作戦決行
ウィスラを発ってから丸4日。アルバートに連れられ、ギンジとハヤテはウィビル王国にやって来ていた。
街の外からも立派な城がそびえ立っているのがよく見え、ハヤテたちは自然と緊張感に包まれていた。
「まぁ知り合いといえば大丈夫だと思うが……ヤマトの人間だとバレると面倒だからねぇ。そこだけは気をつけておいてくれたまえ」
「了解した」
三人はついに城門をくぐる。くぐった矢先、アルバートが門番兵に止められていたが、少し話すとあっさりと通れてしまった。
「な、なんだか緊張しますね……」
「……君の実力なら失敗することもない。何かあれば俺がどうにかしてやるから、堂々としていればいい」
冷たく聞こえるが、ギンジは感情を表に出すのが苦手なだけであり、彼なりにハヤテを気遣っているつもりだった。ハヤテ自身もそれはわかっているため、ギンジの言葉に安心感を覚えていた。
「さて……親玉だが城の地下に倉庫がある。倉庫の一番奥の棚を動かすと、隠し階段があるから、それを登ればだだっ広い部屋に出る。そこにあるはずだから、頑張ってくれたまえ」
「あんたは着いてこないのか?」
アルバートは指をわざとらしく振ると、背を向けて階段の方へ歩き出した。上にも下にも続いているこの階段が、地下へ続くものだった。
「私が案内できるのはここまでだ。一応私は国の王子なのでね……王位に興味がないとはいえ、国家転覆を企む連中に協力したと知られては面倒だ……ではまた会おう、さらばだ!!」
どこからともなく取り出したバラを撒き散らしながら、階段を登っていくアルバート。ギンジは特に興味も示さず、階段を下りる。ハヤテも後に続き、地下へと下りていく。
「ほ、ほんとに隠し階段とかあんのかなあ……」
「あの王子はアホだが嘘はつかない。あるというならあるのだろう」
「オルダといい、ギンジさんといい、信用がすごいですね?」
「信用はしていない。アホだから嘘がつけないだけだ、あの王子は」
それなりに長い階段を降りていくと、倉庫にたどり着く。ただ王宮の倉庫だけあって、中はとても広く、奥の棚に向かうまでに衛兵が三人ほど、巡回をしていた。
「こんだけ倉庫を警備してるってことはやっぱあの棚がそーなんすね……でもどうやって突破しましょう?」
「……」
「お、ギンジから信号が入った。行こうか、メリッサ」
「はい」
ギンジからの信号が届き、王宮へと向かう準備を始めるオルダたち。ギンジに対しオルダは、「何か支障が出たとき、もしくは突入準備ができたときにサインを送れ」と通信魔法道具を持たせている。そのため、この信号が支障が出たのか、準備が整ったのかはオルダにもわからなかった。
「それにしてもわかりにくい信号ですね……せめて支障時の信号だけでも変えたらよかったのに」
「うーん、そこまで頭回らんかったわ! 一応どっちにも対処できるように準備はしてあるし、ギンジがいれば大丈夫だろ」
メリッサとオルダは転送魔法陣の上に立つ。転送魔法陣は転送先にも同じものを書いていなければ転送できない。メリッサは、オルダの指示で王室に全く同じサイズの魔法陣を先程書いてきたところだった。その魔法陣を使って一度こちらに戻ってきたため、もうそろそろ妙な魔法陣があるのがバレている頃だろう。
「さぁて、準備はいいかな?」
「いつでもどうぞ」
メリッサの声を合図に二人は王宮へと転送される。転送時間は距離にもよるが、今回の場合は約5秒。5秒後には王室のど真ん中に立っているのだ。
「衛兵が待ち構えてなきゃいいけどね〜」
「それが狙いのくせに……」
あっという間に王室に着く。オルダの狙い通り、すでに魔法陣は衛兵に囲まれていた。
「おっ、集まってる集まってる! メリッサの魔力、少しここに残してきといてよかったね〜」
衛兵たちは突如魔法陣から現れた、国最高の魔導師の姿に驚きを隠せない。衛兵の一人が前に躍り出で、オルダに疑問をぶつける。
「へ、兵団長! なぜ貴方が魔法陣から……今はウィスラ近辺に遠征中ではなかったのですか!?」
「あは、そうだったんだけどね〜。ちょっと国王様の悪事が目に余るっていうか。少し調子に乗りすぎだよね? っていう口実でとりあえずしばきに来ました! てへっ!」
「メ、メリッサ様! これは一体どういう……」
「国王様はどこにいらっしゃいますか? 今すぐここに連れてきなさい」
「……ッ!! し、しかし国王様は今は……」
歯切れの悪い衛兵たちに、オルダは何かを察したようで、先程の態度から打って変わり、脅しに近い口調で言い放つ。
「下級兵がごちゃごちゃうるせぇなぁ……俺が出せっつったら1分以内に王を出すんだよ……どこだ? あのボンクラは……」
すると騒ぎを聞いたからか、王宮の半分以上の衛兵が王室に集まった。だが、王の姿は一向に見えない。その衛兵たちを束ねる衛兵長と思われし男が長い槍を持ちながら、前に出る。
「オルダ兵団長。メリッサ様。貴方たちを謀反罪で逮捕します。言い逃れはできませんよ、きちんと証拠も手に入れていますから」
衛兵長が懐から録音機能のついた魔法道具を取り出す。それを再生すると、確かに中には作戦会議の音声が録音されていた。
「お、メリッサ。ちゃんと届けてくれたんだな? まぁ直接的すぎて王サマが逃げちゃったみたいだけど……」
「仕方がありません、他に方法がなかったので」
実はこれはオルダの作戦である。わざと魔法道具を送りつけ、さらに王室の端に小さい転送魔法陣があると知れば、暗殺を企てているということは予測できるだろう。その相手が兵団長となれば、かなりの人数がいなければ捕縛はできない。簡潔に言えば、彼の目的は厄介な王の盾である衛兵を集め、一掃することだった。
「なっ……? 一体どういう……」
「衛兵長……だめだよ。上に立つものとして、そういうことは全体で共有しなきゃ……ほら、後ろで下級兵の雑魚ちゃんが戸惑ってるじゃん」
「だ、黙れッ! 総員、構え! 国家転覆を企んだ兵団長オルダ、長女メリッサを捕らえろ!」
戸惑いながらも、一斉に槍の先を二人に向け突進してくる兵士たち。だが、オルダとメリッサは常時すました表情で敵を迎え撃つ。
広い王室が血で汚れるまでは、そう時間はかからなかった。国最強の魔導師に対し、兵たちはなすすべもなく、次々と倒れていった。
「さて……あっちはどうなってるかなぁ」
最後に残った衛兵長を見下しながら、オルダは静かに呟いた。