忍者と魔導師
その日は前日の台風が嘘のように、青い空が広がっていた。とある村の家の前。大勢の村人に見送られ、1人の少年が旅立とうとしていた。
「いやぁ、いい天気! 旅立ちにふさわしい!」
「ハヤテ、あんまり浮かれるんじゃないよ! 旅立ちの儀も真面目にやらないなんて、あたしゃ恥ずかしいよ!」
ハヤテと呼ばれた赤髪を逆立てた少年は、自身の母親に向かって笑いかける。
「まあ任せとけよ母さん! 必ず見つけ出してみせるさ、一族のためにもな!」
「大丈夫かねぇ……お金は持ったかい? 夜は無闇に外を歩き回るんじゃないよ。金の話はまず怪しみな。それと……」
「あーもう! わかってるってば、それ昨日も同じこと言ってた!」
そう言うとハヤテは自分のバッグを背負うと、手を振りながら走り出す。
「じゃあみんな楽しみにしといてくれよなー! 絶対に探し出して持ち帰るから!」
村人たちがそれぞれの声援を送りながら手を振る中、彼の母親だけは始終不安そうな顔をしていた。
「心配するな、カエデ。あの子はあんなんでもうちの村じゃ一番格闘センスがある。そんじょそこらの悪漢には負けないさ」
村長のゼンに励まされたアベルはフッと笑顔を浮かべる。
「あぁ、そんなのは私が一番知ってるさ」
場所は変わり、村から少し離れた森。
ハヤテの村は山に囲まれた谷にあるため、まずは山を越え森に出なければならない。山自体は抜け道があるのですぐに越えられるのだが、この森は多くの獣が出るため普通の人間は村には近づくことができない。長い時間をかけて成長を遂げた木々によって、光は遮られ、森の中は全体的に薄暗い。視界が悪いため、あまり大きな動作は取れない。
だが、ハヤテは小さい頃からこの森を修練場としていたため、この森については知り尽くしている。
「ほっ!」
襲いかかる獣たちを次々と苦無と呼ばれる武器で倒していく。彼にとってここはウォーミングアップに丁度いい狩場であった。
「うしっ! さっさと森抜けて……とりあえずは街に行かなきゃだな。情報仕入れなきゃ」
木から木へと飛び移りながら移動するハヤテ。森を抜けるのにそう時間はかからなかった。だいたい4時間程度。ひたすらに森の木々の間を飛びながら移動する。さすがに上の方の木を移動していると、多少は光も入るため、彼にとってこの森は暗いというイメージはなかった。そして少しずつ、木々の間に光が見え始め、彼は森を抜けた。
「抜けたー! さぁ街に……」
ハヤテは絶句した。目の前の景色があまりにも凄まじいものだったからだ。
長老からは、背丈の低い草が生い茂る野原だと聞いていた。だが、目の前の光景はそんな平和な風景とは程遠く、荒れ果てていた。少なくともハヤテが見渡せる範囲は全て。草木は焼かれ、岩は割れ、所々から黒煙が立ち昇っている。
「うわぁ〜、ヒッデェ……なんだこれ……」
呆然と立っていると、ハヤテは後ろから気配を感じた。とっさに苦無を投げるが誰もいない。
「なんだ……? 確かに後ろに気配が……」
生き物の気配がしなかったこの空間で、突如後ろに現れた謎の生物。人か、はたまた獣かそれは分からないが、正体不明の謎の生物に警戒するハヤテ。
すると次は真横から先程と同じ気配。腰に携えていた短剣を抜き、真横に振る。だがまたしても何かに当たることはなく、刃が宙を切っただけだった。
「くそっ! なんだってんだよ!? さっきから誰だ!?」
冷静さを失いかけるハヤテ。だがやはり村で選ばれただけあって、ここで闇雲に動くような人間ではない。
すうっと深呼吸をして神経を尖らせる。すると途切れ途切れではあるが、気配を感知できるようになった。
(速すぎて、気配が追えない……! 次はどっちだ、後ろか? 真横? それとも正面?)
