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その12


 翌日、すもも組の5人には予定はなかったが、会場横にオリエンテーリング公園があるということで、5人で探検に行きたいと紗由が言い出した。

 朝食時にレストランで隣のテーブルの女性が話していたことによると、公園内には何箇所かにスタンプが置いてあり、スタンプラリーを制覇するとお菓子がもらえるというのだ。おやつに目が無い紗由が、こんな美味しい情報を見逃すはずはなかった。


「紗由。とうさまは今日、午前中お仕事なんだ。それが終わってからにしよう」

「だめ。はやくしないと、おかしなくなっちゃうもん。はやく、ぼうけんに行くの!」

「うーん…。でも、かあさまもお仕事なんだよ。じいじと一緒にいなくちゃいけない。子どもたちだけじゃあ、危ないだろ」

「とうさま。僕、おばあさまにお願いしてみるよ」龍が言う。

「華織伯母さんが、そんなことするわけないだろ? 途中で飽きたとか言って引き返したら、取り返しのつかない事態になるぞ」


 涼一が眉間にしわを寄せて紗由を見る。どうやら彼の脳裏には、“おやつ”と泣き叫ぶ娘の顔が浮かんでいるらしい。

「おばあさまに、グランパたちを貸してってお願いするんだよ」

「ああ…風馬と澪さんも来てるんだったな。じゃあ、そうしてもらえるか」

 少々心残りはあるものの、シンポジウムの打ち合わせでそろそろ部屋を出なければならない涼一は、龍に任せることにした。


 龍にしても、今日の午前中は禁忌日で自分たちが“力”を使えないこともあり、紗由の提案は少々面倒だとは思ったし、その話をしていた女性を少しばかり胡散臭く思ってはいたが、午前中、龍は相手のことを“読み取る”ことができない。

 ただ、紗由たちがオリエンテーリングをすると知ったなら、昨日失敗している敵はそのタイミングを確実に狙ってくるだろうし、敵を炙り出すには絶好の機会だとも思い、参加させる方向で華織に報告することにした。


  *  *  *


「オリエンテーリング公園はけっこう広かったわよね。一人ひとりに大人を付けるつもりなのかしら?」華織が確認する。

「できればそうしたいけど、紗由たちが嫌がりそうだから、とりあえず風馬おじさんと澪ちゃんを付けてくれない?」

「躍太郎さんはいいの?」

「グランパは指導員のふりをして、公園全体を見ていてほしい。一般人を締め出すわけにもいかないから、紗由たちだけに気を取られているわけにもいかないし」

「龍たちも行くのかしら」

「僕たちまで行くとターゲット候補を増やすだけだから、それはしない。今回はこの部屋から公園内を見張ってようと思う。おばあさまは、じいじの部屋に行くんでしょう?」

「…ええ」


「それから、何かあった時、話がややこしくなると困るから、疾人おじさまと響子おばさま、それから恭介くんのママのことは、おばあさまが足止めしておいて。とうさまとかあさま、久我家のほうは仕事だから同行できないけど」

「わかりました。崇子さんには近いうちに説明をと思っていたから、ちょうどいいわ」

「進子おねえさんも参加させてね。頭の中で話できるんでしょう? お昼までは僕たち使えないし、何かあった時、グランパや翔太や紗由と連絡取ってくれる人がほしいんだ」

「さっきから“何かあった時”って…あることが前提なのね」

「この機会にあるほうが、後々面倒にならないよ」

「ドライなのね」


「何かを最低限に抑えればいいんだ。それに、あんまり長引くと紗由も可愛そうだ。けっこう緊張が続いて疲れてると思うし」

「そうね…」

「そう考えると、やっぱり“命宮”ってすごいね。紗由の何倍もの人間をまとめて指揮するんだから」

「紗由はきっと将来、翔太くんと一緒に龍のいいパートナーになるわ」

「うん」

「そして奏子ちゃんもね」

「うん。だから…」龍は口ごもり、目を伏せた。「じゃあ、僕はこれから、翔太たちと打ち合わせするよ。その後、紗由たちを集めて一応注意事項を言っておく」

「そうしてちょうだい」


 龍は華織に一礼して部屋を出た。


  *  *  *


 “おやつを賭けた冒険”の許可が下り、紗由は顔をくしゃくしゃにして笑った。

「ねえ、にいさま。みつるくんも、いっしょに行ける?」

「ああ、行けるよ。昨日、誠さんが代理でやっていたポジションの内容も教えないといけないし、後で合流しよう」

「おばあさまとみつるくん、きのう、どこにとまったの? さいしょのおへやに、いなかったよね」

「充くんの安全のために、じいじが泊まってる隣の部屋に移ってもらったんだよ」


「ふうん。さゆも、あっちのおへやのほうが、よかったなあ。あわぶくぶくの、まあるいおふろがあるでしょう?」

「…家にもあるだろ、ジャグジーなら」

「おうちのは、しかくだもん。まるがいいの」ぷーっと膨れる紗由。

「わかったよ。悪者退治が済んだら、じいじに言って、入らせてもらえばいいよ」

「わーい。さゆ、がんばろうっと」ニコニコ顔の紗由。


 紗由の頭を撫でながら、龍は思った。

“早く気持ちいいジャグジーで、のんびりできるといいね。紗由に頼ってばかりでごめん”

