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ある夜半2

「ねえアルバトロスから手紙が来たって本当?!……あんっ」


 深夜、ヨシュアの部屋に喜び勇んで窓から侵入しようとしたミラルディは、窓近くの木の枝に髪が絡みとられた痛みに声をあげた。


「ちょっと! いたっ、取れないんだけど!」

「動かないでください。今外しますから」


 机に向かっていたヨシュアは呆れた声で苦笑しつつ立ち上がると、窓辺から動けないミラルディに近づく。

 紫の髪を枝から解き、ヨシュアはミラルディを抱きあげて、部屋の中へとおろした。


「結ぶか編むか、したらどうです?」

「私はそのままにしてるのが好きなの」

「髪をまとめた貴女を見たい気もしますけどね」

「なら貴女がまとめたら?」

「お許しいただけるなら、しますよ」


 あっさりと答えたヨシュアにミラルディは面食らった。


「……出来るの?」

「ええ。どうぞ、こっちに」


 ヨシュアが促すままにミラルディは大人しく椅子へと座った。

 ミラルディの後ろに立ったヨシュアは、髪をいくつかの束に分け、滑らかな手つきで編み出す。


「慣れてるのね」

「ダフォディルに居た時、ギョヒョン様に仕込まれました。自分でも割と好きな仕事でした」


 ヨシュアの指の体温が頭皮に触れるたび、ミラルディは生々しさを感じて胸が高鳴った。


「いつも、ユシャワティン様の髪を編む側だから、なんだか妙な感じ」

「実家に居られたときは?」

「そうね、そんな時もあったわね……侍女にしてもらってたわ」


 遠い遠い記憶。

 薬店大店の実家に居た子供時代をミラルディは思い出す。


「あの頃は服も身体を洗うのも何もかも侍女にしてもらってたわね。掃除なんかしたことなかったわ。今とは正反対」

「ヒヤシンス神殿の眷属サネルヴァ様のお話のようですね。お聞きになりましたか?」

「あんなババアと私を一緒にしないでよ」

「サネルヴァ様は貴女のように高貴なお生まれだったと聞きますよ。それなのに彼女と貴女はえらい違いだ」

「私の場合は眷属になったのが子供だったからかしら。ババアになってからだと人間って修正が効かないのよ、きっと。ああ、可哀想なフラサオ様。神霊様に神殿の手入れや掃除をさせてるなんて、眷属の名折れよ。役立たずもいいとこだわ。全く、とんでもないババアよね」

「フラサオ様にとっては、サネルヴァ様が何もできないことは取るに足らないことのようですけどね。フラサオ様の器でありますイサーク様とサネルヴァ様は幼馴染みであり相思相愛の仲だとか」

「ええ。それ、聞いたわ」


 ミラルディはほう、とため息をつく。


「ロマンチックよね。初恋の相手と時を経て結ばれるなんて。ちょっと憧れるわ……先代のフラサオ様の器様と眷属のお話もスーゴから聞いたわよ。眷属の寿命に合わせて、器も代替わりするなんて、素敵よね。物語みたい。余程、器様にその眷属は愛されたのね。……器と眷属が男と女だとそういうこともあるわよね」

「貴方様とユシャワティン様もそうではありませんか。そういう可能性もあるのでは」

「ユシャワティン様? まさか」


 ミラルディは、あはは、と笑い飛ばした。

 ミラルディの主、ユシャワティンの器であるウイッツフォンは、年の頃なら二十代後半の美しい青年の姿をしていた。ロウレンティア神殿のクヴォニス、ミュナ、ヲン=フドワ、ユシャワティンの四体の中ではユシャワティンは一番寡黙な器で、ミラルディは最近まで彼とろくな会話をしたことがなかった。


