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アナベラとヨシュア

前回から半年ぐらい経ってます。

 吐息と熱。

 寝台の傍に置かれたランプの炎がもたらす灯り。

 それだけが部屋を満たす。


 寝台上の二人に会話はない。

 互いの熱を奪うようにぶつけ合っているだけだ。

 片方が動きを止めれば、すぐさまもう片方が乗り上げてそれは続く。

 毎晩、続けられるその男女の行為はまるで儀式のようだった。

 なにかに追い立てられるように互いの身体を貪り合う様は傷つけ合う闘士のようでもある。

 二人には自身にも相手の身体にも労りや優しさといったものは皆無だった。


 気が遠くなるほどの延々と繰り返された行為の果て。

 疲労の限界がきてあっけなくそれは終わる。


 その後は完全な虚無が部屋を支配する。


 しばらくすると女は無言で起き上がり。

 寝台から下りて肌に衣をくぐらせ、部屋を出ていく。

 男は寝台に突っ伏し、そんな女に声をかけることもなく、振り返りもしない。

 そのような光景がこの数日、部屋で繰り返されていた。


 女が部屋を去ったのを確認したミラルディは、窓枠に足をのせ、木の枝から一気に部屋へと飛び移った。

 大神官でありながらも部屋が空かず、中級神官の部屋にいた男がようやっと引退した大神官の部屋に移ってから、部屋への侵入が手間取ってしかたない。

 一度は木に登っている途中に落ちたこともある。

 男の部屋に侵入しようとして怪我をしたとはなんとも間抜けなので、ばれぬようにミラルディは痛みをこらえ、その失敗を隠し通したが。


 ひらり、と窓枠から部屋の中へとミラルディが髪と衣を舞わせ飛びおりると。

 寝台上の男はうつ伏せの姿勢のままでミラルディに話しかけた。


「いつから見てたんですか」

「見ないわよ、他人(ひと)のなんて。悪趣味な」


 乱れた紫の長い髪を背中へと振り払い、ミラルディは立ち上がる。

 大神官の部屋は広く、歴代の神官たちが所持していた本やら、調度品が置かれていた。

 それらはこの時代においては貴重で高価な品ばかりだ。

 アマランス産の金に輝く杯もあるし、ヒヤシンスのある土地でしか採れない青く輝く神秘的な石の装飾品も飾られている。

 それらが置かれている棚に、この男が接触したような気配はなかった。

 うっすら埃がたまっている様を見るに、男はそれらには興味が全くないようだ。

 もしやこの部屋で、男は寝台の上でしか生活していないのではないだろうか。

 男が寝ている寝台は大きく、ゆうに大人三人は転がれそうなほどだった。

 サンセベリア地方特産の珍しい刺繍を施した布を上掛けにした豪奢な寝台にミラルディは近づいた。

 とすん、と横たわったままの男に背をむけて、腰をおとす。


「ねえ、貴方、いい加減にしなさいよ。どんだけハマってんの。今、何日目だと思ってんのよ」


 ミラルディの声にヨシュアは答えなかった。


「分かってるの? あのひと、ミゲロの奥さんなのよ」



 * * *



 彼女が来たのは一か月前だった。

 二年間、サンセベリアのサエッレに居たミゲロ神官が、妻と子供三人を連れてロウレンティア神殿に戻ってきたのだ。

 大神官ヨシュアに挨拶にきたその家族の中でミゲロの妻、美しい黒髪黒目のアナベラを見かけたミラルディには予想がついた。


 ヨシュアは一目でこの女に惹かれるだろうと。


 彼女はヨシュアの母であるアガニに似ていた。

 そして彼女はヨシュアが望んでいるものをすべて備えていた。


 予感は的中した。

 彼女を部屋に引き入れたのはヨシュアだったのか。それともアナベラの方から彼の部屋へ来たのか。


 ミゲロ夫妻の家族はロウレンティア山ふもとの里で暮らしていた。夫のミゲロはサエッレでしていたように里の子供たちに字や計算を教えるなどの教職業をしている。

 アナベラは最近、里でとれた供物をさげて山を登り、このロウレンティア神殿を一人で訪れた。

 それから五日、彼女は里に帰っていない。

 ここロウレンティア神殿の客室に居座っているのだ。


「貴方が大神官だから誰も何も言わないけど。大バレよ。ミゲロにも知れるわよ」


 本当はスーゴからミラルディは頼まれたのだ。

 ミラルディ様からどうか、ヨシュア様をたしなめてくださいませんか、と。

 アナベラの夫、ミゲロ神官はスーゴの同期でもある。見知らぬ男の人妻ならいざ知らず、同期の男の妻、という点でスーゴもヨシュアに対して思うこともあるだろう。


「どうしちゃったの。いい年して、若い男のコみたいに」

「私にとって、年上以外の女性は初めてなんです。だからかもしれない」


 なによそれ。私への皮肉?


 ミラルディは眉をひそめた。

 確かにヨシュアが今まで相手を務めたのはギョヒョンにはじまり、自分、ロウレンティア神殿の古参女神官たち、といった年配の女たちだった。若い男に次々乗り換えてきた自身と比べたミラルディは、そんなヨシュアに気の毒な気がしないわけでもない。


「自分と同じ年の女性、というのは新鮮で」


 ちがうでしょ。

 お母さんに似てるからでしょ。


 そう、ミラルディは突っ込んでやろうかと思ったが心の中だけにとどめた。

 振り返って、尻を出した裸のヨシュアをミラルディは背で見下ろす。


 つまらない男だと思う。

 ヨシュアは器の小さい男だ。美貌だけは突出しているものの、極々平凡な男なのだ。


 ミラルディがヨシュアなら、ワノトギの力を限りに使い、なんだってするだろう。

 ロウレンティア神殿に反発を持つワノトギが居る。ゴウテツヤマクマゴロウ組のワノトギが優遇されることに当然、面白く思わない者も後を絶たない。そんな彼らをヨシュアはどうもしなかった。

 アランと組めば、そんな者たち、ワノトギ一団、いやマスカダイン島民全てを自身に心酔させることもできるだろうに。

 宝の持ち腐れとしか思えなかった。


 あの力をもっていながら、神官長にすらなってないなんて。

 ミラルディには彼が阿呆にしか思えない。

 いや、この男にはもともと興味がないのか。面倒臭いとでも思っているのかもしれない。


 歳のせいかしら。

 若いときには、不遜に感じることもあったのにね。意気がってただけかもしれないけど、少しぐらい野心のカケラも持ってたんじゃないかと思うのに。

 それが。つまんない男になっちゃったわよね。

 ミラルディは十五年以上前に、ロウレンティア神殿に来たばかりの青年だった彼を思い出した。


 ミラルディにはこの平凡な男が本当に欲しいものが分かっていた。

 彼が心の奥底で渇望している本当の望みに。


 しかしそれは当然ながら、自分では彼に与えてあげることはできない。


「ないものねだりはよしなさいよ。無様だわ。人生、あきらめることも肝心よ」


 その言葉はヨシュアには届いていなかった。彼は寝息をたてていた。

 上滑りした言葉はそのまま自分の空虚な身体へと突き刺さり、ミラルディは顔を少ししかめた。

 

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