「ありがとう、紗由。東京に戻ったら、レザンのチーズケーキ買ってあげるよ。まるごと食べていいから」

「おっきいの、まるごと?」紗由の顔がさらにパーッと明るくなった。

「ああ」

「じゃあ、みんなでいっしょにたべられるね!」

 嬉しそうに笑う妹を、龍はぎゅっと抱きしめると、窓の外に見えるオリエンテーリング公園を、じっと見つめた。


  *  *  *


 朝食の後に翼に呼び出された翔太は、翼が差し出した紙をまじまじと見つめた。

「上手やなあ、翼くんの絵。写真みたいやで」

「翔太くんほどじゃないけど。でも、何かの役に立てばと思って。龍くんの電話、話し中だったから…」

「ああ。龍は何や、あちこち行ってるみたいやな」大きく頷く翔太。「で、この男の人は誰なん?」

「うーん、誰なのかまでは…ただ、どこか懐かしいような気もして」

「翼くんが思い出せんなら、ちんまい頃に会ってるのかなあ」

「わからない。でも昨日、着いてまもなくして、皆であちこち見学していた時、この人が気になったんだ」

「絵から、ぴかぴかが読めんなあ…。それだけでも怪しいわ。サングラスにマスクやし。で、何かあったんか?」


「特別に何があったというわけじゃないんだけど、彼、奏子のほうを見ていて、ここがね…」翼は自分の眉間を指差した。「強張ってたんだ。パパが言ってた。人は緊張するとここが狭まるんだって」

「奏子ちゃんを見て、緊張…」考え込む翔太。

「奏子は可愛いからね。よく見られたりはするけど、皆、緊張なんかしないよ。むしろ、にっこりして、顔が緩むっていうか」

「そやなあ。可愛い子を見て、眉間にしわ寄せる奴って、何か意味がありそうや。そいつは敵側の人間で、奏子ちゃんを怖がってるということやろか?」

「奏子の爆発的な力を相手が知ってるなら、そうかもしれない。それと…」うつむいて、しばらく黙る翼。

「それと?」


「奏子は狙われているんだと思う。昨日のプールの時もだけど」

「充がビート板投げた、あれやな」

「うん。皆、保先生の手品の一部だと思ってるんだろうけど、最初の“火”は仕込みじゃない。でも、充くんに確認したかったんだけど、いなくなっちゃったし…」

「俺も直接充に確認できてへんけど、上から見てて、充のぴかぴかが、ずっと翼くんたちのほうに向いてたから、なんやろうと思ってたら、あらぬほうから、ぴかぴかとも違うた変な筋が来たんや。それが“火”いうことか」

「多分。奏子は僕が狙われたと思って、すごく怒ってるけど。奏子のこと…翔太くんは龍くんから何か聞いてない?」翔太の腕をつかむ翼。

「いや、聞いとらんわ。どっちか言うと、俺は今回、“命”さまと一緒に上から見てる時間が多かったから、何かあったら、自分で気づけいうことやろなあ」笑う翔太。

「厳しいねえ…」翼が苦笑する。


「あのさ、俺からも聞いてもええか?」

「うん。何?」

「さっき、奏子ちゃんがすごく怒ってるって、言うたやろ。でも、あの“火”の後で、大勢が倒れるとか、そないなことにはなっとらん。“ぷんすか”せんかったんか?」

「…したよ。でも、封じられたんだと思う。皆に」翼が唇をかんだ。

「皆って?」

「プールの4人と…プールサイドの先生。違う方向からも僕の石に圧迫感があったから、他にも何人か、いたんだと思うけど…」


「そうか…。俺な、保先生が出てきた時の大きな炎が、目くらましみたいになっとって、ぴかぴかが、よう見えんようになっとったん。炎とぴかぴかは、時々見え方が似とるんや。盲点やったな…」

「最初の“火”の前にも、フロートキャンドルが僕たちを囲ってたし、その時点で見づらかったってことだね」

 翼は、広いプール内で少ない人数の絵柄を華やかにするための演出を思い出した。


「なあ、さっき“プールサイドの先生”て言うたなあ。やっぱり有川先生もか?」

「うん。有川先生、さっきの一件で覚醒したように思う。恭介くんの力も格段に上がった。

 それと、奏子たちは結界の練習を、有川先生を守るためだと思っているけど、有川先生は、むしろ奏子を守る側の人で、そのために力をアップさせたんじゃないのかな。

 そもそも紗由ちゃんは、有川先生を守るとは言ったけど、有川先生が狙われているとは言ってない。有川先生の力が必要になるから守るという意味なんだと思うんだ。

 それに、よく考えたら変だし。有川先生を守るための結界練習のはずなのに、夕べの練習の時、紗由ちゃんは、龍くんの宝物を守ると思って練習すればいいって言った。何で最初から、誠さんを有川先生役にして練習しなかったんだろう」


「論理的やなあ、翼くんは」翔太が笑う。

「だから思ったんだ。あれが目的にかなった練習の仕方なんだって。多分、僕たちが部屋に行く前に、龍くんと紗由ちゃんは打ち合わせ済みだったんだと思う」

「あ…かもしれへん。でも、2人のこと、悪う思わんとってな」すまなそうに言う翔太。

「うん、もちろんだよ。何でも伝えればいいってもんじゃないってこと、僕もわかってるよ。…特に、奏子みたいな真っ直ぐな子には、伝え方を間違うと大変なことになるから」翼は少し悲しそうに下を向いた。


