雑談〜初日の夜〜
オルダと契約を結んだその日の夜。ハヤテは客室に通され、そこで休むことになった。時刻は夜1時を回っている。窓から見える街は、街灯があるとはいえ、そこまで良い品質でないためか、ぼんやりと周りを照らす程度で全体的に薄暗い。
外に来て初めての夜、眠れなかったハヤテは少しバルコニーに出ることにした。
客室を出てまっすぐ、大広間に備え付けられているバルコニーには、すでに先客がいた。その先客はこちらに気がつくと、ニコリと微笑む。
「やぁ、ハヤテ。眠れないのかい?」
「まぁ……外に出て初めての夜だから、興奮しちゃってさ」
「ふふ、そうか」
それから特に会話をすることもなく、2人でバルコニーで涼む。その空気に耐えられなくなったハヤテは無理やり話題を絞り出し、彼に問いかけた。
「なぁ……俺でよかったのか、協力者って。俺はまだ未熟だし、世間知らずだし、役に立てるかはわかんねぇぞ」
「大丈夫、ヤマトの人間の強さはよく知ってるからさ」
そうか、とハヤテの答えを最後に、再び黙りこむ2人。居ても立っても居られなくなってハヤテは部屋に戻ろうと扉を開け中に入ろうとした、その時。オルダがハヤテを呼び止めた。
「なんだよ……」
「ハヤテはさ、本とか読む?」
脈絡のない質問に、頭に疑問符を浮かせながら彼は答える。
「まぁ……それなりに。『復讐の勇者』ってのはおもしろかったな」
「あぁ……家族を全員殺された勇者が、ボロボロになりながら仇を討つってやつね」
魔導師というのは知識の多さによって勝負が決まる。普段から本を読み漁っているオルダにとって、この本は数ある本の一冊に過ぎないのだが、一度読んだ本は内容は全て把握しているのだ。
「あの本の悪人って、他の人たちも殺して……色んな人から恨み買ってたでしょ? でも結局敵討ちのために動いたのは一番悲惨な被害にあった勇者なんだよな」
「……? それがどうかしたか?」
一息ためると、オルダはまたしてもハヤテに問いかける。
「物語において……世界を変えるのは生まれながらの勇者じゃなきゃダメ? それとも、転生した女神様? 闇に堕ちた光の戦士? ……たまには、ただの庶民が成り上がって世界を変える。そんな話があっても俺はいいと思うんだよね」
「……」
いまいち話の趣旨がわからなかったハヤテは、オルダにどう返したらいいかわからず、黙ったままバルコニーを後にした。オルダ自身も、彼に答えを望んでいたわけではない。ただ自分に言い聞かせたかっただけなのだと、わかっていた。
「……わかってたつもりなんだけどなー」
その小さな呟きは、誰にも聞こえることなく、夜の闇へと溶けていった。