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呪われし民 5

「スーゴ様!」


 ラウラとスーゴの背後で声が上がった。

 二人が振り返ると、キルゼとロランゾの夫婦が追いかけてくるところだった。よく見ると、キルゼの腕には赤ん坊が抱かれている。


「どうかお待ちを」


 二人はおぼつかない足取りでスーゴの前に来ると、腕の中の赤児を差し出した。


「スーゴ様。お願いです。この子をどうか、私の両親のもとへ」


 目のほとんどがふさがったキルゼは隙間からなんとかスーゴの顔をとらえて告げた。


「この地に残ることは私たち二人の選択であります。しかし、この子は赤児にて自身の選択が出来ませぬ。そんな我が子をこの地で育て、将来を定めてしまうことに心を痛めておりました」


 チラリ、とキルゼがスーゴの横のラウラに目を走らせた。


「この子は外の世界に連れ出してくださいませんでしょうか」


 スーゴは思ってもみなかった展開に困惑して立ち尽くし、手も言葉も出ないようだった。


「私たちを愚かな人間だと貴方様は思っていらっしゃるでしょう。なにせ、私はコトトキだったのですから」


 キルゼの隣のロランゾが醜く爛れた顔を向ける。


「貴方様には理解出来ないでしょう。このように身体が腐っても、子供と別れてでもここに居たいと願う私たちを。ですが、この地に留まることが私たちの幸福なのです。これはここに留まった者しか分からない。身体が腐れ落ちていくのとは反対に、心は晴れやかで内部は浄化されていくのを感じる。呪縛から解き放たれるのを感じるのです。それが私たちには無上の喜びなのです。……当初、私たちはワノトギに強いられる役目を憂いてここへ来ました。しかし今、外の世が変わりつつあると知っても、私たちはもう何も思わない。あの呪われた大地へ戻りたくないのです。父や母、愛すべき友人がいる世界にもかかわらず、あの世界には私たちは全く未練がないのです。信じられないでしょうが……それが事実なのです」


 ロランゾは手を伸ばし、キルゼの腕の中で眠る赤児の頰に触れる。


「我が子を捨てる酷い親だとお思いでしょうが……この子のことを愛しております。これは、二人で話し合った結果です」

「この子は外の者。今はこんなに美しい肌をしておりますが、年月が経つにつれ、私たちのように腐れ落ちてしまう。お願いです、どうか、スーゴ様」


 懇願するキルゼにスーゴは歩み寄り、手を差し出した。

 おお、とキルゼは息を吐き、赤児をスーゴに手渡すとロランゾにしがみついた。


「……この子の名は」

「ありませぬ。まだつけておりませぬ。どうか貴方様が、この子の名付け親に」


 ロランゾがキルゼの肩を抱き、力強く請う。

 スーゴの腕の赤児はすやすやと眠り、目を開けそうもない。


「乳はほとんど離れ、柔らかいものなら食べます」


 キルゼが名残惜しむように赤児の身体を撫でた。

 スーゴは目を細めて腕に抱いた無垢な赤児を見下ろす。


「なら……エイレネはどうだろう」

「男であります」

「そうか、すまぬ」

「いえ……貴方様の選んだお名前なら。そのお名前で結構でございます。男でもいい」


 ロランゾとキルゼは顔を合わせて頷き、スーゴを見た。スーゴは胸にしっかりと子供を抱き直す。


「ならばこの子をエイレネと名付けよう。神霊の呪縛を自ら断ち切った唯一の器だった方のお名前だ。誇り高く強く、美しい人だった」

「ありがとうございます」

「名付け親として、私がお主たちの代わりにこの子の成長を見守ろう。約束する」

「なんとありがたきお言葉」


 目に涙を光らせながら、キルゼとロランゾは何度もスーゴに頭を下げた。


「これを。母からもらった首飾りです。ヒヤシンスの私の郷で良くとれる珍しい石です。この子が私の子だと確信するはず」


 キルゼが自らの首から、青く澄み切った石を型にはめ込んだ飾りを外し、赤児の首にかけた。


「父と母には……どうか私たち二人は死んだものと」

「うむ……上手く伝える。案ずるな」

「ありがとうございます」


 最後にと、キルゼは垂れ下がった醜い唇をエイレネの頰に押し当てた。


「どうか元気で……私の坊や」


 頰に涙を流し、キルゼはゆっくりと我が子から離れる。


 ラウラと去るスーゴの後ろ姿を二人は寄り添い、いつまでも見ていた。



 * * * * *



「あの二人がその子供にそんな選択をするとは思わなかった」


 ラウラはぎこちなく赤ん坊を抱いて歩くスーゴの隣で呟いた。


「二人にとって苦痛の選択でありましょう。だが、この子の為には最良の選択なのではと私は思います。この子が大きくなってから、私が両親の真実を話します。その時、この子がどうするのかはこの子が決めること」


 答えるスーゴは歩みを止め、ラウラに傾斜した。


「ラウラ殿。外の者であるこの私をザンギの領土に受け入れ、彼らへの面会を許していただきましたこと、深く御礼を申し上げます。彼らを連れ帰ることは出来ませんでしたが、この子がいればキルゼの両親になんとか顔向けができます」

「……私には選択の余地はあった」


 スーゴの言葉を聞いていないかのように、ラウラは立ち止まった。


「だが、私はこの土地で生きることを選んだ。ここが聖なる大地であり、私の生まれた土地であり、人として正しく生きられる世界であるからだ」


 問いたげに見上げてくるスーゴの顔を見ながら、ラウラは手を頭の後ろにのばし、仮面を外しはじめた。


「私の父はムシもち……ワノトギであった。ザンギの一族の母と結ばれ、私が生まれた。身体の弱い男で腐れ落ちるのを待たずに、あっけなく病で逝った……外の者とザンギの血を混ぜ合わせると私のような子供が生まれる」


 仮面が地に落ち、露わになったラウラの顔にスーゴは、ひっ、と叫んで赤児を抱いたまま尻餅をついた。


「私の場合、どうやら顔だけが腐る性質タチのようでな。残念ながらザンギの一族で私に手を出す男は見つからん。……お主はどうだ? 私のハンリョとやらになる気はないか? 赤児を置いたあと、ここに戻って来る気はないか?」


 スーゴの腕の中の赤児が衝撃で泣き出した。


「一目見たときからお主の顔が気に入った。お主ならもしやと期待したのだが……」


 近付くラウラにスーゴは泣く赤児を抱きしめながら必死に後ずさる。


「その様子では無理なようだな」


 スーゴは慌てふためき、なんとか立ち上がると、後も見ずに駆け出した。


「あはははは! 忌まわしき大地に帰るがいい! 呪われし民よ!」


 ラウラの高笑いがスーゴを追いかける。



 ソノママ、ミライエイゴウ、クルシミツヅケロ。

 トラワレテ、チヘドヲハキ、エイエンニ、ノタウツガイイ。


 ソレデモ、オマエタチハ、サカエツヅケルダロウ。



 アーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ…………。



 悲鳴のような笑い声は森の奥まで突き抜け、赤児の泣き声とともに空気を裂き、鳥を驚かし。

 逃げるスーゴをどこまでも追いかけ続け木霊した。






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