなかったんだからな」

「その点は本当に申し訳なく思ってる。でもおまえは、自分の“変化”で、ようやく姉さんがしたことがわかったんだろう?」


 今度は有川が深くため息をつき、天井を見上げた。

「四辻に言われたんだ。いざという時には西園寺のことを頼むと。有川の力はこれからだ。誰にもマークされていない。将来、何かあったら、有川が西園寺を守ってくれと」

「それはいつだ」

「四辻が旅立った日の夜、夢に出てきた。最初はただの夢だと思っていたが、その翌日、あいつの飛行機が落ちた…」

「そうだったのか…」両手で顔を覆う保。


「おまえに話そうかとも思った。でも、当時外務政務官だった俺は、さすがに当日はバタバタしていて、電話している暇もなかった。そして、その夜もあいつは夢に出てきた」

「あいつは何と?」

「四辻の死が、有川の始まりになる。力の幾ばくかをやったからと。華織さんが蒔いた種を開かせるってな。

 四辻は昔から、おまえ以上に不思議な奴だった。豪放磊落な性格の割には、妙に細やかな神経の持ち主でカンがいい。おまえが麻美ちゃんと初めて会ったときにも、あの二人は結婚するよと囁いたよ」

「四辻…そんなことを…」


「だがな、直後から何かが変化したというわけではなかった。俺は注意深く回想と観察を続けた。

 それで、紗由ちゃんが四辻の出発前に大泣きしたのは、何かを受け取っていたからではないかと気づいたんだ。だから、紗由ちゃんに会える機会を増やせないかと考えた」

「探偵事務所の会議に熱心だったのも、そういうわけか」

「まあ会議だけじゃあ、わからなかったがね。実際に自分が夢でいろんなことを見るようになったのは、恭介が日本に戻ってきて、紗由ちゃんたちと接触し出してからだ」

「この手の力は、能力者が近くにいると影響を受けることがあるようだ。紗由たち4人が恭介くんに影響を与え、恭介くんがおまえに影響を与えた。そういうことだろう」

「俺は、おまえの影響なのかと思ってたよ」


「私には自分で自由に使える力はさほどなかった」

「どういうことだ?」

「私の力は、子供の頃から姉さんに調整されている。簡単に言えば、封じられていたんだ。四辻が姉さんの“仲間”だと知ったのも、あいつが亡くなった後だ。奴は、自分の次の外務は私だと姉さんに告げたらしい」

「そうか…。でも、おまえも蚊帳の外だったというのは意外だな」

「うちは大変だぞ。力のある人間と無い人間、出てくる可能性のある人間が混在していて、ぐちゃぐちゃだ。意思の疎通が図れそうで図れない」

「そういう場合は、一番力のある人間が懇切丁寧に解説するのが筋ってもんだろう」


「ところが、能力者たちの間にはルールがあるんだよ。全部を一般人には話せない。だから姉さんはいつも、“保ちゃん。仕方なくてよ。あなたのためなの”とか何とか言って、はぐらかすだけだ」