「はあ…ほんまに偉いなあ、翼くんは。さすがは将来“命”になるお方や。奏子ちゃんの力をコントロールするいうことは、四辻のお家の将来につながることや。

 でも、うちらの世代、おとんとおかんが、ようわからへん人ばかりで大変だよなあ」

「翔太くん…」顔を上げる翼。

「翼くんは一人で頑張りすぎや。もっと回りに甘えてええと思うで。で、まあ本題に戻ると、この似顔絵、これを参考に気いつければええいうことやな」

「うん。お願い」

「翼くんたち、お昼までは力使えへんもんな。とりあえず、それまでは特に厳重注意や。また何かわかったら教えてくれや。俺も連絡するさかい」

「わかった」

 翼に手を振り、翔太はフロント階のロビーの席を立った。


「あ、ごめんよ、坊や」

 フロント前ですれちがったサングラスの男の身体が、翔太の身体を押した。

「大丈夫です」

 笑顔でそう言いながら、翔太は男の胸を険しい顔でチェックした。

“このぴかぴかは、確か名古屋で…”

 だが、思い出そうと一瞬目を閉じ、次に目を開いた瞬間、男の姿はもうなかった。


  *  *  *


 賢児一家が朝食を終えた頃、龍から賢児にメールが届いた。

“玲香ちゃんの絵葉書を双子ちゃんに見せてあげて”

「ん? 何だ、これ」賢児が玲香に画面を見せた。

「私の絵葉書…」玲香は少し考えると、席を立った。


「これでしょうか?」

 しばらくして戻ってきた玲香は、結婚祝いのメッセージが書かれた、黄色い花の絵葉書をテーブルに置いた。

「ああ…これか。花菱草だよな、四辻家の家紋の」

 賢児が受け取って見つめると、膝の上の聖人が絵葉書をくしゃっと握り「あー」と叫ぶ。

「こら、聖人。ママの絵葉書、くしゃくしゃにしちゃ、だめだろ」

 賢児が聖人の頭を撫でると、玲香の膝に抱えられた真琴が、絵葉書に手を伸ばして、ぱんぱんと叩いた。

「何だ、真琴もか。子どもは黄色いものが好きなのかなあ。紗由もそうだったし」

 聖人を高く抱えあげる賢児を見ながら、玲香が言った。

「賢児さま、この子たち、理由があって反応しているんだと思います」

「え…この花に何かあるのか…?」


「昨日、私たち4人が…多分作っていた結界ですけど、やっぱりあの時、真ん中に位置していた翼くんか、奏子ちゃんを守っていたんじゃないでしょうか」

「それがこの花菱草の意味か」

「それに、昨日の充くん、奏子ちゃんを炎から守っていたように見えませんでしたか?」

「親父の手品じゃなくて?」

「その後は確かに、お義父様の手品だったと思います。でも、充くんが投げたビート板に火がついたのは、ちょっと違うような気がするんです。あの時、抱っこしていたマーくんの身体が、けっこう緊張していました」

「そうか…。守る対象が翼にしても奏子ちゃんにしても、結局、四辻家ってことなんだよな。奏人先生の件と何か関係してるんだろうか」

「あー!」聖人が叫ぶ。

「かもしれないですね。具体的にどういうことなのかは見当もつきませんけど…」

 玲香がつぶやくと、真琴が玲香の手をぎゅっと握った。


  *  *  *


 龍は、翔太、翼、大地の3人と合流し、すもも組を呼ぶ前に打ち合わせを始めた。

「…というわけなので、紗由たちは公園でオリエンテーリングにお出かけ」

「僕たちも一緒にするにゃ?」

「いや、僕たちはおばあさまの部屋から公園全体をチェックしよう。ただ…チェックと言っても、僕と翼は午前中力が使えないから、物理的に目で確認するだけ。大部分は翔太と大地にお願いすることになるよ」

「頭が病気そうな人、見つければいいにゃ?」

「うん。そういうこと」言いながら、龍が笑い出す。


「ねえ、龍くん。僕が会場に行って、僕を狙わせたほうがいいんじゃないかな。敵の狙いが四辻家なら、狙いたいのは奏子か僕だ。2人だけで行くよ。紗由ちゃんたちはまた別の機会にオリエンテーリングしてもらうことにしてさ」

「それはダメだよ、翼。あの5人は崩せない。それに奏子ちゃんは、おにいちゃまを襲おうとした敵が現れたら、自分でやっつけるつもりでいる。それは彼女の役割だ」

 龍の言葉に翼が黙り込む。

「大丈夫だよ。公園にはグランパたちだけじゃなく、おばあさまの配下にも入ってもらうし、皆で力を合わせれば何とかなるよ」龍は微笑むと翼の手を握った。


  *  *  *


 オリエンテーリング公園の近くでは、トレーニングウエアの雅、雄飛、実歌、歩の4人が集まっていた。雅からの連絡で集められたからだ。そして4人は不思議そうな顔で、後から現れた大地の指示を聞いていた。

