レガーメ・ファンタジア
刻一刻と迫る、母親ロボットの寿命。ハヤテの拳程度の大きさだった記憶の結晶体はたったの数分で一回りほど小さくなってしまっていた。
「もうこんな小さくッ……!? そうだ、魔法なんだよな、これ!? オルダならなんとか……!」
『この魔法は失われた古代の魔法……たとえ魔法の天才であるオルダさんであっても、この状況をどうにかする手立てはないでしょう。だから私が動かなくなる前にセトを……』
母親ロボットは何かの気配を感じたかのように、街の入り口の方向を見つめる。その時ハヤテには何も聞こえなかったが、次第に大勢の人間がこちらに向かっている雄叫びが聞こえてきた。
「な、なんだ!? 声がこっちに向かってきてる!」
『……昼間追い払った盗賊と同じ生命を探知しました。仲間を引き連れて、再度攻めてくるとは……ハヤテさん! お願いします。セトを……あの子を連れて遠くへ……! 私が少しの間時間を稼ぎます!』
母親ロボットはそう言うと戦闘態勢を取り、路地から出て行こうとする。しかしその行く手をとある人物が塞ぐ。
『……!? オルダさん、セラーナさん……』
「本当にあいつの母親としていたいなら、最期の時くらい一緒にいてやんなよ。一人ってのは子供にとって……本当に辛いんだ」
「盗賊は私たちが引き受けます。だからあなたは、セトくんのそばに居てあげてください。」
ハヤテは、露地を塞ぐ二人の真ん中に立つと、腰の短剣を抜き、セラーナの持ってきたカバンの中から苦無をあるだけ出し、腰に装備する。
「というわけだ。子守唄くらい歌えないと母親失格だぜ。……セイラさん」
三人は路地を抜け、大通りへと走り出す。母親ロボットはしばらく呆然としていたが、セトが一人だということを思い出すと、大急ぎで彼の寝ている部屋に戻る。セトは寝息を立て、変わりない安らかな顔で眠っていた。
『……』
母親ロボットは彼の頭を撫でると、その小さな手を掴み、柔らかく両手で包み込んだ。
一方でハヤテたち三人はだんだんと大きくなる声に向かって、走っていた。街灯もつかない廃墟都市のため、大通りといっても全く周りが見えない。オルダの炎魔法で辛うじて足元が見えるくらいだった。
ひたすらに、自分たちが入ってきた入り口の方へ走ると、やがて多くの松明の火が見えてきた。敵のリーダーの姿がはっきり見える。それは、もう目の前に敵がいるという証拠だった。約100ほどの盗賊と対面する3人。敵は圧倒的な数の差かあるとわかると、余裕ぶった表情になる。
「なんだァ……? てめぇらには用はねえ。ここにいたロボットを出しな」
「……」
3人は喋らない。ひたすらに敵を睨みつけ、一歩も引こうとしなかった。敵が油断しているとわかっていたからこそ、最初の一手を間違えたくなかったのだ。
「おい、聞こえてんのかよ? てめぇらはお呼びじゃねぇっつったんだ」
徐々にイライラしてきているのが、声からも伝わる。後ろの下っ端たちも何かを仕掛けてくる様子はないが、武器を構えている様子を見ると、リーダーがいつ号令をかけてもいいように準備しているようだった。
「……ちッ! 野郎ども! こいつらを殺してロボットを探し出せェ!!」
部下たちの雄叫びとともに全員が3人に向かってくる。リーダーが剣を大きく振りかぶり、ハヤテに斬りかかろうとしたその時、セラーナがハヤテの前に出てリーダーの攻撃を受け止める。それと同時にオルダが自分自身とハヤテに防御魔法をかけ、彼女の爆風から守った。
「うぉっ!?」
リーダーは情けない声を上げると爆風に巻き込まれ、後方に吹っ飛ぶ。自分たちのリーダーが一撃でやられてしまったことに、盗賊たちは戸惑いつつも数で襲おうと勢いを止めることなく進撃してくる。
「数で押すのもいい作戦だけど……! 相手の力量を測れないようじゃ戦士失格だ! 隆起大地!」
敵の足元を突き上げ、後方から迫る敵の足止めをするオルダ。思うように足が進まず盛り上がり大地から逃れようとする盗賊を、ハヤテが一人ずつ短剣で切り捨てる。
「心練分身……!」
ハヤテの分身が現れる。盗賊たちは忍びというものを知っている。だからこそ、彼の分身は実体を伴わないものだと確信していた。
「分身自体に攻撃力はねぇ! 確率は4分の1だ! やっちまえェ!」