「うーん」

「可哀想なもんだろう?」

「いや、それより、今の華織さんの真似、紗由ちゃんに見せたら喜ぶぞ。さすがは弟だな」

「あのなあ」

「“仕方なくてよ”の“よ”のところ、ちょっと声が鼻に抜けるんだ。そこがポイントだな」

「おまえの興味は、可哀想な友達の心境より、お嬢様方のご機嫌取りか」不服そうな保。

「当たり前だろ。女性票は大切だ」

「おまえ、いつまで議員やるつもりなんだよ」保が笑い出す。


「龍くんにバトンタッチするまでだから、あと16年だな。それまでの間、この力を政治のために使えるといいんだがな」

「姉さんの英才教育受けたらどうだ? 紗由たちは定期的に指導されてる。恭介くんにも、そのうちお呼びがかかるだろうから、おまえも一緒に受けてこい」

「恭介の前でも容赦なさそうだよなあ、華織さん…」

「まあ、その時は痛みを分かち合おう」

「お断りだね。紗由ちゃんたちになぐさめてもらうよ」

「おまえが女性問題で失脚しなかったこと、今さらながらに不思議に思うよ」

「それが有川建造の“不思議な力”なんだ。覚えておけ」

「文字通り、wonderfulってやつだな」

 二人は楽しそうに笑った。


「で、四辻の件なんだが…」保の顔が少し曇る。

「まだ終わらないな。沖縄で確保した四辻の元弟子たち、口を割らないよ」

「関係者から掘っていくことはできんのか」

「例えば竹田先生か? そういえば昨日、紗由ちゃんたちはサルカニ合戦のお芝居を、美智香ちゃんの前で披露したらしいぞ。竹田先生もご臨席で青ざめてたらしい」

「サルカニ合戦て、子どもが親の敵討ちする話だよな。奏子ちゃんは何の役だい?」

「カニ。敵を討つ側だよ」

「それは…怖がりの先生にはたまらん仕打ちだろうなあ」

「彼の場合、げろするというより、気を病むだけだ。役に立たない」


「だが、そもそも竹田さんがお前に沖縄で話がしたいと言って呼び出したのは、四辻の件がらみなんだろう? 一体何がしたかったというんだ」

「怖かったんだよ。前に俺が何かを知っているかのように、思わせぶりなことを言ったから。彼は俺を封じ込めたかった。だが、捕まえたあいつら…朝香くんにも接触してきていたようだが、彼の証言に寄れば竹田先生は雑魚らしい。ちょっと使ってみた程度の」

「その判断は正解かもしれないな。中枢に巻き込んだら瓦解する。…で、“誘拐未遂”の二人は今どうしてるんだ」


「華織さんの愛弟子が迎えに来たから渡したよ」

「ああ…進くんか。その先は聞いてないのか?」

「聞いたが教えてくれないんだ。それに四辻の件も…おまえが華織さんに聞いても、やっぱり教えてくれないんだよな」確認する有川。

「何度お願いしているか、もう数えるのも忘れたところだ」


「なあ、何のために華織さんは俺たちの力を開いたんだ? 四辻の件がこれで片付かないのなら、別に目的があったんだろう?」

「片付けるためのステップということなんじゃないか」

「ステップ?」

「あくまで想像だ。四辻の件を片付けるのは、俺たちでも姉さんでもない。敵を討つのはカニたちの役目ってことなんじゃないのか」

「…それまでの繋ぎか、私たちは」

「そういうことだ。私たちが思う以上に根が深く、複雑なんだろう」

「四辻はパンドラの箱を開けたってことか」

「ああ。だから出てきた魔物を封じ込めなければな」

 保が微笑むと、有川は唇をかみ締め、両手を強く組んだ。


  *  *  *


 四辻奏人の墓の前で、男は一心に手を合わせていた。

“これでよかったのでしょうか。ちゃんとお勤めを果たせたのでしょうか”


「先日はどうも」

 祈る男の後ろから声がかかった。

「君は…」

 何か言おうとする男を遮るかのように、進は花を置き、線香を供えると、墓石に向かって語り始めた。

「先生は罪な方だ。疾人さんといい、関わる人は皆、自分の人生を忘れるほど、あなたに惹かれてしまう。疾人さんはご家族の愛情で、ご自分の道を歩み始められましたが」


「君は沖縄にいたな。…何をしに来た」

「同じ“命宮”という立場として、お伝えしたいことがあったんですよ」

「なぜ、それを…?」

 立ち上がる男に、進は一枚の写真を差し出した。そこには、後姿の賢児と、男性が2人写っていた。

「保先生の外務大臣就任パーティーでの写真です。あなたは四辻先生の元第2秘書として参加していた。四辻先生の事件の後の補欠選挙で、第一秘書が四辻先生の後継者として当選した後、あなたは田舎に帰ると言って東京を離れた。その後、日下部と名を変え、久英社に入ったんでしたね」


