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短編(超短編)

夕なぎ

作者: 芝田 弦也
掲載日:2017/08/28

ーー目を閉じた先に見えるもの。

それは……記憶の向こうにある永劫の世界。


何処かで生まれては寄せてはかえす波間の中に

大小様々な海月がたゆたう浜辺で、一対の足跡だけが刻まれていた。


己の鼓動が聞こえてきそうな程、雑多な音が止み静まり返る凪の時間。

潮の香りを大いに含んだ湿った空気で包まれる。

空気を吸い込めば鼻腔をくすぐる塩辛い涙の味。

情景と一緒に刻まれた香りの記憶。 

そっと入り込んで、記憶の蓋を緩めて行く。


トロトロと解け流れ呼び起こされて来る、いつかの映像。

瞼裏に映し出される、今を築き上げてくれた遠い日の私。

他の人には見せる事が出来ない、私だけが持つフィルム。

上映はいつも、この浜辺に来た時だけ。

意思とは関係無しに流れ始め、費える事の無い記憶の洪水が押し寄せる。


溢れすぎてしまわない様に、頬に何かが伝う前に、

頃合いを計っていつもこの場所と別れを告げる。

そっと目を開ければ、目元に溜まっていた水滴が零れ落ちて、

サラサラと乾ききった砂地に滲み、潤いを持たせて広がって行く。

水滴が落ちた所から芽吹く花の芽。

ぽつりぽつりと新緑の芽が顔を出して挨拶をする。


湿った空気を払い流してくれる陸風。

記憶の鍵を持って、海面を波立たせ吹荒れ流れて、

辺りに漂っていた重たい空気を隅々まで清らかにしてく。

気付けば、いつかに芽生えた花が咲誇り、

沈んで行く太陽に向かって微笑んでいた。


たおやかで勇ましい容姿に緩んでしまう頬。

甘くて優しい香りを運び、心を満たさせてくれる。

次来る時は、慈愛に満ちた面持ちで足を運ぶんだろう。


黄昏の空に煌めく一輪の花と、これから咲誇る花々を見守り続ける為に。

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