「皆さんにはオリエンテーリングをしてもらいます。妹の真里菜たちも参加してるので、よろしくお願いします。途中で困ったら、僕に教えてください」ニコニコ顔の大地。

「えーと、それはどういう意味? もうちょと具体的に教えてもらえると、ありがたいんだけど。何でオリエンテーリングするの?」雄飛が尋ねる。

「困らないようにしますから」相変わらずニコニコ顔の大地。


「えーと、だからね…それだと皆にはわかりづらいっていうか…」雄飛が困惑する。

「大地くんは、困っている人を治してくれるのかしら?」雅が言う。

「はぁい」嬉しそうな大地。

「僕たちは困るような状況になるってことか」雄飛が苦笑いする。

「もう十分、困惑してるけど…」小声でつぶやく実歌。

「じゃあ、大地くんに治してもらうといいわ」雅が微笑む。「ねえ、大地くん?」

 雅が言い終わらないうちに、大地は背伸びをして実歌の額に手を当てた。その様子を一同がじっと見つめる。


「おしまい!」

 あっという間に手を離し、大地が叫ぶと、皆が実歌を見る。

「視界が明るい…すごく頭がすっきりした感じだわ」

「すごいね。この短時間で」歩がうなる。

「肉体的な病気や怪我だと、もっとかかったりするの?」大地に尋ねる雅。

「うーん。僕だけだと、もっとかかるだろうけど、今は皆でやったでしょ?」

「え?」

「僕の手から、皆が治したんだよ」

「ああ…そういうことかい」笑う歩。

「兄さん、そういうことって?」

「気を集めて移動させるみたいなことだよ」

「なるほどね…」自分の額を押さえながら言う実歌。


「ねえ、大地くん。それって、逆のことも出来るの? さっきの場合は、いいものを入れたんでしょう? 例えば、悪いものを入れるのも出来るのかしら?」

 実歌が聞くと、大地は、うーんと言いながら考え込んだ。

「さっきのは、いいものを入れながら…悪いものを押し出したから…」

「まさか、敵を見つけたら、取り囲んで悪いものを注入するとでも?」実歌に尋ねる歩。

「“命”さまになる予定の人なら、きっとできるよ」大地が答えた。


「そうか…じゃあ、その作戦は使えないな」歩の顔が曇る。

「どうして兄さんにそんなことわかるの?」

「どうしてもだよ」

“命”たちの禁忌日について知識があった歩だったが、周囲に、自分たちを気にしている集団の存在を感じ、思わず言葉を濁した。

“俺の感覚もクリアになっている。さっきの影響か…?”

「だって、子どもに悪いことはさせられないだろ、実歌?」

「そうね。私もそう思うわ」

 実歌や雄飛は、雅の強い口調は、子どもがいるからだろうと思い、一緒にうなづいた。


「じゃあ、これで終わりまーす!」大地が手を上げた。

「え? 大地、ちょっと待ってよ。これだけ? 教えてって言うけど、大地は一緒に参加するのか?」困惑顔の雄飛。

「一緒じゃないよ。この後、おじいちゃまとお仕事なんだ。でも大丈夫。遠くからでもできるから、電話してくれれば」

「大地くん、もう一点だけ」

「なあに?」

「他の子たちは公園に来るのかな? 龍くんとか、紗由ちゃんとか…」

「えっとね、紗由ちゃんと真里菜と奏子ちゃんと充くんと恭介くんがオリエンテーリングしに来るよ。龍くんと翼くんと翔太くんは上から見学」

「そうか…」

「…えーと、僕、もう行かないと。皆さん、気をつけて」


 大地はそう言うと、一人ひとりと握手を交わし、その場を立ち去ろうとしたが、数歩歩いて何かに気づき、戻ってきた。

「これ渡さなくちゃ」大地が雄飛に地図を手渡した。「これは、皆に行ってほしい場所」

「この星印かい? 何があるんだい?」

「壁だよん」

「壁?」

「ちょっと見せて」雅が地図を手に取った。「防災壁だわ」

「防災壁って、火の延焼を防いだりする、あれ?」実歌が首をかしげる。


「ええ。公園の奥のほう。この部分は消防関係の実験に使われていたらしいの。

 そもそも公園は後から出来たもので、壁4面のうち、公園入り口から見て手前に当たる2面の間…角のところが、普段は開いているけど、何かあったら、それぞれの壁からシャッターが出てきて、閉じる形になってるらしいわ」

「よく調べてますね。さすがだ」歩が微笑む。「補足すると、現在は実験はここでは行ってないが、このエリアの一番奥に、以前使った実験器具を展示してある小屋がある」

「星印は壁の四辺にひとつずつね…。この4点に一人ずつ散らばるということなの、大地くん? これは“命”さまからの伝言なの?」地図を覗き込みながら、実歌が尋ねる。


「違うよ。じゃあね!」

 大地は大きく手を振りながら、足早に走り去った。


  *  *  *


 風馬、澪、誠の3人が華織に指定された部屋へ出向くと、そこには美和子と美智香の姿があった。

「miwaさん!…良かった…」

「ミオちゃん…ありがとう。あなた方のおかげで、この子も無事に…」美和子が娘の肩を後ろから抱きしめる。

「本当にありがとうございます」

 澪たちの背後から男性の声がした。振り向くと見覚えのある顔だ。

「文部科学大臣…?」澪が驚く。

「ええ、そうよ。保ちゃんのご同僚。昨日からお疲れでしょうから、この部屋で身体を休めていただこうと思ってるの。護衛の者を置いていきますので、ごゆっくりどうぞ」華織が3人に微笑んだ。