「よく調べたな」

「四辻先生がお亡くなりになった直後は、かなり気をつける必要がありましたからね。保先生のパーティーでも、全員写真を撮らせていただきましたよ。

 妙な気配のあった者、そして、まったく気配のない者はチェック対象です。気配を“消せる”人間はそう多くはないですからね」

「…ああ、あの時のカメラマンも君だったのか」

「でも、誰もあの星合さんだとは思わないでしょうね。日下部さんとしてのあなたに会ったのは沖縄が初めてだったが、面影が無かった」

「20キロ増やして、髪も白髪にした。歯と耳は形を変えたんだ」


「なるほど。耳を変えずに正体がばれる事案はよく聞きますが、さすがです。…ですが、記者上がりという前歴は、一ひねりしておいたほうが賢明でしたね。いいヒントでした」

「久英社に入るには、有用な肩書きだったものでね」

「なぜ久英社だったんですか?」

「週刊誌編集部の情報網は、かなりのものだよ。いろいろと役に立った。それに…将来、四辻の跡取りを産むかもしれない子を、間近で見てみたかった」

「真里菜ちゃんのことですね」


「生意気に見えるが、実にいい子なんだ。家族思い、友達思い、そして仕事熱心」

「ええ。いい子ですよね。紗由さまと奏子ちゃんと3人で、それはもう仲良しです。それも見守っていらっしゃったんでしょうが、結局あなたは名乗れない。お辛いはずです」

「まあね…。名古屋で紗由ちゃんを泣かせた私は、“人でなし”と罵倒された。あの時は正直、泣きたくなったよ」

 星合は空を仰ぎ見た。


「そうでしょうね。奏子ちゃんや翼くんたちを守るために、四辻先生亡き後、立ち回ってこられたのに、敵に悟られぬよう、あくまでも影の存在でなければならない」

「…それは君も同じだろう?」

「それが“命宮”というものです」

「そうだね」

 星合はそう言うと、しばらく墓石をじっと見つめていた。


「あなたの立場を知っている人間は、四辻家では大奥様だけなんですか?」

「すべて私の一存でやった」

「質問と答えが合っていません」くすりと笑う進。

「どうせ次はそう質問するんだろう?」

「ええ、まあ」

「彼女は、私とは違った形で遺志を継ごうとしている」

「そうですね。大奥様は、石の管理もすべて響子さんに任せているようですし、ご自身は医師としての仕事で全国を奔走されて、ほとんど家には戻られていない。

 お辛いんでしょうね。四辻先生に捉われた息子と、力を持った孫たちを間近に見ているのは」


「そこは命宮の仕事だ。先生亡き後、四辻の血筋には跡取りたちの力を育てられる人間がいない。それなりの家の助けを得る必要がある」

「それなら一条に…誠さんにお任せすればよかったのでは」

「彼はずっと澪さんの問題を抱えていた。まずは、それを解決してもらわないと任せることなどできない」

「つまり、その過程で必要だったのが、たまたま西園寺だったと」

「いや、それは違う。生前、華織さんの“存在”を探し当て、今後のことを一緒に考えていこうと思っていた矢先、“命”同士としての対面を前に…あんなことになってしまったんだ」


「四辻先生は華織さまに、どうやってたどり着かれたんですか? 自分の正体が知られぬよう、彼女は普段の生活をかなり慎重に過ごしていますが」

「伊勢の“命詔書”を透視したんだ」

「“命詔書”を…? それはタブーのはず」進の顔が険しくなる。

「だから命をもって償った」

「まさか、“機関”の仕業だと?」

「当時の“機関”は政治家さながらの複雑な様相だった。表向きの派閥とはかなり違う地図があった。華織さんはルール通り、その辺を“探る”ことはせずにいたようだが、実はいろんなところから“探り”が入っていたよ」


「で、あなたは今後どうなさるおつもりなんですか? 奏子ちゃんたちを襲った誘拐犯二人は、あなたとは直接の関係はなかったようだが、“火”を使えるようだ。四辻先生との関係は否めない。彼らの背後をあなたはつかんでいるんですよね?」

「さあ。私がつかめることなら、西園寺の“命”はとっくにつかめているだろう。そっちに聞いたほうが早い」

「…私はあなたにうかがいたいのです。今後の安定のためにも」


「さあ」うつむいて微笑む日下部。「有象無象の世界だからねえ。安定なんて、ほんのひとときのものだよ」

「そうですね。情勢が止まるものなら、そもそも“命”は要らない」

「“機関”の安定が保たれようが、保たれまいが、跡取りが一人前になるまでには、様々な“お試し”があるだろう。今回のように、自分の力のすごさと恐ろしさを実感したりね。私はそれを影から見守るだけだ」


「ところで、保坂兄弟はどうするつもりなんですか? 2人が先生を逆恨みしたままでは報われません」

「近いうちに引き取りに行くよ。当分私が面倒を見る。私が徐々に“改心”する様子を見せて、そこに乗せればいいだけだ。

 代わりと言っては何だが、誘拐犯の二人は華織さんにお任せしたい。よろしく伝えてくれ。そうそう…私の名前を騙る人間が出てくるかもしれないが、その時は会員証を見せろと言ってみてくれ。これと同じものを持っていたなら、本当に私の手の者だ」