だが、彼は違った。心練による自己暗示を得意するハヤテは、心練によって得た驚異的なスピードで残像を残しながら相手をしっかり4回斬りつけていた。敵はあまりのスピードに斬られたことにすら気づかない。この力こそが、ハヤテが村を出る際に選ばれた要因である。
「ぐぇぉっ!?」
何が起こっているかもわからず倒れていく山賊たち。やがて彼らは敵わないということがわかったのか撤退を計ろうとする。だが彼ら退路に大剣を突き刺し、塞ぐ者がいた。
「貴方達は危険……あの2人に少しでも危険が及ぶ要素があるならば……それを排除するのが私の役目!」
「まっ、待ってくれェ!! もう街は襲わねェ! 大人しく生きるから……ここは見逃して……」
「貴方達が重ねてきた罪、今ここで私がその重さを教えてあげます! 焔纏!!」
彼女の大剣がとてつもない大きさの炎を纏い、燃え上がる。大剣と呼ぶにも大きすぎるその炎は、敵を全て飲み込んだ……
盗賊達を蹴散らした3人は、母親ロボットとセトの元に戻る。さすがにセトもあれだけの戦いがあったため目が覚めたようで、母親にロボットに縋り付いて震えていた。
「もう大丈夫です。全員、蹴散らしてきましたので」
『……ありがとうございます。なんとお礼を言ったら良いか……』
初めてロボットの声を聞いたセトは、目を丸くする。これまで一方的に話し続けてきた彼は、いつも心のどこかで寂しさを感じていた。
「おかあさん、なんで今まで喋ってくれなかったの……?」
母親ロボットは言葉に詰まる。どう言っても言い訳にしかならないような気がしたからだ。目を潤ませて、セトは母親ロボットを見上げている。偽物とはいえこんな悲しそうな顔にしてしまったことに、彼女は後悔さえしていたのだ。
『私は……貴方の力によって生まれた偽物の母親……確かに記憶はあなたの母親の物だけど、私はその記憶を頼りに記憶に忠実に行動するべきだと判断しました。だから私は……』
「わけわかんないよ!! おかあさんはおかあさんでしょ!? なんでそんな他人みたいな話し方するの!?」
長い時を超えてたった1人目覚めたセトにとって、母親ロボットは唯一悲しさを紛らわせる存在だった。その本人に否定されてしまった彼の心の悲しみは、とてつもなく大きい。
「なぁ、セト。聴いてくれ。お前の母さんは、もうすぐ遠いとこに行くんだ。だから俺たちと一緒に来ないか?」
「……嫌だ。ほくもおかあさんと一緒にいく!」
『……』
「セト、君は行けないんだよ。お母さんも君が1人になることを心配してるんだ」
「でも……」
頑なに母親ロボットから離れないセト。その間にも、母親ロボットの記憶の結晶体は、彼女の身体の中でどんどん小さくなっている。少しずつ動きが鈍くなってきて、限界がもうきているであろうことを3人は察していた。
『もう、結晶体が持ちません……皆さん、セトのことをよろしくお願いします……』
彼女の体を支えていた足がガクンとおれ、膝をつくような体勢になる。腕も片方はもう動かないようでうなだれている。
「……わかってるよ」
機能停止に追いやられる自身の母親の姿を見て、セトは小さく言葉を漏らす。
「僕がやったんだもん……お母さんがお母さんじゃないってことぐらい、わかってるよ……」
「……」
「でも、お母さんだから……僕を守って闘って……いつも一緒にくれたから……」
『……』
母親ロボットはもう喋ることすらままらない。辛うじて動く右腕を、精一杯持ち上げながら、セトの頭に優しく置く。
『セ、ト……だい、すき……』
やっとの事で言葉を絞り出し、そのまま動かなくなる母親ロボット。最後の彼女の言葉は、まるで人間のような、愛に溢れた感情豊かな声だった。
セトは母親ロボットの胸を開けると、綺麗な紫色のビー玉のようなものを取り出す。
「これは……結晶体の残骸でしょうか。とても綺麗な……」
セトはそれをポッケに入れると近くのリュックに、おもちゃや母親との思い出の品を詰め込む。
「これでまたお母さんに会えるかもしれないし、泣かないよ! だから、僕も連れてってください!」
ぺこりと小さなお辞儀をするセト。オルダが彼を抱き上げると、苦しいくらいの抱擁を交わす。
「当たり前だ……! ちゃんと俺たちが守ってあげるからね! お母さんに会う方法、見つけよう!」
こうして一行は新たにセトを仲間に加え、ユマの里を目指す。セトの作った車というものを見て、彼らが驚きの声をあげたのは言うまでもないだろう……