「あ、あの…西園寺さんはどうなさるんですか?」朝香が尋ねた。

「彼らと一緒にその辺を」風馬たちを見回す華織。

「総理もご一緒ですか?」

「いいえ。弟と一緒だとのんびりできませんもの」

 華織の言葉に、誠が思わす笑いそうになった。

“こんな時に、のんびりするつもりなのか、この人は”

「でも、連絡は取ると思いますから、何かご伝言でもおありなら承りますけれど」

「い、いえ…後ほど自分でお伝えに上がります」

「わかりました。ではそのように申し伝えます。…そろそろ参りましょう」

 華織が誠を見ると、すぐに一礼する誠。


「そうそう、美智香ちゃん。おじいさまも沖縄においでになっていてよ。後でこの部屋にいらっしゃると思うわ」

 一連のやりとりを不思議そうに眺めていた美智香に、華織は微笑みながらそれだけ言うと、一同を引き連れて部屋を出て行った。


  *  *  *


「ねえ、マーサ。さっきの大地くんの…あれで頭がクリアになったのは感じるわ。でも、この先がよくわからない。説明してもらえない?」

 実歌が聞かれた雅は、一瞬眉間にしわを寄せ、うーんと唸った。

「マーサもわからないの?」

「ミーナの名前で、集めろというメールが来ただけだから…」

「メールには何て?」

「私たちの大切な先生の名誉と、先生の大切なものを守りましょうって」

「先生の大切なものって…お孫さんたちのことかしら?」


「オリエンテーリングには、真里菜ちゃんたちが参加してるんだよな。ということは、ターゲットは奏子ちゃんか?」雄飛が眉間にしわを寄せた。

「その可能性、高いと思うわ。つまり、四辻先生の死に関わる人間が動きを見せること、先生の大切なものが狙われること、そして、それに対して私たちに動いてほしいとミーナは思っている。

 …でも、大地くんを私たちとどう絡ませるのかは、正直わからないわ。

 第一、困ったら教えてと彼は言ったけど、離れた場所でどうやって伝えたらいいのか…。しかも私たち、この後、地図の4点でバラバラに行動するわけでしょう」

「ミーナは来ないのかしら?」

「さあ。その後、連絡が取れないの。彼女は彼女で別のお仕事なんじゃないかしら」

「彼女がお仕事続きということは、確実に何かが起きるわね。まったくもって、困ったことだこと」実歌が言う。


「でもさ、困ったことを自分たちで解決すれば、別に大地に伝えなくてもいいんじゃないかな」雄飛がつぶやく。

「…それはそうね」苦笑する雅。

「いや、正論だ」歩が雄飛を見つめる。「敵が現れた時、僕たちに何ができるのかを、きっちり確認しておいたほうがいい。抽象的に“火”だの“水”だのではなくて」

「そうね。そうしましょう」実歌も同意する。「まず、私たち4人の共通点は“水”を使えること。でも、“水”は“火”を封じるためのものだから、“火”以外の方法で攻められたら何も…」

「できないわけじゃないわ。それ以外の方法で対抗すればいいのよ」


「あのさ、そもそも論なんだけど、“水”って“火”を封じるしか使い道ないのかなあ」雄飛が言う。

「えーと一般的に水と言ったら、冷やしたり…きれいにしたり…溶かしたり…流したり?」

 実歌の言葉に振り向く3人。当の実歌は馬鹿なことを言ってしまったと思ったのか、ごめんなさいと小さくつぶやき、うつむいたが、雄飛が何かを思いついたように口を開いた。

「そうだよ。熱を冷ますとか。例えばケガをした時」

「患部を消毒、気を浄化し、敵の邪気を溶かし込む」雅が言う。

「そして流し去る」歩が言う。

「そういうことだよ!」興奮したように言う雄飛。


「その流れが可能性が高そうだ。それで足りないときは大地くんの治癒能力を頼れということなんだろう。それが彼の言う“困ったら”ということなんだ」

「でも、兄さん。それは誰かがケガか病気になるってこと?」

「そういうことになるな…。もし子どもたちの誰かなら可愛そうだが」

 言った後に、ハッとして雅のほうを振り向く歩。

「あ…すみません、充くんは…」

「いえ。いいんです。確かにそういう可能性もありますから」


「あ、あのさ、じゃあ、もしそうだとして、4人がバラバラっていうのは、どうなんだろう」雄飛が聞く。

「一緒にいればいい」歩が言う。「4つの場所を一緒に順番に回ればいいよ。必要に応じてバラバラになればいい。ていうか、この4地点に的を絞っているということは、4地点に囲まれた壁の中で何かが起きると考えたほうがいいのかも」