 星合はポケットから一枚の紙を取り出し、進に渡した。

「四辻の霊符の一種だよ」

「これは…見事な筆遣いでいらっしゃいますね。奏人先生がお書きに?」

「いや…私が」

「そうですか。四辻は元々、書の名家。さすがでいらっしゃいますね。ありがたく頂戴いたします。ところで…直接、華織さまとお会いになってお話なさるおつもりはないんですか?」

「やめておくよ。今はその時期ではない」笑う日下部。


「では、そのように申し伝えます。何かございましたら、ここに連絡を」進は胸元から名刺を取り出し、日下部に渡した。

「…そうか。イマジカの」

「今は、正義の王子と姫の兄妹が、仲間たちと共に悪を正しい道へと導き、平和な世界を創りあげるというゲームソフトを作っているんですよ。石を使う魔法使いの兄妹、ウイングとソナタも出てきます」

「それは楽しみだね」

 日下部は穏やかに笑うと、再び墓の前で手を合わせた。


  *  *  *


「これは華織さまのほうから、岩倉先生へお戻しください」

 進が差し出したのは、岩倉の事務所が火事になる前に、童の人形を取り替えて保管しておいたものだ。

「でも、火事で焼失したと思ってるのよね。お渡しするのは、どんなものかしら。それに、まだ使えるかもしれないわ。進ちゃんが保管しておいて」

「華織さま…」眉間にしわを寄せる進。


「それより、奏人さんのお墓参りはどうだったの?」

「誰か何か連絡してきましたか?」警戒したように尋ねる進。

「いいえ。でも、行くんじゃないかと思って」

「…華織さまから情報が与えられないのならば、自分で見つけるしかありませんので」

「もしかして、怒ってるの?」微笑む華織。

「情報をいただけないのなら、私の存在意義はないかと」

「違うわ、進ちゃん。あなたなら探せると思っただけよ。現にたどりついたから、お墓に行ったんでしょう?」

「おほめいただき光栄です」

「ん、もう。やっぱり怒ってる」華織は唇を尖らせた。

「ですが、今後は通常通りでお願いいたします。おかあさま」


「わかったわ。…それにしても、彼はこの後が大変ね。奏人さんを狙っていた人間たちとどう折り合いを付けるのか、奏人さんの元弟子の動向をどう処理するのか、他の問題ある人たちにどう対処するのか、四辻家の人たちをどう見守るのか…」

「私は出来る限り彼に協力したいと思います」

「一歩間違うと、あなたへの視線も厳しくなってよ?」

「今まで緩かったことなどありません。“命”の血筋に生まれたわけでもなければ、半分前科者だったわけですから」


「…わかりました。まあ、今回、結局根絶やしまでには至っていませんが、機関や他の“命”、宿の人間たちなど、関係者への注意喚起はできたと思っています。現時点ではそれで十分」

「四辻が狙われる可能性は消えたと?」

「二人がもっと大きくならないと、程度はわからないわ」

「結局まだ続くということですね。しかも、西園寺に危険が及ぶ可能性も否めない」

「同じ組織でも、その時々で実力者は変わるわ。そして組織の考え方も変化する。常に対応し続けるしかないのよ。だから…お願い、進ちゃん。これからも、私たちの傍にいて」華織は真っ直ぐに進を見つめた。

