表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/47

神官ペレ

『僕のおかあさんが好きなの?』


 ロウレンティア山の紫神殿で出会い、ともに蹴鞠をして遊んだ美しい神官にペレがそう聞くと。

 その男は微笑むだけだった。

 それは言葉を失ったペレが実に五年越しに発した久しぶりの言葉だったのであるが。

 ペレはそのことに気が付いておらず、目の前の男もそんなことは知る由もなかった。


 おかあさんはおとうさんと結婚してるし。

 もう、だめだよ。


 男の目を見ながらペレが心の中でそう呟くと、男はその声が聞こえたかのように頷いた。

 子供の目から見ても美しい男の憂いを帯びたその表情は胸をうった。霊感の強いペレには男の中にいる弟たちの存在がみえて、男が他人だという気がしなかった。

 自分の母に横恋慕をする男だと知りながらも、ペレはそんな男を可哀想に思ったのだ。


 これがペレの記憶に残るヨシュアという男の最初で最後の記憶である。


 目の前の男が母アナベラを好いているという想いは純粋に伝わってきたから、ペレはその後、男のことを激しく憎む母を知って男のことを哀れに思った。


 ――だから、今も男を哀れに思った。


『ちょうどいいわ。途中の集落で売ってお金に換えましょう』


 ペレの家族が明日にはオレア島に向けて出発するというときだった。

 紫神殿から客が来た。

 その客はとても醜い神官であったから、ペレは以前も会ったその男のことをよく覚えていた。

 母と自分たち兄弟に紫神殿内を案内してくれた神官であった。


 彼は父ミゲロにたくさんの物を授けた。

 それは紫神殿から持ってきたとても高価な物で、ペレが一緒に蹴鞠をして遊んだヨシュアという男の贈り物だと、醜い彼は言った。

 アマランス産の金細工の杯、装飾品、サンセベリア産の光沢のある布や豪華な刺繍の布。

 ヒヤシンス産の青く透き通った大きな石。同様の石を細かく砕いて細工した装飾品。


 母アナベラは醜い男が去ったあと、それらの高価な品々にあまりにもあっさりと、なんとも無情に告げた。

 早速、街に出たら全て売り飛ばしましょう、と。


『全部、売るの?』


 驚いてペレは思わず声に出していた。

 それはあまりにもヨシュアという男が気の毒に思えた。

 母を慕う気持ちからヨシュアという男はこの品々を寄越したのだとペレには分かったからだ。


 そのときペレはちょうどその品々のうちの一つ、ヒヤシンス地方でしかとれない貴重な青い石を手にしていた。

 アナベラはそんなペレを勘違いしたようだった。


『ああ。それが気に入ったの? いいわよ、ならあげる。それはペレの物にしなさい。きっと値の張るものだから大事にしなさいね。困った時に売ってお金に換えたらいいわ』


 すんなりと母アナベラはその石をペレに授け、その他の品は言った通り、後日全て売っぱらってしまった。


 女というもの、いや母というものの強かさを感じた幼い日の思い出である。

 あのような美しい男の愛をさらりと金に換算することしか考えなかった母アナベラに、人とはかくも冷たい仕打ちができるのだと、このことはペレの心に強烈に焼きついた。




 * * *



『あっひゃあ。おらの母ちゃんの形見の石とおんなじ石だっちゃあ。お揃いだねえ、こりゃおったまげたがや』


 十数年後、父と同じ道を目指し五回目にしてロウレンティア神殿の神官登用試験にやっと受かったペレは。

 隣にいた自分と同じ合格者の一人の男に大きな声で突然話しかけられた。


 金髪に緑の目、年下の若者で名は男のくせにエイレネと言った。

 彼は今回初めて受けた登用試験にこの一度きりで合格したという。


『おらの父上は、大神官のスーゴ様だがや。おらが合格したのはこりゃあ、完璧にコネだっちゃねえ』


 あはは、とあっけらかんとそう言って笑う方言丸出しの田舎者の少年に、周囲の合格者たちは唖然とした。

 ペレは呆れを通り越して彼にすがすがしさを覚え、好感を持った。

 それは他の神官たちにとっても同じだったようで、彼を良く思わない者はその後、いなかった。


 くるくる変わるエイレネの表情は非常に魅力的で、やや滑稽な話し方や反応の大きさも周囲の者をひきつけた。

 コネで登用された、と言いながらも、彼の頭の回転の良さと仕事ぶりは本物で、特に彼の素晴らしく美しい筆致は皆をうならせた。

 父である大神官スーゴの教育の賜物だろう、と誰もが彼エイレネを認めた。


 同じ石を首にかけていたという巡り合わせから、ペレとエイレネは急速に親しくなった。

 話してみれば、エイレネの父親のスーゴ大神官とペレの父のミゲロ神官はかつて同期で、しかも同じ男に仕えた間柄だったというではないか。


『そういうわけなら、おらたちも仲良くするべなあ、よろしくお願いしますだペレさん』


 ニコニコと話しかける八歳年下の紅顔美少年のエイレネに対して、ペレははにかみながらもよろしく、と小さく頷いた。


 生真面目でやや寡黙なきらいのあるペレと誰とでもすぐに打ち解ける屈託のないエイレネは珍しい取り合わせだったが、二人はそれからよく行動をともにした。


 それはこのときから十数年後の話である。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