「そうね。シャッターが閉まったら、この中で何が起きても一般人にはわからないし…」実歌が言う。

「まずは、この周囲を見張れということか」口をすぼめる雄飛。

「…何となく動きの方向性が見えてきたわね」雅が3人を見回した。


「一匹狼掛ける4が一緒に戦うのね。何だか不思議」実歌がふふふと笑う。

「そうね。でも、私たちには“水”以外にも、四辻先生の下で学んだということ以外にも共通点がある。さほど不自然なことではないのかもね」

「どういうこと、マーサ?」

「“宿”だよね?」歩が言う。

「ええ、その通り」

「“宿”って何?」首をかしげる雄飛。


「…簡単に言うと、四辻先生のような能力者、“命”たちが修行に使う旅館のことよ。そこの亭主たちも“命”を補佐するために優れた能力者が現れていた。

 そして“宿”の人間の名前には法則があるの。男性は舞や踊りなどの動きを表す文字が使われる。女性は音楽に関連した文字が使われる」

「神のご機嫌伺いに、踊ったり歌ったりするんだよ」歩が補足する。「君の“飛ぶ”、僕の“歩く”、妹の“歌う”、マーサさんのは雅楽から来てるのかな」

「ええ、そうよ」

「へえ…そうなんだ」


「おそらく皆、“宿”の血を引いてるわね。そして私たちは、今は廃嫡になっているけれど、全員“命”の血筋も引いているわ」

「はは。何だか、何とかなりそうな気になってきた」雄飛が笑う。

「何とかするわ。四辻先生のためにもね」

「そうね。それも私たちの共通点」

 実歌が頷くと、他の3人もしっかりと頷いた。


  *  *  *


 華織が、風馬、澪、誠を引き連れて部屋を後にすると、別の部屋から躍太郎が出てきて、華織の横に付き、一同は階の一番端の部屋に入って行った。

「お疲れ様、華織」

「躍太郎さんこそ、お疲れ様です」

「誠くんも、すまないね。結局、君にもご協力願うことになって」

「いえ。最近、運動不足でしたから、ちょうどいいですよ」

「ストレス解消にちょうどいいわよね、兄さん。昨日のレッスンはだいぶお疲れだったようだし」澪がふふふと笑う。


「そうだ、華織。どうやら、竹田さんがこっちに来たようだね」

「病院でブルブル震えていたらしいのに、ご苦労様なことだわ」

「誰が呼んだのかは知らんが、さすがに愛娘と孫娘の危機には、いてもたってもいられなかったんだろう」

「だったら、悪いことなんてしなければいいのに」

「まったくだ」躍太郎がくすりと笑った。「で、おまえは結局どうするんだい? 私たちはもう公園に入るよ」

「そうねえ。保ちゃんの部屋に移って、悠ちゃんと一緒にお紅茶でもいただくわ」

 ソファでうとうとしている悠斗の頭を撫でながら、華織が微笑む。


「シンポがなければ、保くんも公園に誘いたいところなんだがな」

「保ちゃんは、その手のものはダメ。けっこうムキになっちゃうし。一般人に見られたら、イメージダウンだわ。親子で議論を闘わせるほうが、お客様はお喜びになるでしょう?」

「叔父さんと母さんて、そういう計算するところ、やっぱり姉弟だよね」苦笑いする風馬。

「お前も西園寺の血を継いでいるのよ。もっと自分の特性を生かさなくてはね」

「はいはい。サービス精神旺盛に行きますよ」

「風馬さん、違います。お義母さまは、したたかに立ち回れとおっしゃっているんです。サービス精神なんて通用する奴らではありません」澪が険しい顔で風馬を見上げた。


「…どっちが本当の親子か、わからないな」ため息をつく風馬。

「こら、澪。もう少し、旦那様を立てるということをしないと…」

「誠さん、そんなお気遣いはご無用よ。少し甘やかして育ててしまったものだから、こうしてはっきりと意見してくれる人が傍にいないとね」微笑む華織。

「まあ、こういうやりとりが楽しい、ちょっと変わった家族なんだよ」躍太郎が言う。


「兄さんも、早く風馬さんみたいな人を見つけてね」

「風馬さんみたいな人って言われても…」誠が眉間にしわを寄せた。

「大丈夫よ、澪ちゃん。誠さんにふさわしい方、もう、そこまで来ているわ」

「そうなんですか?“弐之命”」誠が華織を見つめる。

「ふふ。心配しないで、誠さん。災いの予知ではなくて、大人の女の“カン”だから」

「承知いたしました」

「だから、ステキなご褒美が舞い降りてくるように、お仕事頑張ってね」

 華織はとびきり嬉しそうに笑うと、誠の胸の真ん中を左手でそっと触れた。


  *  *  *


 躍太郎が出てきた部屋には、進、未那、弾、SEの高橋の他にも、西園寺家のホームドクター村上医師と、未那の3つ下の妹の麻那がいた。

 村上、未那、麻那の3人は、“神命医”と呼ばれる“命”専従の医者で、未那と麻那の祖父、西川重治が、その育成と指導に当たっていた。村上も、その弟子の一人である。


「では、この後、私たちもオリエンテーリングに参加するということですね、命宮…あ、いえ、進義兄さん」麻那は、しまったという顔をして、進に深く頭を下げた。

 進も一瞬顔をこわばらせるが、すぐに穏やかな表情に戻る。

「そんなに怖い顔なさらないで、イマジカの高橋制作部長」未那が言う。

「いいえ、未那ちゃん、私がいけないの。その呼び方は外ではしないきまりですもの。少しの油断が大事につながるわ。すみませんでした」麻那が静かに言う。


「まあ…ついつい呼んでしまう麻那ちゃんの気持ちもわかるがね。

 この午前中、レベルの高い力を使える人間は限られるし、紗由さまたちが広い場所で遊びまわるとなれば、当然ながら危険も伴う。少しばかりの緊張と不安もあるだろう。

 頼りになる存在を確認したい、病人の心理にも通じる」村上医師が割って入る。


“命宮”というのは、“命”が特別に教育を施し、“命”の配下にある人々を束ねることを任された、特殊な立場に与えられる名称だ。

 必ずしも“命”の家系である必要は無いが、“命”的な精神感能力だけではなく、“命”を守るための身体能力と頭脳が求められる、ある意味、合格率の極めて低い難関職種と言える。