「そんな当たり前のことを確認しないでください」

 進は口元に微かに笑みを浮かべながら、部屋を出て行った。


  *  *  *


「進子ちゃーん!」

「あら。翔ちゃん」

「あんな、これ、プレゼントや。ほな!」

 イマジカに遊びに来ていた翔太は、廊下で会った進に丸めた画用紙を手渡すと、そのまま走り去ってしまった。

「翔ちゃん! ちょっと!…行っちゃった…」

 進が画用紙を広げると、そこには、進、未那、悠斗の3人が手をつなぎ、笑っている絵が描かれていた。


「何? 翔太くん、すごい勢いで走ってたけど…」通りかかった未那が進を覗き込む。

「これ…もらった」

「ん?……これって…」絵を見て笑みがこぼれる未那。

「何か、涙が出そうだよ」

「おかまの目にも涙?」

「おい!」

「ふふ…本当にいい子ね、翔太くんて。あなたが入れ込むの、よくわかるわ」

「人を見る目だけは自信がある」


「そうよね。玲ちゃん、塩ちゃん、加奈ちゃん。皆、いい子だわ。…あら? 裏に何か書いてあるわよ。“3人で清流に泊まりに来てください”ですって」

「でも俺の顔は、あそこの人に割れてるしな…」

「じゃあ、ほら、進子ちゃんの双子の弟っていう設定で行けば?」

「おいおい」苦笑する進。

「来年は悠斗も幼稚園なのよ。親が参加する行事の時、どうするつもり? 練習よ。ね?」

「まあなあ…」

「決まり!」

 未那は嬉しそうに絵を再度ながめると、進の背中にしがみついた。


  *  *  *


 雄飛は、瑞樹と一緒に会社近くのバーにいた。

「今回はありがとうな、雄飛。お前のお陰で助かったよ」

「いや…自分じゃあ、よくわからないよ。本当に役に立ったのかどうか。でも、昔の仲間たちとも再会できたし、楽しかったよ。まりりんちゃんは危ない目にあって大変だったろうけど…」

「まあ、仲良しの奏子ちゃんが怪我をしたのはショックだったようだけど、軽くて済んだから安心したらしい。いつもの通り、元気一杯だよ」笑う瑞樹。

「あのな…実は今日誘ったのは、頼みがあるからなんだよ。調べて欲しいことがあるんだ」

 雄飛は姿勢を正して座りなおすと、以前、妹の貴和子から連絡があった件を事細かに話し出した。


「わかった」瑞樹は声を潜めた。「…“命”さまにも相談してみよう。でも、貴和ちゃんには、はっきりするまで黙っててくれないか。四辻先生の件でもそうだが、“知った”人間の身が危険にさらされることは、ままあるからな」

「わかった。…すまないな。妙なこと頼んでしまって」

「いや。うちにも“不思議な”子どもが二人いるからね。…おまえも、そろそろか?」微笑む瑞樹。

「い、いや、俺はまだ、そんな…」

 そう言いながらも、雄飛は実歌の顔を思い浮かべ、少し顔を赤らめた。


  *  *  *


「ふう。これで、あと15ねんは、へいきかなあ」

 奏子の病院から戻ってきた紗由が、額の汗を手で拭う。

「そうねえ…でも、15年先になると私も躍太郎さんも、お星様になっちゃってるかも」

「だいじょうぶ。おばあさまは、さゆのけっこんしきで、お花まくかかりだから」

「え?」

「グランパは、ゆびわだすかかりにしてあげる」

「そ…それはありがとう」引きつった笑みを浮かべる華織。

「にいさまが“命”になったら、50ねんぐらい、へいきになるかなあ」

「そうね。きっとなるわ」

 華織がしっかり頷き、紗由の手に黄色い石を握らせたとき、紗由のスマホが鳴った。


「あ…とうさまだ…」

「あら。仕事終わったのかしら…。きっと聞いてるわよね、公園での一件」

 二人は顔を見合わせ、眉間にしわを寄せる。

「さゆ、おこられるかなあ。トイレでにげたから、おこられるかなあ」唇をかむ紗由。

「おばあさまなんて、涼ちゃんに殺されちゃいそうよ。はあ…」

「にげようか!」

「それもいいわね」

「じゃあ、プールににげよう!」


 だが、そそくさと支度をした二人がドアを開けると、そこには涼一が立っていた。

「どこ行くんだい、二人とも」

「…もちろん、あなたのところへお詫びをしによ。電話で済ますのは失礼だと思ったし、直接説明させてもらおうと思ったの」もっともらしい顔で言う華織。

「さゆもね、とうさまのおしごとおわるの、まってたの」紗由もぬかりはない。

「ふーん。さゆは、プール用のカバンを持って、とうさまを待つのか」

「とうさまにプールで一緒に遊んでほしいってきかないのよ。とうさまでないと、嫌なんですって」


「ふーん…」

 まだ疑わしげに二人を見つめるものの、少し唇の端が緩み始める涼一。

「風馬がついていながら、本当に申し訳なかったと思ってるわ。周子さんにも、よくお詫びするつもり。いろんなこと、ちゃんと説明もさせてもらうわ」

「とうさまぁ。はやくいこう」

「そうだな…周子の仕事はまだかかるし…」

「よかったわねえ、紗由。とうさまと遊ぶのが、紗由は一番好きだって言ってたものねえ」


 華織の言葉に、涼一は思わず笑みをもらし、紗由に抱きつかれた時には、怒っていたことなど、すっかりどこかに飛んでしまっていた。


  *  *  *


陸ノ巻 終 続いて 漆之巻 その1へ


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