「あり得ないわよ。想像したら笑っちゃう。あっちは美青年だし、私は子供だもの」


 自分の言った言葉に気付き、ミラルディは口をつぐんだ。

 黙々と髪を結い続ける背後のヨシュアを感じ、口を開く。


「ねえ。私たち、何に見えるのかしらね。少し前は兄妹に見えたわ。今は何? ……父親と娘?」

「……」

「もう少しすれば、おじいちゃんと孫になっちゃうわね」


 ふふ、とミラルディは小さく笑った。


「……貴女のように可愛い娘が居れば父親冥利に尽きるでしょうね」


 ヨシュアの返事にミラルディは笑みを消した。

 可愛い、という言葉はミラルディが一番嫌いな言葉だった。


「出来ました。どうですか」


 ヨシュアが手を離し、ミラルディの肩に手を置く。

 ミラルディは手で髪に触れ、確かめてみた。

 頭頂から襟足まで編み込み、その先は三つ編みしてある。


「上手いじゃない」

「でしょう。ここ、持っててくれます?」


 ミラルディに毛先を持たせ、ヨシュアは離れた。結わえる紐を手に、戻ってきたヨシュアは結び終えると、全方位から出来を確認し、満足そうに頷いた。


「うん、お似合いです。新鮮だ」


 前に回り、ミラルディに微笑む。


「ありがとう」


 やや恥ずかしいような気持ちになってミラルディは髪を撫で、ぼそりと呟く。


「アルバトロスの手紙ですね。こちらです」


 ヨシュアは卓上にあった丸めた木簡をミラルディに差し出した。

 奪うようにミラルディは立ち上がってそれを受けとると、ランプに近い寝台に腰かけ、紐を解いて広げる。

 ヨシュアは軽く苦笑して、ミラルディの後ろに寝転がった。


「アルバトロス……この子、いつも同じ字を間違うんだから」


 文句を言いながらも、ミラルディは微笑み、愛すべき生徒だったアルバトロスからの手紙を読み終えた。

 きつく怒った後にも「ミラルディしぇんしぇい」とニコニコ懐いて質問してきた彼の姿を思い出して、ミラルディは涙ぐんだ。


「良かった。デュモンド湖で上手くやってるみたいね。安心したわ……」


 思わず涙声になったのを誤魔化そうと、ミラルディはあわてて欠伸の混ざったため息をつく。


「実は最近、ユシャワティン様にも私、字を教えているのよ。あの方の器は代々識字者が居なかったんですってよ。文盲なのが引け目だったのですって。早く言ってくれれば良いのにね」


 背後でうつ伏せになっているヨシュアに話しかけ、ミラルディはこきこき、と凝り固まった首を左右に曲げて手を当てた。


「疲れるのよね。主人に教えるとなると。気を遣っちゃって。ユシャワティン様、最近、私にベッタリなのよねえ。ザヤの年から。段々ひどくなるみたい。どうしたのかしら」


 涙目で頬杖をつく。


 神霊ユシャワティンの器こと、ウイッツフォン。

 仕えて八十年以上経つというのに、ここ数年で彼の自分への扱いが激変したのだ。

 身辺の世話をするミラルディを気遣ったり、ひたすら話しかけたり。


「この間なんか、自分で召し替えるといったり、水浴すると言ったり。……ヘンよ、ヘンでしょ」

「……スーゴに言わせれば、神霊の方々は飯も食わないし、ク……排泄もしないのに、何故、眷属の世話がそんなに必要なのか、と。何も出来ぬ赤子でも足腰立たぬ老人でもあるまいに沐浴や服の替えぐらい自分でできるだろうに、と毒づいていましたが」


 ヨシュアの返事にミラルディは目を見開いた。


「そういえばそうよね。それは別にする必要なかったかも」

「私も以前から疑問に思っていましたけどね。器になる以前にしていたことが何故出来ないのかと」

「ちょっと、思ってるんならさっさとツッコミなさいよ! 八十年、無駄に働いちゃったじゃな……!」


 眉を吊り上げ、振り向いて怒鳴ったミラルディは抱き寄せられてそのまま寝台上に投げられる。


「何すんのよ!」


 上に乗るヨシュアの顔をミラルディは怒って睨み付けた。


「ユシャワティン様はたぶん、貴女を失う怖さを知ったのでしょう」


 満面の笑みを向ける男の顔にミラルディはやっと気づいた。


「ちょっと、やだ、アラン? いつの間に入れ替わったのよ」


 アランが更に目を細くして笑う。

 軽く睨んで微笑み返すと、ミラルディは手を伸ばしてアランを引き寄せた。


 アランが戻ったのはつい最近だ。

 いい加減お互いに無視するのも疲れましたので、兄とヨリを戻しました、とヨシュアが報告したのが一か月前だった。


 ヨシュアが用意したアランとの再会の第一回目は気恥ずかしいものだった。なにしろ、一年半ぶりだったのだ。


『なんだか緊張して恥ずかしいんだけど』


 彼が近寄っただけでドキドキと高まる胸に素直にそう告げると、アランは一年半前のミラルディの罪をとがめるわけでもなく、以前のように笑顔で迎えてくれた。

 そのときの初々しいような感覚は、回数をこなすたびに慣れて消え、また以前のように戻るのだろうと思っていたのに。

 胸の動悸はおさまったが、頭の中のふわふわした浮遊感はまだ消えないままだ。


 どうしちゃったのかしら。

 ぼんやりとミラルディはアランに抱きつく。

 彼が唇を這わせるところから、みるみる力が抜けていく。


「好きよアラン……」


 うっとりと思わずミラルディは口に出していた。

 くるり、とアランがミラルディを抱いたまま転がった。

 上になったミラルディを微笑んで見上げながら、アランがミラルディの後頭部に手を伸ばした。

 ぱさり、と解けた髪が広がり、たちまち背中に流れ落ちるのを感じて、ミラルディは呆れた声を上げる。


「何してんのよ、たった今ヨシュアが結ったばかりなのに」

「すみません。私はやっぱり乱れた髪の貴女がよくて」


 悪びれず満面の笑みで返すアランにミラルディは苦笑する。


「もう」


 ミラルディは顔を近づけるとアランの唇に噛み付いた。


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