 実際、“命”各家に執事的な存在はいるものの、この20年以内に伊勢から正式に認められたのは、西園寺家、四辻家、九条家の“命宮”のみ、全国で3名に過ぎない。

 顔をその家の人間に明かすかどうかは、“命”の判断によるため、“命”の家族はまったく正体を知らない場合もあれば、一部の人間にだけ開示されている場合もある。


「まあ、ここは外じゃないけどね」進が微笑む。「渉、資料を皆に渡して」

「はい。これがオリエンテーリング公園の全体図と、部分図です。人が隠れやすい場所や、凹凸の関係で死角が出来やすい場所などをマークしてあります」

「木が多いねえ、やっぱり」村上が難しい顔で図を眺める。

「黄色い部分にはヘリが降りられるだけの場所がありますので、何かありましたら、お使いください」進が答える。

「まあ、私の出番がないことを祈ろう」微笑む村上。


「それから、公園の奥、青い線で示してあるのは防災壁だ。一辺が約300メートル。けっこう広い。普段はこの角の一つが切り取られたように開いているが、火事などのときは壁の中からシャッターが出てきてドッキングし、完全な四角形になって防火するようになっている。

 壁の中にはスタンプラリーのポイントが二つ。ひとつはここの小屋の中だ。それが最終ポイント」

「シャッターは手動なんですか?」麻那が尋ねた。

「コンクリート壁の何箇所かに熱センサーがあって、火事の場合は自動で閉まる。

 だが、公園の外にある市役所ビルの最上階に管理事務所の分室が設けられていて、それ以外の理由で閉めるときは、そこで操作する。

 公園の真ん中にある管理事務所でも操作が可能だ。公園内の事務所のほうには、躍太郎さまに行っていただく」


「市役所側は?」

「渉が。それ以外にも、フィットネスのほうから二人配置した。

 それと、分室の隣の部屋が市長室で、午後には総理との会談もあるので、SPが階全部を見ている。そこがジャックされる可能性は少ない。

 じゃあ、この後、向かいのビルの屋上から公園全体を俯瞰してチェックしておいて。持ち物の再確認は未那のほうで頼む」

「先に出るの?」

「まずは、すもも組にご挨拶だ」

 進は笑うと、胸元に小さな包みを携え、部屋を後にした。


  *  *  *


 響子は自分の手元にある羽童をじっと見つめながら、今朝の夢を思い出していた。

 息苦しそうにしている奏子を、この羽童と、もう一体の羽童を持った義父・奏人が笑顔で元気付けていた。

「おじいちゃまがついてる。大丈夫だよ」

 あの優しい声で、優しい笑顔で、義父は奏子に語りかけていた。


「お義父さま…どうか…どうか、奏子をお守りください」

 響子は羽童を握り締めると、夢の中で奏子が着ていたトレーニングウエアを手に取り、上着のポケットにしのばせた。


  *  *  *


 すもも組の面々は、紗由の宿泊している部屋に集合し、打ち合わせをしてから公園に向かうことになっていた。紗由の部屋は、しばらく前からドアを開けっ放しにしてある。

「さゆちゃん、おはよう!」元気に手を振り、息を切らして部屋に飛び込んでくる真里菜。

「おはよう!」紗由も元気に手を振り替えした。

「おはようございまーす!」続いて奏子も現れた。

「かなこちゃん、おはよう!」

「おはよう」いつもの調子でぼそっとつぶやき、ゆっくり入る恭介。

「恭介くん、おはよう!」


「おはようでござる!」

「充くん!」4人が一斉に声を上げた。

「いやあ、どーも、どーも」にんまりと笑いながら充がやってくる。

「しんぱいしたんだからね!!」にらみつける真里菜。だがキックはしない。

「よかった…充くん…よかった…」恭介は涙目だ。

「ありがとう、充くん。どうもありがとう」充の手をぎゅっと握る奏子。

「なんだか、モテモテでござるなあ」

「おつかれさま、充くん。きょうもよろしくね。やっぱり、にんじゃの充くんがいないと、さゆ、こまるから」

「ラジャー!!」ぴっと背を伸ばし敬礼する充。


「じゃあ、おやつのぼうけんのうちあわせ、はじめるよ! 充くんは、びよよ~んのやりかたもね」

「それなら、もう、れんしゅうしたでござるよ」

「どーやって!?」真里菜が充の胸をつかむ。

「ぐえーっ。べつのへやで、テレビでみてたでござるよぉ…」

「じゃあ、だいじょうぶだね」にっこり笑う紗由。「ぼうけんに、しゅーちゅーです!」

「おーっ!!」

 5人はこぶしを合わせると、真里菜と大地が、充を探しがてら下見をしたときの地図と写真を広げて、念入りに打ち合わせを始めた。


「紗由のやつ、もうおやつしか頭になさそうだな」

 忘れ物を取りに部屋に戻った涼一が、5人の様子を眺めながらバッグに書類を詰めている周子にささやいた。

「何だかもう、何を守って、何をするのか、よくわからないわね…」苦笑いする周子。

「大人も子どもも、敵も味方も、結局そんなところだったりしてな」

 涼一は天井を見上げて笑うと、熱心に話し合う娘たちの様子を見つめた。


  *  *  *


 朝香と美和子、美智香の3人は、誰が何を話すでもなく、華織の部屋で静かにうつむいたまま、時を過ごしていた。

 その沈黙を破ったのは美智香だった。

「ママ。私の聞きたいこと、教えてくれるでしょう?」

「美智香…」

「私ね、何かが変な気がしてたの。うまく言えないけど、お父様は死んでないって、ずーっと思ってた。仏壇のお父様の写真、何かが違う気がしてた。その意味が、沖縄に来てわかったの」

