他意の無い薄赤色
「……本当に器用ね」
目の前でチークブラシを持っている幼馴染みを見上げて、思ったことをそのまま口にした。
幼馴染みの性別は男で、異性だが、持ち前の手先の器用さを今披露している。
私自身不器用ではないが、自分でするのと人にしてもらうのとでは別物らしい。
「器用だとしても、好きではねぇな」
長い前髪を左目側に寄せている幼馴染みは、こちらから見える右目を細めながらそう言った。
テキパキとした動きだが、得意不得意と好き嫌いは違うもので、得意でも嫌いなことがあるのだ。
幼馴染みは男で、特別ファッション関連が好きなわけでもないので、当然と言えば当然のことかもしれない。
トランスフォーム、と呼ぶに相応しい形のメイクボックスから、色々取り出しては、色確認のために自分の腕にその用品の色を試している。
好きでなくとも、その目は真剣そのものだ。
その様子を見ていると、つくづく、何故こうなってしまったのか、という思いが湧いては消えていく。
消えていく理由としては、その何故を知っているからなのだが、それでも何故、と思ってしまうのが人間なのだ。
兎に角明確な理由が欲しくて堪らないのだ、きっと。
事の発端は私の実兄で、愚兄だった。
それなりに年の離れた兄だが、私の幼馴染みのことくらいは当然の如くしっていて、尚且つ、私と同じように妹弟のように溺愛している。
口癖は「俺の可愛い妹弟達!」だ。
所謂シスコンでブラコンなのだ、異常性癖なのだ。
そうして、そんな兄は、給料日前だというのに、何故か本格的な阿呆みたいなメイク道具一式を購入し、揃えてやって来た。
「喜んでくれ!お土産だ!」と、酷く楽しそうな声をノイズ混じりに思い出す。
因みに私はそんなことで喜ぶことなく、寧ろ嫌な予感すらしていたので、白い目を向けた。
目の前にいる幼馴染みも、同じように白い目――とまではいかないが、胡散臭いものでも見るような、警戒心剥き出しの目を向けていたのを覚えている。
あの場で喜んだのは、何処か幼い残りの幼馴染み二人組だった。
どちらも女で同性だが、愚兄のお土産(自称)を見たら、直ぐに興味を失ったように項垂れていたが。
「見える下心のせいで、アレと血が繋がってることが恥ずかしくて堪らないわ」
はぁ、と溜息を吐きながら、顔を下げると、幼馴染みの手が伸びてきて顎を掴む。
細められた右目が、動くな、と言っていた。
顎を掴む指の間には、細い筆が握られており、その逆手には複数本の口紅が握られている。
「単純に身内大好きなだけだろ。あの人の場合」
結局色を何にしたのか。
顎から手を離すと、持っていた複数の口紅を置き、一つだけ手にした状態で筆に色を乗せた。
幾らしたのか分からないメイクボックスを手に取ったのは、目の前の幼馴染みで、それと同時に私の手も取ったのだ。
メイクボックスには興味のきの字も示さなかった二人の幼馴染みに至っては、わーい、だとか、楽しみー、だとか言っていたのを覚えている。
自分がするのも、されるのも嫌なくせに、されるのを見るのは好きらしい。
「……濃いな」
筆を唇に走らせていた幼馴染みだが、それを離すと眉を寄せる。
化粧が始まってから、一度も鏡を見せてもらっていないので、何がどうなっているのか分からない。
鏡を見せてもらおうと声を掛けるよりも先に、近付いた幼馴染みの顔を見て言葉が霧散する。
ふにりと柔らかいものが一瞬ぶつかり、ゆっくりと離れていく。
目の前にある幼馴染みの唇には、薄らとした赤が付いており、それを指で拭いながらこちらの顔を見る。
「よし、終わり」
ガチャガチャとメイクボックスを片付ける幼馴染みに手渡された手鏡を持ち、その中に映る自分の顔を見てみた。
確かに、私の唇へ薄くなった赤で彩られていた。