敵があまりにも速すぎるため、まだ若いハヤテにはその動きを追うことはできなかった。冷や汗が頰を伝って地面に落ちる。気配は確実に自分の周りを動きながら近づいてきている。
(どこだ、どこだ! 集中しなきゃ……!)
「真上だ!」
すると突如聞こえてきた声とともに火の玉が飛んでくる。火の玉はハヤテの五メートルほど上で何かに当たったように爆発した。
「氷結棺桶」
すると、先程までハヤテが捉えきれなかったであろう相手が氷に包まれて地面に落ちる。忍び装束のようなものを着ており、ハヤテにはその服に既視感があった。
「忍術……?」
しかし、捕らえられた相手も負けてはなかった。印を
組むと口から炎を出し、まとわりつく氷を溶かしてしまった。
「宮廷魔導師風情が……邪魔せずに大人しく部屋に篭っていればいいものを……」
奇妙な術を使ったであろう、男に対し憎まれ口を叩く、忍び装束の男。まだ19歳程度であろう相手をしっかり見据え、ハヤテの方を見ようとはしなかった。
「アンタがこんなに暴れなきゃほっといたけど……王直々の命令だ。アンタをここで抹殺する」
魔導師と言われた男は目の前に魔法陣を展開する。村育ちのハヤテは魔法というものを文献でしか読んだことがなく、実物を見るのは初めてだった。
「星群」
途端に空は急に暗くなり、不規則に星が浮かび始めた。かなりの広範囲に星が散りばめられており、昼だということを忘れそうな美しさだった。
「えっ、なんだこれすっげー……」
感心するハヤテとは対照的に忍び装束の男は悪態をつく。
「また奇妙な術を使いやがって……だがな、当たんなきゃ意味ねーんだよ! 俺は風神様の恩恵を受けてんだ、てめぇの魔法のスピードを超える速度で動きゃ問題ね……」
男が全てを言い終わる前に決着は着いていた。いつの間にか男の首がはねられ、何処かに飛んでいってしまったのである。
「え……」
空に見とれていたハヤテには一瞬何が起こったのか分からなかった。
数秒後、男の首があの宮廷魔導師と呼ばれた男にはねられたということを理解する。
「速度を捉えられたから一発目の火の玉を当てられたのに……そこに気づくべきだと君も思うよね?」
突然問いかけられたハヤテは声を出すことができず、コクコクと頷くだけだった。
「まぁ……君が無事で良かったよ。こいつら明確に君を狙ってるみたいだったし……」
「あ、助けてくれてありがと……」
お礼を告げると彼はニコリと微笑み腰を抜かしたハヤテに手を伸ばす。ハヤテはその手に捕まり、立ち上がった。
「す、すげーな。それが魔法ってやつなのか? 初めて見た……」
「……あぁ、君もヤマト地方の人かな? あそこは魔法の概念が未熟だよね、忍術の方が発展してるみたいだし」
「あぁ、俺の村の人間でも忍術を使える奴は限られてるんだけど……魔法は見たことない」
ハヤテは先程死んだ男に目を向け、彼に尋ねる。
「なぁ、あいつは……なんなんだ? なんでここに……」
「俺たちにもわかんないんだよね、だから調査してるんだけど。その男……今死んだ奴ね、組織で動いてるらしいんだけど、ヤマト地方の連中みたいだし、なんもわかんなくて……」
はぁ、と彼は大袈裟にため息をついてみせると、改めて自己紹介をした。
「あ、俺はオルダ。宮廷魔導師なんだ、よろしくな」
「ハヤテだ、歳は18。よろしく」
「えっ!? 同い年じゃん! タメの友達欲しかったんだよね〜!」
1人で勝手に舞い上がるオルダ。ハヤテは変な奴だと思いながら彼に質問をぶつける。
「なぁ、ここから一番近い街ってどこだ?」
「こっからだと俺の仕事してる街が近いから一緒に行こう! また狙われても守れるしな!」
そうして彼の提案により、ハヤテとオルダは共に街を目指すことになったのだった。