「わかったって、どういうこと?」美和子の声が震える。

「翼くんや奏子ちゃんに近づくとね、いろんなことがわかってくるの」美智香は美和子を見上げた。「彼らは、すごい。私が火を点けられる事なんて、大した事じゃない」

「美智香ちゃん…」


 朝香が声を掛けようとしたとき、ドアがノックされた。入ってきたのは竹田だった。

「美和子、美智香!」竹田は二人に駆け寄ったが、傍らの朝香に気づくと急に表情が強張った。「…朝香くん、どうして君が?」

「西園寺さんのお計らいです」美和子が答える。

「娘さんとお孫さんが危険にさらされたのを、西園寺さんが救って下さったんです」朝香が覆いかぶせるように言葉をつなげた。

「…だが、これ以上、君がここにいる必要はないはずだ。出て行ってくれ」苦々しげにつぶやく竹田。

「ですが先生…」

「うるさい! とっとと失せろ」


「待って、おじいちゃま! 美智香のお願いを聞いて!!」

「美智香?」

「美智香はわかってるの。その人、美智香の本当のお父さんなんでしょう?

 さっき会った時、わかったの。理由はわからないけど、美智香にはわかったの。美智香、本当のお父さんと一緒にいたい。そうさせて」

「な、何をわからんことを言ってるんだ。…美和子、いったい何を吹き込んだんだ」

「ママは関係ない!」美智香が声を荒げた。「でも、美智香はわかる。ちゃんとわかるの!」

「美智香…」


「先生」朝香が竹田の前に歩み寄った。「いろいろと、おっしゃりたいことがあるのはわかります。ですが、まずは私たち……親子3人で話をさせてください。お願いいたします。それから、後ほど四辻先生の件でお聞きしたいことがございます」

「朝香くん…」竹田が一瞬まゆをぴくりとさせた。

「おじいちゃま。ちゃんと後でお話しますから。だからお願いします」

「お父様。私からもお願いします」

 美和子は竹田に頭を下げ、ずっとそのままの姿勢でいた。朝香もそれに続くように、頭を下げ続けた。

「…勝手にしろ」

 竹田は部屋を出ていき、残された3人は複雑な笑みを浮かべながら、少しずつ歩み寄っていった。


  *  *  *


 ショウが、やはりキックとは連絡が取れないと報告すると、日下部は黙って目の前のコーヒーをかきまぜた。

「そりゃあ、そうだ。彼は囚われの身。そのままで連絡が取れるはずはない」

「は、早く助けないと…」

「彼が危ない…か」

「助けてください、お願いです。あいつを助けてください!」

「相手方に何か言われたか?」

「い、いえ…」どうしたらいいのかわからず、ショウはうつむいた。

「どうせ、手を止めろとでも言われたんだろう」

「あ…」

「いいだろう。そうしろ」

「え?」

「向こうの言うことを聞け。おまえは、はずれていい」


「で、でも、私がはずれるだけでは…。こちらの手をすべて止めないと…」

「やっぱり、そうか。…では、その振りをしろ。おまえはこの男たちを止めるんだ。園児を拉致する予定になっている」

 日下部は2枚の写真をショウに差し出した。

「彼らに話は付けておく。こっちが手の者全体を止めることを承知しなかったが、おまえは出来る範囲で向こうに従っているという事実を見せればいい。

 後で泣きつけば、キックの命くらい救ってくれるだろう。そういう部分の甘い連中だ」

「あ…ありがとうございます!」ショウは深々と頭を下げた。


「“火”を使え。写真の男たちはおまえの顔を知らない。それが“合図”になる。…もしも、そうだな、彼らが演技過剰でおまえに危害が及びそうになったなら、おまえに話をしに来た相手方に助けを求めろ。おまえが相手方の味方になったという信憑性が出てくる」

「はい」

「もし、キックが解放されて合流できたなら、キックにもその旨伝えろ」

「あの…でも、それでこちらの手は足りるんでしょうか」

「こちらの手は十分にあるし、園児は5人全部確保する必要は無い。まだこちらでは、あの5人のすべての力とその相互作用を確認しきれていない。ヘタに大人数を捕らえて、逆に力を使われすぎても困る」


「見ている限り、そんなにたいしたことはないと思うのですが…。ただのやんちゃな園児にしか見えませんし」

「…向こうは、子どもですら、やたらと手の内をひけらかして、力を盗まれるようなことはしない。だからこそ、長い歴史を保っているんだ」

 日下部に言われたショウは、その言葉に何か引っかかりを覚えたが、それを深く考える間もなく、日下部はショウに言った。

「いいか。しくじったら、おまえのターンは本当にこれが最後だ。心して当たれ」

 日下部はそう言うと、地図を広げて詳しい指示を始め、ショウは食い入るようにその地図を見つめた。


  *  *  *


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