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ミラルディとヨシュアとスーゴ

 深夜。紫神殿の一室で。

 闇の中で動く人の気配を感じ、横たわっていたヨシュアは少し顔を上げた。


「ミラルディ様ですか」


 その声が言い終わるや否や、寝台に誰かが乗る。

 長い髪が自らの手の甲をふわりと滑っていくのを感じて、確信したヨシュアはにやけた。

 そろそろ、ミラルディの方から来るのではないかと思ってた。

 次には身体の上に乗る小さな重みにヨシュアは声をかけた。


「遅かったですね。もう今日は来ないのかと。ランプは? つけないのですか?このままで?」


 言ったそばから、柔らかな唇が自分の口にぶつかる。ヨシュアは応じながら、そろそろと暗闇の彼女を探った。

 衣に手をかけると彼女が毛を逆立てる猫のように反応した。


「やめて。触らないで」

「衣は着たままですか?」


 彼女は答えずに自分に体重をかけて後ろに倒した。

 ため息をついて、ヨシュアは彼女から手を離し、されるがままとなる。


「どうしました? スーゴがまた新作でも?」

「……」


 彼女は応えない。

 自らの身体を探る様子にヨシュアは痺れを切らし、顔をそむけて彼女の口から逃れた。


「ミラルディ様。これじゃ貴女本位でザヤの邑と同じです。姿が見えないぶん、あの時よりひどい」

「……」

「こういうのはあまり好きじゃない。すみません」

「……」


 彼女が素直に離れた。


「何故、暗闇にする必要が?」

「……私の身体が見えないようによ」


 小さく彼女が答える。


「私の身体を見たら、貴方は私を子供だと思うもの」

「今更じゃないですか」


 ヨシュアは苦笑する。


「見えなかったら貴女を大人の女性として見るとでも? 」

「……」

「正直に申し上げますと、貴女の身体では物足らずに他の女性の身体を思い浮かべたことが私はありますよ」


 彼女が息を飲むのが分かった。


「……言って良いことと悪いことがあるわよ」


 彼女の抑えた低い声が返ってくる。


「事実です。すみません。これは方法としての話で」

「今まで貴方、私の前で他の女の身体を何回も考えてたの?」

「貴女の顔が見えないのは私は嫌だと言ってるんですよ。重要なのは、相手をしているのは貴女だということでしょう」


 おそらくふくれっ面をしているであろう美少女にヨシュアは手を伸ばし、彼女の顔を探し出す。

 微笑んで顔を近づけ、額に口を押し当て、彼女の髪を撫でる。


「貴女の顔はすごく可愛……ったっ!」


 手に噛み付かれた痛みにヨシュアはあわてて手を引いた。

 瞬間、彼女はヨシュアの上から下り、部屋から駆け去っていった。

 まるで一陣の風が通り過ぎていったかのように。

 あとには行きどころを失ったヨシュアが取り残される。


 手を噛まれたときに濡れたように感じたのは唾液だけだったのだろうか。

 ヨシュアは手を押さえながら、冷えた部屋をわびしく思い、ため息をついた。

 せっかく、彼女をこの手に抱きながら温かな眠りに落ちることが出来るかと思ったのに。

 空虚な寝床へと再びヨシュアは潜り込んだ。



 *  *  *



 スーゴは自分のいびきの大きさのあまり、あわてて目覚めた。

 気づくとランプは点けっぱなしで、寝所にうつ伏せになり、本を広げた上に顔を乗せていた。

 どうやら読み入ってるうちに眠ってしまったようだ。

 欠伸をしながら本を閉じ、スーゴは寝返る。

 途端に心臓がとびあがるほど驚いて息を飲んだ。


「こ、こんばんは」


 いつの間にか真後ろにミラルディが横たわっていた。

 全然気がつかなかった。

 ミラルディが来たのは久しぶりである。最近はヨシュア様のところにしか行っていないと思っていた。


 驚いた自分の顔を見ることなく、ミラルディは静かに宙を睨んでいた。

 その目の端が赤いのを見てスーゴは戸惑う。


「あの、ヨシュア様と……喧嘩でも?」


 自分の声にちらりとミラルディは目を向けた。


「ねえ、スーゴ。どうしたら私は大人の女に見えるかしら」


 頭の巡りの早い彼はこれで大体の流れを理解した。

 彼女はこれまでのような目的でここにきたわけではない。


「ミラルディ様。それは考えるだけ無駄というものです」


 幼い姿の美女の切ない問いに。

 スーゴは哀れに思いながらも言葉を続ける。


「変えようのない外見についてあれこれ考えることほど、非生産的なことはありませんよ」

「……貴方の言葉だととても真実味があるわね」

「まあ、そうでしょう」


 醜さについては追随を許さないスーゴの答えにミラルディはふふ、と笑った。


「どうにもならないことだと分かっていても、私、たまに考えちゃうのよ。……あと五年、成長した姿だったら……いえ、あと三年で良かったわ。それだったら確実に私は女の姿をしていたのに、て」


 ほぼ平らな胸も。肉の薄い尻も。

 何度か関係を持ったスーゴは彼女の身体を知っていたが、そんなことは取るに足らないことのように思えた。

 それを勝る美しさと色香が彼女には備わっているのだから。

 時折にじみ出る包容力にも。男なら包まれたくなるのにも関わらず。


 ミラルディを知る前は「色気づいたガキ」だと彼女のことを称していたスーゴだったが、今では彼女を若干崇拝している自分に気づいていた。


 物思いに沈み、憂鬱な表情を見せる美しい彼女に、スーゴは思い切って口を開いた。


「貴女を子供扱いするような男は子供だ。つまらない男です」


 ミラルディが驚いたように目をみはった。その男に対して、スーゴがそんな物言いをするとは思わなかったようだ。


「……貴方は大人ね」


 ミラルディは微笑して、スーゴに手を伸ばしその頰に触れる。


「そんな男を許すような貴女は大人です」


 彼女の手の温かさに胸が高鳴り、下心をこめてスーゴは言ってみた。

 だが自分の慰めの言葉にミラルディに感情の変化は見られなかった。


 もう、彼女はそんな男であるあの方にしか心が動かないのだと。

 スーゴは確信し残念に思う。


「貴方は優しいわね」


 ミラルディがスーゴの頰から手をあっさりと離した。


「ねえ、眠くなっちゃった。ここで寝ていい?」

「どうぞ」

「ありがとう」


 言う彼女のスーゴに身を寄せてくる気配は全くない。

 スーゴは完璧に諦めて、目を閉じ呼吸を整えだすミラルディを見つめた。


 もう手に入らない存在の女性ほど、惹かれてしまうというのは世の常なのだろうか。


 スーゴはため息をつくと、そ、と身を起こし寝台の側のランプを吹き消した。



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